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 Side Akira
 〜はじまりはひとつ おわりはふたつ〜






         
         
   


Missing the eye 〜 失われた左目を取り戻せ! 〜



【 1 】


 目が開けていられないほどの真っ白な光がおさまり、ほっと人心地吐いて目を開けた。
 だが、そこがどこであるのか一体どうなっているのか確認する暇もなく、ゼクス・エーレンベルクは地面にもんどりうっていた。頬が痛い。どうやら殴られたらしいと顔をあげた先に、顔を疑問符にした男が拳を突き出したまま固まっていた。
「ん? ヒミコはどうした」
 どうしたもこうしたもない。
 自分はそのヒミコとやらに間違えられ、人間違いで殴られたのかと思うと、ゼクスの怒りは一瞬にして最高点にまで達した。
「きさまっっ!!」
 憤怒の形相でゼクスは立ちあがった。
 白地に水色のストライプのパジャマ姿であった。
 ご丁寧にもナイトキャップ付きであった。
 彼は寝起きで呼び出されたのだ。
 男は面倒くさそうに『それ』をはらいのけた。ゼクスは再び尻餅をつく。
「祝融……兄さんはバカですか? 彼の左目」
 後ろから出てきた、やたらとずるずるの服をきた切れ長の男が、ついとゼクスに向かって顎をしゃくった。祝融とも、兄とも呼ばれた男がゼクスの左目に気付いてにやりと笑う。
「なぁんだ。お前が持ってるんじゃないかよ」
 やれやれと弟が肩を竦める。バカ兄貴を持ってしまった、そんな風情だ。しかしそんな弟の嘆息に気付いた風もなく祝融はゼクスに歩み寄ると、その左目に手を伸ばした。
 その腕を別の手が掴む。
「何だかよくわからないが、どうやらお前さんたちはこの左目に用があるって事かな」
「あぁ、そうだ。わかってるじゃないかよ」
 言うが早いか祝融が地を蹴った。彼が飛んだのは自分の腕を掴んでいる男に向かってだ。
 振り払われると思っていた男は、逆に間合いを詰められたことで、数瞬、判断が遅れる。咄嗟に使ったESPは発動しなくて、クロスブロックで相手の打撃をかろうじて受け止めた。
 兄の背後で弟が半歩動く。
「回禄、手を出すな。……俺がやる」
 祝融は楽しげな顔付きで男を見た。まるで好敵手でも見つけたみたいな顔をしていた。
「名前でも聞いとくか」
「伊達剣人」
 砂埃が風に舞う。赤い岩肌が見え隠れした山岳地帯。睨み合う祝融と剣人。その2人の間にあるのは今にもはち切れんばかりに張り詰められた糸だった。互いに互いの出方を見るように、互いを凝視しあっている。正に一触即発。2人の間には、弟の回禄でさえ手を出す事を憚らせる何かがあった。あった筈だったが。
「何だい、何だい。いきなり殴りつけるたぁ、穏やかじゃないねぇ」
 2人の間に、場の空気を全く読まない声が割って入った。そこに倒れているゼクスを助け起こして、服の泥を払ってやりながら、恰幅のいいおばちゃんこと、シェリー・クラッツガッシュが祝融を睨みつける。
「いいかい、あんた。どんな事があっても先に手をだした方が負けなんだよ。ほら、彼に謝りな。大体……話を聞いてりゃあんた、この子をヒミコとやらと間違えたんだろ? 間違えて殴っといて、ごめんなさいも言えないようじゃぁ、大人になった時苦労するよ。ほら、恥ずかしがってない早く謝る」
 そう捲くし立てる豪快なおばちゃんを前に、開いた口の閉め方をきっかり10秒、2人とも忘れて、祝融も剣人もポカーンと口を開けていた。
 ネグリジェにガウンを羽織ったなんとも言い難いおばちゃんである。
 マダム・シェリーの勢いに気圧されるように祝融はゼクスに謝りかけた。
 それを呆れたように見ていた回禄が持っていた杖を振るう。疾風が彼らの間に割って入って、マダム・シェリーの体を吹き飛ばしたので、やっと祝融は我に返った。
「ふざけるな! その宝珠は俺たちのものだ。返してもらおう」
「失われた宝珠は5つ。つまりお前らは、5人いるのか?」
 回禄が尋ねた。
 しかし聞かれても剣人には応えようがない。とりあえずおかしな左目を持ってるのは、このマダム・シェリーを含めて3人だが。他に……。剣人は辺りを見回すように振り返った。
「つまり、こういう事か? あの鏡に映ってた綺麗なお姉さんはヒミコというのだな。そしてヒミコを助けたら、お礼にあんな事とか、こんな事とか彼女にしてもらえるのか?」
 紺のパジャマ姿の男が岩場の影からひょっこり顔を出して言った。
 いや、ちょっとそれは違うだろう。
 ツヴァイレライ・ピースミリオンである。彼も寝起きだったのだ。
 ツヴァイの隣から、可愛らしい別の声が顔を出した。
「状況がよく飲み込めないデショが! とりあえずあいつらがルナの左目を取ったデショね」
 ルナことラ・ルーナが、ビシリと祝融たちを指差した。その頭から飛び出しているのはうさぎの耳。どっから見てもうさぎのコスプレをした幼稚園児だった。
 これで、5人なのか。
 剣人は胡乱げに視線を斜め下に馳せた。
 再び動き出した弟を手で制して祝融が言った。
「5人。面白い。全員まとめて相手してやろう。あの女の元へ送ってやる」
「望むところだ!」
 ツヴァイが彼の前に立ちはだかった。まるでヒミコの元へ送ってくれと言わんばかりだ。
「あんたバカデショ」
 ルナが呆れたように剣人の思いを代弁した。だがその後に続くルナの言葉に剣人はこけそうになった。
「早くしないと日曜朝一のタイムセールに間に合わないデショよ!」
 ルナとしてはあの女の元へ送ってもらってる場合ではなかっただけである。急いで帰らなくてはならないのだ。ルナの目は真剣だった。やる気満々だった。どう見ても5歳児だった。
「…………」
「何言ってるんだい。子どもが危ない」
 マダム・シェリーがルナを抱き上げた。ルナはジタバタともがく。
「全く。とんでもない奴らだねぇ。親の顔が見てみたいよ。しかしまだ若いんだ。これからでもやり直せるさ」
 マダム・シェリーの言葉にゼクスは憤然と返した。
「謝るだけで許せるものか。その罪、海老であがなってもらう」
「いや、どれも論点が微妙にずれてるだろ……」
 唯一、状況を最も把握しているであろう剣人が疲れたように呟いた。
 どうやらこのメンバーで敵と対峙しなくてはならないらしい、と思うと不安は大きくなるばかりだった。最後は自分が何とかするしかないのだろうか。兄と弟、二人を相手に骨が折れそうである、と。





