トップページお問い合わせ(Mail)
BACK

静かに、愛しく。
■霜月玲守■

<シノン・ルースティーン/聖獣界ソーン(1854)>
<リラ・サファト/聖獣界ソーン(1879)>

 からりと晴れた空は清々しいほど青く、降り注ぐ太陽の光は体中に優しく照らし、爽やかな草の匂いのする風はくすぐったく頬をなでる。道の両端に咲き乱れる花々は、季節など関係ないようだ。赤、白、黄色、桃色、青、紫。そういった色とりどりの花々が、道を歩く人々の目と心を楽しませている。
「素敵ね」
 リラ・サファトはそう言って微笑み、隣に立っているシノン・ルースティーンを見つめる。シノンも「うん」と頷き、同じようににっこりと微笑む。
「凄く、綺麗。気持ち良いね」
 二人は道の真ん中でぽつんと立つ。東京ミステリーツアー「エターナル・チャペル」に向かう途中なのである。二人とも、この日の為にと買っておいた服を着ている。
 ノースリーブのトップスは、色違いのボーダー。それに膝丈ジーンズというマリンルックだ。頭にはお揃いのキャスケットをかぶっている。ぱっと見、双子のようにも見える。
「ねぇ、シノン。ここでご飯にしない?」
 リラはそう言って、手にしていたバスケットを持ち上げる。
「いいね。ご飯にしちゃおう!」
 シノンも同意し、やはり手にしているバスケットを持ち上げた。二人はにっこりと笑いあい、まずはシノンがバスケットの中から布を取り出して柔らかな草の上に敷いた。その上に、リラはバスケットの中から大きな魔法瓶を取り出す。敷き終えたシノンも敷物の上に乗り、バスケットから大きな包みを取り出す。
「上手くできていたらいいんだけど」
 リラはそう言い、魔法瓶についているコップになる蓋を二つとって並べ、それぞれに魔法瓶の中身を注ぎいれる。出てきたのは、琥珀色の液体。コップに注ぐとふわふわと白い湯気が立ち、同時にシナモンが効いた紅茶の匂いが辺りに広がる。
 シノンから教えてもらった、チャイだ。
「それを言うなら、あたしの目玉焼き!結構頑張ったんだけどね」
 シノンは苦笑交じりにそう言い、包みを解く。中から大きな三段重ねの弁当箱が現れる。それぞれの蓋を開けると、一つには猫や熊、象などの動物型に握られたおにぎりが入っており、もう一つにはタコさんウインナーや唐揚げ、ケチャップで書かれたにっこり顔のハンバーグや肉じゃが、それにちょっとだけ端の焦げた目玉焼きが入っている。最後の一つには、トマトやレタスといった生野菜のサラダと、ウサギ型に切られた林檎やオレンジといったフルーツが入っていた。どれも、二人で一緒に作ったものだ。
「いただきます」
「いっただきます」
 二人は同時にあわせ、まずはリラの作ったチャイを口にする。
「美味しいじゃん」
 シノンはにこっと笑いながらそういう。口に含んだ瞬間、ふわりとシナモンの良い香りがし、ミルクティーならではのまろやかさが広がる。なかなかの出来だが、リラは不満そうに「うーん」と呻く。
「やっぱり、シノンみたいに上手くできてないわぁ……」
「そう?」
「うん。だって、ちょっと苦いんだもの」
 確かに、リラが作ったチャイは少しだけ最後に苦味があった。茶葉が少し多すぎたのだろう。多すぎるくらいがちょうどいいチャイだが、逆に多すぎても苦すぎてしまう。さじ加減が難しいのだ。
「ま、それはそのうちに慣れてくるよ。これだけできれば、ばっちり」
「有難う。もっと練習して、シノンよりおいしいのを作ってみせなきゃ!」
「わあ、負けられない!」
 二人は顔を合わせ、くすくすと笑いあう。そして、紙の皿をそれぞれ持ち、割り箸で弁当箱からおかずを取っていく。リラはまず一番に、シノンが作った目玉焼きを取り、口に運ぶ。バターの良い香りがし、その後で白身と黄身のとろりとした触感がやってきた。
「美味しくできたじゃない、シノン」
「んー……でも、焦げちゃったんだよね。端の方、黒いでしょ?」
 リラはシノンにそういわれ、確認する。確かに、端の方の白身がちょっとだけ焦げてしまっている。
「これくらい、どうってこと無いよ」
「そうかな?」
「うん、大丈夫。すぐに上手になっちゃうよ」
「リラを追い抜けちゃうかな?」
 悪戯っぽく笑いながらシノンが言うと、リラは「負けないわよ」と言って笑う。
「なら、競争だね」
 シノンはそう言ってにっこりと笑う。リラも同じようににっこりと笑う。
「私はチャイを、シノンは目玉焼きを。どれだけ相手より上手く作れるかのね」
「そう。あたし、負けないように頑張るから!」
「私だって」
 二人は顔を見合わせてくすくすと笑い、再びお弁当に取り掛かる。二人で朝一緒に作ってきたお弁当は結構な量があったのだが、気づけば全て食べ終えてしまっていた。デザートとして持ってきた、フルーツまできっちりと。
「わあ、動けない!」
 シノンはそう言い、ごろりと横になる。
「シノン、牛になっちゃうよ?」
「いいっていいって。リラもやってみなよ、気持ち良いから」
 シノンに言われ、リラも同じようにごろんと横になる。青い空が広がり、ゆらりと雲が流れ、そよそよと草の匂いがする風が吹く。一杯のお腹が、気持ちよさを倍増する。
「確かに、気持ちいい」
「でしょ?」
「これから教会に行くの、忘れちゃいそう」
 リラが言うと、シノンががばっと起き上がる。
「そう、教会。どんなところなのかな?」
 シノンに問われ、リラも起き上がって「どうかな?」と呟く。
「誰に、会うのかな?」
 リラの言葉に、シノンは「どうかな?」と呟く。
「ともかく、行ってみれば分かるよね」
「それもそうだよね」
 二人はそう言いあい、互いに「よいしょ」と言いながら立ち上がる。空になったお弁当と魔法瓶をそれぞれのバスケットにしまい、敷物もちゃんとたたんで収めた。
「それじゃ、教会に再出発しよっか!」
「うん!」
 気合も腹ごしらえもばっちりとなった二人は、再び教会に向けて歩き始めるのだった。


