【起承転結の起】それはひとつの小さな出会いから始まった。
日本縦断お花見・食い倒れバスツアー初日。
一向が訪れたのは大阪迷物(?)闇お好み焼き会場だった。
小麦粉を溶いた生地にキャベツをはじめ様々な具材を混ぜ合わせて焼くだけという何ともシンプルでありながら、バランス栄養食としても名高いお好み焼きは、その名の通り、自らの独断と偏見と絶大なる嗜好によって好きに焼いてもいいという素晴らしい料理なのであった。
しかも、今回はツアー主催者から普段ではとてもお好み焼きに入れない、どころか入手すら困難な特別食材が多数提供されるとあって、クレイン・ガーランドは参加前からとても楽しみにしていた。
そんな彼の主目的は勿論、作ること、である。そのためにツアー1週間も前から夜なべをして、作り方に関する情報を独自に調べ満を持してお好み焼き製作に望むのである。
「これで、美味しいお好み焼きが出来るはずです」
クレインは自分で作ったお好み焼きレシピを握り締めて呟いた。
とはいえ。万一という事もある。
「作りすぎたらたいへんですので、あの人も呼んでおきましょう」
彼言うところのあの人。食べ物といえばあの人。セフィロト髄一の大食漢、ゼクス・エーレンベルク。いつ見ても思うことだったが、あの細身の体の一体どこに、その体の体積を遥かに超える量の食べ物が収まるのだろう。質量保存の法則も彼の胃袋の前では何の意味もなさないというのか。
だが、彼なら味に多少の難があっても食べ物なら須らくその胃袋におさめてくれるだろうから、残飯処理係としては、これほどの人材はない。
「提供食材には巨大なザリガニもありますし、あれも大好物なエビフライの一種だと思うのです」
エビが金銭に勝る事もある貧乏人ゼクスに、エビフライという殺し文句まで用意して誘いに行ったクレインだったが、『ただで食える』それだけでゼクスはあっさり承諾した。『ただで食える』の前に伝家の宝刀は必要ないのだ。
これで残飯処理係は確保した。
とはいえ、2人で鉄板を囲んでお好み焼きを食べるというのも寂しいものである。それに、せっかく作ったお好み焼き、みんなにも是非食べてもらいたい。
更に言えば、ツアー提供食材は、その鮮度を保持する為、生きたまま持ち込まれているものも数多く存在すると聞く。それを捌ける人間も必要なのである。それに、生きた食材は食われたくなくて暴れるかもしれない。食材捕獲係も必要だろう。
そんなわけで、食材の捕獲係にシオン・レ・ハイを、反撃してきた食材を仕留める係に彩月を、そして捌いた食材をお好み焼きに入れられるように調理を手伝ってくれる係に最年少の朱瑤を、それぞれ誘ってクレインは総勢5人でその会場に訪れたのである。
大阪ドームのように広い会場には鉄板と調理場がそれぞれワンセットになって用意されていた。
テーブルの上に『クレイン・ガーランド様 御一行』と書かれたプレートを見つけて5人は荷物をおろす。
「食材を見に行きましょう」
クレインが意気揚々として言った。
ツアーのしおりに載っていた食材は豚の頭だのマグロの兜だのだったが、他にもいろいろあるはずだ。
「そうですね」
瑤も好奇心に勝てないのか満面の笑顔で答えた。普段は大人びた表情を見せている事の多い彼だが、今は歳相応の顔をしている。今にも駆け出しそうな2人に肩を竦めながら、月はシオンを振り返った。行きますか? と問いかけるような視線にシオンが興味顔で頷き返す。
月がゼクスを振り返るとゼクスは「うむ」と頷いた。彼の顔は全くの無表情であったが、彼の胸の内は小躍りするほど嬉々としていた。既に彼の心は巨大水槽の底を歩く特大エクルビス――体長30cm以上もある巨大ザリガニ――に釘付けなのである。
