●特大にゃン子
さて、その頃。ほんまもんの?魔法少女であるミカエルは、兄ルシフェルの元を訪れていた。
「何の用があって来た‥‥」
「いえ。ちょっと時間があいたものですから‥‥」
ミカエル、何故かルシフェルの前では、おしとやかなレディになってしまう。もっとも、ルシフェルのほうはあくまで妹なので、そんなおしとやかなミカエルちゃんを、多少もてあましているようだ。
「こっちも忙しいんだが」
「でしたら、そのお手伝いをさせてくださいな。お兄様。先生が、なんとかって言う大会に呼び出されて、暇‥‥じゃない、自主学習しなきゃいけないんですもの」
そう言って、ごろごろと喉を鳴らすミカエル。聞き分けのいい可愛い妹のふりをして、腕を絡ませると、ルシフェルは仕方なさそうにこう言ってくれる。
「まぁ‥‥。どうしてもと言うのなら、かまいはしないが」
その代わり、明日にはちゃんと学校に帰るんだぞ‥‥と、付け足すルシフェル。笑顔で「はいっ。ありがとうございます☆」と、よいこのお返事をするミカエルだったが、彼は「礼を言われる程のことじゃない」と、ごくごく当たり前に言うので、ミカエルとしては、ちょっと面白くない。
「何か言ったか?」
「い、いいえっ」
ここで、いつもの調子を見せれば、嫌われちゃうかもしれないっ。そんな乙女心ガードの働いたミカエル、首を大きく横に振って、にこりと笑顔を浮かべてみせるのだった。
とは言え、依頼があるわけでもない日なので、過ごすのはいつもと同じ。その日、ルシフェルはいつものように着替えを済ませていた。
「まぁ‥‥☆」
騎士学校の制服に身を包んだルシフェルを見て、感嘆の声を上げるミカエル。魔法学園でも、冒険者として出かける時も、時たま見ている制服ではあったが、こうしてこざっぱりと整えられた制服を改めて見ると、頬が朱に染まってしまうようだ。
「別に。いつもの事だから」
「でもお兄様、ステキですわ。きっと、貴婦人になりたいって言われるのも、多いんでしょうね‥‥」
あっさりとそう言うルシフェルに、うっとりとため息をつきながら、うらやましそうな表情のミカエル。だが、彼は意外な事を口にした。
「試合に出る前はな。だが、すべて断っている」
「そうなんですの‥‥?」
まさか、私のためかしら‥‥と、目をぱちくりさせるミカエル。しかし、そんな夢見心地の心境もつかの間、ルシフェルは誤解させないようにか、きっぱりとこう告げる。
「勘違いするな。別にお前の為じゃない」
「そうなのですか‥‥」
ちょっぴり残念なミカエル、明らかにがっくりと肩を落としている。そんな妹の気落ちに、やはり多少は同情したのか、ルシフェル、こう一言。
「いや、そうじゃないんだが‥‥。まぁいい。近づくと怪我をするから、離れて見ていろ」
「はい、私はこちらで、別の練習をしておりますわ」
練習用の木剣とは言え、心得の無い者に当たれば、怪我をする可能性も高い。ルシフェルはそう考えると、ミカエルを練習場の見学席へと案内する。こくりと頷いて、さながら貴婦人か姫君のように、ちょこんと座っているミカエルに、ルシフェルは小さくこう一言。
「あまり無理はするなよ」
「え‥‥」
怪訝そうな表情のミカエル。小首をかしげている彼女に、ルシフェルは「なんでもない」と一言言い置いて、鍛錬へと戻って行った。
心配なのは、ミカエルである。
「‥‥もしかして、バレちゃったのかしら‥‥。ううん、違うわね。単に私を心配してくれているだけよ。きっと」
そう言い聞かせ、淑やかなレディとして振舞おうと、自分自身に言い聞かせるミカエルだった。
●こんな日もいいな
騎士学校は、午前中は鍛錬から始まる。何も無い鍛錬場で、剣を振り、手合わせを行い、時には後輩の指導も行う兄ルシフェルを見て、ミカエルはため息まじりに、こう呟く。