 教会に続く道は、気づけば草原とは打って変わった暗い樹海の中になっていた。二人は恐る恐る足を踏み出し、まっすぐにまっすぐに進んでいく。時折「あっているよね?」と言い合いながら。
 そうして進んでいくと、ぽつん、と建っている教会が目の前に現れた。
「あれかな?」
「きっと、あれだよ」
 リラとシノンは互いに言い合い、扉の前まで行く。
「ここに、いるのかな?」
 リラの言葉に、シノンは「きっとね」と答える。そして互いに顔を見合わせ、こっくりと頷きあってから扉を開く。
 勢い良く開かれた扉の向こうから、光が二人をふわりと包み込んだ。思わず二人とも目を閉じ、何度もぱちぱちと瞬きをし、ようやく目が慣れてきた。
「お嬢様……?」
 突如聞こえた声に、リラは顔を上げる。声の主を見、思わずリラは「あ」と言葉を漏らす。
 そこにいたのは、過去に世話になっていた友達の家政婦ロボットであった。
「どうして、ここに?」
「お嬢様コソ、ドウシテココニイルノデスカ?」
 リラは「ええと」といったあと、小さく「ま、いっか」と呟いてにっこりと笑う。
「別に良いよね、理由なんて。会えたんだもの」
 リラの言葉に、家政婦ロボットは「ハイ」と頷いた。
 一方シノンも、目の前にいる人物を見て固まってしまっていた。
「どうしたんですか?シノンお嬢様。そんなに目を丸くされて」
「だって」
 思わずシノンは言葉をつまらせる。目の前にいたのは、かつて屋敷にいたころにチャイの作り方を教えてくれたメイド長だったのだから。
「シノンお嬢様、そちらは?」
 メイド長はそう言ってリラをさす。シノンは「あ」と言ってリラの腕を組む。
「この子は、リラ。あたしの大事な友達なの!」
 シノンの言葉に、リラはにっこりと笑って家政婦ロボットに向かう。
「シノンっていうの。私の、大事な友達よ」
 二人の紹介に、家政婦ロボットとメイド長は深々と礼をする。
「リラ、この人はあたしが屋敷にいたころのメイド長なの。チャイを教えてくれたんだ」
「シノン、この人は私の友達なの。家政婦ロボットだけどね」
 今度は互いに目の前にいる人たちを紹介する。今度はリラとシノンがそれぞれに向かって頭を下げた。
「それでは、お茶を入れましょうね」
 メイド長はそう言い、台所へと向かう。
「オ二人ハ、ソチラニ座ッテクダサイ」
 家政婦ロボットはそう言い、可愛らしいテーブルと椅子を指差した。教会の中とは到底思えぬ内装だ。
 少しだけ待っていると、二人は人数分のチャイとお菓子を持ってやってきた。それぞれの前にティーカップを置き、焼きたてのスコーンやクッキーなどを取るための皿を置く。
「ジャムは苺とブルーベリー、それにコケモモですよ」
 メイド長はそう言い、鮮やかな色のジャムを置く。甘い香りが漂い、食欲をかきたてた。
「ドウゾオ召シアガリクダサイ」
 家政婦ロボットがそう言い、リラとシノンは自分達がたくさんお弁当を食べた事も忘れてスコーンにジャムを塗って口に頬張る。ほんのりと甘く、優しい味だ。
「何だか、懐かしい味」
 シノンが言うと、メイド長がそっと微笑む。
「あ、この味。シノンの作るチャイと同じだ」
 リラがチャイを口にし、メイド長とシノンを見る。
「そりゃそうよ、リラ。だって、メイド長に習ったんだもん」
「唯一できる料理ですものね、シノンお嬢様」
「そんな事ないわ。シノンは、目玉焼きも作れるようになったんだし」
 悪戯っぽく言うメイド長に、リラはそう言って笑う。
「目玉焼キハ、お嬢様ノ得意料理デスネ」
 家政婦ロボットが言うと、リラは「うん」と言って微笑む。
「この前、二人で教えあっこしたの」
「あたしはリラにチャイを教えて、あたしはリラから目玉焼きを習ったんだ」
「まあ、そうだったんですか。ちゃんと教えて差し上げたんですか?」
 心配そうに言うメイド長に、シノンは「もちろん」と言ってにっこりと笑う。
「お嬢様モ、教エラレタノデスカ?」
「うん。シノン、大分上手くなったよ」
「リラも」
 二人はそう言った後、少しだけ苦笑気味に口を開く。
「でも、あたしはちょっとだけ焦がしちゃうんだよね」
「私は、苦くなっちゃうんだよね」
 二人の言葉にメイド長と家政婦ロボットが顔を見合わせ、そっと微笑む。
「焦ガシソウニナリマシタラ、火ヲ一旦止メテクダサイ。ユックリト、落チ着イテ」
 家政婦ロボットの言葉に、シノンは「あ、そっか」と頷く。
「苦くなりましたら、少しだけ牛乳を足してください。苦味が気になるようでしたら、蜂蜜を入れるのも手ですよ」
 メイド長の言葉に、リラは「はい」と言って頷く。
 それがきっかけになり、話は自然と料理の方へと向かう。料理を作るときに何に気をつければ良いのか、火の加減具合はどうやって見るか、失敗をいかに最小限にとどめるか、など。リラとシノンはそれら一つ一つの言葉を頷き、互いに顔を見合わせて笑いあった。
 暖かなチャイと、甘い香り、漂う優しい雰囲気、懐かしい人たち……。
 まるで柔らかな空気の中にいるようだと二人は感じた。暖かな光を注がれている中で、優しく草達に抱きしめられているかのようだと。
 話は尽きず、会話は途切れず、おいしいチャイとお菓子もとどまる事は無く。リラとシノンはそれぞれの懐かしい人たちと共に、優しい時間を過ごすのだった。