あれを仕留めるのは面倒そうだなぁ、などと内心でぼやきつつ月はシオンと共に、はしゃぐクレインと瑤の後を追いかけた。
食材ブースには主催者が用意した食材が所狭しと並んでいる。とはいえ、生きたままのものが多いため、ケージや水槽、が陳列している。
小さな水のはられていない水槽の中に、無数のカタツムリが蠢いているのを見つけてクレインは咄嗟にハンカチで口元を押さえた。隣には巨大な食用ガエルがこっちをじっと睨み付けている。
「…………」
ちょっと口に入れたくない気分になってきた。
もし入れるのなら、出来れば原型を留めていない形にして欲しい。そしてそれが元は何だったのか教えてくれなければいい。などと思う。
カエルの隣の水槽にはサソリがガサゴソと蠢いていた。もしかして、大人しくテーブルで待ってた方が良かったのだろうか、とクレインが思い始めた頃、瑤がサソリの水槽を覗きながら歓声をあげた。
「わぁ。サソリは素揚げにした方が美味しいんですよ」
「そうなんですか?」
クレインが眉を顰める。素揚げでは原形が残ってしまうではないか、と思わなくもない。しかし美味しいらしい。
「川海老に近い味です」
そう言った月の言葉にゼクスが反応した。
「何!? 海老だと!?」
「はい」
「これが、海老になるのか……」
いや、ならない。
だがゼクスはサソリの水槽にかじりつく。是非、お好み焼きに入れて欲しいという顔だ。
「毒があるのでシオンさん、お願いしてもいいですか」
クレインが言った。オールサイバーのシオンなら、きっと刺されても大丈夫に違いない。
「一度素揚げにして原形がわからなくなるくらい砕いてから、桜海老代わりにお好み焼きに入れましょう」
クレインは気を取り直して笑顔を皆に向ける。
「砕く前に、味見してもいいか?」
ゼクスが聞いた。
「勿論です」
答えたクレインにゼクスは内心の喜びを体で表現して抱きついた。ただし、その顔は無表情であったが。
一向は水槽から檻の方へと足を進めていく。先を歩いていた瑤が喜色満面でその檻の前で足を止めた。
「わぁ、見てください。こんなのまでありますよ。丸々太ってて美味しそうです」
その言葉に皆が興味顔で中を覗く。
「ゔっ……」
とクレインは後退った。
「これは……」
と月が複雑そうに呟いた。
「うむ。パイにすると旨いのだ」
ゼクスが無表情で言った。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?? たっ、食べるんですかぁ!?」
シオンが半ば絶叫した。
「はい」
シオンはその食材をマジマジと見つめた。
赤く円らな瞳が、捨てられた仔犬のような愛らしく何ともけなげにシオンを見上げていた。灰色の柔らかそうな毛並み。その頭に付いているのは長い耳。それはまごう事なきうさぎ。どっからどう見てもうさぎだったのである。
「もしかしてシオンさん、うさぎ、嫌いなんですか?」
勿論シオンはうさぎが嫌いなどではない。どちらかといえば好きだ。好きというより大好きだ。
しかし、大好きといえばもれなくこのうさぎは捌かれてしまうだろう。シオンの大好きは、断じて食用などという意味ではないのである。
「…………」
―――それはひとつの小さな出会いから始まった。
【起承転結の承】とにもかくにもレッツ・クッキング
食用うさぎ〈ドイチェ・リーゼン・グラウ「ドイツの灰色の巨人」〉。味は淡白で鶏肉に似ているらしい。
シオンは檻の中のうさぎをずっと見つめていた。
「大丈夫です。うさぎなら捌けますよ」
笑顔でそう言って腕まくりを始めた瑤の声がシオンの耳に届いた。
「お好み焼きもいいが、余ったらパイが食べたい」
いつの間に用意したのか、ゼクスがマイフォークとマイナイフを手に垂れる涎を腕で拭いながら言った。
