●怪しいガイド
その日、いつもの4人は、いつものように温泉旅行に出ていた。今回の資金源は、とりあえず学校の行事と言う事で、彼らは指定のバスに乗り込み、花見会場へと赴いていた。
と言っても、死ぬほど広い温泉なんぞ、こいつらは何度も行っているので、いまさら湯船がでかい程度では驚かない。他の客がきゃーきゃー言っている中、彼らはその風呂場を離れ、周囲の散策をする事にした。
「ホントに何もない場所だな‥‥」
どう見ても第一次産業と観光業が主な収入源に見える土地柄に、そう呟くゼクシィ。
風光明媚といえば聞こえは良いが、要は周囲に田んぼや畑や森林しかない場所である。
「いいじゃないか。自然豊かそうで。うちの実家もこんなもんだぞ」
「そうだなー。確かにグランマの家も、周りはこうだった」
ネイナとマリアが交互にそう言って、フォローしている。確かに2人とも、実家や田舎は、ここと似たようなものだ。と、そんな田舎暮らしなんぞ、余り体験していない衛が一言。
「えー。僕あんまり好きじゃない。カードショップもゲーセンもないし、ガチャはしょぼいしさ」
いや、彼の場合、田舎を体験していないわけではなく、単に自分の好きなものがないので、飽きてしまっているようだ。まぁ、都会とは違うので、彼の言う電脳化が進んでいないのも、仕方がないことではあるのだが。
「でも、そろそろマンネリ気味だね。何か楽しい企画はないのかなー」
周囲を見回して、そう言う衛。だが、周りには里山が広がるばかりで、人なんぞほとんど居ない。いたとしても、同じツアーの客だったりする。
「温泉戻る?」
「却下。スタンプラリーでもあれば別だけど、それもないだろ」
ネイナに言われ、首を横に振る衛。これで「温泉巡りスタンプ」とかでもあれば、回ってみようと言う気にもなるのだが、今回はそれさえなかった。と、そこへマリアがこうアドバイス。
「だったら、作ってしまえば良いんじゃないか?」
「それもそうだね。えぇと、誰か鉛筆と紙持ってる?」
しばし考えていた衛、筆記用具を手に入れると、すらすらと何やら書き始めた。
「えーと、これでこーで‥‥」
この辺りはゲーマーなので、簡単なルールなら、お手の物と言うわけだ。
「よし、出来た」
しばらくすると、渡されたメモ帳には、1〜6までの数字と、場所らしき名前が書かれていた。そこに、衛はポケットからサイコロを出してきて、皆の前に広げてみせる。
「これで出た目の所に行って、ホテルまで戻るってゲーム。前にビデオでやってた」
勘の良い視聴者なら良く分かると思うが、一部で有名な北海道ローカル番組のアレである。
「ふーん。じゃ、ちょっと振って見るか」
マリアがそう言って、サイコロをころころと転がした。出目を見ると、『駅前の商店街に自転車で』と書いてある。
「ここからだと、10分くらいだなー」
地図を確かめると、ちょうど近くにレンタサイクルがあるようだ。ツアー客は無料で借りられるとの事なので、彼らはそれを移動手段にすることにした。
ところが、である。こういった場所によくありがちな、半ばシャッターの閉まった商店街に、そぐわないほど派手な格好をしたピエロみたいなおっさんが1人。
「はーい。ボーイ&ガール達、ちょっと寄ってかなーい?」
道行く観光客に声を掛け捲っている、怪しいオヤジさん。そいつは、明らかに観光客な4人にも、近づいてきた。
「誰だ貴様」
さすがにここは保護者代わりのゼクシィ、警戒したようにそのおっさんを睨みつける。同じように、剣呑な光を宿すマリアとネイナに、彼は両手を上げて降参のポーズを取ると、こう告げた。
「そんなに警戒しなくてもだいじょーぶよ。私、この辺りでガイドをやっている者ね」
明らかに怪しい奴である。名前も名乗らないそのおっさんに、4人が警戒をとかずにいると、彼はこう続けた。
「君たちに、取って置き情報を教えるーね。実はそこの秘宝館で、とある秘密のイベントが行われるのーよ」
彼が押し付けたチラシには、『TK監督の秘密ショー』とか言う文字が躍っている。
「何々‥‥映画監督TK‥‥? 誰だそれは」
「知らないのね? 世界的に有名な監督ね。その有名な監督が主催するウラ企画に、ボーイ&ガールを招待しようって事なのね」
