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両手に花のミステリーツアー
■神無月まりばな■

<御東間・益零/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2952)>
<日置・紗生/東京怪談 SECOND REVOLUTION(4412)>
<鹿沼・デルフェス/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2181)>

ACT.1■遠足に行きませんか?

 さて。ここは都内某所にある御東間医院。
 まがりなりにも開業医であるところの御東間益零先生の、あんまし患者さんのカルテとか処方箋のデータとか入ってないのに、妙に細菌関係のデータベースが充実しまくりのパソコンに、ある日、怪しいメールが届いた。
 もっとも益零は、年中スタッフを募集してたり冷やかし歓迎だったり人間以外も診察しちゃったりして、結構大ざっぱ、もとい広い心の持ち主であった。これがスパムだったりウィルス(いかに益零でもコンピュータウィルスは管轄外のはずである)だったりする可能性はスルーして、あっさり開いてしまったのである。

 ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★ 当選のお知らせ ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★

 御東間益零(会員番号2952)さま

 いつもご利用ありがとうございます。このたびの弊社特別企画、
『白やぎ号で行こう! ちょっぴりハードな世界観超越遠足』ツアーにつきまして、
 厳正なる抽選により、全異世界にいらっしゃる数十億の会員さまの中から、
 見事あなたさまが当選し、無料にてご参加の権利を獲得なさいました。

 白やぎ号の乗車チケットとして、添付書類をプリントアウトくださいませ。
 集合場所は、ご存じの寺根駅。集合時間は19時30分です。

 どうぞ、楽しい遠足をお楽しみください。

 ――オリジナルツアー・マジックキングダム・カンパニー(略称OMC)より

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「はて?」
 益零は首を捻る。
 オリジナルツアーと銘打っているからには、おそらく、このOMCとやらは旅行会社なのであろう。しかし、未だかつてこんな旅行会社は利用したことがなかったし、まして会員になった覚えもない。
「あれ? そのメール、あたしのところにも届いてたよ?」
 聞き慣れた声に振り向けば、日置紗生であった。長身をかがめ、鮮やかな緋色の髪を掻き上げて、益零の横からモニタを覗き込む。金の瞳が、ふふっと細まった。
「一種のスパムなんだろうけど、ま、害はないみたいだ。数十億から選ばれたってぇのは眉唾だけどね」
「コンピュータのエキスパートでいらっしゃる紗生さまがそう仰るのであれば安心ですわ。アンティークショップ・レンのパソコンにも届いておりましたもの」
 紗生とともに医院を訪れたらしい鹿沼デルフェスは、白い指先を胸の前でそっと組み合わせる。優雅なドレスを身に纏った彼女がそこにいると、御東間医院が時空移動して中世ヨーロッパにでも引っ越したかのようであった。
「マスターにお聞きしましたところ、どうやら、関係者全員に送信されているようですの」
「関係者……とは、レンに出入りしておる人々、ということかな?」
「そういう方々も含めましてですわ。草間興信所ですとかアトラス編集部ですとか、ゴーストネットOFFですとか神聖都学園ですとか、他にも――さまざまな異界のかたがたにまで」
「あぁ、そうらしいねぇ。だけどさぁ」
 軽く肩を竦め、紗生は言う。
「行くつもりなんだろう? この、得体の知れない遠足へ。鹿沼さんも、当然、益零も」
「お? なぜわかる?」
「どうしておわかりになりますの?」
「そりゃあ」
 もう一度モニタを覗いてから、紗生は笑う。
「あたしも、行くからに決まってるじゃあないか。こんな面白そうなこと、見過ごしにできるかい」

ACT.2■皆さま、お揃いでしょうか?

「しかし何だな。集合時間の19時30分が、社会人でも安心な時間かどうかは微妙なところじゃのー」
 寺根駅中央コンコースの黒やぎ像前では、全異世界中の『選ばれた人々』がごったがえし、班分け点呼のついでに、2頭身の黒やぎ車掌にチケット確認をされたりなどしている。
 思いのほか診察(注:人外の方)が長引いて、益零が黒やぎ像前に着いたのは、19時29分であった。なお、一応旅行だというのに、その格好はいつもの黒いハイネックに縦襟の上着という、夏を素敵に蒸し暑く過ごせそうなスタイルである。
「いろんな社会人がいるからねぇ」
 苦笑いしながら、やはり29分にやってきた紗生は、ボーダー柄のパープルチュニックワンピースにオレンジブラウンのスパッツを合わせた、華やかな姿であった。
 何でもついさっきまで、とある企業の情報システム室で、謎のエラー音が止まらなくなったコンピュータの面倒を見ていたと言う。どうやらそれは、社長の5歳になる娘が、繊細な精密機械の決して触っちゃいけないところをりんごジュースに濡れた手でぺったりぺたぺたと手形をつけたのが原因だと発覚、娘を怒った社長に、「情報システム室なんぞに娘を出入りさせたあんたが悪い!」と、泣きじゃくる娘を庇って、反対に社長を怒鳴りつけてきた等、いろいろあったらしい。
「遅くなりまして申し訳ございません」 
 ポニーテールを揺らしながら、Vネックのシンプルなカットソーにクロップドジーンズという、彼女にしては珍しいカジュアルファッションで駆けつけたデルフェスも、アンティークショップ・レン絡みの調査依頼が長引いたそうだ。
「でも、あちらに着いてからの、益零さまと紗生さまのお弁当は注文済みですので、大丈夫ですわ。それに」
 デスフェスは何やら巨大な風呂敷包みを抱えていた。まるでクッションでも持つように軽々と扱っているが、瓶と瓶がぶつかる音から察するに、どうやら中身は洋酒日本酒焼酎泡盛紹興酒等々、各種お酒のようである。
「お飲み物も、たくさん用意してまいりましたの。おふたりとも、ご遠慮なさらず召し上がってくださいませね」