シオンは縋るような視線をクレインに向けた。クレインは逃げるように視線をそらせて咳払いを一つ。
「なら、具材の準備はお任せします。私はタネを作っています」
「…………」
シオンは月を振り返った。
月は芝居がかったような口調で「あ」と何事か思いついたように大きく目を見開いて、大仰に手を打った。
「私も手伝います。小麦粉とは違う粉を使ってみたらどうでしょう」
「ああ、それは面白そうですね。では、私たちはそちらを探しに」
2人とも棒読みであった。
ヨーロッパなどでは、食用うさぎはとてもポピュラーな食材である。だからそれを食べる事に違和感はない。あるのは嗜好の問題だけである。牛・羊・山羊・豚・鶏・馬、どの肉だって美味しくいただけるだろう。捌いてしまった後なら。
今回は、うさぎ。それは最近では滅多にお目にかかる事の出来ない食材である。だからこそ、食べてみたい好奇心もある。しかし魚は平気でもうさぎはちょっと難しい。マグロの解体ショーは楽しめても、うさぎの解体ショーは見ていられないのである。あの目を見てしまった時から情が移ってしまったのだ。いっそ捌いた後の肉だったなら、これほどの抵抗はなかったに違いない。
だからこそ、2人には葛藤があった。
今ここで我々が捌いても、捌かなくても食用として育てられたうさぎは、いつか誰かに捌かれて食べられるのだ。ならば……。
―――ぶっちゃけ、どっちでもいい!!
投げ遣りでもあった。
「シオンさん。どいてください」
うさぎの檻の前を陣取るシオンに瑤が言った。
だがシオンは動かなかった。ここをどいてしまったら、うさぎさんが捌かれてしまう。
「んーーーーーーーーー」
瑤とシオンが押し合いになった。純粋な力だけならオールサイバーであるシオンの方が上だったろう。しかし力の使い方は瑤の方が一枚上手だったらしい。押していた瑤がいきなり引いたのである。力の均衡は崩れ、シオンは勢い瑤の方へ倒れこんだ。その隙にゼクスが檻の鍵を開ける。それは見事な連携プレイだった。後はゼクスの運動神経が人並みだったなら、事はうまく運んでいたに違いない。しかしセフィロト随一の食欲魔人は、セフィロト随一の貧弱男でもあったのだ。
「あ」
思わず月が声をあげた時にはゼクスは檻から飛び出したうさぎに蹴りを入れられて、後ろにもんどりうった後だった。
追いかけようとする瑤の体をシオンが羽交い絞めにする。
「逃げてください! うさぎさん!!」
「うぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇ、許さん!!」
何とか起き上がったゼクスが唯一表せる憤怒の形相をその面に力いっぱい貼り付けて、地獄の底から響かせたような声で呻いた。
「元気なうさぎさんですね」
クレインが何とものんびりと呟いた。
★
「もち米をミルで粉末状にしてみました」
お好み焼きを作った事は一度もない。持っているのはどこかで仕入れてきた怪しげなレシピだけ。後は見様見真似で作る。クレインはせっかくとばかりにいろいろアレンジを加えてオリジナルのお好み焼きに挑戦する事にした。
「もち米というのは面白そうですね」
月が隣で苦瓜を刻みながら答えた。
クレインはさっそくボールに粉末状のもち米を入れ、水と練り合わせると卵を割り入れた。キャベツの代わりにヨモギを使う。おもちにはヨモギと相場が決まっているからだ。それに月が刻んだ苦瓜を足しこんで掻き混ぜる。
最初の具材は巨大エクルビス。ゼクスのたっての希望だった。
月が生きたエクルビスを一撃でねじ伏せると、殻ごとそのまま鉄板の上にのせた。
バチバチと水が跳ねる。
