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【残雪の戦乙女】
■姫野里美■

<フレイヤ・シュレージェン/アシュラファンタジーオンライン(ec0741)>

 それは、まだ肌寒い早春のある日、雪の残る東北で起きた。
「うーん。街道はどっちでしょうか‥‥」
 半ば凍りついた春雪の中を、コートを着た銀髪の女性が、何を探すように歩いている。武器を携え、ヨーロッパ系の顔立ちながら、周囲にぶなや松などのジャパン特有の木々が生えているところを見ると、おそらく冒険者だろう。
「南は、こちらですか‥‥」
 彼女は、中天に差し掛かった太陽から、今いる方向を確かめると、ともかく人のいる場所へと、歩を進める。
「おや‥‥?」
 しばらくして、彼女は手斧を持った猟師風の男性をみかけた。雑種らしき犬を連れている所を見ると、おそらく地元の狩人だろう。その証拠に、背には小ぶりの弓を背負い、わんこには、仕留めた獲物と思しき鳥が数羽ぶら下がっている。
「もし‥‥」
 この辺りの事を良く知っている御仁だと思ったフレイヤ・シュレージェンは、道を聞こうと声をかける。
 だが。
「うわぁっ。だ、誰だお前ッ」
 その御仁は直後、飛び上がらんばかりの悲鳴を上げていた。
「驚かせてすみません。私は蝦夷へ向かう道中の者なのですが、道に迷ってしまって‥‥って、あら?」
 事情を話すも、既に猟師の姿は無い。
「悪い事をしてしまいましたわ」
 そう思ったフレイヤは、そう呟くと後を追った。人里を‥‥と言うのもあるが、侘びを入れねばと、素直に思ったからである。見れば、彼女の足元には、歩みの大きな人の子と、犬の足跡がくっきりと雪に残っていた。それを追い、山を下るようにして、先へ向かうフレイヤ。
 ところが、である。
「この村は一体‥‥」
 数時間後、日も暮れかけた頃、ようやく見つけたのは、物々しい雰囲気を宿した村だった。見回すと、村の大路に人の姿はなく、扉も雨戸から何から硬く閉ざされている。
「すみません。誰か居ませんか?」
 声をかけて見るものの、反応など無い。まるで、死人の村のようです‥‥と、彼女は思った。
「本当に死人の村でなければいいのですが‥‥」
 心配になったフレイヤは、周囲に気配を巡らす。もし、本当に死人の殺気があれば、すぐに分かるはずである。
 と、しばらくして。
「そこっ!」
 ひゅっと小石が飛んで行く‥‥。
「いてっ」
 路地影から、男の子の声。
「ちょっと待って。聞きたい事があるんです」
 逃げようとした少年を捕まえるフレイヤ。
「この村は一体どうなっているんです?」
「えぇん、離してよー」
 そう尋ねるものの、泣きそうな顔で言われ、心の痛んだフレイヤは、思わず手を離してしまった。
「お、おいら知らないよっ。村長さんに聞いてよねっ」
 少年は、自由になると、そう言い残し、路地裏へと消えてしまう。
「村長か‥‥。普通考えれば、あの家ですよね‥‥」
 彼女が目指す方向には、明らかに周囲とは一線を画す大きな屋敷があった。セオリーどおりなら、そこが村長宅の筈である。
「すみませーん。旅の者なんですが、村長殿はおられますか?」
 硬く閉じられた扉へ、声を張り上げるフレイヤ。

 ぎぎぃ‥‥。

 と、その扉がきしんだ音を立てる。そして。
「ちぇすとぉぉぉぉ!」
 老人が飛び出してきた。
「な、何するんですか!」
「それはこっちの台詞じゃ! 夜盗の手先めぇぇぇ! 成敗してくれる!」
 おててに錆びたナタを持った御仁は、フレイヤにその切っ先を振り回す。
「は? 私は単に道に迷っただけで‥‥」
「問答無用じゃ! 覚悟ぉぉぉ!」
 老人、まったく話を聞かない。さすがに素人老人にやられるような彼女ではないが、そのままでは危ないので、仕方なく、足を引っ掛け‥‥ようとした。
「うわっ」
 が、じーさんは彼女が足をひっかける前に、自分ですっ転んでしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
 慌てて助け起こすフレイヤ。
「うう。敵の情けは受けん〜」
「いえ、敵じゃないので‥‥。よっこいせっと」
 ぶつくさ言うじーさんを、そう言って担ぎ上げる彼女。そのまま、家の中へと送り届けるのだった。