【 2 】


 剣人は自分の手の中にブレードをイメージした。しかし一向にその手の中に掴めるものは生まれては来ない。どういう事かと訝しみつつ腕を振るった。ソニックブレードは、かまいたちの如く地を走り宙を切り裂き、相手をも両断するはずが、何のダメージも与えられなかった。
「…………」
「ふん、こいつらを倒せばこのおかしな左目が治るんだろ」
 やっと状況を理解したのか、ツヴァイがそう言って前に出た。何か策があるのか。
「そうすれば彼女とあんな事とか、こんな事とか……」
「…………」
 後に続いた言葉は聞かなかった事にする。
 祝融のパンチがツヴァイにヒットした。
 あれ? という顔でツヴァイはふっとばされ、後ろの岩にしたたか背をぶつけた。
「…………」
「ちょっと、あんたねぇ」
 などと、またマダム・シェリーが間に入ったため、それ以上のラッシュは免れ、何となく場は戦闘一時停止状態に陥ったが、ツヴァイは相変わらずきょとんと不思議そうな顔をしていた。
 それに何か気付いたようにゼクスは居丈高に大上段から言い放つ。
「貴様のESPは奴らには効かんようだな」
 精一杯見下して言うゼクスにツヴァイが「何だとぉ!?」といきり立った。仲間割れの勢いで口喧嘩が始まる。
 どうやらツヴァイはESP行動操作で兄弟たちを相討ちにさせようと目論んでいたらしい。しかし不発に終わったのか。
「ESPはここでは使えない……のか」
 剣人はやれやれと息を吐く。
 マダム・シェリーのお小言に気圧されていた祝融が我に返ってシェリーを殴り飛ばそうとした。その拳を手の平で受け止めて、剣人は相手を睨みつける。ESPが使えない、武器もないなら、肉弾戦しかない。幸い相手もそれで挑んできてくれているようだ。弟の方は、さっきの突風といい、おかしな術を使うようだが。
 祝融がニヤリと笑う。剣人もそれに不敵な笑みを返した。
 やるしかないだろう。
 だが。
 刹那、突然左の目が、左の目の代わりに入っていた宝珠が焼けるように熱く光った。
「なっ……!?」