 ++ ++

 いかにも一癖ありそうな白やぎ号であるからして、9時間半も乗れば、それはもう異世界縦断など朝飯前であろう。
 しかし、そもそも目的地の駅名を知らされていなかった乗客は、黒やぎ車掌のアナウンスを聞いてのけぞった。
「つぎはーしゅうてん。わくせいおーえむしー。わくせいおーえむしーでございますー」

(惑星OMCだってぇ?)
(白やぎ号というのは、銀河鉄道でございましたの?)
(んなわけなかろう。車窓から普通に日の出が見えたぞ)

 紗生と益零とデルフェスは、顔を寄せてひそひそと話したが、真相は不明のままであった。
 ともあれ、停車した白やぎ号から降り立てば、待望の遠足の開始である。

ACT.3■お花畑でお弁当を食べませんか?

「ぱんふれっとほしいかた、どうぞー」
 降車口で、黒やぎ車掌から説明パンフレットをもらい、3人はそれぞれ広げてチェックした。ここからはコースが分かれているので、好みの場所を選んで過ごすことになる。
「やぎSPAも王宮カフェも捨てがたいけど、外で弁当食べること考えると、やっぱりここがいいかねぇ」
 東京ミステリーツアー「エターナル・チャペル」のページを、紗生は指し示す。
「そうですわね。森に囲まれた神秘的な教会……。素敵だと思いますわ」
 デルフェスもにっこりと頷き、
「花盛りの草原があるらしいのー。折角だからそこでぱーっと花見とでも行くかー」
 と賛同した。
 遠足というよりは、お昼どきの場所探し優先の趣になっているが、どんな旅行だろうと、食事は重大な要素である。
 そんなわけで、3人は花見をしながら宴会コース、もとい、東京ミステリーツアーコースに出発したのだった。

 ++ ++

 白樺や落葉松の新緑が、山道の両側から覆い被さるように繁っている。
 空気は澄み、森の空気はしんと静かで、耳を澄ませば小川のせせらぎが聞こえてくる。川の流れに目を移せば、そのほとりに白いからまつ草が群生しているのがわかった。
 靴を押し返す草の感触はやわらかで、時折、人の気配に驚いたオンブバッタがひょいと跳ね、また草むらに消えていく。黄色い糸トンボが2、3匹、竹笹の葉の間を縫うようについ、つい、と飛ぶ。
 やがて道が切れ、空を覆い隠していた新緑のドームも終わりを告げる。
 緑色のヴェールから押し出された3人の前に、花々の咲き乱れる草原が突然、広がった。

 風鈴おだまき、やましゃくやく、九輪草、さんかよう、ノリウツギ――
「さあ、皆さま! ここでお弁当をいただくと楽しゅうございますわ」
 一面の花々が少し途切れている一角に、デルフェスは持参のビニールシートを敷いた。
 風呂敷包みも降ろして梱包を解き、酒瓶と紙コップを紗生と益零の前に置く。
 しかし肝心の弁当は、手荷物には入っていなかったのである。
 そう、デルフェスは「注文済み」とは言っていたが「持ってきた」とは言わなかった。考えてみれば、白やぎ号での移動時間は9時間半。テイクアウト弁当を持ち歩くには不適切である。
「もうすぐ、届くと思うのですけれど……」
 デルフェスが呟くやないなや、山道の方向から、とっとことっとこと白やぎが4匹、現れた。みなお揃いの紫のスタジャンを着て、それぞれひとつずつ弁当箱らしきものを持っている。
「すかいるーくれすとらんのていくあうとようおべんとうをおとどけにあがりましたー。『きんせいすてーきじゅう』ですー」
「とくせいべんとう『はな』でーす」
「とくせいべんとう『あや』でーす」
「とくせいべんとう『うたげ』でーす」
 白やぎたちは、益零の前に『謹製ステーキ重』と特製弁当『華』を、紗生の前に『彩』と『宴』を置いた。デルフェスにぺこりと頭を下げ、また、とっとことっとこと引き上げて行く。
「ちょっと。あんたらぁ何者だい?」
 声を掛ける紗生に振り向かず、白やぎたちは揃って前足を上げた(Vサインのつもりかも知れないが、判然としない)。
「「「「とおりすがりのすたっふですー」」」」

