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【【バイトのオマケ】】
■姫野里美■

<神楽坂 紫翠/Beast's Night Online(fa1420)>

●仕事の依頼
 その日、神楽坂紫翠に来たのは、とあるアミューズメント・バーでのアルバイトみたいなものだった。
「仕事‥‥ですか」
 言葉少なに、その依頼書を受け取る紫翠。なんでも、『食事と遊びを融合した新しいアミューズメント・パーク』とか言う触れ込みで、見た目の良い御仁を雇いたいらしい。
「ああ。何でもエレガントな雰囲気の野郎が必要だそうだ」
 スタッフがそう説明する。それで、どうせ雇うなら、素人ではなく芸能人をと言うわけだろう。
「ふむ。衣装は、向こうで用意してくれるんですね」
 ぺらりとそれをめくって、仕事の内容を確かめる紫翠。それには『接客業』『制服用意』と書かれ、大体の時給と、拘束期間が記されていた。
(まぁ、安物だろうが、仕方ないな。人件費、そんなにかけられないだろうし)
 映っている衣装は、それこそ一着数千円のシロモノだ。しかし、ブランド物から量産品まで、モデルさん並に着こなす彼にとっては、さほど問題は無い。
「すまんがよろしく頼む」
「わかりました」
 頷いて、紫翠は、指定された店へと向かった。すでに、話は通っているらしく、衣装他一式が渡され、即座に研修と言う名の説明が開始される。
「‥‥以上で、だいたいの説明は終了だ。経験者そうだから、細かい事は言わなくてもわかるだろう」
「そうですね。なんとなく、ですが。対処出来ると思います」
 これでも、様々な仕事をこなしてきた紫翠。来た客を、エレガントに案内するなど、造作も無い。
「頼もしいな。そうでなくては、高い金出した意味が無い」
 にやりと笑って、店主は、彼の顎を持ち上げる。
「え。あ、俺、ホール行って来ます!」
 そこはかとなくそれっぽい気を感じ取った紫翠さん、あわてて回れ右をすると、お仕事開始。振られた格好となった店主、おやおやと呟き、携帯電話でもって、ある人物に繋ぎを取った。
「こちらエージェント。ターゲットが気付き始めた。どうする?」
 電話口の人物‥‥女性は、『予定変更。今、知り合いがそちらに獲物を送り込んだ。上手く誘導するように』とだけ答える。「らじゃ」と、電話を切る店主。
「なんか、いやな予感がするんだけど、気のせいじゃない‥‥よな。たぶん」
 そんなやり取りから、そこはかとない悪寒を感じ取った紫翠だが、さっくり無視して、仕事へと戻るのだった。

●どうしてこんな事に
 心情は、表題の通りである。
「ただのバイトだったはずなのに、なんでこんな遊園地のジェットコースターより、デンジャラスな空間に巻き込まれちゃったんだー」
 嘆く紫翠。話は数時間前に遡る。
「つーわけで、芸能人御用達の、アミューズメント・バーだって聞いて来た! 案内しろ」
 何度か顔をあわせたことのある芸人が、入り口でふんぞり返っている。
「なんでお前がここに‥‥」
「いやー、知り合いのプロデューサーに呼び出されてなー」
 顔を引きつらせながら、そう尋ねると、彼はそう答えた。良く見りゃ、テーブルの影にカメラとスタッフが待機中。その様子に、紫翠くんは、ぼそりと一言。
「絶対に、陰謀の匂いがする」
「俺もそんな気がするが、気にせず接客しろ」
 相手の客も、かなりいやんな雰囲気は察しているようだ。それを「はいはい。こちらへどうぞ」と、余りやる気のない接客をしながら、指定された部屋へ案内する紫翠。
「おう、行ってやる。あ、とりあえず腹減ったから、なんか持ってきてー」
「わかった‥‥」
 ケチのつきはじめはそこから始まった。どういうわけか、彼を筆頭に、顔を見たことのある芸能関係者が、次々にも集まってきてしまったのだ。
「お前だけに美味しい思いはさせねぇぞ! 少年!」
「浅ましい奴だなー。大人しく座って食えないのかよ」
 しかも、あろうことか、何故かバラエティ系の人間ばかり集まってしまっている。言い合いを始めた芸人2人に、顔を引きつらせながら、紫翠は手順どおり尋ねる。
「あのー、ご注文は‥‥」
「「ディナーコース!!」」
 何故か、声を揃えて応える2人。『かしこまりました』と答えて、そのとーりにしようとした通りにしようとしたところ、その場でカメラを回していたディレクターだかプロデューサーだかが、彼を呼び止めていた。
「何か‥‥」
 一応『仕事をくれる相手』なので、口調は敬語になる。と、そのスタッフはこう頼み込んできた。
「いや、ディナーコースなんだが、食材はこっちで用意した。お前さんには、その案内役を頼みたい」
「はあ‥‥」
 困惑した表情のシスイ。と、スタッフは安心させるように、妙な笑顔でこう言ってきた。