聞いた事の無い名前に、眉を潜ませるマリアに、おっさんはひげをぴくぴくさせて、大げさに両手を広げている。
「面白そうだな」
「うん。ランダム観光よりは、よっぽどね」
そのチラシを見て、興味を引かれる年少組。警戒なんぞ何処かへぶっ飛ばし、きらきらと目を輝かせる2人を見て、おっさんはにやりと笑う。
「話が分かるボーイ&ガールね。では早速‥‥」
案内するね。と、進む方向を指差す彼。ところが、そこへゼクシィが割って入った。
「ちょーっと待て。まだ参加するとは言っていない」
「えーーー。なんでだ」
文句をつけるマリアに、今度はネイナがこう言った。
「その映画監督って、確かTBの変装だろう」
「なななな何言ってるね。TKはTK。TBはTBね」
露骨に顔色を変えるおっさん。このTBと言うのは、そう言う名前のお笑い芸人で、よくそのTKのモノマネをして、ギャラを稼いでいる。
「本当か?」
「本当ね」
じぃぃぃっとネイナに睨まれても、こくこくと頷くばかりのおっさん。しばーらくいぶかしんだ表情を浮かべていた彼女だったが、ややあってゼクシィにこう提案した。
「‥‥ここでこうしてまったりしていても仕方がないし、いざとなったら、4人もいれば、どうにかなるだろう。行ってみないか?」
「‥‥それも手段か」
はっきり言って、妖怪変化魑魅魍魎を普段から相手にしている4人である。怪しい犯罪者くらいなら、蹴り倒せる自信はあった。
「話はまとまったね? それじゃ、4名様ごあんなーい」
おっさんの方はと言うと、大喜びでその『会場』とやらへ連れていこうとする。
「嫌な予感がするのは、気のせいじゃないんだろうな‥‥」
それぞれの表情で、後を追うツレの3人を見て、そうため息をつくゼクシィだった。
●企画の正体
連れて行かれたのは、とある倉庫を改造したと思われる場所だった。外見のおんぼろさとは裏腹に、中身はまるで遊園地のアトラクションめいた舞台がしつらえられていた。
「結構人がいるな‥‥」
マリアが周囲を見回してそう言った。彼女達の周囲には、他の参加者と思しきカップルが、時に不安そうに、時に楽しそうに、これから起きる事を話題にしている。
「カメラもあるんだな」
ネイナも、ステージ脇に取り付けられたカメラと照明を見つけて、そう言う。有名人が企画したものだから、それなりの映像をおさめようと言う事なのだろう。
「お待たせしたのーね。それでは、企画内容を発表するのーね」
独特な口調で、進行がスタートする。スタッフによって、はらりと後ろの幕がめくられた。
そこには。
『カップル限定勝ち抜き脱衣クイズ』
どよめくカップル。その幕の内側には、よくクイズ番組で使われているのと同じ2人崖ボックスシートと、早押し器が置かれていた。
「‥‥帰った方が良いかもな」
「殺し合いゲームとかの方が、まだ気が利いてる」
頭を抱えるマリアに、物騒な発言をするネイナ。いきなりやる気のそがれる一行。周囲の反応は、驚いたりきゃーきゃーと悲鳴が上がったりと、様々だ。
「なお、賞品は一千万相当を用意しているのね! ルールはこれね」
その間に、ルールが説明された。要はカップルごとに対戦させ、女性の服が点数で、男性が間違えたり相手に答えられると、点数が増減する‥‥と言うもの。
「まぁ、それだけの豪華賞品があれば、相当遊べるよね」
売買は表向き不可だが、そこらへんはやりようなどいくらでもある。賞品の内容は、後半でと言った所だが、金額に釣られて、参加者多数。
「ふん。この私に逆らおうと言うのか、面白い」
その殆どが、脳みその軽そうなカップルばかり。彼らに対抗意識を燃やしたマリア、持ち歩いているサーベルに手をかけ、やる気満々。
「拒否権はなさそうだねー」
ペア参加なので、首根っこを引きづられるのは、分かりきっている衛。
「ギブアップはありだから、気楽に参加しても良いんじゃないか」
「そうだね。じゃ、あとよろしく」
ネイナの勧めに頷く彼女。さすがに、年少組みだけを放り込むわけには行かないので、ゼクシィともども、2人も参加することになったのだった。
●勝敗の行方
2時間経過。
「マリアー、いい加減に諦めたら?」
