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咆える青空厨房
■リッキー2号■

<人造六面王・羅火/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1538)>
<神納・水晶/東京怪談 SECOND REVOLUTION(3620)>
<新座・クレイボーン/東京怪談 SECOND REVOLUTION(3060)>
<二階堂・裏社/東京怪談 SECOND REVOLUTION(5130)>
<神代・遊馬/東京怪談 SECOND REVOLUTION(5330)>

  1

 心臓をわし掴みにされそうな、得体の知れないあの声は、今飛び立った極彩色の鳥の声だろうか。遠くからは、何の生き物だかわからないものの咆哮や悲鳴が断続的に聞こえてきている。
 鬱蒼と、視界を覆いつくす緑。
 見上げるほど背の高く、両手が回り切らないほどの幹。陽光を遮る幅広い葉。からまった蔦。足元を埋め尽す地衣類――。
 まさにそれを、熱帯のジャングルと呼ばずして何と呼ぼう。
「おっ、コレなんか、食えそーだな!」
「新座サン、あそこに果物らしきものが!」
「おーし、収穫、収穫!」
 なにやら、嬉々とした様子で、密林をかきわけ、目についた木の実や、木の葉の類をむしりとっているのは、新座クレイボーンと、神代遊馬のふたりである(正確には新座の足元には動き出した玩具のごときメカ恐竜が付き従っていたし、腕には有翼の蛇がまきついていたのだが)。
 と、そこへ、遠くから近付いてくる地響き。
「その図体で、なかなか走りおる!」
 茂みから飛び出してきたのは、燃えるような金まじりの赤毛をふり乱した羅火だった。
「おー、羅火、肉穫れた? 肉!」
「遊馬は食べませんけど、やっぱり肉がないとさみしいデスもんね?」
「今、来よるわい!」
 手を振る新座たちに、手短に応えて、羅火は走った。
「そんなところにいて踏み潰されんようにな!」
 彼が言い置いた言葉は――、めきめき、と樹木が倒れる音にかき消された。
 そこからあらわれたのは……
「っと、危ね!」
「象!? 象デスか!?」
「象っていうか、コレ……」
 ずしん、ずしん、と地をゆるがす重い足音を立て、茂みを踏みつぶし、木をなぎ倒して突進してきたのは、巨大な象……には違いないが、その全身を毛皮に覆われ、湾曲した牙をはやした…………マンモスだ!
 マンモスなど数千年前に絶滅したはずだ――などということを考えてはいけない。
 『白やぎ号』が案内するこの奇妙な遠足では何が起こるかわからない。
 それを言うなら、遊馬は古代ギリシア生まれのペガサスであるのだし、新座はペガサスとユニコーンの混血たる神馬(ユニサス)なのだから。
 マンモスは、怒り狂っているようだった。
 それが突進しているのは、羅火を追い掛けているというよりも、自分の頭にしがみついているものを、振り払いたいがために、めちゃくちゃに暴れ回っているということらしかった。
「はは、元気がいいな!」
 マンモスの毛をしっかりと掴んでいるのは、二階堂裏社である。
 そして、なぜかその裏社に、神納水晶がしがみついている。
 大亀に小亀ならぬ、マンモスの上に異界の竜、その上に妖刀の化身とは。
 なにがどうなって、そんなことになっているのかわからないが、要するに、かれらはこのマンモスと格闘を繰り広げているらしいのだ。
「こいつは、ちょっとしたロデオだな。もたもたせずに、はやくしとめちまえよ!」
 水晶は妙に楽しそうだった。
「でないと昼飯にありつけないぜ?」
 そう――。
 なぜかれらがクロマニヨン人さながらにマンモス狩りに精を出しているかというと、それは本日の昼食の食材をもとめているからに他ならない。人呼んで「弱肉強食サバイバルランチ」。食材は現地調達。思うがままに、戦って、倒して、狩った材料を使って、思うがままに調理して食え、という豪快な企画なのである。
「わかってるって、さあ、遊びはこれくらいだよ――」
 裏社は、しがみついている両手を離した。
 この危険なロデオの最中に、手を離すとは自殺行為かとも思われたが、彼はおそるべき下半身の力で、マンモスの頭にしっかりと跨がっている。スマートな水晶の腰まわりほどもありそうな太股の筋肉が張り詰めるのが、着衣の上からもはっきりとわかった。
 そのまま、両手を組んで握りこぶしにし、大きく振りかぶる裏社。そして、渾身の力でマンモスの脳天に叩き付けた。脳震盪でも起こさせて倒そうというのか、それとも頭蓋を叩き割るつもりか。
 しかし、マンモスもさすがで、なかなか倒れそうにない。
「こっちじゃ、こっち! しろ!」
 大声が呼ばわった。
 見れば、前方で羅火が、近くの樹木を引っこ抜いた(!)らしく、それをバットのようにぶんぶん振り回しているのである。
「よし!」
 裏社が、がんがんと、マンモスのこめかみを叩いた。それが誘導になったのかどうかわからないが、古代の象は羅火のほうに走っていく。それを迎え撃つ羅火は、4番バッターよろしく、木をマンモスに向かって振り抜く!
「っと!」
「ぬお!」
 衝撃に、裏社(と、自動的に水晶も)振り落とされた。
 マンモスは、そのままのけぞるようにして、吹き飛び……、重々しい轟音とともに地に倒れ伏す。そして、もう動くことはなかった。
「ふん、しとめたり」
 放り出した木の幹に片足を乗せ、誇らしげに腕を組む羅火。
「やった! 兄貴!」
 裏社が、駆け寄ってくる。その様子は、どこか、尻尾をふる大型犬に似て。
「ててて、気をつけてくれ、刃こぼれしたらどうしてくれる。……ったく、脳みそ筋肉兄弟め。石器時代でも普通に暮らしていけそうだな、やつら」
 ぶつくさ言いながらも、水晶も楽しそうだ。
「おー、穫れたなー。肉!」
「大きいのデス〜」
 新座と遊馬。
 これだけあれば、5人ぶんどころではない肉がとれるだろう。
 腹いっぱいの昼食にありつくことができそうだし、帰りの列車で食べる夕食ぶんもとれそうだ、と羅火は思った。
 そんな羅火の思惑などはるかに凌駕する展開が、後には待ち受けていたのだが……。

