ACT.1■神無月には臨海学校へ
「弁天ちゃーん」
「なんじゃ、ハナコ」
「今月ってさ、神無月だよね? 出雲だけ、神在月」
「何を今更。それがどうした?」
「全国から神さまたちが集まって、出雲で会議してるんでしょ? 行かなくていいの?」
「むーん。去年も一昨年もその前もさぼってしまったからのう。今更どの面下げて。というか、埒のあかぬ会議は苦手なのじゃ」
「でもさぁ。そういう場に顔出さないから、最新の縁結び事情に乗り遅れて苦戦することになるんじゃないかなぁ?」
「こほん。それはともかく、イベントのない日は暇じゃのう。ああお茶がうまい」
「そっだねー。でもこんな日に限って、誰も来てくれないんだよねー」
――というような、やる気ナッシングの会話をしつつ、弁天とハナコは、弁財天宮1階カウンターに並んで座り、ほうじ茶などすすっていた。本来ならば弁天は、八百万の神々が鋭意ブレインストーミング中の出雲へ移動しなければならない時期なのだが、今年も当然、そんな面倒くさそうな公式行事はスルー決定しつつ、暇だ暇だとほざいているわけである。
「あのさ、こうやって話してると、そろそろデルフェスちゃんがどこかへ誘いに来てくれないかなーって、思っちゃうね」
「それはデルフェスに悪いというものじゃ。いくら、『出雲へ行くのはごめんこうむりたいが、他の楽しげな場所へだったら行ってもいいかのう〜。そういえばそろそろ、OMCツーリストあたりが、特別企画を用意しておるのではないかのう〜。今がろくでもない神無月だということを忘れられる、常夏の地が良いのう〜。マリンスポーツとか、バーベキューとか、花火大会とか、温泉とか、キャンプとか、何もそんなに詰め込まなくても、というくらいスケジュールみっちりだと充実するのう〜』などということを思っていたとしてもっ!」
「うわぁ。言葉にするとものすごく図々しいね。ただでさえハナコたち、普段からデルフェスちゃんにはすごく良くしてもらってるんだから、あんまり甘えてるとそのうち愛想尽かされちゃうかも」
「それはそうなのじゃが」
「遅れまして申し訳ございません、弁天さま、ハナコさま。ずっと『大磯臨海学校』へお誘いするべく計画を練っておりましたのですが、事前準備に少々手間取りましたの。弁天さまのご要望は全て網羅した企画ですから、きっとご満足いただけると思いますわ」
「お?」
「あれ?」
ほうじ茶入り湯呑みを持ったまま、弁天とハナコはあんぐり口を開ける。
いつの間にかカウンター前に、その来訪を待ちかねていた鹿沼デルフェスが腰掛けて、優雅に微笑んでいたのであった。
「デルフェスではないか!」
「気配がしなかったよ。いつからそこにいたの?」
「つい今しがたですわ。お声を掛けたのですけれども、おふたりとも、神々の会議という大事なお話に夢中でいらっしゃったので、失礼して、お気づきになるまで待たせていただくことにしましたの」
「ほっほっほ。すまぬすまぬ。なーに、あんな会議なぞ、おぬしの来訪に比べれば大事の前の小事」
「いらっしゃい、デルフェスちゃん。あのね、来てくれるだけで嬉しいんだよ。どこかに出かけなくても十分なんだよ。ホントだよ?」
「ご遠慮なさらないでくださいませ。わたくし、おふたりが喜んでくだされば満足ですの」
『大磯臨海学校』のパンフレットを広げて、デルフェスはスケジュールをなぞる。
「弁天さまには、これから年末年始に向けてお忙しくなりますでしょう? 縁結びのご利益にあやかろうと、世界各地から参拝客が二年参りや初詣に訪れててんてこまいですわ。ハナコさまともども、英気を養っておきませんと」
「う、うむ。そうそう、師も走り神も爆走する師走から正月三箇日は、吉祥寺駅の降車客が引きも切らず、中央線はわらわのフェイスアップ写真つき臨時電車を増発せねばなるまいて。のんびりできるのは今のうちよのう」
弁天は調子に乗って見栄を張り、ハナコはそっと目頭を押さえる。
「デルフェスちゃんて、思いやりがあるなぁ……」
ACT.2■大磯の車窓から
集合場所と時間は、寺根駅前公園8:30であった。デルフェスが手配と先導をしてくれたので、当然3人とも貸し切りバスに乗り遅れるようなことはなかったのだが、席についたあとで、弁天は首を捻る。
「はて。そもそも各異世界から寺根駅に辿り着くのがそもそも難儀なのではないかのう。もちっと、合理的なショートカットは出来ないものか」
「弁天さま。あえてユニークな経路を辿るのも旅の醍醐味。それがOMCツーリストの売りでもあるのですわ」
「ねーねー。おかし食べよ。デルフェスちゃんが買っておいてくれたんだよー」
