もし、それを偶然と言い張るなら、それは神様が押し付けた必然に違いない。そんな‥‥見えざる運命の糸に引かれて、2人‥‥東雲辰巳とレミエル‥‥は、駅のホームへと足を踏み入れていた‥‥。
「0番ホームか‥‥」
修学旅行や、遠足と言った学生も多い中、彼‥‥東雲は、目的の女性を探す。緋色のドレスを鮮やかに着こなした、黒髪の女性‥‥レミエル。
「さて。仕事とは言え、この小うるさいガキんちょどもを、どうしてくれようかしら‥‥」
天使の名を持つ彼女は、周囲に溢れる感情エネルギーに、心なしかほくそ笑んでいる。だが、そんなレミエルに、近くの柱の影から、東雲はこう言った。
「おっと。今日は『仕事』は勘弁な。ターゲットなら、他の奴にしてくれ」
肩越しに、彼の姿を見つけたレミエルは、面白くなさそうに答える。
「‥‥あんた、またなの?」
「ご挨拶だな。まんざら知らない仲じゃないってのに」
つかつかと足音を立てながら近付き、逃げようとする彼女の腰を、東雲は、やや強引に引き寄せた。
「こっちはボランティアじゃないんだけど」
逃れようとはしない代わりに、彼女は厳しい目付きで睨みつけてくる。
「感情なら、俺が賄うさ」
レミエル達天使の一族は、感情エネルギーを糧とする。彼女1人を養う程度の感情ならば、いくらでもくれてやる‥‥と。
「それに‥‥子供に手を出すと、あいつらがうるさいぞ?」
そう言いながら、東雲は周囲を見ろと促す。「‥‥誰がそんな事」と、口では言いつつも、言われた通りに視線を向ければ、2人を取り囲む気配。
「今動くと、連中が黙ってないしな。俺も、同僚を相手にはしたくない」
耳元で、そう囁く東雲。心なしか緊張しているような声なのは、警戒しているせいなのだろう。それに気付いたレミエルは、仕方なさそうにこう答える。
「あんたの言う事なんて、聞く義理はないけど。そうね‥‥1人でどうこう出来る量でもなさそうだし」
そして、するりと東雲の腕から抜け出ると、今しがた入って来たばかりの電車‥‥白ヤギの紋章で飾られたそれへと、足を向けた。
「どこへ?」
「決まってるでしょ。仕事よ、仕事」
ただの、接客業だから。と、レミエルはくすりと口元に笑みを浮かべ、東雲を安心させてくれる。
「そうか‥‥」
どこかほっとした様子の彼、そう言って、レミエルの後ろへと寄り添っていた。
「って、なんで付いて来るのよ」
「俺は客だぜ? さ、御案内してもらおうか。美人のCAさん♪」
ポケットから出した、乗車チケットを見せ付ける。それには、どこから手に入れたのか、白やぎ号の個室ナンバーが書かれていた。しかも‥‥2枚。
「知らないっ。あたしはスチュワーデスじゃないのよっ」
ぷいっとそっぽを向きつつ、自分の名前が書かれたそのうちの1枚をもぎ取るレミエル。口では反論しつつも、ちゃんと付き合ってくれるつもりの彼女に、東雲は満足そうに微笑む。
(ま、こうでもしないと、お泊りデートなんて、させてくれそうにないしな‥‥)
へそ曲がりな恋人の姿に、彼はそう思うのだった。
人、それを確信犯と呼ぶ。
そして、数時間後。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」
個室に呼び出されたレミエルは、ぷりぷりと頬を膨らませていた。
「そう怒るな。いつものお前らしくもない」
もっとも、怒られている方の東雲は、紅茶を傾けつつ、優雅にそう返答している。
「何言ってんのよ。いくら私だって、10分毎に呼び出されたら、キレるの当たり前でしょっ」
「お前さんの場合は、そうしなくたって、つんけんしてるだろ」
言い募るレミエルだったが、彼はまったく顔色を変えない。むしろ、彼女がそうやってつっかかってくる姿を、にやにやと楽しんでいる風情だった。