「いーや、ここで止めたら、独逸国民としてのプライドがだな!」
若干呆れた表情の衛に、そう言って煽っているマリア。やはりまだ未成年な為か、知識量が足りず、マリアは夏物も真っ青なレベルまで脱がされていた。
「プライドよりマリアの裸が心配なんだけど」
「そう思うなら、正解率を上げれば良いだけの話だ!」
いい加減、ギブアップしたいらしい衛。だが、マリアがそう言って目じりを吊り上げているので、仕方なく続けているのだ。
「向こうは大変そうだな」
二人を気の毒そうな表情で見守っていたゼクシィが、そう言った。だが、口調はまったく同情していない。
「他人事なのか?」
「こっちも正解率を落とさないようにするので、手一杯なんでな。あの2人には悪いが、自分の身は自分で守ってもらおう」
ネイナがそう尋ねると、彼は首を横に振る。今のところ、彼はほぼノーミスで正解しているが、それもかなりいっぱいいっぱいのようだ。
「かわいそーに」
「甘やかしては、本人達の為にも良くない。それに、捕まるのはスタッフだ」
何とかした方が‥‥と主張するネイナに、彼はきっぱりとそう言う。「それもそうだな」と納得した彼女は、クイズに集中する事にした。
「さぁて、各予選を勝ち抜いてきたカップルが出揃ったのね! 後は、優勝目指してまっしぐらなのねー!」
そうこうしているうちに、クイズは決勝戦まで進んでいた。それぞれのブロックを勝ち抜いてきたカップルが4組、ボックスへと並ぶ。そのうち二組は、マリアと衛、それにネイナとゼクシィである。
「ここまで来たら、もはや勝敗など関係ない。なんとしても、やつらをぎゃふんと言わせてやるのだ!」
瞳にやる気の炎を燃やして、サーベルに触れ、まるで軍隊のような敬礼を見せるマリア。それを見て、ネイナはゼクシィにこう囁く。
「むこう、勝つ気満々だな。ここはさっさとギブアップしておいた方が無難じゃないか?」
頷く彼。だが、その時、進行は驚くべき事を皆に告げた。
「なお、決勝戦は、ギブアップなしのデスマッチ形式になるのーね」
ルールの変更が、巨大電光掲示板に表示されている。えーー! と、文句を垂れ流す他のカップル。
「げ、それじゃ止めるわけに行かないじゃないか」
顔を引きつらせるゼクシィ。要は、おねーちゃんが下着か裸になるまで続けろと言う、まるで深夜番組のノリになってきたらしい。
「どうするんだ?」
「良いだろう。頭に血の上ったお子様達に、お仕置きしてやるのも一興だ」
さすがにネイナの裸をご披露するわけには行かないので、急に真面目になるゼクシィ。その彼の後姿を頼もしく思うネイナとは対照的に、どうしよう‥‥と頭を抱えているのは、マリアと衛。その不安は的中し、2人はあっという間に追い込まれてしまっていた。
「くそう、どうにかならないのか? 衛」
「向こうは本職だしなぁ。ゲームセンター知識の僕とは、根本的に違うよー」
どうにかしろ! とうめく上着一枚のマリア。しかし、何しろ相手は相当やんちゃしていた御仁な上、職業はどっかの研究員である。知識量はプロだ。白旗を上げかけた衛に、マリアは励ますようにこう言った。
「諦めるのか? なら、私が脱がされても良いと言うのか?」
「そう言うわけじゃないけどさぁ‥‥そうだ!」
衛とて、勝負は諦めたらゲームオーバーなのは、充分知っている。その台詞をかみ締めた彼、なにやら思いついたようで、その掌に、呪符を握り締めた。そして、他の参加者の注意が逸れている隙に、それを問題の間へと滑り込ませる。
「今のは‥‥いかさまか?」
「違うよ。ハンデ☆」
マリアがいぶかしむようにそう言うと、衛はにやりと笑ってそう答えた。
「おい、どうしたんだ? 一体。今まで問題なかったのに」
その結果はすぐに現れた。どういうわけか、今まで順調だったはずのゼクシィが、急に答えられなくなってしまったのである。青い顔をしているネイナに、彼はため息をつきながらこう告げる。
「ネイナ‥‥。さすがに俺でも知ってることと知らないことくらいある。って言うか、女の化粧だの理美容なんて分かると思うか?」
そう。彼が苦手としているのは、化粧品やバック、洋服等のブランドに関する問題。それを聞いたネイナは、ああそうか‥‥と思い当たった様子でこう答える。