  2

「あれ、新座サンは?」
「逃げた。火を焚いてるあいだは寄ってこんじゃろう」
「そうデスか……」
 密林のあいだを流れる川がある。その岸辺の河原が、一行の、青空キッチンにしてダイニングである場所だ。
 石を並べて即席のかまどをつくり、火を起こす。
 羅火が手際よく、準備を整えていく横で、遊馬が、キャンプ用の折り畳みテーブルを広げ、食器を用意する。
 そのあいだに、水晶が、マンモス肉をさばいていた。
 なにぶん大きさが大きさなので(裏社がひきずって運んだ)、包丁などではなく、水晶がその肉体より引き抜いた神刀で、である。かつては某の神社の御神体であったという刀を肉をさばくのに使うのもどうかと思うが、その刀が、水晶の本体でもあるわけなので、他人がとやかく言うことではなかったかもしれない。実際、切れ味抜群で、面白いように肉が切られてゆくのである。
 他にも、マンモスと対戦する前に、羅火や裏社がしとめた野うさぎや地鶏が、すでにさばかれており、肉類には事欠かなかった。新座と遊馬の集めた野菜類も豊富だ。
「おい、しろ!」
「何?」
「マンモス狩り、ようやった」
「……? あ、ああ。でも、しとめたのは兄貴――」
「いや、ぬしのサポートがなければ、もっと厄介であった」
「そ、そう……?」
 羅火が、妙に手放しでほめるようなことを言うので、怪訝な表情を浮かべる裏社。
「疲れたじゃろう。きっと、疲れておるはずじゃ!」
「そうでもないけど」
「いいや、疲れは知らずにたまるもの。ぬしはあっちで休んでおれ。それか、新座を探してやつの散歩にでも付き合ってやるがいいぞ」
「え。でも、俺、この肉を料理し――」
「ならーーーん!!」
 羅火の血を吐くような叫びが、密林の空に響き渡った。
 必死なのも無理はない。過去に、裏社の料理で文字通り死ぬような目に遭っているのだ。ここで止めておかねば、本当に血を吐くはめになる。
「いや、俺、飯つくるよ。今日は自炊だって聞いてたからレシピだって」
「ここは兄の顔を立てるのじゃ! さあ、新座のところへ行ってやれ。独りでさびしがっておるに違いない!」
「ぎゃおとケツァも連れてるし、そんなことないと思うけど――」
「まあ、いいじゃん。俺も手伝うし?」
 水晶が、助け舟を出すように言いながら、裏社の肩に手を置いた。
 彼がマンモスの血に濡れた刀を振ると、その一振りで血はきれいに散って、きん、と静謐な光が、刀身から冷気のように立ち上った。
「むう」
 羅火は口をへの字に引き結んだ。
 水晶が手伝うというのなら、まだましか。
 羅火は、自分より背の高い弟の首を、ぐい、と引き寄せて、自分の腕に巻き込んだ。そして耳打ち。
「よいか、しろ。水晶はああ見えて、料理の腕前はちょっとしたものじゃ」
「え、そうなの?」
「じゃから、今日は、その技を盗むよい機会と心得ろ!」
「うん、わかった」
「よいか。すべて、やつの言う通りにやるのじゃぞ」
 しっかりと釘を刺しておいてから、解放する。
「腹が減った。さっさと仕度して飯にするぞ」
 そう言って自分は地鶏の羽毛をむしりはじめた羅火。
「じゃあ、はじめようぜ」
 刀をしまって、水晶が裏社に微笑む。
「兄貴に、ウマイもん食わせてやろうじゃん」
 彼が、にやり、と浮かべて笑みに秘められたたくらみに、裏社が気づくことはなかった。