「あんたがそうさせるからでしょっ」
「そうか? それに、ベッドじゃ大人しいけど」
しれっとそう言って、彼女を黙らせる東雲。ちょっと大人すぎる物言いに、レミは顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
が、その直後、車外にまで漏れ出る程の光が、東雲を襲った。
「痛ぇ〜」
見れば、個室のベッドの上で、レミエルからツッコみ代わりの攻撃を食らい、ひっくり返っている彼がいる。
「しばらく反省してなさいっ。恥ずかしい事言うんじゃないのっ」
頭をハルバードで小突かれるとか言う、傍から見てると、とても痛そうな東雲を、そう言って放り出すレミエル。
「照れちゃって」
まだ、耳まで真っ赤になっているのを、目敏く見つけた東雲は、ひっくり返りながらも、そんな事を言っている。おかげで、「何か言った?」と、レミエルに睨まれる始末。
「いえ、別に〜」
シーツを被りながら、1人、満足そうに答える東雲だった。
反応を楽しむのも、また楽しからずや。
その日の深夜。
「さて、これで全部か‥‥」
先ほどまで騒いでいた修学旅行生や学生達も、草木も眠る頃合となると、シーンと静まり返っている。そんな中、一通りの仕事‥‥と言うより根回し‥‥を終えたレミエルは、用意された個室に、そっと足を踏み入れていた。もう眠っているであろう、彼を起こさないように。
ところが、である。
「お帰り、レミ」
予想に反し、個室では、東雲が眠い目をこすりながら、出迎えてくれた。
「って、まだ起きてたの?」
驚くレミエルに、彼は唇に指先を当てて、「しーっ。皆が起きてくる」と声を潜めさせる。
「ご、ごめん‥‥。ってか、アンタも早く寝ればいいでしょうに」
なんでこんな時間まで、起きてるのよ‥‥とでも言いたいのだろうか。それとも、ただ戸惑っているだけなのだろうか。視線を泳がせながら、そう尋ねてくるレミエルに、東雲は真顔で囁く。
「夜景‥‥一緒に見たかったから」
「え‥‥」
調子を落とし、低い声音で。反応を遅らせた彼女を、彼は引き寄せ、後ろから抱え込んでいた。
「こんな風に」
そのまま、窓辺へと押し付ける。鏡のように磨かれたその窓は、抱き疲れた自分達を、まざまざと映していた。
「ちょ、ちょっと‥‥」
あまり、力の入っていない腕で、押しのけようとするレミエル。その腕をやんわりと掴んだまま、彼は安心させる様に言った。
「大丈夫。皆、寝てる」
「そう言う問題じゃなくってっ!」
思わず声を荒げる彼女に、「しーっ」と声を押さえさせる東雲。まだ、肩を張ったままのレミエル。低く唸るように、抵抗する彼女に、東雲はこう囁く。
「大丈夫。誰もいないから。俺にだけは、気を張らなくてもいいから」
まだ、外モードのレミエルを、落ち着かせるように。
「どうしても‥‥って言うなら‥‥」
程なくして、彼女の体がほぐれてきた。ようやく、自分の気持ちに正直になる事にしたのだろう。それでもなお、仮面を脱ぎたがらないレミエルに、東雲は「どうしても☆」とダメ押しする。
「じゃあ、少しだけよ。私だって、疲れてるんだから」
その台詞に、レミエルはそう言って、窓際のベッドに腰を下ろした。ほっとした表情で、東雲に寄りかかってくる。折りしも、外を流れるのは、消え残った街のネオン。それを、少し寂しそうな顔で見つめながら、彼女はこう続けた。
「夜景か‥‥。作り出された光なのに、どこかほっとするのは、闇を畏れる性だからかしらね‥‥」
今は、消しているけれど、彼女の身体を現世に繋ぎとめているのは、天に属する力。一般人には、光の使徒として認識されている自分達は、羽虫の様に、惹かれるのだろうかと。そんな思いがよぎっているのだろう。