「やっぱり、お兄様の剣は、他の人とは、一味も二味も違うわねー」
身内の贔屓目といわれればそれまでだが、それでも、ミカエルの目には、ルシフェルが輝いて見える。
「わかるの?」
「まぁ、兄妹だから‥‥」
同じように見学に来ていた横の女性に、ミカエルはそう言う。と、そんな彼女に、ルシフェルはとことこと近づいて来て、こう尋ねた。
「お前は、いいのか?」
「え、ええ。私の学問は、色々な物事を見聞きする中で、学ぶものですから。それに、剣なんて殆ど使えないの、お兄様もご存知でしょう?」
しとやかにそう言って、彼ら鍛錬の様子をメモに取るミカエル。賢者になる為には、さまざまな事情を学ぶ必要がある。こうやって、他の学校の授業を見学するのも、その一環だと。
「ああ、そうだな。だったら、この後の座学に付き合うか?」
「もちろん、お供させていただきますわ☆」
愛するお兄様の隣☆ と言う、絶好のシチュエーションに、顔が緩みそうになるのを抑えつつ、そう言って頷くミカエル。そのまま、ルンルン気分で、一緒に付いて言ったわけだが。
そう甘いものでもなかった。
「‥‥この戦いでは、この防衛ラインを引いた事が、重要な複線となって‥‥」
基本的に、身体の鍛錬をメインにする騎士学校では、座学といえども、立ったままである。慣れない戦術論に、立ち授業。ミカエルは途中でふらふらと倒れこんでしまった。
「どうした?」
「ちょっと、戦略は難しい‥‥かも‥‥」
それでも、気丈に振舞う事は忘れない。そんな妹の姿を見て、ルシフェルはやれやれと言った様子で、ため息をつくと、彼女を抱え上げ、教室の外へと連れ出した。
「こっちの授業に慣れていないせいだろう。無理をせずに休んでいろ」
緑の芝生が敷き詰められたそこは、窓の無い教室と違って、風が心地いい。
「ごめんなさい‥‥」
「謝る事は無い。見学みたいなものだしな」
申し訳なさそうにそう言うミカエルに、ルシフェルは頭をなでてそう言うと、教室へと戻って行った。
(やっぱりお兄様は優しいな‥‥)
なんだかんだ言っても、気遣ってくれる。それが、今のミカエルにとっては、とてもうれしいのだった。
そして、夕暮れ頃。
「ミカエル。おい、ミカエル!」
「あー。お兄様、おかえりなさー‥‥」
揺り動かされ、目を覚ますミカエル。いつの間にか、眠りこけていたらしい。寝ぼけた目をこすりながら、そう言う妹に、ルシフェルは苦笑しながら手を貸した。
「まったく。見物に来て、昼寝してどうする」
「ごめんなさい‥‥」
その手をとってから、ミカエルは照れくさそうに頬を朱に染める。
「謝ってばかりだな。お前は」
「えへへ‥‥」
撫でられて、妹扱いでも、彼女は幸せそうだ。
「帰るぞ」
「はぁい」
ルシフェルに促され、彼女は付き従うように、その後を追うのだった。
「あら、ずいぶんと早いのね」
夜、2人はとある酒場へと訪れていた。
「お? 美人の妹ちゃんは、いっしょじゃないのか」
「ああ、ちょっと用事があるとかでな。俺だけ先に来た」
と言っても、ミカエルは身支度があるとかで、後から来るそうだ。既に、『あのルシフェルに美人の妹がいる!』と言うのは、広まってしまっているようで、結構な顔見知りが集まってしまっている。
そこへ。
「お待たせしました」
普段着から夜会服へと着替え、髪を結い上げ、化粧を施したミカエル登場。一瞬、唖然とするルシフェルだが、直後、同期に後ろ頭を小突かれていた。
「おい、ルシフェル。ずるいぞ、こんな美人でしとやかな妹ちゃんがいるなんて!」
紹介しろコラ! とばかりに、文句をつけている。何か、誤解を受けているような気がするが、気のせいではないだろう。
(ふふふ。この日の為に、理美容教えてもらっといてよかったわー」
