「それでは、行って参ります」
シーサイドバーベキューの準備を進める仲間達を円らな黒い瞳に映し、人型退魔兵器・R−98Jは告げた。『一人で大丈夫か?』と訊ねる青年の視界は、蒼穹と小波が揺れる海辺の砂浜を映し出し、ゆっくりと降下してゆく。捉えたのは、コバルトブルーの迷彩軍用ヘルメットを目深に被っている中学生位の小柄な美少女だ。ショートヘアの黒髪から覗く、純真無垢さを醸し出す愛らしい風貌を僅かに上げ、R−98Jは見つめていた。彼女の衣装はヘルメット同様に迷彩柄が施された軍用の物だ。陽光に照り返すドックタグが幼い少女と不釣合いに見えなくもない。少女の円らな瞳がクンと細まり穏やかな色を見せる。
「ご心配ありがとうございます。わたくしはロボットですから問題はありません。釣竿、借りて行きます」
「でも、可愛い女の子一人で食材探しは‥‥」
「‥‥!? だ、大丈夫ですから」
カッと染まった顔を慌てて逸らし、小柄な軍服少女は踵を返すと岩場へ向けて歩き出した。
ロボットという割りには砂浜が飛沫をあげて陥没する訳でもなく、どこから見ても普通の人間と変わらない幼い少女だ。釣竿と肩に魚を入れる大きなクーラーボックスを掛け、R−98Jは遠ざかってゆく。途中で砂浜に躓いて突っ伏す姿が不安だ。慌てて半身を起こして振り返り「だ、大丈夫ですから」と告げたが、青年は頭の上に汗マークを浮かべた事だろう。否、もしかするとドジっ娘な片鱗にときめいたかもしれない。
『おい、あの娘、なんだって?』
『あ、あぁ‥‥ロボットだから心配いらないって』
『でも‥‥ロボットなら海に落ちたらショートしたりしないのかしら?』
『軍用なんでしょ? 防水加工されてるわよ♪』
仲間達の声は気楽なものだった。否、それ以前に誰も少女のロボット説を疑う者はいない。それもその筈、2泊3日の臨海学校として『大磯海岸』を訪れた者達は、一見普通の人間と変わらないものの、誰もが特異な性質を持っているのだ。
尤も、外見から特異も者はいるらしいが――――。
●孤高の戦場
「ここがよさそうです」
R−98Jは切り立った岩場から波打つ海面を見つめた。恐らく彼女の瞳は、海底までの深度や魚介類の泳ぐ様子がディスプレーされているのかもしれない。
テキパキと携えた釣竿の釣針に餌を付け、ウキと重りを確認すると、スックと立ち上がる。ヘルメットから覗く黒髪を潮風に揺らしながら一呼吸おくと、一気に釣竿を薙ぎ振るった。絶妙のタイミングでリールから解き放たれる釣り糸を固定し、沈黙を守る。耳に流れるは、波の音と海鳥の声だ。
さて、彼女達はシーサイドバーベキューと言えど、食材が皆無だった訳ではない。
アウトドア気分を満喫できるバーベキューは、野菜と肉が予め用意されており、捕獲する必要は絶対では無かった。ただ、育ち盛りには満足できる量では無かった為、海や川で活きの良い魚介類を取って焼いて食べる必要もあったのである。
――わたくしが食材を確保して来ます。
その役目を買って出たのがR−98Jだった。
協調性を重視する彼女は、各々の担当を分析し、自分に最も相応しい任務を選択したのである。長閑な海岸とはいえ、危険が伴わない保障はない。否、大磯海岸に何か危険なものを感じたのだろうか。
「‥‥確保ッ」
キュッとタイミングを合わせて竿を動かし、一気にリールを巻き上げる。真剣な眼差しは遠くの海面を捉えており、釣られるものかと足掻く獲物と駆け引きが展開された。恐らく、静かなる海中での戦いも少女には見えているのかもしれない。左右に暴れる釣り糸と撓る釣竿を巧に捌き、大物との激闘は続いた。
やがて敵は疲弊したのか、リールはそのまま巻かれてゆき、海面から大きな真鯛が姿を見せる。どうやら観念したらしく、獲物は程なくクーラーボックスに放り込まれた。続けて次の獲物を確保すべく、再び竿を振る。ゆるやかに流れる刻は平穏に続いた‥‥。
●敵確認!
