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【ケンブリ魔法少女選手権】
■姫野里美■

<ワケギ・ハルハラ/アシュラファンタジーオンライン(ea9957)>
<ミス・パープル/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>

●振って沸いた災難
 それはまだ、ミス・パープルがケンブリッジに居た頃のお話。
 ロシアほどではないにしろ、冬場はそれなりに寒い。そんな雪の降り積もるシーズンが終わり、積もった雪が融け、その水が大地を潤し、眠っていた草木や花々が目を覚ます頃、ケンブリッジは一年でもっとも美しい季節を迎えると言われている。
 そんな、緑きらめくシーズンに、事件は起きた。
「え、えぇぇぇぇっ! ボクが、ですかぁっ!?」
 ケンブリッジ学生寮にある食堂で、悲鳴に近い声を上げるワケギ。そのテーブルの上には、ある宣伝が置かれていた。
「仕方ないだろ。ここにこー書かれちまってるんだからさー」
 で、その話を持ってきたのは、そのケンブリッジで、職員寮の警護についている人である。彼が指し示したのは、ワケギくんもよく知る人物の名前だ。
「主審、ミス・パープル‥‥。ほんとですか? これ」
 そう、依頼や授業などで顔見知りの教師‥‥ミス・パープル女史である。なんでも、なんでも、魔法少女普及推進協会とか言う名前で、じきじきにご指名が下ったそうだ。
「頼む。俺は別件でどうしても外せない用事があるんだ! もう1人は、愛する兄貴とデートだとか言っていないし、他に頼める奴がいなくてなー」
 テーブルの上に、額をすりつける警護の人。どうも、裏にはパープル女史に関する、特別な事情があるようだ。
 ただ、一つだけ問題がある。
「でも、ボク、男なんですけど‥‥」
 可愛い顔立ちをしてはいるが、ワケギくんは、正真正銘頭のてっぺんからつま先まで、パラの男性である。だが、警護の人はちちち‥‥と指を横に振ると、きっぱりとこう言った。
「そこが狙い目だ。ただの可愛い娘さんじゃ、あいつは動かない。だが、女装少年なら、あいつは絶対に目をつける!」
 断言されてしまった。目を瞬かせて、「そ、そうなんですか?」と聞き返すワケギ。と、彼は「うむ。今までもそうだったから、間違いないっ」と、太鼓判を押す。
「そ、それに、だ。優勝賞品も一応出るから、安心していい」
 と、警護の人はもう一枚の羊皮紙を見せた。それには、でかでかと賞品の絵がかかれ、金額が記されている。
「これは‥‥伝説の聖杯‥‥」
 中央に、輝く効果付きで描かれたそれは、紛れもなく聖杯の図。ご丁寧に、聖人の絵まで書き込まれたそれには、『なんでも願いがかなうと言われています』と、ご丁寧に説明書きが付いている。
「もちろん、本物かどうかなんてわからないさ。けど、資料にはなりそうだろ」
「そうですね‥‥」
 じっとそれを読みふけるワケギに、警護の人はそう言った。確かに、本物であると言う可能性は、0に近いだろう。
「これ‥‥、本当になんでも願いがかなうんでしょうか‥‥」
「百聞は一見にしかずだ」
 ジャパン人の警護さん、故郷のことわざを持ち出してそう言う。ここケンブリッジでは、耳慣れない台詞だが、実物を確かめておくに越した事は無い。
「わかりました。でも、パープル先生には、内緒にしておいてくださいね」
「引き受けてくれるか! それはありがたい。じゃ、当日は頼むぞ!」
 釘を刺すワケギ。しかし、警護の人はあまり聞いてない様子で、彼の手を感謝過多の風情で振り飛ばすと、そのまま彼の前を後にしてしまう。
「‥‥まぁ、いいか」
 1人残されたワケギ、しばらく呆然としていたが、そう呟くのだった。

●大会当日
 頼まれたのと、おのれの興味と、半分半分ながら、渡された衣装を持って、ワケギは指定された更衣室へと入っていた。
「こ、更衣室間違えたかな‥‥」