「新座サーン」
 遊馬が、新座を呼びに来た。
「もうゴハンの準備できマスよ〜」
「あ、ホント?」
「遊馬も、がんばってお料理しましたから、食べてクダサイね?」
 新座の手を引きながら、ペガサスの娘は瞳を輝かせた。
「羅火サンと、裏社サンのつくってくれたお料理もありますヨ」
「えっ?」
 新座がちょっと妙な声を出した。
「あ……そうなのか。ふーん」
 果たして、河原の青空ダイニングには、すっかり食事の準備が整えられている。
「おおおおおお〜」
「…………?」
 新座は、羅火が感極まったような声をあげているのに出くわし、首を傾げた。
「腹でも痛いのか。何唸ってんの」
「これを見よ!」
 羅火はテーブルの上をゆび指した。
「これとこれとこれは、しろがつくったのじゃ!」
「…………。まあ、うまそうなんじゃね?」
 それは――
 たぶん、肉と野菜を炒めたものだとか、串焼きだとか、やきそばだとか、アウトドア系の料理の数々であった。
「少なくとも、見た目は普通じゃろうが!」
「普通だな」
「普通じゃ! 見た目だけでも! ……恩に着る! ぬしのおかげじゃ!」
 羅火は、水晶の両手をがっしりと握りしめると、熱い握手をかわした。
 次いで、弟に向き直り、
「わしは嬉しいぞ!」
 と言った兄の目は涙ぐんでさえいたかもしれない。
「そう? 喜んでもらえて俺も嬉しいさ」
 裏社の顔に浮かぶ満面の笑み。
「さあ、イタダキマショウ〜」
 遊馬に促されて席につく。 
「腹へったー。食おうぜ、食おうぜー。いっただきま〜す」
 新座がまず手をつけたのは、羅火がさばいた地鶏を使って遊馬がつくったというバンバンジー。
「おー、うまいじゃん」
「わーい、うれしいデス〜」
「どれ、わしも……」
「羅火には俺のつくった熊刺しをやろう。ほうら、食え」
 目の前にぐい、と皿を突き出す水晶。
「刺身の決め手は刃物にあるのは知ってるか? 切れ味のいい刺身包丁で切ると、それだけで味が違う。これは俺の刀で斬ったからな!」
「……御神体じゃろうが……」
「元御神体だな。いいから食えよ」
「ふむ」
 たしかに、味は悪くない。水晶の腕と道具もあるだろうが、材料が新鮮なのが大きいか。
「そいつがオードブル。前菜の次はスープだよな。こいつは裏社の作だぞ」
 と、置かれた椀には、透き通った液体が。 
「ほう、テールスープ……か?」
 食欲を刺激する、旨味が凝縮されたような匂い。
 うまそうではないか。羅火は目を見張った。
 これを裏社がつくったというのか。あの裏社が!
 見れば、弟が、きらきらした瞳で、兄を見つめていた。狼の姿でうろうろしているのはよく見るが、むしろ今の裏社はゴールデンレトリバー。尻尾がぱたぱたと揺れ、舌がはっはっと出されているのがその精悍な顔立ちになぜだか重なる。
「では」
 これならば、と、羅火は、ずずっ、とスープを啜った。

