トップページお問い合わせ(Mail)
BACK

露天風呂スペシャルバトルロイヤル
■市川智彦■

<江橋・匠/東京怪談 SECOND REVOLUTION(5387)>
<ジョン・マイケル・デービット/聖獣界ソーン(3028)>
<アデリオン・シグルーン/サイコマスターズ アナザー・レポート(0585)>

 これぞ、まさに日本を代表する大自然。大磯海岸はいつもと変わらぬ表情だ。彼は貸切バスでこの地にやってきた生徒たちに「これでもか!」と言わんばかりの絶景を見せつける。未成年が「これが抜けるような青空か〜」などと風情だの情緒などを解するにはいささか早い気もするが、それを感覚的に受け止めているに違いない。それと比例するほどの楽しさがここからいくつも生まれる予感……がしているはずだ。


 現地ですっかり意気投合した男3人、匠、ジョン、アデリオンは宿泊用のドーム型テントをおっ立てて、しばしとんでもないビーチフラッグなどを見物した。この競技、あらゆる意味で見所満載。ただ彼らの見方はずいぶん異なる。匠は競技自体にツッコミどころが満載すぎて口をあんぐりさせていた。逆にジョンは方向性の違うツッコミを大声で連呼。アデリオンは競技内容を大ざっぱに記したパンフレットと必死の挑戦者を交互に見ながら、ひとり静かに分析を行っている。
 もちろん全員がちゃんと楽しんではいるのだが、どうも匠は他のふたりと比べて「ド」がつくほどのノーマルであると自覚した。だが、それを是正する気はさらさらない。むしろ合わせるととんでもないことになる。片方は無茶で無鉄砲なテンションの濃厚メリケン、もう片方は人間観察とコンピュータ分析が大好きな青年……つまるところ、向かっているベクトルがあまりにも違いすぎるのだ。だからどちらかのマネをすると、おかしな偏りができてしまう。そうなるとせっかく結成した仲良しトリオの均衡が崩れる。だから自分は真人間……いや、ドノーマルでいい。彼はそんな考えを胸の奥深くにしまいこみ、今日という日を大切に生きようと決心した。

 そんな彼の声がおつむの足らないサイバーに届いたのだろうか。個人的な用事で競技の途中で抜け出し、先にテントへと帰った匠に向かって外からジョンが呼ばわる。困ったことにこのハイテンションボイスはよく通るし、よく響く声なのだ。テントの設営の際には非常に役立ったが、今ではただの迷惑行為と化している。さっきのビーチフラッグ見物の延長上にある種類の声の張りだから、匠もすぐに察しがついた。

 「ヘイ、ブラザー! ミーのサイバースコープとcoolなメカで、女湯のピーピングもvery easyだぜ! イヤーハー!!」
 「わりぃ……そういうことはもっと小さな声でコソコソ言ってもらえると助か」
 「Hahahahahahaha! ユーもこのジョン・マイケル・デービットと男のロマンをチェイスゴー!」

 男の、ロマン……
 冗談に留めるべき内容を絶叫するジョンの言葉にちょっとだけ心揺れた匠。その身体に一瞬だけ静寂が駆け抜けた。

  絶対に後悔するのに。こいつの話に乗ったら厄介ごとになるに決まってるのに。
  ああなんで、なんで俺はそんなことを思い出すんだ。
  さっきまで話していた意中の彼女は、今まさに友達と一緒に露天風呂へ向かっている。
  思春期の若者として好きな人の一糸まとわぬ姿は見たい。ぜひ見たい。見るべきだ。
  しかし他の男にゃ彼女の裸を見せたかぁない。特にこいつ、目の前のこいつ。絶対にダメ。
  だが、もしも覗きがバレたら女友達に殴られる。いや、もれなく入浴者全員に殴られる。
  そして『最低の男』というレッテルを貼られる。卒業文集で、同窓会でネタにされる。
  何よりも……確実に彼女には嫌われる。それは困る。非常に困る。でも……見たい。