「魔も天も、元々は人さ。還りたいと思うのは、当然だろ」
だが、東雲は首を横に振る。覚醒する前は、お互いに人間。東雲とて、魔に属する者ではあったが、そうなる前は、人の子だったのだから。
(それに、もう君を失いたくない‥‥)
こうして、寄り添える温もりを、手放したくないと思う東雲。知らず、肩に回した手に、力が篭る。
「還れないのにね‥‥」
そう呟いて、それきり黙るレミエル。見れば、安心したのか、既に夢の中だった。
「もう寝ちゃったのか。疲れてたんだな」
仕方ないよな‥‥と、今度は東雲が、少し残念そうな表情で、彼女をそのままベッドに横たえる。効き過ぎた冷房で、風邪を引かないように、腰の辺りまで毛布をかけて。
「お休み。俺の天使」
そのまま、起こさないようにそっと口付けるのだった。
東雲が目を覚ましたのは、それから数時間後の事だった。
「しまった。俺まで寝てしまった‥‥」
はっと気付けば、既に空は白み始めている。寝ぼけた頭をはっきりさせようと、軽く横に振っていた東雲に、かけられたのは。
「おはよ」
そっぽを向いたままの、レミエルの声。すぐ隣に。
「あんたが勝手に寄りかかってきたから、身動き取れなかっただけよ」
服は、昨日のままである。それどころか、同じベッドで眠ってしまったらしく、まだ毛布をかけたままだ。
「それは悪い事したな」
素直に謝る東雲。内心、勿体無いぞ! 俺! と思いながら。と、彼女は安心したのか、「あふ‥‥」とあくびを噛み殺している。
「おかげで、ゆっくり眠れなかったじゃないの。責任‥‥取りなさいよね」
「責任って‥‥?」
まさかこれから一戦‥‥? と、顔をにやつかせる東雲に、レミエルはぼそりとこう呟いていた。
「あと1時間じゃ、二度寝も出来やしないわ」
「あ、ああ。そ、そう言う事か‥‥」
ほっと胸をなでおろす東雲。いや、彼も一応成人男性なので、それなりに興味も本能もありはするが、流石にこの状況では、壁の薄さ的に具合が悪い。時間を見ると、既に明け方近かったし。
「そうだな。サロンは、24時間開いてるんだっけ」
ややあって、彼はそう尋ねた。
「え、ええ‥‥。でも、6時になったら、食事の仕度があるから」
余り時間はない‥‥と訴えるレミエルに、東雲は「それだけあれば充分さ」と答え、彼女をサロンへと誘った。時計は丁度5時40分。事前に知らされた予定では、日の出の刻。
「朝日‥‥か。私達には、まぶしすぎる光景ね‥‥」
進行方向左側の窓から、流れる車窓を照らし出す太陽の光。美しい筈のその光景に、レミエルは複雑な表情だ。
「そうでもないさ。俺達は、ヴァンパイアじゃない。日の光は、等しく全てに降り注ぐのだから」
そんな彼女に、東雲はそう言ってのけた。キラキラと窓に反射した光は、レミエルの白すぎる肌に零れ落ちて、天然のアクセサリーとなっている。病み上がりと言っても過言ではない細い体は、東雲には女神に見えた。
「だと、良いわね‥‥」
ただし、儚く消え入りそうな‥‥暁の女神に。
「俺が、そうしてみせるさ。いつか、な」
その微笑みを、二度と亡くしてたまるかと、東雲は心に決めて、そう言った。そんな彼に、レミエルは「ありがと」と、素直に礼を言い、体重を預けてくる。
そんな2人を、現実に引き戻したのは、盛大な腹の虫。
「健康な証拠だな」
「あたしには、目覚まし時計代わりよ。じゃ、着替えてくるわね」
お互い、苦笑しか出てこない。時計を見れば、そろそろ朝食の時間だ。手製の‥‥と言うわけではないが、自分にも運んでくれるつもりらしいレミエルの態度に、東雲は「おう」と、彼女を送り出す。
(何か引っかかるわね‥‥)