 茫然として弁当を見つめる益零と紗生に、デルフェスが心配そうに問う。
「お気に召しませんでしたかしら?」
「い、いや。吃驚しただけだ。しかし何やら、高そうな弁当だのー」
「あたしたちにふたつずつとは豪儀だぁね。鹿沼さんの分はどうするんだい?」
「わたくしはミスリルゴーレムですから、飲食の必要はないのです。でも、皆さまが美味しそうに食べてらっしゃるのを拝見したいのですわ。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
「嬉しいのー。まだ制覇してないものばかりだ」
「宜しゅうございました。益零さまの最近のご趣味を存じ上げておりましたので、ファミリーレストランのテイクアウトメニューから選んでみましたの」
「丁度、酒のつまみになりそうな総菜が詰まってるねぇ」
「おふたりとも、お酒はいける口でいらっしゃいましょう? わたくしお酌させていただきますから、さあ、どうぞ」
 弁当を食べ始めたふたりに、頃合いを見て紙コップを持たせ、デルフェスはまず純米大吟醸『白神のしずく』をなみなみと注いだ。

ACT.4■お酒……も……飲みま……せ……んか?

「秋晴れのいい天気だねぇ。鰯雲があんなに……って、あれ? 今は梅雨時じゃなかったかい? それともゴールデンウイークだったかね? や、鹿沼さん、もうその辺で」
「紗生さまは奥ゆかしくていらっしゃいますわ。そんなにご遠慮なさらないで。ささ、こちらは十四代純米吟醸『龍の落とし子』ですのよ」
「たしかにこの場所は、季節感を超越しとる感があるのー。山道の木の様子や、咲いとる山野草はみんな春めいたものばかりだが、空は秋っぽいようじゃし、おやぁ、向こうの『古の隠れ家』縦断オリエンテーリング方向にはスコールが来ておるぞー? む、ちと飲み過ぎかのー」
「まあまあ、益零さまも、お酒はたくさんありますから、どんどんお飲みあそばして。新しい瓶を開封しますわね。こちらは酒峰加越の最高傑作『黒ノ滴(くろのしずく)』ですの」
 デルフェスに勧められるままに、益零も紗生も、相当、かなり、大量の酒を摂取してしまっていた。
 空になった一升瓶が、2本、3本と、ビニールシートに転がっていく。
 やがて。

 からん。ばたーん!

 紙コップに新たに注がれていた黒麹仕込み芋焼酎『一葉の恋日記』を飲み干すなり、紗生は仰向けに倒れた。
 そのまま、すうすうと寝息を立て始める。
 益零はといえば、正常判断が出来ないほどに酔っぱらってしまっているというか、たがが外れまくりというか、邪神モードが陽気に全開というかで――
「何つーか、いい気分だのー。熱に浮かされる感じに似て……」
「素敵ですわ。お酒をお飲みになって、ハイになられるかたを拝見するのは楽しゅうございます」
「こう、世界中に何かを伝えたいというか……。おおそうか、この幸福な感じを大々的に広めるのに、パーッとアウトブレイクでもして」
「あら……?」
 デルフェスはそっと首を傾げた。
 
 ……パーッと?
 ……アウトブレイク?

 さすがに、益零がかーなーりーヤバ目なことを口走っているのはわかったので、世界平和を守るべく、デルフェスは喚石の術の構えをした――が。
 実行するには及ばなかった。
 むくっと起きあがった紗生が、益零の後頭部をげしっと殴り倒したからである。
 益零は前のめりに失神し、紗生も起きたのはその一瞬だけで、すぐにまた眠ってしまったのだが。

 ++ ++

 倒れたふたりを両手で軽々と運び、デルフェスはさらに奧へ進む。
 遠目に見えるのは、遥か昔にうち捨てられたとおぼしき、古い教会である。
 すでに花の草原は様変わりし、鬱蒼と生い茂る樹海となっていた。
(せっかくここまで来たのですもの。教会の中にもお入りになりたいですわよね)
 パンフレットによれば、その教会では、会えないはずの人と出会ったり、不思議な体験をすることができるらしい。
 教会に近づくにつれ、益零が身じろぎし、寝言(?)を叫んだ。

「おおおまえは……! いつぞや殺菌漂白剤で虐殺されてしまった部下4億6千345号と部下9兆とんで275号! こんなところで会えようとは!」

(まあ……。懐かしい部下のかたの夢を見ていらっしゃるのね……)
 ふたりを背負い直し、さらに歩を進める。
 いつの間にか日は落ちていた。
 コース別に分かれてから、随分な時間が経ってしまったらしい。

(銀河鉄道……もとい白やぎ号の、帰りの発車時刻に間に合いますかしら?)
 デルフェスはあくまでもおっとりと、首を捻ったのであった。


 ――Fin.



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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