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春‥‥都内某霊園。
昔から妖怪変化魑魅魍魎が運動会を行ったりしている場所だったが、時代の変化か、最近は若干事情が違っていた。
「‥‥墓地と言うのは、もう少し静かな所だと思っていたんだが‥‥。今は違うんだな」
バスを降りた東雲辰巳、多少表情を引きつらせた様子で、そう言った。
各所でライトアップされた某霊園（仮にＡ霊園としておこう！）は、都心の一等地に展開されている。周囲には電車と高速道路が通っており、大変賑やかな場所になっていた。
そして、そんな賑やかな墓場で、花見をする客もまた、一風変わっている。
「うぃーーーす！ あにやってんのーーー！？」
「邪魔しないでくださいます？ 私達はこれから舞踏会を行いますの」
「畑で取れた野菜あんだけど、がわね？」
やたらチャラチャラした、メタルアクセサリーをつけた若者や、どう見ても時代錯誤なドレスをばっちり着込んだおねーさん、そんでもって時代劇に出てきそうな格好で、大きな籠を背負っている者等々が、あっちこっちで花を愛でている。一件ごっちゃりとした光景だが、共通しているのは全員足がない。いや、多少生者もまざっているが、わからない程度に幽霊の気で満ちていた。
「噂には聞いていたが、この中からレミィを探すのは、相当面倒だな‥‥」
そんな、幽霊達の大宴会を見て、頭を抱えている東雲。レミィことレミエルさんと、そこで待ち合わせた時点で、何か間違っているのだが、相手は死者なので、仕方がない。
「携帯も繋がらないしな。まぁ、この状況では、当たり前か‥‥」
圏外と記された携帯。どうやら、霊界の住人だらけなこの状況が、電波妨害を引き起こしているようだ。何しろ、盆踊りやってる隣で、大正ロマンなパーティが開催され、さらにその向こうでは、幽霊ライダーが墓石を目印にタイムトライアル中、その隙間に展開するように、元々羽の生えた天使の皆様や、魅入られちゃったグレゴールさんなんかが、人目もはばからずデート中とか言う、ある意味繁華街並みの密度を誇っている始末。この中から、お目当ての『客人』を探すのは、かなり時間がかかりそうだ。
「この騒ぎでは、呼び出しも聞こえないかもな。何か策を練らなければ‥‥」
大輪の花をつけた桜の根元で、考え込む東雲。しばらく、ぼんやりと幽霊の大騒ぎを眺めていたが、ある一つの案を思いつく。
「すまないが、ちょっと仕事を頼まれてくれないか？」
そう言って声をかけたのは、まだこの辺りがど田舎だった時代の娘さん達である。農村風の純情そうな娘さんは、しばらくきょとんとしていたが、話は聞いてくれると言う。
「実は、ある人を呼び出したいので、これを着て欲しいんだ」
彼が差し出したのは、どっから持ち込んだのか、身丈の様々なメイド服である。娘さん、自分の生きていた時代にはなかった服を、しげしげと眺めていたが、隣でセレブ組が同じようなドレスを身につけていたので、二つ返事でＯＫしてくれる。
「これで来てくれると良いんだが‥‥」
お目当てのレミエルさんは、賑やかな事の好きな御仁だ。こうして華やかな世界を形成していれば、そのうち現れるに違いない。
だが。
「来ないな‥‥」
１時間たった。だが、レミ子の姿はかけらもない。そのうち、メイド衣装の娘さん達は、宴会を終え、帰り支度を始めてしまった。
「うーん。考えてみれば、レミィに女の子のメイド見せても、好んで近づいてはこないな‥‥」
メイド服を片付けながら、そう呟く東雲。中身にも寄るが、下手をすると後ろ回し蹴りでお空の彼方に飛ばされかねない。
「仕方ない。次の策だ」
