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【生きて、ずっと】
■姫野里美■

<チカ・ニシムラ/アシュラファンタジーオンライン(ea1128)>
<クレア・クリストファ/アシュラファンタジーオンライン(ea0941)>

 人には未来があると言うけれど。その未来に希望を託せるかどうかは、人によって違う。
「みゃみゃみゃーーーっ」
 その日、アトランティス在住、『永遠の妹っ娘』こと、チカちゃんは、お外で手に入れてきたらしい色とりどりのお花を、家に持ち込んでいた。
「あら、お帰りなさい。帰ってきたら、ちゃんと手を洗うのよ?」
「うん、わかってるー。でも、先にお花に水をあげないとにゃ」
 今、彼女は大切な人と同棲していた。一回り年上の、クレアである。傍から見れば、仲の良い姉妹な彼女達に、血のつながりはないが、それこそ家族のような‥‥いや、それ以上の間柄だった。
「よし、綺麗になったのにゃ☆」
 手に入れた花を、お手製の花瓶に入れて、テーブルへ飾るチカ。何もなかったそこは、素朴ながら、色とりどりの花で、華やかさを増す。
「あら、綺麗ね」
「えへへへ。そう思って持って来たのにゃ。んと、じゃあ手を洗ってくるのにゃ」
 クレアに褒められ、嬉しそうににぱりと頬を染めるチカ。そのまま台所までぴゅーっと走りこんでいく。ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音が聞こえているあたり、彼女の言う事は、しっかりと聞いてくれているようだ。
「よし、準備完了なのにゃ。おやつの時間なのにゃ」
 たしたしたしっと、口調と同じくにゃんこの仕草で、簡単にお手手を拭いたチカちゃん、クレアの用意してくれたクッキーとお茶を、まりまりとぱくついている。
(かわいい。作ったかいがあったわ〜)
 そんな彼女に、愛おしさを感じてしまうクレア。表面上はくすりと笑みが浮かんでいる程度だが、心の中では、ちまキャラがハートマークを浮かべながら、ちたぱたとお手手を振り上げている状態だ。
「チカ、こっちいらっしゃい☆」
 と、クレアはチカを手招きすると、ぽんぽんと膝を叩いた。ソファーに座る彼女の膝は、とても温かそうだ。
「みゃっ?」
 クッキーを銜えたまま、てこてことそちらに歩み寄るチカちゃん。
「呼んだのにゃ?」
 そう言った時には既に、彼女はクレアの膝の上。抱き付いて、ごろごろと喉を鳴らすチカに、クレアは満足そうに目を細める。
「よしよし、相変わらず可愛い娘…」
「にゃにゃにゃにゃ〜。ごろごろごろ〜♪」
 顎の下を撫でてやると、猫と同じように、喉を鳴らす。どうやってそうしているのか、不思議で仕方ないクレアだったが、目じりの垂れ下がった顔で、嬉しそうに甘えてくるチカに、頬が緩みっぱなしだった。
 と、その時である。
「にゃ‥‥くふ‥‥は‥‥」
 それまで、気持ち良さそうにしていたチカが、顔を伏せ、苦しげに胸を押さえて、呼吸を乱していた。
「ど、どうしたの? チカ!」
 慌てた様子で、クレアはその肩を抱えるようにして、身を起こさせる。だが、彼女は答えない。
「チカ! しっかりして、チカ!」
「う、うに‥‥ぅ」
 クレアが揺さぶると、彼女はうめくように頷いて見せた。そして、胸の辺りをぎゅっと握り締めると、再び黙り込む。まるで、痛みをこらえるかのように。
「チカ‥‥」
 クレアが、誰か呼んでこようかとまで思い始めた時、急にチカの呼吸がすぅっと元に戻った。
「うにぃ‥‥」
「だ、大丈夫‥‥?」
 顔を上げ、まるで寝起きでもあるかのように、おめめのあたりをグーでこするチカ。クレアがそう声をかけると、彼女はいつものように、にぱりと笑う。
「うん、大丈夫なのにゃ」
 そこに、先ほどまでの変調の痕跡は、欠片もない。
「でも‥‥」
 なおも心配そうに問いかけるクレアに、チカは首を横に振って、こう答える。
「うに、たまにあることなのにゃ。直に治るから大丈夫にゃっ」
 その姿は、いつもと同じ。元気な子猫のチカちゃん。
「そう‥‥。でも、具合が悪かったら、すぐに言うのよ?」
 クレアの台詞に、こくんと頷く彼女。
(何事も、なければ良いのだけど‥‥)
 喉が渇いたから、何か持ってくるのにゃーと、台所へ向かうチカの後姿を見て、不安を隠しきれないクレアだった。

