●お花見について少しあれこれ
一口にお花見と言っても、見る時間帯が異なるだけでも印象はがらりと変わるものである。例えば家の近くの桜であっても、早朝空気が澄んでいる時に見るのと、日中の太陽の下で見るのと、夜の街灯や月明かりに照らし出された状態で見るのとでは、各々雰囲気が異なる訳で。
場所についてもやはり同じだ。先程の例では家の近くとしたが、これがお城の近くだとか、静かな川沿いであるかでも、また雰囲気が異なってくる訳だ。
そういった点から見て、今回のツアーの東京でのお花見場所というのは、また一味違った雰囲気があるものではないだろうか。まず夜桜、そして広大な敷地に立ち並ぶ多数の名木。ほら、これだけ聞いても何だか風情がありそうな感じがするではないか。
広大な敷地とさらりと言ったが、約26万平方メートルの面積がある。そう、東京でだ。聞き間違いでも書き間違いでもない。東京でそれだけの広大な敷地を有する場所があるのだ。
もちろんながら、そこは立派なお花見スポットとして知られている。だから、この時期に訪れる花見客は少なくない。ちなみに同様に訪れる者が増える時期は、春分の日や秋分の日の前後であると思われる。
しかし、それほどのお花見の名所でありながら、そこで夜桜を見たいと思う者はさほど多くはないかもしれない。何故ならそこは、もう1つの名所としてよく知られた場所であるから――心霊スポットとして。
そういった場所でこれから夜桜見物をやらかそうという訳だ、このツアーは。ご丁寧に特別に許可を取っているそうなので、夜桜は十二分に堪能出来るらしい。もっとも、場所が場所ゆえに奇妙な来客があっても、基本的にツアー客の自己責任であるようだが。
けれども不思議なもので、このツアーの客はこういった場所でお花見をするのも面白いと思っているらしい。オカルト作家である雪ノ下正風も、その中の1人であった……。
●楽しむのは夜桜のみならず
「よいしょ……っと」
薄明かりの中、正風は持参したござを地面へ敷くと、そばにしゃがみ込んででこぼこした部分を手で平らに伸ばしていった。そして一通り平らになったのを確かめると、食料や飲み物の入った袋をござの中心に置いた。ちょっとした重し代わりだ。
「こんなもんかな」
場所取りが終わってぽつりつぶやくと、正風は周囲をゆっくりと見回した。桜こそ地元の者たちの協力でライトアップされているが、明かりと呼べるのはそれくらいである。桜に近い正風の居る場所でも薄明かりの状態で、離れれば離れるほどに暗くなってゆく。まあ暗い中でも、墓石の存在がしっかりと分かってしまうのが場所柄というか何というか。
(……今の所、妙な気配はないようだが)
この辺りに居るのは、正風の他に同じツアー客が何組か程度だった。何しろ広大な敷地ゆえ、いくつかに散らばって見物しているのである。
「ま、そのうちに出るなら出てくるだろ」
正風はそう言うと、靴を脱いでござに上がった。袋から缶ビールを1本取り出し、夜桜を見上げながらさっそくプルトップを開けた。
「とりあえず、乾杯」
正風はライトアップされた桜に向けて缶ビールを軽く掲げると、ごくごくと喉へと流し込んだ。夜桜を見ながらの酒は、また一味違うものであった。
それから握り寿司やら缶詰、おつまみ類もござの上に並べてゆく正風。それらを軽くつまみながら、『その時』を待とうとしていた。
1人で居るだけに、周囲の時間の流れは多少ゆっくり感じられた。それでも他のツアー客から聞こえてくる会話などが耳に入り、さほど退屈ということはなかった。
そうしてそろそろ1時間近くが経とうとした頃――『その時』がやってきた。
「ひっ!?」
「で、出たぁっ!」
他のツアー客から悲鳴が上がった。その声に振り返る正風。他のツアー客が指差す先には、半透明の男女が10数人ほどゆらゆらとこちらへ近付いてきていたのだ。もちろん、足の辺りはあるのかないのかすらよく分からない。明らかにこれは霊の類であるだろう。
(ようやく出たか)
正風は飲みかけの缶ビールを飲み干すと、靴を履いてござから降りた。そしてゆっくりと霊たちの方へと近付いてゆく。
「さーて、掃除してやるかね」
距離を測りながら、正風はすぅ……と息を吸った。呼吸を整えながら気を練り始める正風。
その最中だった、霊たちが奇妙な行動を取り始めたのは。
(何だ、何してる?)
正風が一瞬怪訝な表情を浮かべる。それもそのはず、霊たちは一糸乱れぬ動きで同じように踊り始めたのだから。それはちょっと滑稽で、別の意味でちょっと怖い動きである。
(……昔あったよなあ、こんなPV)
どうでもいいことを思い出しつつも、正風は気を練り上げると手のひらを霊たちの方へと突き出した。次の瞬間、気が先頭に居た霊へと放たれる!
正風の放った気は見事に命中し、先頭に居た霊は跡形もなく霧散してしまった。しかし、後に続く霊たちは逃げるでもなく怒るでもなく、相変わらず踊りながら少しずつ近付いてきていた。
正風は位置を変えつつ気を練り続け、次々に霊に向けて気を放っていった。百発百中、外れることはない。傍目にはちょっとしたシューティングゲームのようである。それも非常にクラシックな奴だ。
(と、墓石が邪魔だな)
正風も無闇矢鱈と気を放っている訳ではない。ちゃんと周囲の環境を気遣って、霊たちを狩っているのである。桜だとか墓だとかに傷でもつけようものなら、後でどんなことになるか分かったものじゃない。
そうこうしているうちに、正風は霊たちを全て狩り終えた。静けさが一瞬戻ってきたのだが――。
「ひあぁぁぁぁっ!? 私アンデッドじゃありません〜!!」
また別のツアー客の悲鳴が上がったのである。正風が振り返れば、今度はゾンビが数体現れていた。
「第2陣のお出ましか。……なかなか楽しませてくれるな、ここは」
正風はふっと笑みを浮かべると、すぐにそちらの方へ向かった。この分なら、時間一杯までアンデッド狩りを堪能出来そうだった。
事実、正風は次の場所へ移動するまでに100体近くのアンデッドを狩ることになったのである――。
【おしまい】
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