手なら十重二十重に用意してある。そう言って東雲は、次の策を出した。ぱちりと指を鳴らすと、その周囲に、やたらと手足の長い、ごつごつした虫のような印象のサーバントが現れる。
「さて、どう出てくるか‥‥」
とりあえず行進させるべく、指先で方向を指し示す。と、サーバント達は二列に並んで、一路桜の木を目指した。
しかし。
「えぇい、神聖な花見を邪魔するとは何事だ！」
「誰だ！ 起動したバカは！」
その瞬間、花見に紛れていた真性天使になっちゃったレミ子の元同僚連中と、その彼氏彼女が、武器を片手に立ち上がる。
「あ、しまった」
あっちゃーと思う東雲。いつもなら、彼らを退けさせるか、受け止めるだけのだけのパワーを持ち合わせているサーバントだったが、今回は相手が悪かった。何しろ全員、酒を投入しているらしく、頬が紅潮している。
「ぎゃーーーー！」
酔っ払いに刃物を渡すと戦闘意欲が増えるのは、幽霊も生身も変わらない。ものの３０秒ももたず、全員花見幽霊の仲間入りにさせられてしまった。
「これも駄目か‥‥。こうなれば、最後の手段だ！」
何が最後の手段ナンだか知らないが、どこかで見ているはずのレミエルに向かって、アピールしておく必要がある。そう思った東雲は、持っていた携帯電話を使って、どこぞに電話。
「ああ、俺だ。実は‥‥‥‥でな。そう言うわけだから、至急あれを頼む」
誰かに何かを頼んで、電話を切る東雲。と、程なくして天空からきらりと光るものが、東雲の目の前へと着弾する。どういうシステムになっているのかわからないが、カプセル状になったそれは、ぷしゅうとスモークを吐き出しながら、その中身を東雲へと手渡した。
「よし。これで何とかいけるな」
赤地に金文字で、『ＢＵＴＬＥＲ』と書かれた小さなバッジ。だが良く見ると、細いアンテナが取り付けられており、そのバッジの群れと共に、コントローラーと思しきリモコンがあった。
「さすがに自分の貞操を売るつもりはないしな。ここはちょうど良い天使達に手伝ってもらうとするか」
ターゲットは、先ほど呼び出したサーバントを木っ端微塵に粉砕しちゃった天使やグレゴール等、見た目の良さそうで、彼氏とセット販売そうな男の子達である。
「それっ」
若干精度に不安はあったが、元々いちゃついている２人に、衣装をプレゼントして、集まってもらうだけの事である。程なくして、バッチをつけた男の子達が、ぞろぞろと東雲のいる桜の周囲へ移動してきた。
「よし、あとはこれを立てて‥‥っと」
集まってきた男のコ達が、あちこちでハートマーク光線を出しまくっている中、彼はそう言って『ＢＬ喫茶出張中』と書かれた看板を出しておいた。
「よし、あとはレミィが引っかかるのを待つばかりっと」
捕獲網を用意して、獲物が引っかかるのを待つ東雲。漂う耽美なかをりをかぎつければ、半ば自動的に引っかかる‥‥筈である。
が、世の中そう都合よくは行かなかった。
「うーん、電波の出し方、間違ったかなぁ」
さらに一時間が経過して、周囲では同人誌もまっつぁおな展開が広がっている。しかし、肝心のレミ子さんは、どこにも潜んでいる気配はなかった。
「いったい、どこで迷子になってるんだー」
さすがに不安になる東雲。しばし考え込んだ後、彼は深いため息をつく。
「探しに行くか‥‥」
さすがに、この死者の群れに、生身で突っ込むのはいろんな意味で気が引ける。だが、それでも愛する女性のためには仕方がないと、彼はそう呟くのだった。
最初からそうしろよ‥‥と言うのは、言わないのがお約束である。
さて、一方‥‥レミィことレミエルさんはと言うと、そんな喧騒とは外れた、いかにも幽霊に相応しい場所に、迷い込んでいた。