隣でさっそくクレインはもち米のお好み焼きを丸く流した。丸く流したつもりだったが、実際には丸くなっていない。何だかしゃばしゃばである。焼けてきたら固まってくるに違いないと、強く念じて蓋をする。待つ事5分。蓋を開けるとバチバチと香ばしい音と共にもわっと湯気があがった。
フライ返しで裏向ける。
なんだか思っていたより柔らかい。どうやら水と卵の分量を間違えたらしい。もんじゃ焼き、一歩手前みたいなそれは、見様見真似のクレインの手には少し余ったようだった。
「のぉぉぉわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
うさぎに蹴られて赤くなったゼクスの額に、それがべちゃりと張り付いた。その熱いこと、取れないこと。ゼクスが額を押さえながら変な踊りを始めたのに、クレインはそちらにお好み焼きの破片が飛んだことには気付いた風もない。
「難しいですねぇ」
しみじみとした口調で呟いただけだった。
自分がえがいていたお好み焼きの姿からは程遠いそれに、クレインは残念そうに息を吐く。しかし最初はきっとこんなものなのだろう、これから徐々に腕もあがっていくはずだ。幸い材料はたくさんある。何度でも試す事が出来るのだ。
べちゃべちゃのお好み焼きの上に、とりあえず焼いたエクルビスをのせて蓋をする。
やっぱり待つこと5分。
緑色の草もちのような色合いのそれがこんがり狐色に焼きあがった微妙なエクルビスのお好み焼き。
蓋をしていなければ水分がとんでおせんべいのようになっていたかもしれない。ならばこれは湿気たせんべいか。見た目はそのどちらでもなく、何とも微妙な仕上がりとなっていたが、海老っぽいザリガニにゼクスだけは満足そうだった。
「どうぞ」
クレインは、とりあえず月にススメてみた。
作った本人が一番最初に食べるのはあまりに失礼。作った本人が、皆に食べてもらってその反応を見たい、と思うのは心情、人情、世の道理。即ち、誰かに奨めるしかしかないのだ。とはいえゼクスではあまりに予想通りすぎて、彼の反応にはあまり期待が出来ないだろうし、かといって見た目が微妙なこのお好み焼きの味が保障できない以上、毒見の犠牲となるのは最年少。それが年功序列の世のセオリー。つまり、瑤が適任のように思われた。
が。彼は今、それどころではなかった。ついでに言えばシオンもそれどこではなかった。
いや、それよりも、果たしてクレインたちはこんなに暢気にお好み焼きを焼いていても良かったのだろうか。
会場内は既に修羅場と化していた。
【起承転結の転】だからうさぎが逃げたのである。
事の起こりは小さな出会いから始まった。その後の経緯は『起承』参照。とにかくうさぎが檻から飛び出したところから話を始めよう。
うさぎがゼクスの額にラビット・キックをくらわして逃げた。普通の人ならノーダメージだったところが、不幸にも彼は普通ではなかったらしい。
シオンに羽交い絞めされていた瑤の代わりに彼はうさぎを捕まえようと追いかけた。そうして彼が一歩踏み出したのは、何十匹ものタランチュラが入った水槽の上だった。
彼はそれを踏み外し、水槽は倒れて中のタランチュラが一斉に飛び出した。
そして会場は瞬く間に大混乱……とは、まだこの時点ではならなかった。
この会場内にいたのは、こんなツアーに参加するつわものばかりだったのである。彼らは即座にタランチュラを捕縛しようとした。それを邪魔するようにうさぎが跳ねた。シオンの腕を振りほどいて瑤が追いかける。うさぎを逃がそうとシオンが追いかける。うさぎは意外と狡猾であるのか自分一羽では逃げ切れぬと判じたのだろう、生きた食材の檻を順に跳ね回りはじめた。
瑤がうさぎを捕まえようとする。
そこにシオンがタックルを仕掛ける。
瑤はぎりぎりで飛んで躱。
かわされたシオンはまむしとハブの水槽に突っ込む。