 だが、入り口を入った瞬間、足の止まるワケギ。魔法学校の教室をまるまる一つ借り切っているそこでは、あちこちで着替えている御仁がいる。その殆どが、ひらひらした衣装を見にまとっており、非常に煌びやかな輝きがあちこちに転がっていた。
「でも、確かに男性更衣室って書いてあるし‥‥」
 扉の部分に立てかけられた板を見て確かめるが、確かに着替える場所のようだ。もう一度、中に入った彼、周囲の面々が、念入りにヒゲを剃り、化粧を施しているのを見て、唖然とする。
「もしかして、これ全員、魔法少女の参加者っ!?」
 良く見れば、既に着替えが終わったらしいどうみても可愛いお嬢さんも、胸はない。口を開けたり締めたりしているワケギに、入り口の女性‥‥に見えるが、これも実は男性なのだろう‥‥が、役になりきった様子で、にこやかに声をかける。
「どうかしましたか?」
「い、いいえ。何でもありませんっ」
 あわてて、中に入るワケギ。とりあえず、その一画に陣取り、ふうとため息をつくワケギ。
「えーん‥‥。いくら父さんを探す為とは言え、とんでもない世界に足を突っ込んでしまいました‥‥」
 彼が、わざわざこんな意空間に足を踏み入れたのは、わけがある。行方不明になった父親の手がかりを‥‥と言うわけだ。なんでも願いがかなうなら、父さんの居場所も知っているかもしれないと、望みを託して。
「えぇと、確か警護さんが用意してくれた衣装は‥‥と」
 がさごそと、荷物の包みを開くワケギ。だが、入っていたそれを見て、「え」と、目を丸くする。
「にゃー」
「にゃー」
 中から出てきたのは、魔法少女のローブ、魔法少女の枝、フライングブルームに、黒猫の黒蘭と、エレメンタルフェアリーの飛炎である。二匹とも、リボンや小さな衣装で、しっかりおめかし済み。
「付いてきちゃったんですか? ああ、そう言えば、魔法少女には妖精さんが必要だって、書いてありましたっけ‥‥」
 見れば、周囲の人々も、それぞれに個性的なペット達を同伴させている。ごくごく当たり前に犬や猫から、お手製らしきぬいぐるみを抱えている人もいる。中には、小柄な同性異性異種族を連れている者までいるが、彼らに比べれば、まだまともな方かな‥‥と、思い直すワケギ。
「それにしても、恥ずかしいな‥‥。この格好‥‥」
 ようやく、着替え終わった自分の衣装を見て、顔を引きつらせるワケギくん。
「「にゃー」」
 そんな彼に、黒蘭は『そんな事無いよー』と言いたげに鳴く。飛炎も真似して鳴いているが、お手手は頭をなでなでなで。
「ありがとう、2人とも。頑張ろうね」
 そんな二匹に、素直に礼を言うワケギ。こうして、彼はほうきと枝を抱え、控え室へと移るのだった。
 数時間後。
「うーん。さすがに、このシーズンだと、部屋企画は、振るわないわねぇ」
 会場では、パープル女史が簡単な履歴が書かれた用紙を片手に、そうぶつぶつ言っていた。これまで出た、どの出場者も、女史のお気には召さなかったらしい。
「まぁ、お楽しみは後に取っておくと言う方向でしょう」
 横に居たもう1人の審査員がそう言った。今回、彼女達の他にも、様々な審査員がいる。隣の御仁もまた、その1人だ。
「それもそうね。さて、次の子は‥‥。あら?」
 今後に期待しましょう‥‥と呟いた女史、次の一枚に、聞きなれた名前があるのを見て、口元に笑みを浮かべる。様子の変わった彼女、他の人から、「どうしたんです?」と尋ねられ、こう答えた。
「さっそく、その期待の新星くんが現れたみたいね‥‥」
 その手元には、ワケギ君の名前が記されていたと言う。
「あのぅ。スクロールは認められるんですか?」
 で、そのワケギ、係りの人にそう尋ねていた。「いいですよー」と、首を縦に振られ、胸をなでおろす彼。
「よかった。これないと、箒で空を飛ぶのと、雨を降らすのと、炎を消す位しかアピール出来ないし‥‥」