「あーーー！ もうっ、腹が立つっ！ どこのバカよ！ こんな所に、結界外し忘れた奴はぁっ！」
げしげしと、近くの墓石を蹴りまくるレミエルさん。だが、その足は幽霊なので、すかっと通り抜けてしまう。
「ああもうっ。八つ当たりもできやしない！」
いらいらした表情で、顔をひくつかせる彼女。普通なら、この程度の墓石ならば、一撃必殺粉砕粉微塵と言う、問答無用なパゥワァをお持ちなのだが、どういうわけか今は、その１０分の１も出せていなかった。
「ここでぼーっとしてても、仕方ないしねぇ‥‥」
あーあっと、ため息をつきながら、天空を見上げるレミエル。その頭上には、満開の桜が、月を抱くように広がっていた。
「あいつ‥‥。今頃、なんか企んでるんだろなー‥‥」
その桜から降り注ぐ花びらを手に取り、そう呟くレミエル。早く合流しなければ‥‥と、あせる想いばかりが募る‥‥。
「‥‥‥‥‥‥」
しばし、その花びらを見つめていた彼女だったが、やおら口を閉ざし、その花びらを握り締める。
「せめて、こいつが動かせれば、何とかなるんだけど‥‥な」
彼女が見上げた先には、真紅のネフィリム。主を失ったそれは、まるで墓守のように方膝をつき、帰らぬ主を待っているように見えた。
「そうね。ここでこうしていても、仕方がないものね」
その機体が、まるで動く事を勧めているかのように思えたレミエルは、たたっとジャンプすると、ネフィリムに搭乗するのと同じように、胸の位置まで駆け上がった。
「ここなら、よく見渡せる。儀式にはもってこいね」
見つからないなら、おびき寄せるまで。かつて、敵が使っていた手法でもあるそれを、レミエルは通信手段として使う事を選んだらしい。そして、ネフィリムの頬に片手を触れさせると、ゆっくりと目を閉じた。
「天使の鎧たる真紅の器よ。我が力に応じ、共鳴をなせ‥‥」
兵器としては使えなくとも、儀式媒体として使う事は出来るかもしれない。元々、彼らグレゴールの鎧として使っていた機体だ。その可能性は充分にある。
をぉぉぉぉん‥‥。
天使の力を注ぎ込まれたその機体は、目を覚ますかのように、サーチアイを明滅させる。そして、その明滅がはっきりと瞳を輝かせたその時、機体の背中に、光の束で出来た翼を出現させていた。
これならいける。そう確信したレミエルは、閉じていた目を開き、こう呪を紡ぐ。
「出でよ。我が下僕。天使の忠実なる手足達。黄泉の扉を開きて、我が元に馳せ参ぜよ！」
翼が羽毛となり、四方八方に舞い散る。桜と交じり合い、桃色の吹雪となったそれは、一つに固まって、数体の生き物を呼び出していた。
「お帰り。サーバント達」
そう、それはかつて召喚獣代わりに使っていた異形の兵。増幅器であるネフィリムとよく似た形でありながら、桜色をした彼らは、うやうやしくレミエルに膝をつく。
「力あるものを我が元に。ただし、人の子と、人の形をしたもの、そして桜は絶対に傷をつけるな！ 命を違えた者は、即座に冥界へ帰ってもらう」
そこだけは、厳しいグレゴールの表情を覗かせる彼女。答えるように唸るチェリーサーバント。
「さぁ、これであいつが気付くと良いんだけど」
主の命を遂行するべく、墓場のあちこちに散る彼らを見送りながら、レミエルは祈るような気持ちで、そう呟くのだった。
その頃、東雲は。
「いかん。このままでは夜が明けてしまう！」
大勢の幽霊達を前に、途方にくれていた。日が上れば、幽霊達は寝る時間と言うのは、どこの業界でもお約束だ。その前に、何とかしてレミエルを見つけなければ。
と、その時だった。桜の群生する方で、何やら騒ぎが聞こえてきた。
「なんだ？ いったい‥‥」