 ESPの代わりに、使えなくなった力の代わりに、どうやら宝珠が力を貸してくれるらしい。
 5人は熱く焼ける宝珠の熱に目を押さえながらうずくまり、やがてその宝珠の力をその身に宿らせた。
 剣人は半ば呆然と4人を見た。
 ふわもこの毛に覆われた羊。なのに、頭にはうさぎの耳……。
「ルナは元々兎デショが! 羊か兎か、はっきりするデショー!」
 ジタバタと、どこかにむかってしきりに怒りをぶつけている。
 一方、マダム・シェリーはといえば。
「誰だい、今、変わってないって思った奴」
 剣人は咄嗟に視線をそらせた。
 彼女はその、ふくよかな体を牛に変化させていたのだ。
「まぁ、いいさ。包容力があるって思えば、あたしもそう変わらないさ」
 そもそも牛は包容力の象徴なのか。
 ゼクスはその頭に犬耳をはやしている。しかし、こうも勇ましく見えないものだろうか。その隣では、ツヴァイが猿に化身していた。両手にシンバルを持っている。何故、シンバル。玩具の猿でもあるまいに。
 猿と犬の目が合った。
 剣人の脳裏に『犬猿の仲』という言葉が過ぎる。
「貴様が猿か。む……伝説の宇宙最強戦士に変身出来るのか!?」
 まるで羨ましそうにゼクスが言った。
 ツヴァイはツヴァイでゼクスをじっと見つめている。
「触ってもいいか?」
「うむ?」
 何を、と尋ねようとするゼクスよりも早く、ツヴァイはシンバルを片手で持ち直すと、ゼクスの犬耳に手を伸ばしていた。ふかふかのそれを気持ち良さそうに、こちらもやっぱり羨ましそうな顔付きで触っている。
「…………」
 互いに互いを羨ましそうに見つめて、彼らは同時に呟いた。
「宝珠を交換できないのか」
 珍しく意気投合したようだ。しかし、それも束の間。2人はハッとしたように我に返った。羨ましいから、恨めしいに、進化したのである。
「えぇい! 猿なら猿らしく、猿真似でもしておれ!」
「何だと!? 貴様こそ、負け犬の遠吠えでもしてみたらどうだ!!」
 とにもかくにも全員、動物の姿に化身しているらしい。獣人化。だが、代わりに入っていた左目の宝珠がなくなったため、全員、左目にばってん傷が浮かび上がっていた。
 ばってん獣人。
 剣人は半ば脱力しながら自分を振り返った。
 黄色に黒の毛が混じっている。どうやら虎らしい。
 虎。不服はない。
 剣人はしなやかに体を伸ばして、その肉体に宿った筋肉と筋力を確認すると、身構えた。研ぎ澄まされた五感と、そして第六感。
 地面を蹴る。
 武器になるのは爪と牙。人のそれをはるかに超える戦闘力。
 だが、それは祝融の元にまでは届かなかった。
 ジャーーーーーーーーーン!!!
 突然、傍で鳴らされたシンバルの甲高い金属音を、極限まで研ぎ澄ましていた聴覚が、最大限に拾ってしまったのだ。その瞬間、三半規管が狂わされたのか、剣人はバランスを失っていた。
 何とか空中でバランスを取り直し着地するが、結果として、祝融との間合いも詰める事は出来なかったのである。
 しかし、すぐに体勢を立て直して第二撃。その足が止まる。
 祝融は剣人を見ていなかったが、剣人もまた、祝融を見てはいなかった。
 ツヴァイがシンバルを叩く。
 叩くごとに、蔦のようなものが這い出して、意志をもったように動き出した。まるで「グリーンスネーク、カモーン」と笛を吹く蛇使いの如く、シンバルの音に合わせて、蔦が動くのだ。