そうして最初に壊れたのはまむしとハブの水槽だった。次に壊れたのは、闘牛の檻。かと思えばワニが這い出し、羊が群れをなし……てんやわんやの大騒ぎ。
さがに歴戦の猛者どもも手に余る数だった。そして会場には勿論、猛者ばかりではなく、そうでない人間もいたのだった。彼ら彼女らは悲鳴をあげ、半狂乱で逃げ回り始めた。かくてここでやっと、会場は阿鼻叫喚怒号渦巻く修羅場と化したのである。
しかし瑤もシオンもそんな事には全く気付かぬ顔でうさぎを追って飛び回っていたから、他のツアーの参加者の怒りは、やがてそちらへ向かい始めた。
この惨状の諸悪の根源―――うさぎと瑤とシオン。
「奴らを締め出すぞ!」
逃げた材料を捕獲しても捕獲しても、彼らがゲージや水槽をひっくり返して逃がしてしまうのだ。このいたちごっこを終わらせるには、奴らを締め出すほかない。彼らの捕縛が最優先事項になったのはある意味仕方の無い事であった。
それを見ていたクレインは、口元をハンカチで押さえたまま、傍らの月にこう言った。
「他人のフリをしましょう」
「…………」
そうして2人は心頭滅却し、周囲の大騒ぎには我関せずでお好み焼きづくりに勤しんだのであった。
食べ物に聡いゼクスだけが、2人の動きを機敏に察知し、刺されまくったサソリとタランチュラの毒は、自らのESP治癒でさくさく治して彼らの席に着いたのである。
クレインは焼きあがったお好み焼きを笑顔で月の皿に盛った。
「さぁどうぞ召し上がれ」
月はその微妙なお好み焼きをじっと見つめながら自らの進退についてぼんやり考えていた―――前門の虎後門の狼。
食べるのも、修羅場に加わるのも、どちらも微妙である。
★
月は目の前で鼻歌なんぞ披露しながら、微妙なお好み焼きを次々に平らげていくゼクスを、ある意味感心しながら見つめていた。どれだけ怪しげなクレイン特製お好み焼きが出来上がってこようとも、そのフォークの動くスピードが変わる事はないのだ。
2回目に焼いた生エスカルゴは鉄板の上に並ぶカタツムリを見ているだけで食欲がなくなった。3回目のマグロの兜は目肉など非常に美味しかったのだが、オーブンがなかったので中まで火が通らず、生臭い感じでなんとも微妙に仕上がった。後で、切ればよかったんじゃ、と気付いたが、その時には全てゼクスの腹の中に納まった後だった。その次のハチノコは、巣ごと持ち込まれていたため、勿論、成虫も一緒で酷い目にあった。蜂は成虫でも美味しいらしいが、このメンバーにそれを料理出来る者はない。ゼクスが、焼けば何でも食えるはずだと焼いて食べていたが……視線そらし。以下、ゲテモノ料理が微妙な感じで延々と続いた。
月とクレインは中から安全そうなものばかり選りすぐって食べた。吐くほどまずいと予想されるものは、ゼクスの皿に全部盛り、たぶんそれなりの味と思われるものだけをチョイスする。とはいえ微妙なものは微妙でしかない。
おかげどれも一口で、ハイ、サヨウナラ。空腹はなかなか満たされない。
シオンの料理の腕は、かなりのものと聞いた。瑤も野外料理は得意だと言っていた。その料理の出来る連中が不在というのも敗因なのかもしれない。しかしその選択ミスもそろそろ終わりを告げようとしていた。
最初のテンションの高さでみんな追いかけっこを楽しんで―――もとい、修羅場を演出していたが、食事前で皆、空腹だったのである。だから追いかけっこはそう長くは続かなかったのだ。
クレインたちが、修羅場を無視してお好み焼き作りを始めたのも、もしかしたらその追いかけっこに終止符を打つのに一役買っていたのかもしれない。微妙な異臭に混じって、肉の焼ける香ばしい匂いが、彼らの空腹を刺激したのは事実だった。
怒って暴れたら、更にお腹は減るばかり。かくて彼らは、1人減り、2人減り、と自分らのテーブルへ戻ってお好み焼きを焼き始めたのである。