 その日は、何事もなく過ぎた。だが数日後、チカは、また同じ発作を起こしたのだ。
「ごーろごーろごーろ。うにゃにゃにゃにゃーん」
 午後のひと時、チカはいつものようにクレアの膝の上で甘えていた。が、その刹那、彼女のおなかがぐるるるるっと鳴く。
「おなか空いちゃったわねー」
「何か取ってくるのにゃ」
 普段からそうしている通り、チカはそう言って、膝を離れる。そして、『何かないかにゃー』とか言いながら、台所へ足を踏み入れた時だった。
「チカ!」
 がしゃーーんと、食器の転がる音を聞けば、台所で彼女が倒れた事は、容易に想像できる。
「うに‥‥ふぅ‥‥」
 クレアの腕に抱え上げられながら、苦しげな呼吸を繰り返す彼女。相変わらず胸を押さえ、クレアの言葉すら、耳には入って居ない。
「しっかりして、チカ。お願い‥‥」
 懇願するように、そう語りかけるクレア。と、程なくしてやはり、呼吸は休息に整えられて行く。
「チカ‥‥」
「だから、良くある事なのにゃ」
 心配そうに顔を向けるクレアに、彼女はお手手を振りながら、そう答えている。それはそれで問題ありじゃないのかしら‥‥と思うクレアだったが、チカは何でもないようにそう言って、戸棚を物色し始めるのだった。

 翌日。
「嫌にゃーーー。お医者様は嫌いにゃー」
 じたばたと文字通り子供のように、駄々をこねるチカを、クレアは無理やり馬に乗せ、近所の医者まで連行していた。
「駄々をこねるんじゃないの。ちょっと調べてもらうだけだから。ね?」
「むううう」
 なだめるようにそう言うと、彼女はぷくぅぅっと頬を膨らませる。そんな彼女を、後ろから乗ったクレアは、ぎゅっと抱きしめながら、囁くように尋ねる。
「それとも、私と一緒に行くのはキライ?」
「それは‥‥キライじゃにゃいけど‥‥。でも、お医者は嫌いにゃ‥‥」
 こうして、抱え込まれるのは気持ちが良い。が、やはりあの薬品独特の匂いや、緊張感の漂う空気が、チカはとても苦手だった。
「大丈夫よ。健康だったら、何もしないから」
「うにぅ‥‥」
 背中から、ぬくもりが伝わってくる。優しく諭すように言われ、チカはクレアの腕の中で黙り込んでしまう。
「そう、いい子ね」
 満足そうに言って、クレアはチカの頭を撫でる。こうして、彼女は上手い事、チカを医者へと連れて行った。
「そうですか‥‥」
 だが、その医者の『健康に特に異常はありません』と言う言葉に、ほっとした表情を浮かべるクレア。
「にゃ、ほらー。大丈夫だったでしょ♪ 僕は健康なのにゃ♪」
 自慢げにそう言って、胸をそらすチカ。発展途上の体で、自慢げにふんぞり返られて、クレアは苦笑しながら、「はいはい。分かったから、病院で暴れないの」と大人しくさせる。「はぁい」といい子のお返事をしたチカちゃん、診察終わりとばかりに、待合室へと戻って行った。
「あー。クレアさん、ちょっとお話があるので、残ってくれますか?」
「は、はい」
 と、その途中でクレアが、医師に呼び止められる。その表情は、固い。
「にゃ?」
 チカ、怪訝そうに振り返る。その彼女に、クレアはこう言ってみせた。
「きっと、私の事よ。表で待っていてね」
「はいなのにゃ」
 彼女も、あまり体が丈夫な方ではない。きっと、大切なお話なんだろうな‥‥と思ったチカ、頷いて言われた通りにしてくれる。
「そうですか‥‥。それで、余命はいつまで‥‥」
 表情を曇らせるクレア。診察室に残された彼女に、医者が告げたのは、チカが心臓の病にかかっていてそれを治すすべがないこと、そしてその『時』がくるのが、明日かもしれないし何十年後かもしれないがわからないと言う事だった。
「‥‥く‥‥。若死にするのは、私だけで充分だと言うのに‥‥」
 歯噛みするクレア。彼女もまた、後数年でその命を散らす運命だったから‥‥である。