「おお。『うまいんだ棒』に『暴君 パパはネロ』に『ビッグスターラーメン』に『きのこの夢破れて山河あり』。選りすぐりのスナック菓子が揃っておるのう」
「他には若干、季節のフルーツゼリー等も用意しておりますの。副食はひとり1000円までという規定がございましたので、その範囲内でお好みのものをと思いまして」
「ふむふむ。ひととおり食したら、車窓の友として、いつものようにわらわの美声を披露してしんぜようぞ。これ、そこの白やぎバスガイド。マイクを寄こすのじゃ!」
「だめー。このまいく、ばすがいどせんよう」
「固いことを言うでない。ほれ、お貸し」
「きゃーきゃーきゃー! やぎぎゃくたいはんたーい!」
貸し切りバスの運転手は2頭身の黒やぎ(2頭身でどうやって運転するのかとは聞いてはいけない)で、バスガイドは同じく白やぎであったのだが、この可愛い白やぎたんが弁天の被害に遭ってしまった。商売道具のマイクを奪われてしまったのである。
「めーめーめー(バスの隅っこで膝を抱えて泣いている)」
「あらあら。ちょっとお気の毒ですわね。弁天さまの美しいお声を聞きたいのはやまやまですが、バスガイドさま不在では観光案内が滞りますし」
「困ったね。弁天ちゃんて、一度マイク持ったら離さないからねー。……あ、そうだ」
ぽんと手を打ったハナコは、デルフェスに耳打ちした。
(んね、デルフェスちゃん。ハナコには、正直に言ってね?)
(何をでございますか?)
(持ってきた荷物の中に、各種魔法服、入ってるよね?)
(……旅のたしなみとして、当然でございますわ)
(その中に、『バスガイドの制服』ってない? 着たら、性格がしとやかで優しいガイドさんになるの)
(こんなこともあろうかと、持参してきております)
――というわけで。
デルフェスとハナコによって取り押さえられ、バスガイド服に着替えた弁天は、打って変わった名調子でマイクに向かったのだった。
「それでは皆さま〜。右をごらんくださいませ。緑あふれる大磯の風景が、車窓からごらんいただけることと存じます。ただいま見えておりますのは『高麗山』。山全体が『高麗寺』の霊域として保護されております。なお『高麗』とは、高嶺の花として名高い某オカルト系月刊誌の編集長に由来するものであることは、どうぞここだけの秘密でお願い申し上げます」
(まあ……。素晴らしいですわ、弁天さま)
(ずっと、着せっぱなしにしとこうか? みんなの幸せのために)
「皆さま、左をごらんくださいませ。あの小さな岩礁は『照ヶ崎』です。大磯海岸の中央に位置し、天然記念物にも指定されております。フェニックスやロック鳥等、大変に珍しい鳥が集団飛来することでも有名ですが、決して捕獲や戦闘などはなさらないよう、わたくしと約束してくださいませ」
ACT.3■どきどきビーチフラッグ
「……はて? いつの間に目的地についたのかえ? バスに乗ってお菓子を食べて、たしか、白やぎからマイクをぶんどって……それからの記憶がすぱーんと抜けておるのじゃが」
「やだな弁天ちゃんたら。途中から眠っちゃったんだよ。ねー、デルフェスちゃん」
「よくお休みでいらっしゃいましたわ。きっとお疲れなのですわね」
「そう……かのう? 眠ったという感じはせぬが……」
「それより弁天ちゃん。休んですっきりしたところで、ロングランビーチフラッグに参加しない? マリンボートとかより、そっちの方がいいっしょ?」
「たしかにのう。ボート系のものには、いつでも乗れるからの」
すでに3人は、見渡す限りの海岸線が連なる、広大な砂浜に来ていた。
ロングランビーチフラッグとは、1000m先に立てられた旗を巡ってのビーチフラッグ競争という、よくわからない競技である。コースには、爆発を抑えてはあるものの、地雷や落とし穴等、各種トラップも仕掛けられているらしい。
「ビーチフラッグ……。すなわち専門用語でいうところの『浜旗』。地雷を踏んだり『奈落現象』が起きたり、如実に実情を表現しておる……。なんというアトラクションを設定するのじゃ、恐るべしOMCツーリスト!」
しばらく小声でぶつぶつ言っていた弁天は、やがて何かを決心したようで、青空を見上げ、拳を振り上げた。
「ええい、わらわは負けぬ! この浜旗、勝ち取ってみせようぞ!」
「わー。燃えてるねー。がんばろーね」
「おふたりとも、ロングランビーチフラッグに挑戦なさるんですのね? それでは、これをお召しになってくださいまし。わたくしも、おふたりを護る為に参加しますわ」