もっとも、レミエルとて、彼とは長い付き合いだ。あれだけラブコールをしていて、何もせず‥‥と言うのは、考え難い。まだ、隠し玉を持っているだろうと、いぶかしむ。
その予感が的中したのは、それから30分後の事だった。
「‥‥‥‥ちょっと」
顔を引きつらせて、東雲の前に現れるレミエルさん。
「なんでしょう?」
してやったりと言った表情の彼。
「これはどう言う事よっ」
「何の事かなー」
文句つけるレミエルに、嘯く東雲。と、彼女はその襟首をぐいっとつかみ、食ってかかった。
「とぼけるんじゃないわよっ。白やぎ号の制服、なんでメイド服になってるのよっ」
あくまでも「さぁー」と、さも自分のせいじゃないと言い張る東雲に、怒り心頭のレミエルさん。見れば、その衣装は、特急列車の給仕服ではなく、裾の長い、パフスリーブの古風なメイド服だった。
「だいたい、なんでロング丈なのよ。動きづらいじゃない」
その割には、エプロンは言うに及ばず、カチューシャまでばっちりセットし、髪も邪魔にならないようアップして、完璧なエレガントメイドになっている。
「たまには、かっちりした格好も良いかなーって。ほら、いつもスリット入ったドレスだし、ミニ丈は、以前やったしな」
自慢のチョイスらしく、べらべらと理由を述べる東雲さん。
「ほほーう?」
「あ」
余計な事をくっちゃべったと気付いたのは、レミエルが異空間あたりにしまっていたハルバードを取り出した刹那だった。
「やっぱりお前かっ!」
「バレたかっ。まぁ良く似合ってるから、良いじゃないか」
振り下ろす彼女の一撃を、ひらりと避ける東雲。座っていた椅子が一つ、犠牲になった。
「待ちなさぁぁぁいっ!」
「車内は走るなって、言われてなかったっけー?」
そのままひょいひょいと車内中を逃げ回る彼を、周囲の状況なんぞお構いなく追い掛け回すレミエル。しかし、鬼ごっこはそう長くは続かなかった。
「ほらほら、そんなに走ると危ないってー☆」
「あたしを誰だと思ってんのよ! うわっ」
ただでさえ、動き難いロング丈。その上、決して広いとは言えない車内。彼女が、足を滑らすのに、それほど時間はかからない。
「ほら、言わんこっちゃない」
転んで尻餅をつきそうになった彼女を、受け止めた東雲は、そう言いながら、ひょいっと持ち上げてしまった。
「離せー!」
「メイドさん1人、テイクアウトで♪」
じたばたと暴れるレミエルの文句なんぞ端から無視し、そのままお姫様抱っこで、部屋へと戻って行く彼。「こらぁぁぁぁっ!」と怒鳴り散らす彼女の声は、聞こえないふりだ。
だが。
「で」
電車を降りた彼女、待合室のベンチで、なんだか不機嫌そう。他に誰もいないのに。
「ん‥‥」
その理由は、隣で爆睡している東雲にあった。
「なんで攫われたお姫さまが、攫った方を抱えて帰るはめになるのよ」
普通は逆じゃないのよ‥‥と、寝こける彼をしげしげと眺めながら、そう呟く。
「レミ子ちゃーん‥‥」
そんな事なんぞ、まったく気付いていないのか、東雲は寝ぼけたように、レミエルに抱きついている。
「あーもー! 起きなさいよぉぉぉぉ!!」
ゆさゆさと彼を揺さぶる彼女。この後、2人がどう言うデートをしたかは、また別の機会に。
【ライターより】
そんなわけで、今回はねぼすけな東雲さんを書いて見ました。少し勿体無い事をしているような気がしますが、まぁそれも東雲の策略なんでしょう。ツンデレ娘は、人前だとめさめさ気が強いですから(偏見)。
あと、その他の事に関しては、何かやる時は一応告知を、枠は何時でも大歓迎とだけ、お答えしておきます。
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