 帰り道。
「にゃー、何だかクレア、ご機嫌斜めなのにゃ‥‥」
 ずっと黙り込んだままのクレアに、チカはちょっとおっかなびっくりと言った風情で、顔を見上げてくる。
「別に‥‥」
 そう答える彼女だったが、その脳裏には、先ほど医者から言われた事が、こびりついて離れない。自然、表情は固くなる。
「でも、いつもなら、ごほーびになでなでしてくれるのに、今日はさくさく戻っていっちゃうのにゃ‥‥」
「それは‥‥」
 チカにその事を指摘され、言葉に詰まるクレア。普段なら、我慢した御褒美に、お菓子かジュースでも買ってきているものだが、今回はそんな買い食いをする事もなく、家路についていた。
「きっと怒ってるんだにゃ。チカが大人しく病院行かなかったからにゃ‥‥」
「そんな事は‥‥」
 しょぼんと肩を落とすチカに、首を横に振るクレア。そんな彼女に、チカはおめめを潤ませながら、訴える。
「でも、チカは元気なのにゃ。時々胸は痛くなるけど、すぐ収まるし、いい子にしてるのにゃ‥‥」
「チカ‥‥」
 心配しないで。そう言われているような気がして、クレアは口ごもる。
「だから‥‥、だからそんな顔しないでほしいのにゃ‥‥。僕は、クレイに悲しい顔されるのが、一番嫌にゃ‥‥」
 病院にも、ちゃんと行くから。キライなおかずも、魔法の勉強も、クレアと一緒なら、いっぱいやるから。
「そう‥‥ね。ごめんなさい、心配かけて」
 そんな、彼女の姿を見て、クレアはそう言って、チカを抱きしめた。ほっぺに軽くお詫びのキスをしてあげると、「くすぐったいのにゃ〜♪」と大喜びしている。
(私も、後数年で散る運命。だが、私にはまだ、遣り残した事がある‥‥)
 そんなチカの姿を見て、思うクレア。それを成し遂げようと、頑張ってきた。願いを叶えるまでは死ぬまい‥‥と。
「クレア?」
「何でもないわ。チカ、これからも元気な姿を見せてね」
 動きの止まったクレアに、チカが怪訝そうに首をかしげると、彼女はそう言って微笑む。
「うんっ。頑張るのにゃ」
(どうか、自分よりも長く生きて‥‥)
 元気良くお返事するチカちゃんに、クレアはそんな思いを託していた。と、そんな彼女に、チカは思いも寄らぬ一言を告げる。
「だから、クレアも一緒にいてね」
「え‥‥」
 彼女は知っているのだろうか。自分がもう長くないかもしれない事を。だが、そんな思いを振りきり、クレアは心の中で呟く。
(私は生きる…この願い、全て叶えるまでは)
 その願いを叶える為に、クレアは今、新たな誓約を己に課す。
「そうね。一緒にいるわ。貴女は私にとって、大切な存在だものね‥‥」
 そう言って、チカを抱き締め、何時ものように可愛がり始めるクレア。
「うみ? みゅ〜♪」
 チカはその想いを知ってか知らずか、いつもの用に甘えてくるのだった。


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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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