 蔦はゼクスの腰に巻きついたかと思うと、その体を宙に持ち上げた。
「やっぱり、仲間割れか!?」
 思わず剣人が突っ込む。ツヴァイは持ち上げたゼクスを祝融に向かって投げつけた。
「…………」
 意表をつかれた祝融だったが、かろうじて躱。
 かわされたゼクスは地面にヘッドスライディングした。あちこち擦りむいたのに、この期に及んでESP治癒を試みる。勿論発動しない。
「……犬になったのに」
 剣人はぼんやり呟いた。
 犬になっても身体能力はあがっていないのか。いや、そんな事はあるまい。剣人とて確かに身体能力があがっているように感じていた。
 祝融の足下で受身も取れず痛みを堪えているゼクスに、ツヴァイが容赦なく追い討ちをかけた。
「本当に役立たずだなー。ほらほら、負け犬の遠吠え見せてみろよー」
「くぅぅぅ〜〜〜」
 忌々しげにゼクスは歯軋りした。
 それに祝融の呆れたような声が重なる。
「仲間割れか」
 そうしてゼクスの脳天に拳を振り下ろした。
 誰もが、ゼクスの頭がスイカ割のスイカみたいにつぶれる様を幻視しただろう、だが―――。
「羊が1匹デショ! 羊が2匹デショ!」
 ルナが全力でそう言った。それは力いっぱいで、懸命で、眠りを誘うようなものでは決してなかった。
 だが、世界は突然コマ送りのようにゆっくりと動きだした。いや、祝融の動きが遅くなっただけなのか。自分の時間的感覚が早くなっただけなのか。眠りに誘われたわけではない筈だが、どこかの感覚が狂わされたような気分だった。いや、今はそんな事を考えている場合ではないだろう。
 剣人は腕を伸ばしてゼクスの体をこちらへと引き寄せた。
「ダメだよ、子どもが前に出ちゃ。さっきから言ってるだろ」
 そう言ってマダム・シェリーがルナの体を抱き上げた瞬間、世界は再びいつものスピードで動き出した。
 祝融が地面に巨大なクレーターを作って、ちっと舌打ちした。ツヴァイもちっと舌打ちしていた。
「…………」
 どうやら宝珠は、ただばってん獣人化させるだけではないらしい。
 その獣にちなんだ―――猿は猿回しにでもちなんだというのか? 多少のずれはあるようだが―――力が宿っているらしい。
 剣人は自分の手を見つめた。獣の手、この手には、他にも何か力が宿っているのか。
 祝融が間合いを詰めるように駆けた。咄嗟にゼクスを背後へ投げて、剣人は相手の攻撃を受け流すように弧を描く。虎であれば、力に力で押し勝つこともできるだろう、だが、咄嗟に反応するのは体得している少林寺拳法のさばき。手首だけを返して相手の力のベクトル変えてやると、相手は簡単に崩れた。やはり、先ほどより相手の動きがよく見えるのは、虎ゆえか。崩れて開いた祝融の懐へ。
 腰を落として一撃目はレバー。一瞬動きの止まった心臓へ二撃目。掌底を叩き込む。
「兄さん!?」
 思わず弟が声をかけた。
 よろめく兄に、何かを投げる。九節棍。
 だが、剣人は相手にそれを使わせる暇も与えず動いていた。
 虎の力とはなんであるのか。もしかしたら出るかもしれない。
 両掌で虎を象って、剣人は気合を込めて突き出した。虎の形をした炎のオーラが祝融を……残念ながら襲わなかった。
 虎が持っていたのは、炎ではなかったらしい。
 最初に走ったのは閃光。
 そして天に轟く神鳴りの声。
 祝融は、まるで雷にでもうたれたように硬直して、そのままばったりと倒れたのだった。
「…………」