 さまざまな葛藤を心の中で密かにかき混ぜつつ、1秒も立たないうちに神妙な態度で以上の感情をまとめた。彼の結論は「俺もジョンと一緒に行く」であった。だが英断をしたまさにその時、実は草間の影でアデリオンがずっと様子を伺っていたのだ。そうはいっても、この出来事自体はたったの数秒のことである。しかしさすがは人間観察のプロ。たった一言で今のふたりを的確に分析してみせた。

 「バカですね、ただの」

 特に言葉の先を強調しながら姿を現したアデリオンにジョンが突っかかる。それもそのはず、彼の顔は微笑みを浮かべていたからだ。ジョンが自分を棚に上げて他人の生意気な態度を見逃すはずがない。実際にこういう構図になってしまうのは至極当然の流れである。
 もちろん匠も分析に対して何かしらのアクションを取るつもりだった。バカとはなんだ、バカとは。男の友情を知れ。ロマンを分かち合おうと。ところが彼はアデリオンに自分の葛藤を見抜かれたかのような言動を耳にしてすっかり閉口してしまった。

  そうだ……バカだ。俺、バカだ。反論のしようがない。
  でも、俺は行かなくちゃいけないんだよ……アデリオン、わかってくれ。
  俺は自分のロマンを、しいては未来を守るために行くんだ。こんな奴と一緒にするな。
  俺の気持ちは『イヤーハー!』なんかじゃねぇ。そんなんじゃねぇんだ。
  どっちかといえば『イヤン、バカーン!』に近い。
  あれ、おかしいな。それは相手の言うことか。
  えっと、あの、その……
  なんていうかかんていうかだな、オイ……………

 「オーーーウ、クレイジーーーッ! ユーは『ロマン』というspellをご存知ないデ〜ス!」
 「ジョンさんは……単語の意味をご存知ないようですね。では、行きましょうか」
 「ああ……って、アデリオンも一緒に行くぅ?!」

 あまりにも意外な展開に匠もジョンのようにシャウトしちゃったが、その理由はあまりにも彼らしかった。

 「勘違いなさらないで下さいね。私は女性の裸体に興味があるのではありません。むしろ人間の動物学的修学旅行の行動観察に興味を示しただけです」
 「…………………………」
 「アニモォ? とにかくぅぅぅ、ヒィィーヤウイゴォォーーーッ!!」

 平たく言えば『男の美学と友情を観察する』というまたもやベクトルのズレたアデリオンを引き連れ、ジョンはまるっきりバカにされていることも知らずに意気揚々と女湯に向かって歩き出した。匠はそれを阻止し、かつ安全に彼女の姿を拝見するために目的地へ向かう。その姿は檻の中に入ってるエサを取りに行くクマとなんら変わりはない。マヌケを絵に描けといえば、この男の背中をスケッチすればいいだけだ。こんな簡単なことはない。


 ご丁寧にも女湯に続く竹やぶの前に『覗くな!危険』と書かれた看板が立てられていた。ジョンはそれを蹴り倒し、禁断の園へと足を踏み入れる。ところがそこは忠告通りの危険地帯であった。
 鬱蒼とした竹やぶの中にはさまざまなハイテク・ローテクトラップが仕掛けられており、一般的な高校生なら現場にたどり着くなんてことは絶対に不可能であった。しかしそこはアデリオンとジョンの分析や読みが冴え、匠もそれについていくだけで難なく通り抜けることができた。ついてきて正解だったが、いなかったら行けなかったなんて……匠は胸を撫で下ろす一方で己の無力さを意味もなく痛感した。

 そして彼らは湯煙立ち上る場所を発見。キャピキャピトークをキャッチしたジョンは何の前触れもなくダッシュし接近を試みる。彼の足元はいくつものレーザー光線が行く手を阻んでいるが、そこは両目のサイバースコープがすべてお見通し。アデリオンも装置の単調な規則性を見切って悠然と歩くではないか。匠は後追いする形で最後のトラップを潜り抜け、丈夫な竹を幾重にも並べた壁の前へとやってきた。

 「イヤッホォォゥ……むぐむぐ」
 「叫ぶな、バカ! 覗きに来たのがバレるだろ!!」
 「匠さんにもしっかりとした目的があったんですね。意外です……」

 そんなことは百も承知のくせに、とぼけた顔をして淡々と語るアデリオン。どうも彼がいると調子が狂う……と匠が目を離した隙に、ジョンはどこで奪ったのかさえわからないあの『覗き撃退用レーザー光線発生装置』を手にしてぶん回しているではないか!!

  ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅーーーーーん♪
 「Hahahahahahahahahahahahahahahahahahahahahahahahahaha!!」
 「あははじゃねぇ! あははじゃねぇっ! しまった、丈夫なはずの竹に指が入りそうなくらいの穴が6つも……!」
 「レッツ、みんなでピーピング!」

 レーザーよりも早く、匠レーダーはある声を察知していた。いる……この中に彼女がいる。ダメだ、今は絶対に見せられない。彼は最後の手段に出た。ライバルのジョンが動くより早く覗き穴を手の指で塞いだのだ。今日ほど「剣道をしていてよかった」と思った日はない。

 「ユーーーーーは、クレイジィィィーーーーー! 何すんの! ホワイ、ハワイ?!」
 「バカでもアホでもクレイジーでもなんでもいい! 今はダメだ! こんなに穴があったら誰かが気づくだろ?!」
 「遮断する壁が三次元かつ肌色がはみ出ていれば、いくら入浴中とはいえ誰でも気づくと思いますが……」
 「ほらほらほら! さすがはアデリオンだぜ!」

 匠は勝ち誇ったかのようにそういうが、別に本人は彼の肩を持ったわけでもなんでもない。現実なのだ。これはただの分析。今の状況はさっきよりも極めて危険であるというただの証明に過ぎない。それを証拠にアデリオンが茂みの近くに身を寄せている……匠は悟った。彼はあらゆる状況の中で危険と安全を見極めるサイン的な存在であると。
 ところがジョンは執拗に食い下がる。見たい。どうしても見たい。レーザーをかっぱらったのもミー、穴を空けたのもミー。匠とロマンを共有できるようにがんばったのもミー。なのになのに、なんで今はダメと。じゃあ後からもダメなんじゃねぇのか、ユー!

 「オーーーウ、ユーの意見もアイシンクソー。バット、ミーはピーピングゴーしたいね」
 「さっき言ったろ? ちょっとはサイバーを脳みそに回せよ! 今はダメ、なんだっ!」
 「Hahahahaha! ならばミーとジャンケンプレイよ! ベースボールバトルね!」
 「直訳すると『野球拳』ですか」

 ジョンもアデリオンも意味わかんねぇ上に、とんでもねぇことを言い出した。ジョンの顔に似合わぬ頭脳プレー……失礼、ジョンの性格に似合わぬ頭脳プレーは匠を焦らせる。そりゃそうだ、両手が塞がっているのにじゃんけんなんかできっこない。ジョンの奴、どーせ「出さなかったらルーズ!」とか言うに決まってる。この状況を打開するには、ジャンケンに勝つしかない。
 展開が展開だけに仕方がないので、匠は片手だけ指を抜こうとした……が、しかし。

 「あっ、うっそ! やっべ!」

 指が抜けない……開けられた穴は見た目よりも小さく、どうやら差し込んだ際にジャストフィットしちゃったらしい。しかも無理に抜こうとすれば、壁をずらしてしまう可能性があった。当然、ふたりもそれを知っている。竹やぶから差し込む太陽がジョンのサイバースコープを妖しく照らす……

 「カモーン、ユー! レディ!!」
 「ジャンケンとは公平なルールですね。私も賛同です」

 とかなんとか言いながら、ますます後ろに下がるアデリオン。片足はすでに茂みに突っ込んでいる。無責任はジョンだけで十分だってのに……ああ、レーダーはバリバリ彼女の声を感じている。あの声が響いている。自分だけ見たい……どころの騒ぎではない。今、ジョンを退治しないと大変なことになってしまう。今まさに「後に悔いる」と書いて「後悔」という状況。誰か、誰か助けて……カナダの親父……っ!
 そんな匠の苦悩をよそにノリノリの声が周囲を響かせる。残酷なジョンオリジナルのサイバージャンケンソングが薄気味悪く鼓膜まで轟いた!