「――……」

 甘かった。
 いや、味が、ではない。
 おのれ自身が、だ。
 薄れてゆく意識の中で、羅火は、水晶の、このうえもなく邪悪な微笑みをみた。おのれ水晶。謀りおったな。

  3

 意識が飛んでいたのは、しかし、一分ほどのことだったようだ。
 そこはそれ、人造六面王の体力は並大抵ではない。……あるいは、度重なる悲劇に、徐々に、弟の料理への耐性が養われているということかもしれないが……。
 気がつくと、新座が、テールスープを啜っているところだった。
「ん〜。ちょっと変わった味だなぁ。これってマンモスのテール? つーか、どうやって味付けしたらこうなるんだよ。料理の本見てたんじゃなかったっけ」
「いつも、最初は本の通りにやるんだけど、途中で、ここをこうしたらもっと旨いんじゃないかな、とか思いつくんだよね」
「それは創作の神の囁きだ! 素直に従うのが吉だぞ。見ろ、旨さのあまり失神していた羅火が息を吹き返して、もっと欲しそうだ」
「いや、水晶、わしは……」
「あ、まだまだあるからね。兄貴が食い足りないってことにならないようにと思って……」
 ぎろり、と羅火の目が水晶を睨んだ。
「ぬし……」
「俺はテキスト通りに指導しているぞ。ただ、おまえの弟の背後に立つ創作の神の囁きがだな――」
「どう考えても、それは悪魔の囁きじゃ! 傍で見ておらんと止めんかい!」
「いや、俺も俺なりに努力はしている。おかげで見た目だけはまともになった」
「よけい、たちが悪くなっておろうが!」
「俺にももっとくれー。……あ。遊馬ももらうか?」
「うーん、テールスープですよネー。ちょっと遠慮しときマス〜」
「そっか、肉だもんな」
「…………」
 それが理由なのではなくて、本当は事の次第を察知しておるからではないのか、この女……、と羅火は横目で遊馬を盗み見たが、その表情の裏を読むことはできなかった。
 新座が、ヘンな味だ、などと言いながらも、ごくごくやっているのも脅威だが、よくよく考えるとユニコーンの混血である彼には一切の毒物を無効化する能力がそなわっているのだ。それは反則じゃ、と、ぼそり。
「さあ、スープのあとはメインディッシュだな。ステーキを出してやれよ」
 メフィストフェレス、ならぬ水晶の導きで、羅火の前に、でん、と置かれたのは分厚い肉のステーキ。粒コショウのふられた表面からは香ばしい匂いが立ち上っている。だが、それが罠なのだ!
「……」
「うまそうだろ?」
「……う、うむ。……ステーキ、か。要するに肉を焼いたのじゃな」
 そう。肉を焼いただけだ。焼き加減云々はあるかもしれないが、料理としてはシンプルなものだ。ただ、焼けばいいのだから。どこをどう失敗のしようがある? ……と、無理矢理、自らを納得させ、羅火は、それを一切れ、口に運んだ。

「…………ッ!」

 またもや、甘かった。
 もちろんステーキが、ではなくて、羅火の読みが、である。
 薄れていく意識の中で、羅火は、裏社の、どこまでも純真無垢な瞳を見た。ああ、弟よ。腕力ならば負けはしない。殴り合いならいつでも受けて立つ。だが、愛情を、凶器に変えるのはやめてくれ。