「何も心配する事は無い。お前さんは、こっちが用意する部屋に、あの3人を叩き込んでくれればいいだけだ。何、上には話を通してある」
「わかりました。そのようにいたします」
 軽く会釈をして、言われた通りにするシスイ。とりあえず、先ほどの知り合いに、汁そばを運び、遅れてやってきた別の芸人2人を、同じ部屋に案内する。彼らも彼らで、なんだか揉めていたが、とりあえず執事のふりをして、見ない事にしておいた。
「よし、もういいぞ。連れてきてくれ」
「お待たせしました。ディナーコースの用意ができました」
 スタッフに言われ、シスイは3人を別の個室へと連れて行く。ディナーなのに個室なのはおかしいとか何とか言われたような気がするが、今日の耳はお休み中だ。
「扉!?」
「さぁ、いってらっしゃい!」
 どんっと突き飛ばす。盛大な悲鳴を上げて、その扉の向こうへと消えて行く3人。ところが、だ。
「お前もなー」
「えぇぇぇ!?」
 すぐ後ろで、スタッフの声がした。そしてその直後、彼もまた、足元をすくわれるようにして、突き飛ばされていたのだ。
「いたたた‥‥。ん? メモ用紙‥‥?」
 盛大に尻餅をついた状態で、身を起こすと、その手には、いつの間にかメモ用紙が握らされている。
『食材はおのれの手で勝ち取るもの。生き残れ』
 スタッフの筆文字で、そう書かれていた。
(巻き込まれた‥‥)
 どう考えても、ネタの一部にされてしまったようだ。顔の引きつるシスイだが、ここは、覚悟を決めるしかない。
「だぁぁぁ! 閉められたぁぁぁぁ!!」
 おまけに無常にも、扉は閉められてしまった。そう、まるでホラー映画で、登場人物に引導を渡すかのように。
「いやー、閉じ込められたね‥‥」
「執事さん、これは一体!?」
 まるで他人事のように、そう言うシスイに、問いただす芸人さん。と、彼は渡された紙に目を落とし、こう告げた。
「いえ、なんでも同行されていたディレクターの話では、食材はおのれの手で勝ち取る者だと、これを」
「「なにぃぃぃぃ!」」
 ちらりと垣間見えるそれには『生き残れ』の4文字。その問答無用な展開に、もう1人が、ため息をつきながら、「やっぱりな」と呟く。
「それにしても、結構巻き込まれた奴がいるんだな」
 そのもう1人の声に、周囲を見回すと、彼らの他、何人かの『ゲスト』がいた。
「店に返して欲しいです‥‥」
 ため息をつくシスイは言うに及ばず、どこかのレポ番組から、引っ張り込まれたらしい豊満な女性が、「って言うか、私は旅番組のリポートで呼ばれたはず何だけど‥‥」と、頬を膨らませていたり、お食事中だったらしい二人連れが「お兄ちゃん、なんだか怪しいところだね」だの「うーん、帰り道はどこだろう」だのと、不安そうに顔を見合わせていたりする。
「生き残れと言われてもなぁ、面倒見る前に、早く帰った方が良さそうな気がするな‥‥」
 さっきの3人は、それぞれで暑苦しく盛り上がっている。どうやら、川に潜んでいると思しきカニを狙っているようだ。1人、良識派の年配者が混ざっているようなので、シスイは少し後ろに下がり、この騒動から、フレームアウトしようとしたのだが。
「ふふふ。そうはいかん」
「って、何故カメラの人が!」
 がさりと後ろの茂みから登場したのは、カメラを抱えたスタッフ数名。
「プロデューサーから頼まれているのでな。わるいが付き合ってもらうぞ」
「げふ。こ、これは‥‥」
 しかも、彼らもやっぱり芸能関係者らしく、紫色の煙みたいなものを放出する。吸い込んでしまったシスイの脳みそを、くらくらとしためまいが襲った。
「さぁっ。これが台本だ!」
「はい‥‥」
 そこへ、台本を差し出され、思わず頷いてしまう彼。そして、そこに書かれてあった台詞を、ほぼそのままに読み上げる。
「さて、ここでルールを紹介しよう。今回用意されたディナーは、北海道から空輸した活きの良い食材だ」
 くらくらした頭で、川の辺りを指し示すシスイ。
「執事さん、まだ居たんですか!」
「プロデューサーから、司会進行と面倒見るのを頼まれた‥‥」
 とっくに逃げたと思われたんだろう。意外そうな顔をする芸人少年に、彼は事情をそう答えた。が、まともに意識を保てたのは、そこまで。
「ご苦労様だな‥‥。よし、半分手伝ってやろう」
「頼みます‥‥」
 三人組の1人が、そう言ってくれたのをきっかけに、シスイ、ふらりと倒れこんでしまう。
「あ、力尽きた」
「おい、大丈夫か?」
 ゆさゆさと揺り起こされるが、めまいがして、どうにも体を起こせそうに無い。
「なんか、変なのかがされて、気持ち悪い‥‥」
「おーい、しっかりしろー。仕方ねぇなぁ‥‥」
 そううめくと、3人組の1人が肩を貸してくれた。「すみません‥‥」と申し訳なさそうに謝りながら、木陰へと運ばれていくシスイ。
(覚悟なんぞ、決めないぞ。絶対‥‥)
 気が遠くなりながらも、心に誓う彼だった。

●壮絶なる戦い?