――そろそろクーラーボックスに入り切らないほどに魚が獲れた時だ。
「大きいですッ」
竿を引きながらリールを左手で巻き上げた。竿を持つ右手はプルプルと戦慄き、彼女の力でも巻いてゆく速度は鈍い。これが釣れたら多分ボックスには収まり切らないだろう。両手で抱えて仲間の許に帰ったら、皆はどんな表情を見せるだろうか? そんな事を思考していたら自然と愛らしい蕾のような唇は微笑みを模っていた。しかし、敵も簡単に釣り上げられる様子は見せない。
「失敗すれば釣り糸が切れてしまいます。わたくしのミスです‥‥特殊なワイヤーを装備するべきでした‥‥くッ!」
ズズッと足元が引っ張られた。ロボットといえ、性能は外観同様に低めである。股の間で釣竿を支え、重心を低く構えて堪えてゆく。次第に余裕の色は消失し、奥歯を食い縛る。
「ここで、リールを開放しても、獲物は糸の分を、余裕で、泳いでゆく、でしょう。いずれにしても、糸は切れて、しまい、ますッ」
途切れ途切れに紡がれる声は力負けしている証拠。多分に彼女の体内では稼動モーターが唸りを響かせているのかもしれない。
「あんッ!?」
刹那、途端に敵の動きが軽くなり、少女は半信半疑の声を洩らし、体勢を崩した。R−98Jは今が好機とリールを巻き上げてゆく。その時だ。津波の如き飛沫が膨れ上がると共に、何かが高速で向かって来た。次第に釣り糸は弛んで絡まってゆく。それほどまでに速いのだ。例えれば魚雷といえるだろうか。
「あれは‥‥」
少女の黒い瞳が研ぎ澄まされた。竿を開放すると直ちにクーラーボックスを叩き閉じて肩に掛け、一気に岩場を蹴って宙を舞う。同時に彼女の立っていた場所は爆発したように弾け飛び、周囲に岩の塊を砲弾の如く撒き散らせた。シーサイドバーベキュー現地から距離がある為、被害は無いだろう。尤も、派手な衝撃音が轟き、噴煙が舞い上がった事に誰かが気付いたかもしれない。
「妖魔ですか!?」
少女は砂浜に着地すると身を翻した。視界に映るは巨大な蟹の化物だ。この世の全てを切断しそうな強靭そうな鋏に、R−98Jが格闘した大物が無残な姿で付着していた。
「折角の獲物を‥‥どうしてくれるのですか!?」
表情に怒りを露に見せず、少女は身構える。しかし、化物は返事の代わりに大きな鋏を振り上げた。狙い定めたのは目の前で佇む幼き娘。僅かにタメを作ると、貫くように突き落とす。瞬間、R−98Jの足元で何かが高速に回転しながら砂飛沫を巻き上げ、甲高い音を響かせて砂上の海を掻き分けながら鋏の洗礼を躱してゆく。彼女に固定装備されている靴底のローラーダッシュ機構が稼動したのだ。尚も次々と放たれる攻撃を、サーフィンでも行っているかの如く巧みに体勢を変えながら砂飛沫のシュプールを描いて回避。次々と砂浜に巨大な噴煙と共に穴が形成される中、至近距離に迫った。左手で突き出した右腕を支えて蟹の化物を捉える。
「懐に入れば戦車と同じです!」
刹那、少女の右腕が『ロケットパンチ』の文字通り放たれた。鈍い衝撃が蟹の懐で炸裂すると、妖魔はガクリと多関節の脚を折る。曝け出された甲殻に黒い靄の如く浮かび上がるは苦悶を描く人の顔だ。
「やはり妖魔でしたか‥‥。この禍々しい波動は怨念に満ちています。退魔します!」
弧を描いて磁力に引かれたようにR−98Jの右腕が戻る。蟹妖魔は再び多関節の脚を軋ませながら踏ん張り、巨大な鋏を振り上げた。しかし、少女は軍用ヘルメットから円らな瞳で上目遣い、見据えたまま動こうとしない。きっと、その黒い瞳では様々なデータが羅列されているのだろう。
「‥‥弱点は」