 「イヤーハー! 出さなきゃルーズ♪」
 「やっぱそれかよーーーーーーー!!」
 「ジャンケン、イヤーーー! ミーはパー! ユーは出してな〜〜〜い! ミーのウィン!!」

 今の匠はジョンの方に顔を向けるだけで精一杯……手なんか出せるはずがない。しかも出したところで勝率は3分の1。圧倒的不利の状況に落胆したのか、彼はガックリとうなだれた。大喜びして歌い続けるジョンだったが、不敵で素敵な低音を響かせながら笑う男がいる。その男とは……実はアデリオンではない。
 ……匠だ……

 「ふっふっふっふ……勝っ、た……」
 「アーハー? ユー、出してないね。ルーズ、ルーズ!」
 「アデリオンの言葉……思い出したんだ。あれって、事実なんだよな。分析なんだよな」
 「ユーは……ブレインパニック??」

 脳みそはいつも常夏なジョンがボディランゲージを忘れるほどの匠の変貌。何をどれだけ言っても自分の負けを認めないその姿はまさに「不気味」の一言だ。彼は話を続ける。

 「俺は……勝った。だから……指は離さない」
 「そうですね、勝ってます。匠さんには権利を行使して構いません。理由はどうあれ、ね……」
 「ユーまで! オウ、クレイジー&クレイジー?!」
 「じゃあお前……俺の足、見ろよ。なんだ? これ、何に見える?」

 目線を地面に下ろしたジョンは瞬時に顔面蒼白となった。とても冷静ではいられない。「オーウ! オーウ! オーーーウッ!」と後ずさりながら震える指先を匠の足元に向けた。超高性能バトルサイバーが自らの敗北を知った瞬間である。

 「ユー! ユー! ユーは……レッグジャンケンを!!」
 「チョキだよな、これ。ジョンが驚くってことは間違いないってことだよな。勝ってんだよ……さっきから、言ってんだろ?」
 「バ、バ、バット! ユー、ミーの出すタイミングとマッチしてた?!」
 「では匠さんの代わりに私がお尋ねしますが、ジョンさんはジャンケンの際に何をルールとしてお決めになりましたでしょうか。私の記憶では『出さなければ負け』としか聞いておりません。つまりそのルールを守りさえすれば、足でジャンケンをしても、さらには後出しをしても構わないと相手が認識しても文句は言えないのではありませんか?」

 まったくもって正論である。アデリオンの解説はこのドラマを雄弁に物語っていた。
 だからこのジャンケンは「公平」、いやある意味で「不公平」なのだ。そのからくりにさえ気づけば、匠はいつでも勝負を決められる。この論理を押し通し、ルールの穴を抜けられなければジョンが勝負を決められる。厳密には「ジャンケンが不公平だった」のではなく「勝負そのものが不公平だった」のだ。
 ウィンからルーズへと叩き落され、失意のズンドコに叩き落されたジョンは膝をつき、地面に手をついてガックリとうなだれた。今まさに彼の頬を伝うのは勝利を確信した時に漏れたヨダレだろうか……

 「フッ……ミーの負け、か……」
 「わかりゃいいんだ、わかりゃ。ふーっ、よかったよか……ってねぇよ! 指が抜けないんだった! たっ、助けてアデリオーーーンっ!」
 「そういう特撮ヒーローか猫ロボットみたいなピンチコールはやめてください。非常に心外です」

 困っているのは百も承知とアデリオンもしぶしぶ匠救出作戦に参加することとなった。しかしジョンは立てない。立ち上がれない。覗けないとなった今、何を思って生きればいいのか……彼は浮き沈みの激しい性格らしく、これではとても役に立ってくれそうにない。
 じっくり男のロマンを観察していたかったのに、不本意ながら無理やり参加させられるハメになってしまったアデリオン。自分で仕掛けた勝負で騙されるという失態を見せ茫然自失のジョン、そして指が抜けたらこっそり覗きをやろうと画策する匠。このトリオの湯煙騒動はまだまだ終わらない。


※この文章をホームページなどに掲載する際は、必ず以下の一文を表示してください。
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

BACK



このサイトはInternet Explorer5.5・MSN Explorer6.1・Netscape Communicator4.7以降での動作を確認しております。