 しばらくして。
「すみませんっ。つい山ン中の連中の仲間とばかりっ」
 囲炉裏をはさんだ向かい側で、平謝りのじーさんがいた。
「いえ、分かってくれれば、それでいいんですよ。それで、もし差し支えなければ、その間違えた相手と言うのを、話して貰えないでしょうか?」
 苦笑しながら、そう答えるフレイヤ嬢。その求めに応じて、村人は「はい、実は‥‥」と、事情を話す。なんでも、彼女が迷子になった山の中には、賊が巣食っており、村の者達を脅しているそうだ。そのせいで、村人達は息を潜め、まるでゴーストタウンのようになっていたらしい。
「わかりました。では、私が退治してきましょう」
「いや、しかしそれでは‥‥。と言うか、大丈夫なのでしょうか」
 そう申し出るフレイヤに、村の人は、ちょっといぶかしんだ表情をする。それもそのはず。上着を脱いだ彼女は、この辺りではかなーり珍しいいわゆる『ビキニアーマー』と言う奴だったから。
「これでも冒険者ですから。オークやゴブリンの類なら、何度も相手にしてきましたし」
「わかりました。ではお願いします。ご案内しますので」
 にこやかに申し出るフレイヤに、村の人は頷いて、そう答えてくれた。ちょうど、明日が物資の受け渡し日になっているらしい。相談の結果、その際に潜入すると言う筋書きになるのだった。