 他の面々を見る限り、それでも充分そうだが、やり方を考えてきていない。ここは、安全策をとった方がいいだろうなぁと思い直したワケギに、係りの人が「時間ですー」と、告げた。
「は、はいっ」
 名前を呼ばれ、緊張した面持ちで、舞台へと歩み出るワケギ。すうっと深呼吸すると、審査員達にこう告げる。
「ボクは‥‥、魔法使いとしても未熟です。だから、いっしょうけんめー歌いますっ」
 タイトルには、明日を呼ぶ唄と書いてある。空中に舞い上げるように、スクロールを広げると、彼はゆっくりと歌い上げた。

頑張った方に歌声を贈る
嬉しい予感が満ちてくる
風吹く朝でも雨降る夜でも
輝く明日はきっと来る
歌おうよ 歌おうよ みんなで声を合わせ
唄おうよ 唄おうよ 明日を呼ぶ唄
唄える力をみんなは持っている
輝く明日を信じてね

 だが、ワンコーラス歌い終えた時である。ワケギは、違和感を感じた。
「なんかおかしいですね‥‥」
 妙に、周囲の視線を感じるのだ。精霊魔術師であるワケギは、前衛タイプの冒険者がよく会得しているような殺気を感じる力はあまりないが、それでも、空気が変わったことだけはわかる。そばに居た飛炎と黒蘭も、不安を感じてか、ローブのフードにもぐりこんで来た。
(いけない。メロディの魔法使うから‥‥!)
 その危機感を、肌で感じ取ったのは、他でもない。最前列に居たパープル女史である。同じ審査員席を見れば、横の年配審査員も、おめめを血走らせている。
「しゃあない。逃げるか‥‥」
 そう呟いたパープル女史は、隠していたライトハルバードを手にすると、舞台へと上がる。そして。
「ちょっと、ワケギっ」
「え、えええっ!? ばれてる!?」
 声をかけると、目を丸くしてそう言うワケギ。
「いいから逃げるわよっ!」
 その彼を、ハルバード持ったまま小脇に抱えると言う、彼女くらいしかやらない芸当でもって、舞台から引き摺り下ろすパープル女史。
「は、はいぃぃぃぃ!?」
 驚く彼に、女史は、背後を指差してこう言った。
「あんた、アレに食われたいの!?」
「え、えぇぇぇぇっ!? うそぉぉぉぉ!」
 走りながら、ちらりと振り返ると、そこには目の色を変えた男女。中には、審査員の姿も入っている。それが、どどどどど‥‥と床を鳴らして、ワケギを追いかけてきているのだ。しかも、無言で。
「ど、どうして‥‥」
 はっきり言って、かなり怖い。真っ青になりながら、逃げ出すと言う。これまた器用な真似をしながら、ワケギがそう尋ねると、彼女はこう説明してくれた。
「あんな気合入ったメロディ歌うから、チャームかかっちゃったじゃないのっ」
 良く見れば、無言で追い掛け回す彼らのおめめは、すっかりピンク色に染まっている。しかし、男女とも混ざっている一団を見て、ワケギは疑問を抱いた。
「って言うか、先生は平気なんですかっ」
「だって、女だもの」
 きっぱりとそう言う彼女。一瞬、意味が良く分からなかったワケギだったが、先ほど、更衣室で良く分からない性別ばかりだった事を思い出し、恐る恐るパープル女史に聞いて見る。
「えぇっ。じゃあ、アレに混ざっている女性って‥‥」
「そう。全員男の子☆」
 女の子に見えるのは、全部女装。その事実を知り、ワケギはかくーんと顎が落ちたような気がした。
「ど、どうしましょうっ」
「うーん。考えてみたら、あいつらどうにかしないと、聖杯もらえないわねぇ」
 走っている割には、のんびりした会話である。しかし、相手は観客審査員のほぼ半数。そしてこちらは2人。正直、勘弁して欲しい所である。
「魔法少女なら、使い魔使うって事も考えられるけど」
「うちの飛炎と黒爛じゃ無理ですっ」
 しばし考えた後、パープル女史はそう言ったが、ワケギはローブに隠れているフェアリーとにゃんこを抱えて、首を横に振る。可愛いペットにそんな危ない真似は、させたくない。
「自分でどうにかするしかなさそうね。じゃ、ちょっとそれ、借りるわよっ」