「ないなー。って、納得している場合じゃない。後2回負けたら終わりだ」
しかし、それと負けるのは話が別だ。まだ上着しか脱いでいないが、ネイナは彼にこそこそと耳元で告げた。
「あのな‥‥。実は‥‥」
「何ぃぃ?」
目を丸くするゼクシィ。なんでも、普段下着を着けない習慣のネイナ、今日も相変わらずその習慣でもって散歩に出てきた為、ここでもやっぱり下着を着けていないようだ。
ところが、世の中そう上手くは行かないもので、次の問題も、やっぱり彼は一瞬遅れてしまう。
「って、お前また間違えたな! わざとだろう!」
「ご、誤解だーー!」
決してネイナの裸を考えて、動揺したわけじゃないぞ! と、そう言い訳するゼクシィ。しかし、説得力は欠片も無い。
「次の一問で勝負が決まるな」
一方のマリアも、それが最後の問題になる事を確信し、ぎゅっと拳を握り締めた。問題が読み上げられ、次第にその『時』が近づいてくる。
と。
「あれ? 何の音‥‥」
緊迫した雰囲気の中、近づいてきたのは、車に近づく音だった。それは、倉庫の前でぴたりと停止する。
直後。
「動くなっ! 警察だ!」
「何ぃぃぃぃ!」
どたたっと複数の足音がして、倉庫の中に、背広姿の数人が、走りこんでくる。何の容疑か知らないが、スタッフが即座に浮き足立ち、客も巻き込んで大騒ぎだ。
「ち。面倒に巻き込まれるのはごめんだ。撤収するぞ」
それを好機と受け取ったゼクシィ、即座に3人の首根っこを引っつかんだ。衛が「えー、賞品はー?」と、名残惜しそうに言うが、マリアに「お前、アレ欲しいか?」と示されたのは、純金のスケベ椅子とか、ブランド物だが唐草模様のスーツとか言う、どう見てもネットオークションに流せそうも無いものばかり。
「‥‥いらない」
さすがに顔を引きつらせる衛。こうして、謎のクイズ大会は、やっぱりうやむやのうちに幕を閉じるのだった。
●容疑者は監督?
その日の夕方。
「へー、やっぱりあの人、詐欺師だったんだ」
TVのニュースで流れていたのは、倉庫でクイズ番組を装い、多額の資金を荒稼ぎしていたらしい犯人の姿だった。手法は、あの時誘われたのと同じ、某有名監督の名を語って‥‥と言う奴である。
「下手をすると、敗者は何処かに売り飛ばされたのかもしれないな」
「だから未成年者略取容疑なんだ」
参加者の中に、未成年者が入っていたため、その容疑での取調べが進んでいたらしい。確かに、マリアや衛も未成年だし、被害を受けたと名乗り出れば、実刑は免れまい。もっとも、そんな事するつもりは無いが。
「まぁ、売り飛ばされる姿も、それはそれで見てみたかった気もするがな」
物騒なことを言うゼクシィ。顔がにやけている所を見ると、よくマンガである『首輪と鎖つけて、裸同然でお仕置きさせられちゃうネイナの図』でも思い浮かべているのだろう。
「って、お前はまたそんな事を考えているのか!」
「んー。なんだったら後で試して見るか?」
で、当のネイナに怒られているわけだが、ちゃっかり鎖を用意している辺り、確信犯である。
「べ、別にお前がそう言うなら‥‥」
「ま、この先はお子様が寝静まってからだけどな」
囁かれて、ぽっと頬を染めるネイナに、ゼクシィはにやりと笑いながら、鎖を放り出し、抱き寄せている。そのまま発展しそうな二人に、衛はため息をつきながら、席を立った。
「ここからは別行動にした方が良さそうだね」
「ああ、そのようだ」
同意の上の行為なら、衛もマリアも介入するつもりは無い。相手は大人だし、ここは邪魔をしないように別の場所へ向かうのが、筋と言うものだろう。
「そう言えば、そろそろ日の暮れる時間か‥‥」
窓の外からは、綺麗な夕焼けが見えている。
「部屋のお風呂から、海見えるんだよね。行かない?」
「そうだな。気分を変えるにはちょうど良い」
衛の誘いに応じ、ついていくマリア。
こうして、一行はそれぞれの方法で、リラックスした時間を過ごすのだった。
※この文章をホームページなどに掲載する際は、必ず以下の一文を表示してください。
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。
|