 翌朝。
 ガラガラと荷車が山道を進む。ギルドさえ遠い田舎の村だ。渡す物といえば、米や魚、山菜等と相場が決まっている。それらを持って、彼女は山賊たちのアジトへと向かっていた。
「あそこです。では、よろしくお願いします」
 到着したのは、もはや奉るものも居なくなった古い社だった。真新しいものも見える所見ると、所々強化されているのだろう。村人達は、荷車を置くと、そそくさと姿を消してしまう。疑問を感じるフレイヤだったが、それを振り切るようにして、社へと向かった。
「食料を持ってきました。出てきなさい!」
 凛とした声で叫ぶフレイヤ。と、障子の破けた扉を開けて出てきたのは、これまたゴブリンと余り変わらないいでたちの男達。
「なんだ。いつもの奴と違うな」
「外人か? 女じゃないか」
 彼らは口々にそう言って、値踏みするような表情で、フレイヤを見ている。そんな視線をものともせず、彼女はこう告げた。
「食料は持ってきました。充分な量はある筈です。今すぐここを出て行ってもらえませんか?」
 数が何人かはわからないが、少なくとも荷車一台分の食料があれば、当分は大丈夫そうな面々である。これまでにも何度か貢いだと言うし、そう提案しても問題ないと、彼女は判断したのだが。
「外人の女って上手いのかな」
「しらねぇよ。試してみようぜ」
 夜盗達は、口々にそう言って、彼女の提案を受け入れようとはしない。
「ちょっと! 聞いているのですか!?」
「うるせぇ! こっちには人質がいるんだ!」
 業を煮やしたフレイヤが、そう問い詰めると、夜盗の1人が、子供を連れてきた。見れば、首根っこに錆びた刀をあてがわれ、今にも殺さんばかりの姿勢だ。
「えーん。助けてー」
「く‥‥。なんて卑怯な‥‥。いい大人が、恥ずかしくないのですか!?」
 散々怖い目に合わされたのだろう。泣きはらした顔で、そう訴える子供に、フレイヤは持ち前の正義感から、そう問い詰める。
「俺達ゃ悪党だ! 卑怯もくそもあるか! 大人しくしやがれ!」
「わかりました。これで良いのですね!?」
 が、開き直った夜盗は、フレイヤに武装解除を要求してくる。仕方なく、持っていた武器を地面に置く彼女。しかし、彼らは刀を突きつけたまま、さらに要求してくる。
「上着もだ! 上着も!」
「そんな‥‥」
 どうやら、羽織ったマントも放り捨てろと言っているようだ。ためらう彼女に、夜盗は「ガキがどうなっても良いのかよ!?」と、脅しをかけてくる。
「‥‥仕方ないですね」
 そう言って、かちゃりと上着を脱ぎ捨てる彼女。勢い良く現れたのは、陽に焼けた健康そうなお肌。極限まで軽装を意識した、殆ど下着のようなその武装に、夜盗達は目の色を変えている。
「ひょーー」
「でけぇ胸ー」
「色黒くねぇ?」
「外人だからなー」
 まるで、見世物でも見物するようなその口調に、フレイヤはいらだった様子で、こう叫ぶ。
「言われた通りにしたんですから、子供を解放しなさい!」
 が、夜盗達、やっぱり話なんぞ聞いていない。
「こっちきな。可愛がってやるぜぇ」
「抜け駆けするなよ。くじ引きだくじ引き」
「いっそ全員で‥‥」
 下卑た笑いを浮かべながら、彼女をどうにかしてしまおうと言う算段をくっちゃべっている彼ら。その、下品な思考回路に、フレイヤの表情が引きつる。
「この‥‥外道め‥‥」
 憎憎しげにそう言うが、かえって夜盗達の嗜虐心を刺激したらしい。胸の形と同じ胸当ての金具に、「何とでも言いやがれ。ほーれほーれ。下着も切っちゃうぞー」とか言いながら、その切っ先を当てる。人質の子供が、心配そうに「お姉ちゃん‥‥」と呟いたのを聞いて、とうとうフレイヤの堪忍袋の尾が切れた。
「‥‥‥‥いい加減に‥‥」
 ぼそりと、そんな声が漏れる。夜盗が「何か言ったかー?」とかほざきながら、馬乗りになろうとしたその時だった。
「しなさぁーーーーーいっ!」
 電光石火の足技が、夜盗の大事な部分に炸裂していた。「ほぐぁっ!」とカエルがつぶれたような悲鳴を上げてうずくまる夜盗。
「って、人質がどうなっても‥‥ふぐぁっ!」
 慌てて、刀を子供に向けたもう1人にも、フレイヤの回し蹴りが炸裂している。素っ裸で丸腰にも関わらず、その名の示す戦乙女の戦いぶりに、「うわぁお‥‥」と目を丸くする子供。その間に、彼女は野党の武器を奪うと、一刀の元に撃沈していた。
「大丈夫? ぼうや」
 程なくして、野党は全員彼女の拳とその足によって、ひっくり返っていた。そう微笑まれ、若干引きつりながらも、「う、うん‥‥。あ、ありがとう‥‥」と礼を言う子供。しかし彼女は、その理由にはまったく気付かずに、つかつかと夜盗に詰め寄る。
「いい事!? これに懲りて、二度とこんな真似をするんじゃないわよ?」
「は、はい‥‥。すんませんすんません」
 鼻血を流した夜盗、平身低頭地面に頭をこすり付けて、許しを請うているのだった。

 そして。
「どうもありがとうございました‥‥」
 村人が、フレイヤに感謝の意を示している。
「いえ。これも人助けですから」
 何でもありませんよ‥‥と言いたげに、首を横に振るフレイヤ。と、村人は街道までの道案内をすると共に、「道中、お気をつけて‥‥」と、土産を差し出す。
「はい。それではこれで‥‥」
 ぺこんと頭を下げて、礼金代わりに押し付けられた保存食を手に、街道へと戻って行くフレイヤ。こうして、田舎の夜盗事件は、ギルドに持ち込まれる前に、1人の冒険者によって解決したのだった。
 が。
「ねぇねぇ、知ってる? 裏街道の山向こうに、女神様が現れたんだってー」
「へぇー。どんな女神様?」
 それから数日後、裏街道の宿場では、化け物相手に鬼神のごとき戦いぶりを見せる噂が巻き起こっていた。
「それがさぁ、裸の女神様なんだって」
「そりゃあ、一辺拝んでみたかったなぁ」
 どうやら、別の意味で伝説になってしまったらしい。
「何故、そこだけ一人歩きするんでしょう。やっぱり、男のサガってものでしょうか‥‥」
 後日、その話を人づてに聞いたフレイヤは、ちょっと苦笑してそう話すのだった。


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