悲鳴の混じったその騒ぎに、あわてて駆けつける東雲。と、そこではピンク色のサーバントが、なにやら人の持ち物を狙って、墓石を粉砕しながら、走り回っていた。
「あれは‥‥」
その形状が、見慣れたものだと気付いた東雲。はっとした表情で、すぐ近くにあった荷物を探る。そこには、折りたたまれたハルバードがしまわれていた。
「お前らの探している物は、これだろう！」
組みあがったそれを高々と掲げ、サーバントに見せ付ける。ぐるりと旋回した彼らは、よこせとばかりに腕を伸ばしてきた。
キィィィン‥‥ッ
その距離が近づけば近づくほど、東雲の頭の中に、よく知ったイメージが流れてくる。そう‥‥まるで携帯の呼び出し音のように。
「やはりか‥‥」
確信する彼。意を決したようにハルバードをぎゅっと握り締める。そして。
「受け取れっ！」
大きく振りかぶると、槍投げの要領でサーバントに向かって投げつける。ぱしりと受け取ったサーバントは、くるりと踵を返すと、反対側へと歩き出した。
「さぁ、案内してもらおうか‥‥」
ハルバードを、そのまま渡す気などない彼。にやりと笑うと、その背中に何かを投げつけた。見ればそれは、電波妨害時でも使える、強力な発信機である。
「レミ、迎えに行くから」
やっと‥‥会える。そう確信して彼は、サーバント達の後を追いかけるのだった。
どれほど、時間がたっただろうか。
「ここは‥‥」
東雲が案内されたのは、ちょっとした広場になっていた場所だった。そこには、両側を覆うように大きな桜の木が立ち、腕を広げるように、天空を仰いでいる。その中心部分に、動きを止めたネフィリムの姿があった。
「いい子ね。よく手に入れてきたわ」
多数のサーバント達を従え、その中心にたたずむ女性。彼女をめがけ、そのサーバントは持っていたハルバードを、手渡そうとしていた。
「させるか！ それは俺の役目だ！」
ヴぃんっとめったに使わぬ力を、右手に集中させる東雲。そして、その暗い紫色とも取れる力の塊を、サーバントめがけて投げつける。
「‥‥！」
レミエルの目の前で崩れ落ちるサーバント。その腕からこぼれたライトハルバードを、しっかりと取り返す東雲。
そして。
「ただいま」
砂となって消えていくサーバントの中心で、砂嵐から生還するかのように、レミエルの前に現れる彼。
「‥‥これ、返しに来たんだが」
若干ふてくされたように、頬を膨らませるレミエルの手を取り、東雲はしっかりとハルバードを握らせる。
「‥‥派手な返却方法ね」
憎まれ口は、もはや挨拶代わり。その手は、しっかりとハルバードを握り締めている。
「ありがたく受け取っておくわ」
そう言って、彼女はハルバードに込められた力を、自らへと還元する。光の粒子として溢れさせたそれは、彼女の身を包み込み、かつての姿へと戻していく‥‥。
「‥‥やっぱりそれが一番似合うな」
感心するようにそう言う東雲の前に現れたレミエルは、真紅の衣装をまとっていた。それと対比する黒髪。純白の羽代わりの白い肌。そして、女神の証のごとき輝きを放つハルバード。
「‥‥ありがと」
ふわりと、彼女は東雲の前に舞い降りる。そして、すうっと反対側の手を伸ばし、彼の首筋へと絡みつかせる。
「‥‥ただいま」
至近距離で、聞かされたその頬は、桜色に染まっている。その距離でなければ、素直になることが出来ないのだろう。いや、その距離に近づける者にしか、素直な自分を見せたくない。そう東雲は思った。
「‥‥おかえり」
だから彼は、思い切り抱き寄せて、彼女にしか聞こえない声で、そう囁いて、二度と離さぬ約束を交わすかのように、情熱的に口付けるのだった。
（おしまい）
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