 意識が飛んでいたのは、しかし、三分ほどのことだったようだ。
 そこはそれ、人造六面王の体力は並大抵ではない。……あるいは、度重なる悲劇に、徐々に、弟の料理への耐性が養われているということかもしれないが……。……のわりに、さっきより、失神の時間が長くなっているのは、裏社の料理のパワーも上がっているのかもしれない。
 気がつくと、新座が、ステーキをがしがしと食らっているところだった。どうなっておるのじゃ、こいつは……、と呆れ顔をしているところへ、水晶が。
「おう、戻ってきたか? さあ、次のメニューは」
「待てぃ。その前にぬしもこれを味わってみるがいい」
「何」
「裏社がせっかくつくってくれたもの、ぬしにも味わってもらわねばなぁ」
 ぐい、と押し出した皿を、水晶ががっしと押しとどめる。
「いやいや、それはいかん。弟の愛はおまえだけのものだ!」
「それを分けてやろうと言っておるのだ!」
「罰当たりなことを言うんじゃない!」
「ぬしこそ、人の厚意を素直に受取らんか!」
 皿を押し付けあうふたり。
 ……と、傍で、黙々と、自分や羅火のつくったまともな料理を食しながら、微笑ましいやりとり(?)を眺めていた遊馬が、ふいに、食事の手をとめて、あさっての方向へ視線を飛ばした。
「…………?」
 がたり、と立ち上がると、おもむろに……服を脱ぎ出す。
「おわ! 何してんだ!?」
 新座がぎょっとして言うのへ、
「服脱がないと羽根が」
 と、応える。
「へ?」
 首を傾げた新座の前で、遊馬の背には、輝くような純白のペガサスの翼があらわれる。
 そして、それが優雅にはばたくと、彼女の身体はまるで天球に吸い寄せられるように、一息にはるか高空へ。
 そこで、周囲を見回していた遊馬、一方をゆび指して、地上へなにか叫んでいる。
「なんだ? 聞こえねえ。あっちに、何か……?」
 新座が聴き取ろうとするが、その声は、
「いいから食え!」
「おまえが食えよ!」
「強情なやつめ!」
「どっちがだ!」
 羅火と水晶の声にかきけされ――
 やがて、それさえ遮る、地ひびきのような音。
「なんか……来る……?」
 まさかまたマンモスか。
 否――。
 樹木をなぎ倒して、姿を見せたのは、後足で直立歩行する巨大な爬虫類!
 これが何かと言われれば、ティラノザウルス?と答えざるを得ないだろう。何でそんなものがいるのかは別にして。
「すっげー! 見ろよ、ぎゃお、恐竜だ!恐竜! おーい、羅火、恐竜が――」
 まっすぐにこちらへ向かってくる爬虫類。
 水晶の目が、ちらり、と恐竜を一瞥する。
「おっと、手が滑った!」
 むしりとった皿を、恐竜めがけて放り投げた。
 パクリ。
 かッと威嚇の咆哮を放たんと開けられた、ずらりと牙の並んだ顎の中へ、料理は消え……、しばしの沈黙の後、それは轟音とともに巨体を地に沈めた。
「…………なんつぅ古典的なネタを」
「さあ、食事を続けよう。次だ、次!」
「なあ、兄貴」
 裏社が、ぽつりと言った。
「ん? 何じゃ」
「この恐竜。……食えるかな」

「え」

  *

「遠足、楽しかったデスネー」
 帰りの『白やぎ号』である。
「マンモスに恐竜までいるとは思わなかったよなー」
 新座の脇でメカ恐竜がぱたぱたと尻尾を振った。
「……ところで、羅火サンはお疲れデスか。さっきから微動だにされまセンが……」
「まあ、なんだ。いろんな意味で『お腹いっぱい』なんだろうさ。……送って行けるやつがいるからいいだろ」
 水晶が、裏社へ目を遣った。
「俺が背負って帰るよ」
 それを聞いて、新座が、
「気分悪いときはうつぶせにさせないほうがいいぜー。背負うよりもさ……」
 裏社にこそこそと耳打ちをする。
 それが親切なアドバイスだったのか、邪なイタズラだったのかは、わからないが……。


 頭がぐらぐらする。
 はっきりしない意識の中で、羅火は、しかし、自分が裏社に抱えられているのを感じている。
 両腕で、抱え上げられて、運ばれているのだ。
 いわゆるお姫さまだっこというやつだ。
 海外の恋愛もののペーパーバックの表紙とかによくあるあれだ。
 『白やぎ号』を降りて、東京の街中を、人々のいきかう雑踏の中を、身長199センチの大男に抱えられて運ばれているのだ。
 すれ違う人々の視線とか、囁きかわす声とかは……あえてもう気にしないことにした。というか、するしかなかった。
 いっそ何も聞こえない、考えられないふりを決め込んで、固く目を閉じ、弟にゆだねる。
 ぐるぐる回る、カオスな頭の中で、密林にこだまするマンモスと恐竜の咆哮が、いつまで響いているのだった。

(了)



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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