一方、囲まれる兄上を見て、ほくそ笑むミカエル。実は、こちらに来る前、同級生にメイクや衣装について、アドバイスを受けていたのだ。そう、すべては兄・ルシフェルの為に。
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありませんわ。ささ、どうぞ」
思わず口にしてしまい、ルシフェルに振り向かれる。それを、持ち前の猫っぷりでかわすと、彼女は持った杯へと、お酒を注ぎ込む。「あ、ああ。すまんな」と、それを受けた瞬間、周囲からブーイング。
「ずるいぞ。お兄ちゃんばっか!」
「俺にも! 俺にも!」
「えぇい、群がるなお前ら! ミカエルが驚いてるだろうが!」
げしぃっとそんな彼らを千切っては投げ‥‥と言うのは、語弊があるが、引き離すルシフェル。しかし、相手は一行懲りず、中には直接「ミカエルちゃんって言うんだ。ねぇねぇ、兄貴なんかほっといて、俺達と遊ぼうぜ」なんぞと声をかけてくる輩もいる。
(たまにはこう言うのもいいな。お兄様がこんなに優しいなんて)
そんな、自分を気遣ってくれるルシフェルの後姿を、頼もしく思うミカエルだった。
「まったく。同級生のいる店には、いくべきではなかったな。なぁ? ミカエル」
数時間後、ようやく開放された2人は、家路へと向かっていた。
「そうですわね。いつもどおり、冒険者酒場へ行った方が良かったかも‥‥。どうしたの?」
ところが、ルシフェルの問いに、ミカエルがそう答えた刹那、彼の動きが止まる。
「ミカエル、下がっていろ。おい! そこに居るんだろう!」
「へっへっへ。バレちゃ仕方ないなー」
声を上げると、路地の間から数人の男性。
「誰?」
「さっきは、ずいぶんと賑やかにやってたな。俺達にも付き合えよ」
見れば、先ほど隣の席に居た御仁たちである。若干柄の悪い風情を誇るその彼らは、後ろに隠れるようにしたミカエル目指して、次第に包囲網を狭めてくる。
「‥‥断ると言ったら」
「お前には聞いてねぇ。用があるのは、そっちのお嬢ちゃんでね」
お約束の通り、そう答えるが、既に彼らはミカエルのすぐ側だ。だが、ルシフェルは若干あきれたような口調で、こう言った。
「どうするんだ?」
「ど、どうするもこうするもだなぁ!」
普通、『そうはさせん!』とか何とか言うだろう! と、いきまく酔っ払い達。が、ルシフェルは冷静に妹へこう言った。
「‥‥ミカエル」
「はい、お兄様☆」
にこりと笑顔で、ミカエルの口元が、かっきり一秒ひょうっと動く。直後、手にしたランタンの炎が、酔っ払いの鼻先を盛大に焦がしていた。
「うぉあちちちちちちぃっ! この! なにしやが‥‥る‥‥」
酒で麻痺った頭の彼、ミカエルに食って掛かるが、そのミカエル、逆にぐいっと襟元をつかみ寄せると、ギロりと剣呑な瞳で睨みつけ、結構な力で持って、低い声音で脅しとも取れる発言を。
「‥‥人のデートの邪魔すんじゃないわよ。酔っ払いども」
「い、いたひ‥‥」
良く見れば、思いっきり耳をひねり上げている。いい? と念を押され、酔っ払いどもは、あわてて「きょ、今日は日が悪そうだ。い、家で頭冷やしてくらぁ。はっはっは」と、乾いた笑いを浮かべて、逃げて行くのだった。
「さて、帰るか。明日は、普通に魔法学院で授業だろ?」
「ええ。先生も戻ってくるみたいだし」
そんな、ちょっとしたピンチをやり過ごしたルシフェルは、ミカエルに確かめる。彼女も、明日には自分の寮に戻るそうだ。
「そうか。頑張って立派な精霊魔術師になるんだぞ」
「はいっ!」
励まされ、嬉しそうに返事をするミカエルだった。
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