逃げた食材は皆、会場内からは出られないでいたから、とりあえず、食べたいものをその都度捕まえに行ったり、自分たちのテーブルに近づいた命知らずを順に捌いたりして、お好み焼きにほうりこむ、といった具合だった。
そうして、やっと修羅場は収束したのである。
【起承転結の結】終わりよければ全てよし
というわけで―――。
ボロボロのいでたちで、瑤とシオンとそれから何故かうさぎが、クレインたちのテーブルへ戻ってきた。どうやら彼らは一緒に逃げている内に友情のようなものが芽生えたらしい。連帯感がうさぎを仲間と認識させたようだった。
月はげんなりした顔を少しだけ明るくして内心で、助かったと思いながら、彼らをテーブルへと迎え入れた。
ゼクスは空腹だったら嫌そうな顔をして、席を開けないところだったが、それなりに腹も溜まっているのですんなり開けた。勿論、彼らにも、もっとお好み焼きを作ってもらうためでもある。それにまだ、彼は川海老〈サソリ〉のから揚げを食べていないのだ。
「シオンさんはオールサイバーなので食べられるのでしょうか」
今更ながらに尋ねたクレインにシオンが自信たっぷりに答えた。
「はい。ちゃんと味見も出来ますよ」
それから、鉄板の上に何ものっていないのと、瑤やうさぎが腹をすかせているだろう事に気付いて立ちあがる。
「美味しいお好み焼きを作りましょう」
オールサイバーであるシオンに空腹で体が重くなるような事もないらしい。
月とクレインは目を輝かせた。やっとランチにありつけそうだ。
手伝いましょうか、という瑤を手で制して、シオンが調理場にお好み焼きの準備をしに行く。
クレインはそこで「あ」と思い出したように立ちあがった。
「どうしました?」
首を傾げる瑤にいたずらっぽい笑みを返す。
「忘れていました。この闇お好み焼きにはフィニッシュが用意されてるんでした。ちょうど6人です」
正確には5人と1羽。
「取りに行きましょう」
クレインが月を誘う。
ツアー本部の調理場へフィニッシュとやらを取りに行く2人をいってらっしゃい、と見送った瑤の袖をゼクスが引っ張った。どうやらサソリの素揚げをご所望らしい。瑤は立ち上がって、うさぎと一緒に材料集めに向かった。
クレインと月が本部へ来ると、そこではお好み焼きを丸く球体にしたような一口サイズのものが、丸い穴のあいた鉄板の上で、くるくると返されながら焼かれていた。
これは、大阪名物たこ焼きという料理らしい。中にたこが入っているのだそうだ。
「意外と小さいですね」
もっと大きいものを想像して月を誘った彼である。
クレインはたこ焼きのパックを受け取った。それは1人で充分持てる大きさだ。
「後でみんなでいただきましょう」
「はい」
そうして2人はたこ焼きのパックを手に、ぶらぶらと他のテーブルのお好み焼きを見学しながら戻った。どこも怪しげで微妙な感じなのに、何だかホッとする。
2人が戻ってくると丁度シオンがお好み焼きを焼いているところだった。隣で瑤が、サソリを揚げながら、にんじんをスティック状に切っている。
サソリとにんじんはともかくとして、シオンが焼くお好み焼きが何とも美味しそうで、2人は食欲をかきたてられた。ゲテモノ料理が延々続いたが、どうやら最後の最後でまともなお好み焼きが食べられそうである。
シオンが焼きあがったお好み焼きを6等分した。
クレインに月にゼクスに瑤にうさぎに、そして自分の皿に取り分ける。
「どうぞ」
シオンに勧められるようにして瑤が味見も兼ねて一口。
「美味しい」
「よかったです」
瑤の美味しいという言葉に、クレインと月もさっそく箸を取って口に運んだ。確かに美味しい。どうやら何かの肉が入っているようだ。何の肉だろうと思ったが、月もクレインも敢えて聞こうとは思わなかった。いずれこの会場内にある食材のいずれかなのだ。美味しいなら、それでいいではないか。