【 3 】


 祝融の体がまるで大気に溶けるように消えた。
 回禄が見る見る内に怒りを顕にした。
 兄をバカ扱いしていても、そこは兄弟らしい。彼は1つの宝珠を取り出した。それが、鮮烈な光を放つ。視界が光にぼやけ、視覚を取り戻すのに少しの時間を必要とした。
 その、視界が霞む刹那、酉という文字が宝珠に浮かぶのを微かに見てとった剣人は内心で舌を出す。
 牛、猿、犬、虎、羊。それに加えて鳥が酉なら、連想されるものはひとつしかない。宝珠は全部で12個あるというのか。
 回禄が獣化する。
 酉の一字を垣間見ていたのは、どうやら剣人だけではなかったらしい。
 ゼクスが立ちあがった。
「それはずるいだろ!」
 酉と見て、鶏を連想していた彼である。
 しかし回禄が化身したのは、紅蓮の炎を纏った不死鳥。はたまた朱雀か。いずれにせよ、炎は酉であったらしい。
 回禄は1つ嘶くとこちらへ向かって突進してきた。
 火を消すのは水だろう。水といえば十二支なら蛇か龍あたりかと思われたが、こちらにあるのは牛、猿、犬、虎、羊。虎は雷だったし、猿は猿回しだった。羊は眠る……というか相手の動きを鈍らせる。まだ、その力が明らかになっていないのは牛と犬だが、どちらも水の代わりにはなりそうにない。しかし、犬に宿った力とは何であるのか。ゼクスを見る限り全く想像も出来ない。牛に宿った力とは何であるのか。その包容力とでもいうのだろうか。
「おいおい、危ないねぇ。自分の体がどうなってるのかわかってるのかい? そのままじゃぁ、あんたも火傷しちまうよ」
 マダム・シェリーが肩を竦めて言った。包容力だけは確かにある。敵も味方も気遣える包容力だ。
「…………」
 ルナの数える羊の数が回禄の攻撃を遅らせる。相手の炎を躱のは簡単だった。セフィロト随一の貧弱男―――ゼクスでさえもルナの力の前では容易に実現出来た。
 だが、相手が炎に包まれている以上、こちらから直接攻撃を仕掛ける事は難しい。下手に触れればまず間違いなく、こちらが火傷するだろう。
 さて、どうしたものか。
 だが、そんな思考を妨げるように、突然4人の前に牛が立ちはだかった。マダム・シェリーである。
「何度言ったらわかるんだい。危ないって言ってるだろうが」
「無謀か!?」
 焼肉にでもなる気かと、誰もが思わず脳裏に牛ステーキを過ぎらせた。特にゼクスなどは目を輝かせて涎を拭った。
 だが、次の瞬間、空気は凍り付いた。
 吹き荒ぶブリザードに、瞬く間に炎の鳥はその力を弱めた。
 まさか牛の力は氷だったのか。その関連性が見出せないまま、誰もが呆けていると、回禄は酉の獣化を解き、別の宝珠を取り出した。
 それは午だった。
 大地を駆け、羽を広げればペガサスとなって空をも翔る風となる。そこから生み出される突風を、4人は手で顔を覆うようにして、両足を踏ん張りながら堪えた。
 ただ一人、それすらも無駄な足掻きであるゼクスだけが、風に飛ばされ地面を転がりながら言った。
「こういう時こそ、役に立て!」
 ゼクスの叱咤に強い反発を浮かべながら、ツヴァイが不快そうにジャンジャカとシンバルを叩き始める。
 一瞬何をするのか、と、ルナと剣人がツヴァイを振り返った。
 ツヴァイのシンバルの音に、蔦が大量に現れた姿は、いっそ壮観ですらあったろう。それが、まるで蜘蛛の巣のように、広がった。
 風を生み出し空を翔ていた回禄は、蜘蛛の巣にかかった蝶の如く掴まった。風は止み、5人は人心地吐く。
 剣人は再び虎を模して両の掌を力いっぱい回禄に向かって突き出した。
 閃光が走る。
 神は再び鳴いた。