 ふと気づけば、二人は草原の上に寝転がっていた。敷物は敷いていないが、柔らかな草が二人を優しく包んでくれている。日は暮れかけており、空が徐々に赤く染まっていっていた。
「……リラ?」
 シノンは起き上がり、隣で寝転がっているリラを呼ぶ。リラは「ん?」と言いながらゆっくりと体を起こす。
「シノン、私達」
「……うん、どうしたのかな?」
 二人は顔を見合わせる。今まで何処にいたのか、何をしていたのか、さっぱり思い出せないのだ。眠っていて、夢を見ていたのだといわれればそれまでだ。だが、ただそれだけでは終わらせたくないような、そんな気持ちで一杯だ。
「大切な一時を、過ごした気がするんだけど」
「うん。あたしもね、たくさん何かを話した気がするんだ」
「何か教えてもらった気がする」
 リラとシノンは互いに言い合い、きょとんと小首を傾げあう。不思議な感覚だった。何かを話し、教えてもらった事は確かだといえた。だが、その内容を思い出すことができないのだ。具体的に何を話し、何を教えてもらったのかが、さっぱり分からない。
「大事な事だったはずなんだけど」
 リラはそう言い、空を見つめる。太陽は緩やかに山の陰へと向かっている。
「幸せな時間を過ごしたと思うんだけど」
 シノンはそう言い、同じく空を見つめる。真っ青だった空は、いまや赤く染まっている。
 二人は再び顔を見合わせ、そっと微笑む。
「私達、不思議な体験をしたのね」
「うん。あたし達、二人ともがね」
 二人はそう言いあい、くすくすと笑いあった。細かい事は何も覚えていないけれど、二人ともが同じような体験をしたというのが妙に可笑しかった。
「かえろっか」
 シノンはそう言い、立ち上がる。はらり、とシノンについていた葉っぱが落ちていく。
「うん」
 リラも元気良く返事をし、立ち上がる。
「リラ、葉っぱついてる」
 シノンは笑いながらリラの頭についていた葉っぱを取って風に乗せる。
「ありがとう」
 リラは礼をいい、風に乗った葉っぱを目で追った。
 まだ若いらしい黄緑色の葉は、そのまま風に乗ってふわりと飛んでいってしまった。今から沈もうとする、太陽に向かうかのように。
 二人は道に再び戻り、帰り始めた。全てが赤く染まっている風景が綺麗で、互いに綺麗な風景を見つけあっこをしながら歩いていく。
 それはまるで、あの不思議な体験が確かにあったことなのだと確認していくかのような作業であった。


<静かに宿りし愛しき思いを抱いたまま・了>



※この文章をホームページなどに掲載する際は、必ず以下の一文を表示してください。
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

BACK



このサイトはInternet Explorer5.5・MSN Explorer6.1・Netscape Communicator4.7以降での動作を確認しております。