R−98J目掛けて鋏の洗礼が叩き込まれる。いくらロボットといえど、身体よりも大きな甲殻物質を食らえば無事では済まない筈だ。刹那、くんッと瞳が研ぎ澄まされると、靴底のローラーダッシュ機構が唸りをあげた。紙一重の差で砂飛沫を巻き上げ、急速に後退する少女。軌道を変えられない鋏の洗礼は砂浜に噴煙を吹き上げながら深々と突き刺さった。その時だ。
甲高いローラー音を響かせ、砂飛沫を後方に巻き上げながら鋏目掛けて突っ込んでゆくと、そのまま蟹妖魔の腕を路面の如く捉え突き進んだ。砂浜でさえ自由にシュプールを描くローラー機構は、恐らく特殊な力が働いているのだろう。ガリガリと甲殻の破片がローラーから巻き上げられ、キラキラと陽光に照り返していた。化物の腕の終着点に差し掛かると、R−98Jは宙を跳んだ。左右の腕を突き出し、狙い定めるは背中の甲殻に浮かぶ禍々しき存在。
「そこです!」
ロケットパンチの反動と共に少女が軽く後方へ吹っ飛ぶ中、放たれたか弱そうな鉄拳は甲殻に浮かび上がる苦悶の顔へ吸い込まれた。鈍い衝撃と共に響き渡る断末魔。砂浜に着地したR−98Jは確かな手応えを覚えた。蟹妖魔が苦しげに戦慄いた次の瞬間、化物は派手に弾け跳んだ。靄を纏った甲殻の残骸が砂浜に四散する。
「‥‥蟹料理も提供できると思っていましたのに、残念です」
――いや、流石にこれを食材にするのはいかがかと思うぞ、R−98J‥‥。
少女が仲間の所へ戻ろうと踵を返そうとした時、四散した残骸が靄を変容させる様子を捉えた。それは蟹妖魔の姿。四散した分、大きさは小さいが数は夥しい。一斉に飛び掛ったらR−98Jとて無事では済まないだろう。彼女は慌てる風でもなく、ヘルメットのアンテナを伸ばす。
「戦いは数ですか。正しい判断です」
少女が愛らしい風貌に不敵な笑みを浮かべた刹那、蟹妖魔は一斉にR−98Jへ飛び掛った――その時だ。天空から幾つもの銃弾雨が降り注ぎ、次々と妖魔は光の粒子と化して弾けてゆく。何事かと空を仰いだ蟹の軍勢は我が目を疑ったかもしれない。
――空から武装した少女達が降り注ぐ光景。
容姿はR−98Jと寸分の違いもなく、異なるメカニカルなユニットや武装によって的確な戦術を展開させながら次々と妖魔を狩ってゆく。その数は妖魔を遥かに凌駕しており正に軍団である。数の暴力は瞬く間に妖魔を抹殺した。愛らしい少女達が集まり、同じ顔と敬礼を交わす。これではR−98Jがどれなのか見分けるのは至極困難だ。
――そう、彼女達は量産型。R−98Jも量産された一つに過ぎないのである。
「任務完了しました」
「了解です。帰還後、報告をお願いします」
『おーい!』
耳に青年の声が聞こえると、少女達が砂煙を巻き上げて散らばってゆく。心配になって探しに来たのだろう。駆けて来る仲間達の姿が映ると、R−98Jは頬を染めてはにかんだ。
「‥‥心配の必要はいりませんのに‥‥あッ」
歩き出した少女が足を縺れさせ、派手に転んだのは動揺の証拠だろうか――――。
●ライターより
この度はイベント発注ありがとうございました☆ はじめまして♪ 切磋巧実です。
今回は発注内容が無記入だった為、シチュエーションは切磋の方で選ばせて頂きました。
出来る限りPCデータを元に演出させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けたら幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
それでは、また出会える事を祈って☆
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