デルフェスは新たなる魔法服『ビキニアーマー』を弁天とハナコのために用意した。勇敢な女戦士化する、優れものである。
「ビキニか。ふむぅ、浜辺ゆえ、違和感はないな」
「ありがと、デルフェスちゃん。トラップとか、ちょっと心配だったんだ」
「弁天さまのお美しい柔肌や、愛らしいハナコさまのお顔などが傷つくのは見るに耐えられませんもの。わたくし、おふたりの後ろの位置をキープして、全身全霊で御身の安全のため、尽力いたしますわ」
「じゅんびは、いいですかー?」
「ゆうしょうしゃは、でんせつのえし、しろくろやぎがはくに、ひゃくごうきゃんぱすさいずのしょうぞうがをかいてもらえます」
「さん、に、いち、ぜろ!」
スタッフの白やぎと黒やぎ(運転手とバスガイドとは別やぎ)が、号令を下し――
気が遠くなるような大人数での、旗取りが行われた。
ちなみに弁天とハナコは、猛者たちに紛れてしまい、優勝どころか完走が精一杯だった。
落とし穴に気づかずに奈落の底に落ちた弁天や、地雷を踏んでこけた拍子にまた別の地雷に突っ込んだハナコを換石の術で守りつつ、着実に進んだデルフェスが好成績をおさめたのは、言うまでもない。
ACT.4■天空、遥かなり
「たーまやー! かーぎやー!」
「さ、弁天さま、こちらのお肉が焼けておりますわ。人参とタマネギも、いい頃合いですわよ」
「うむ、花火大会を見ながらのバーベキューは格別じゃ」
「弁天ちゃんたら、上向いたり下向いたりせわしないなぁ。あ、デルフェスちゃん、ハナコ、サザエ焼くー!」
「まあまあハナコさま。火傷などなさったら一大事ですわ。わたくしが『焼き奉行』に徹せさせていただきますので、心おきなく、花火をご鑑賞かたがた、バーベキューをご賞味くださいませ」
メインイベントのひとつとも言える大花火大会とバーベキューを、どちらも外したくなかった弁天とハナコは、花も団子も同時に! という暴挙に出た。
夜のこととて手元が暗く、また、花火のみを鑑賞していた人々に良い匂いが刺激を与え、あちこちで、ぐ〜〜っ、きゅるるるる〜〜という音が響いたりしたが、デルフェスが仕切ってくれたおかげで、食材を焼く作業は滞りなく進んだ。
大空を彩る光の華に照らされながらの食事は、それは美味しかった。
「イベントと来たら、食事のあとは!?」
「とーぜん、露天風呂だよね!」
「海の見える展望露天風呂が、近隣ホテルの施設内にあるそうですわ。ぜひ、参りましょう」
そんなわけで。
――女子3名は、お約束とも言える露天風呂へやってきた。
「ほほぉ、見晴らしが良いのう」
「満天の星だぁ。気持ちいいねー」
「おふたりとも、日頃のお疲れを、ゆっくり癒してくださいませ」
思い思いに湯船につかり、身体を伸ばしていると、何やら、回りにギャラリーが集まってきた。
「ねえ、ちょっとちょっと」
「あっ、もしかして」
「ほんとだ、デルフェスさんがいらしてるわよ」
「なになに、どしたの?」
「ほら、デルフェスさんの特技、胸の大きくなるツボマッサージ」
「それそれ、興味あったんだ」
「そろそろ開始かなー」
「まだかなー」
どうやら露天風呂にいた女性陣は、恒例の胸の大きくなるツボ押しを鑑賞に来たようだった。
「まあ……。皆さま……。そんなにご期待を……」
デルフェスは湯船から上がり、ギャラリーたちに丁重に一礼する。
「せっかくご見学にいらしていただいたのに申し訳ありません。このところ、ちょっぴりマンネリ化してきたような気もいたしますので、今回はおふたりのお背中を流すだけに留めようと思いますの」
そうなんだー。と声を揃え、ギャラリーたちは散っていく。
「さすがじゃの、デルフェス。イベントのツボも心得ておる」
「おそれいりますわ」
キャンプ場にて、今夜の宿としてデルフェスが選んだのは、まず、滅多にそこに寝る機会はないと思われる、竪穴式住居であった。
「常夏っていっても、やっぱ夜は冷えるねー」
「古式ゆかしき住居ですものね。貴重な経験ではありますが、お風邪を召したら大変ですわ。お布団を並べて、ご一緒に眠りましょう。さ、ハナコさま、弁天さまも」
「うむ。……おやハナコ。おぬし、太ったのではないかえ?」
「弁天ちゃんこそー。最近、食べ過ぎなんじゃないの?」
「まあ。おふたりとも。ちゃんとスリムでいらっしゃいますわ。今日はビーチフラッグの時、あんなに運動しましたもの」
くすくす、と、デルフェスの声が、竪穴式住居に響く。
晴れ渡った大磯海岸の夜空に、流れ星がひとつ、大きな軌跡を描いていた。
――Fin.
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