 お気楽にそう言うと、パープル女史は、ワケギが持ったままだったフライングブルームとライトハルバードを持ち変える。そして、彼がこくこくと頷く中、ブルームへと飛び乗っていた。
「しっかり捕まってなさいよっ。舌噛むからっ」
「ひやぁぁぁぁぁ!!!!」
 右腕しか使えない彼女、ブルームに限らず、およそ騎乗と言う名の乗る行為は、荒っぽい事で有名だ。それが、スピードを出すのだから、被害は計り知れない。
「ちっ。しつこいわねー」
 オマケに、走って追いかけてきた面々の中には、ブルーム所持だった者もいたらしく乗ったまま追いかけてくる。
「先生、飛ばしすぎですよぉっ!」
 前に乗せられて、その荒っぽい運転の恐怖感に耐え切れなくなったワケギ、思わずそう言う。
「じゃあちょっと運転代わって」
 と、彼女はあっさりとそう言って、操縦権を手渡してしまう。
「ぼ、僕は頭脳労働担当なんですってばぁ!」
「黙って操縦してなさいっ」
 落ちるわよ! と言われて、ワケギ、あわてて意識を元に戻す。
「そこの角でUターン!」
「な、何をっ」
 進んだ先に、とある教室の建物が見えた、ちょうど、道を挟んで二つ、谷の様になっているそこで、パープル女史は建物をぐるりと回りこむよう指示。
「頭冷やさせるのよ。先頭くじいたら、アイスブリザードよろしくっ」
「わ、わかりましたっ」
 その腕に、ライトハルバードが握られているのを見て、何かやらかすつもりなんだろうなぁと気付いたワケギ、言われた通りの操縦をこなす。
「せぇのっ! いい加減にしなさぁいっ!」
「あ、アイスブリザードっ!」
 まるで、騎士が行うランスチャージのように、ライトハルバードを横向きに叩き込むパープル女史。後ろの男性陣が避けようと身を屈めた所に、ワケギが魔法をお見舞いしていた。
「よし、これで問題なし」
「大ありですよ。係りの人まで気絶しちゃってるじゃないですかぁ」
 満足げにそう言うパープル女史だったが、ワケギは真っ青な顔だ。見れば、うっかりスタッフまで巻き添えにしてしまっている。
「あら、本当。うーん、でも仕方ないわね。不可抗力よ。不可抗力っ」
 あさっての方向を向きながら、断言する女史。
「いいのかなぁ‥‥」
「いいのよっ!」
 文句言わないの! と言いたげに、きぱっとそう言う彼女は、転がっていた杯を手にとって、ワケギに渡していた。
「はい。これ」
 それは、賞品として出るはずだった杯だ。
「ど、どうしてそれを‥‥。それに、なんで僕が出てること‥‥」
 それを見て、ワケギは今まで疑問に思っていた事を口にする。と、彼女は至極簡単に種明かしをしてくれた。
「参加申込書」
「あ」
 そう言えば、そうだった! と思い出すワケギ。申込書には『生徒番号と名前と、肖像画の写し』を貼り付ける欄があった。真面目なワケギくん、そこで誤魔化す事ができなかったのだ。まさか、書類審査から関わっているとは思わなかったのも理由だが。
「い、いえあのっ。これには、深い訳がっ」
 じたばたと自分の格好を省みて、事情を説明しようとする彼。と、そんなワケギの頭をなでこなでこして、パープル女史はこう言ってくれた。
「聞かないでおいてあげるわ。それに、欲しかったんでしょ?」
「いいんですか?」
 申し訳なさそうに、杯を見下ろすワケギ。鈍い光沢を持つ金属のそれは、確かになかなか無い輝きを放っている。
「私には必要ないしね。それに、必要だったら、借りればいいし」
「ありがとうございますっ」
 わぁいっと、感謝の意を込めて、腕に絡みつくように、お礼をするワケギ。
「こら、くっつかないの!」
 あわてて引っぺがすパープル女史。が、くっついているのは右腕なので、なかなか上手く行かない。
「えへへ」
 それは、学園のなんとも無い日常の一つだった。



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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