瑤の隣でうさぎが怪訝そうにお好み焼きを見つめている。
「こっちの方がいいみたいですね」
瑤がにんじんスティックをうさぎに食べさせた。
うさぎの分に切り分けられたお好み焼きは、自動的にゼクスの元へ移動した。
瑤は、ゼクスの前にサソリの皿をどんと置いて席についた。
にんじんスティックを食べるうさぎの頭を撫でながら、瑤もお好み焼きを食べ始める。
「楽しいランチになりましたね」
クレインが笑顔で言った。
「そうですね」
とりあえず、終わりよければ全てよし、である。月が頷いた。
「うむ」
ゼクスは食えれば満足である。
やがてお好み焼きも食べ終えて、ゼクスを除いた面々がそれなりに腹を満足させた頃、クレインは意気揚々と、先ほど本部で貰ってきたたこ焼きをテーブルの真ん中に置いた。
「フィニッシュです」
「たこ焼きですか。美味しそうですね」
シオンが言った。
「はい。でもただのたこ焼きではありませんよ」
クレインは、ふっふっふっと楽しそうな笑みを皆に向ける。
「ただじゃないって、まさか金を取るのか!?」
尋ねたゼクスに、違いますと首を振ってクレインは言った。
「ロシアンたこ焼きです。5つは普通にたこが入っているだけですが、1つだけびっくり食材が入っているそうです」
「へぇ。面白そうですね」
瑤がたこ焼きを覗き込む。期待に満ちた顔つきで、どれがはずれか見極めようとでもいうのか、興味津々でたこ焼きを凝視していた。
「どうぞ」
クレインがシオンを促す。こういう時は年長者から年の順だろう。
シオンが1つ摘まんだ。
月が摘まむ。
ゼクスが摘まむ。
クレインが1つをうさぎの前に置いて、それににんじんスティックをさしてやった。
最後の2つを共に譲り合って結局クレインが1つ取った。最後の1つを瑤がつまむ。
「じゃぁ、みんなで一斉に食べましょう。はずれてもちゃんと全部食べること」
そう言って一斉に、5人がたこ焼きを口の中に入れた。うさぎは、たこ焼きではなく、にんじんを食べている。
クレインは、ドキワクしながらみんなの反応を見ていた。
「あ、たこでした」
ちょっと残念そうに瑤が言った。
「私もです」
シオンが言った。
「うむ、たこだな」
ゼクスは何故だか偉そうだ。
月は安堵しつつも、クレインをチラリと見て、言い出しにくそうに言った。
「たこです」
クレインはゆっくりとうさぎを振り返った。
うさぎはにんじんと一緒にたこ焼きを食べ散らかしていた。そこに転がっているのは正しくたこ。
「!?」
クレインは恐る恐る自分の口の中にあるたこ焼きを咀嚼した。じゃり。
―――じゃり!?
それは、あさりに砂が入っていた、というようなものではない。どちらかといえば、虫的な食感がある。舌にあたる虫の足的なものが、更にそれを虫だと如実に語っているようだった。
吐き出したい衝動と、しかしそれがなんであるのかを確認したくない葛藤が、クレインの脳裏でめまぐるしく行き交った。
なんで自分は、はずれでもちゃんと食べること、なんて言ったのだろう。自らを呪う勢いだ。
しかし、彼のジレンマはそう長くは続かなかった。
飽和状態に達したクレインの体が横に傾ぐ。
反射的に月が抱きとめた。
飲み込む事の出来ないたこ焼き。
狭窄していく世界をクレインはぼんやり眺めていた。
クレインの視線に、なんとなく他の面々もそちらを振り返る。
桜の花びらが風に舞っていた。
彼らは今、奇しくも同じ景色を見上げていた。
会場の天井近い窓から見える大阪のシンボル―――通天閣を。
■大団円■
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