 回禄の懐から7つの宝珠が転げ落ち、兄と同じように回禄体も大気へと解けて消えた。
 まったくもって呆気ないという他あるまい。





【 4 】


 かくして宝珠は12個揃ったのだ。
 これで鏡の中でこの國を助けてくれと言っていたヒミコの願いは聞き遂げられた事になるだろう。
 獣化もとけていた。
「おい、女! 宝珠が揃ったぞ!」
 自分が集めたわけでもないのに、ゼクスが何とも偉そうに空に向かって言った。
「はぁ、やれやれだねぇ」
 マダム・シェリーが疲れたように手鏡を取り出し乱れた髪を整えはじめた。女として身だしなみは気になるところらしい。
 だが、鏡を見ながら、シェリーは「おや?」と首をかしげた。
 左目が、元に戻っていないからだ。
「ん?」
 ゼクスはシェリーを振り返って、何か気付いたように手の中の宝珠を見た。
 そこには7つしか宝珠がない。残りの5つの宝珠はまだ、彼らの左目に収まったままなのである。
「どういう事だ?」
 ツヴァイがゼクスに詰め寄った。
「俺が知るか! くそっ。奴らはどこへ消えたんだ!?」
 ゼクスが、祝融と回禄を探すように辺りを見回す。
「はやく左目を返すデショ! タイムセールに間に合わないデショが!!」
 しかし、戻らないものは戻らない。
 誰もが顔を見合わせた。
「…………」
 その時だった。



 目。目とはなんぞ。美しき玉は光を宿す宝珠に似たり。
 涙。涙とはなんぞ。目からあふるる至高の雫。


 ―――我が物にせん。



「あー、あれか。俺たちの目を盗ったのは別にいたのか」
 そこに現れたのは見上げるほどの巨人だった。自分たちはその手の平に乗ってしまいそうなほど小さい。踏まれたらひとたまりもないだろう、蟻のように簡単にプチっと潰されるに違いなかった。
 それは十二単のような豪奢な衣に身を包み、黒く長い髪の女だった。
 だが、その目元には包帯のようなものを巻いている。
 よく見れば、あの鏡に映っていたヒミコという女性に似ているような気がした。
「羨ましい……恨めしい……憎しや……ヒミコ……」
 そう呟く女に、怖いもの知らずのマダム・シェリーが相変わらずの調子で言った。
「何だい。あんたか、あたしらの左目を盗ったのは。なら、返しとくれ」
「我も……欲しや……目を…涙を……」
「……悔しいなら泣けばいいさ。泣けば涙は自ずと出る」
 そういう問題なのか。だがマダム・シェリーは真顔だった。
 女が首を振る。
 女は目を持たぬのか、巻かれた包帯を解くでもなかった。にもかかわらず、はっきりと女はマダム・シェリーを見ているようだった。
「その目を、我に寄越せ……」
 女が手を掲げる。
 5人の右目が急に痛みを発した。あまりの激痛に手で押さえる。しかし掲げられた女の手に引かれるように、今にも右目が飛び出しそうだった。
「くそっ……」
 ツヴァイが痛みを紛らわすように吐き捨てた。
 剣人も小さく呻く。
「んーーーーーー!!」
 ルナも一生懸命痛みを堪えてジタバタともがいた。
「うぬぬぬぬぬぬ……」
 ゼクスも今までになく歯を食いしばっている。
 ゼクスの手の中で7つの宝珠が光を放っていた。その熱に思わず手を放した瞬間、宝珠は5人を取り巻いた。
 右目の激痛が収まり、そっと手を離す。
 宝珠に引かれる感じがして。
 引き寄せられる。
 ちょっと待て。
 ゼクスとツヴァイの手が重なった。触れ合ったというレベルの話しではない。3Dホログラムが重なったように、2つの手が融合したのである。
「のぉぉぉわぁぁぁ!! 何て事だ!?」
「それはこっちのセリフだ!! えぇい、離れろ!!」
「貴様こそ、さっさと離すのだ!!」
「なんでよりにもよって、お前なんだぁぁぁ!?」
 2人は互いに罵りあい始めた。だが、融合を止めることはできないのか、それは腕だけでは止まらなかった。
 いや、2人だけではない。気付けばルナもシェリーも剣人も宝珠に引かれるように融合していった。
 やがて5人は1つになった。
 そして女と同じサイズになっていた。
 合体。そして巨大化。
 ある意味セオリー通り。
『ふぉぉぉ〜〜〜!! 伝説の宇宙最強戦士か!』
 ゼクスの声は声にならなかった。声にならなかったが他の4人の心にダイレクトに響いた。
 彼らはゼクスの意志と共に猿へと獣化する。あくまで両手に持っているのはシンバル。そして左目はないのかくぼんで、ばってん傷が付いていた。
 巨大化したばってん猿。
『なんでお前がリーダーみたいになってんだ!?』
 不愉快そうにツヴァイが言った。
『うるさい。この俺が最強戦士となるのだ!』
 1つになった体の中で、2人が暴れだす。剣人は気重に息を吐いた。何故、この5人が選ばれたのだろう、と今更ながらに根本的な問題を考えたりしているのは、現実逃避の表れかもしれない。
 女―――女禍が右目に手を伸ばしてくる。しかしゼクスとツヴァイは気付いた風もない。ゼクスがツヴァイを払いのけるように、腕を振るった。あくまでそれはイメージでしかなかったはずだが、それが、伸ばされた女禍の手を力いっぱい振り払っていた。
 剣人は少しだけMSの操縦に似ていると思った。
 ツヴァイがゼクスを殴り飛ばすイメージに猿の腕が突き出され、女禍の顔面にシンバルがクリーンヒットした。
 剣人は心の中で、虎、虎、虎と念じてみた。
 巨大ばってん猿が、ばってん虎に変貌する。
『左目は返してもらうぞ』
 そう呟いて剣人は両手を突き出した。まるで虎を象るように。
 閃光が奔る。
 雷が女禍に降り注ぎ、5つの玉が飛び出した。
 真っ白な光。



 目を開けると洗面台の前に立っていた。
 鏡を覗きながら、2度瞬きする。
「…………」
 どうやら左目は戻ったらしい。
 頭をかいて、顔をじゃぶじゃぶと水で洗った。
 顔をあげる。鏡に女性が映っていた。
『宝珠をとり返してくださり、ありがとうございまし。これで、この國は救われましょう』
「…………」
 そうして女は消えた。
 消えたはいいが、左目も戻ってきたから、それもとりあえずいいが。宝珠は置いといて、あの女禍はなんだったのだろう。

 ヒミコに憧れた女禍が、その姿を真似て目を欲した。たまたま、それで左目を奪っていったところに、あの宝珠が反応したのか。
 謎は謎のまま、誰も何の説明もしてくれないまま、その長いような短いような、朝の出来事は終わった。

 時計を見ると、タイムセールはとっくに終わっている時間。
 太陽は西の空に傾いていた。





 ■The END■


◆ ラ イタ ー 通 信 ◆
ご参加ありがとうございました、斎藤晃です。
楽しんでいただけていれば幸いです。
ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。


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