「う、うーん‥‥」
 目を覚ますと、風通しのいい場所に寝かされ、上着とネクタイを外され、額に濡らしたタオルを当てられていた。
「よう。気がついたか?」
「あ、すみません」
 いわゆる、熱中症と同じ対処方である。だいぶ気分の晴れたシスイ、身を起こして礼を言う。
「別に謝るこたぁねぇよ。若いモンが、若いモン同士でくっついてて、暇だったんでなー」
 と、その1人はそう言うと、茶らしい液体を差し出した。かすかによい香りするそれは、杯に水滴が付くほどに、良く冷えている。
「これは‥‥?」
「心配するな。毒なんぞ入ってない。店に入った時、くすねてきたモンだ」
 その傍らには、氷の浮かんだ水差し。「いいのかなー」とは思ったが、のどは乾いていたので、シスイは遠慮なくそれを飲む事にした。
「ってかそこ! 何を和んでやがる!」
 おかげで、他の2人から思いっきりツッコまれてしまう。そりゃそうだ。見れば、いつの間にやら増殖したらしく、巨大な羊もどきやら、何人分になるんだか分からないエビが、しゃげしゃげと牙を剥いていた。
「いや、なんかほっとかれると寂しくて‥‥」
「俺も暇なんで、飲み仲間が欲しかったんだよな」
 勢いで、そう答えてしまうシスイともう1人。が、そんな言い訳が通じるわけもなく、茶をくれた彼は、他の2人に「つーか、手伝え、おっさん!」とせかされ、「仕方ねぇなぁ‥‥」と、戦線に加わって行った。
「うーん。俺も手伝った方がいいのかなぁ‥‥」
 のんびりと、茶を啜りながら、そのバトルを眺めるシスイ。別に、戦えないわけではないのだが、なんだか盛り上がっている3人に割り込むのは、悪い気がしたのだ。
 が。
「貰ったぁぁぁぁーーーーあーーーーー!?」
「うわ! こっちにも来た! きゃーーー!」
 ぼんやりと眺めていたら、3人組の1人が、蔦だか触手だかの植物系モンスターを呼び起こしてしまったらしく、本日二回目の気絶。
「はっ。ここはっ!」
 気がつくと、巨大な葉を重ねたベッドのような場所に横たえられ、目の前には少年の姿をマネキンにしたような白い人姿の花芯があった。
「オ イ シ ソ ウ‥‥」
「くは‥‥っ」
 しかも、そいつは人の言葉を喋るらしく、自身の足元から生えた蔦を使って、まるで指先で触れるかのように、シスイの手に絡み付けてくる。
(体の力が抜ける‥‥)
 妙な薬効があるのか、触れられた瞬間、なんだか気の抜ける彼。気付けば、周囲には甘い香りまで漂っている。
「イ タ ダ キ マ ス‥‥」
(うう、触手に絡まれるおねーちゃんの気分だ‥‥)
 が、どちらかと言うと、リラックス効果のあるハーブティの匂いに似ていて、シスイ、比較的冷静に、周囲の状況を分析していた。
「ダ イ ジョ ウ ブ。イノチ マデ、トラナイ」
「いや、取られても困るんだが‥‥」
 なので、安心させるかのようにそう喋る相手に、そうツッコミを入れる始末。
(どうしよう‥‥か。向こうは向こうで、派手に喧嘩売ってるし‥‥)
 誰か助けに来ないかなーと期待したが、さっきの3人組は、他のモンスターと戦っているし、その外に巻き込まれた面々も、それぞれ『用事』があるようだ。
「テイコウシナイノ? ツマラナイ」
「いや、そう言うわけじゃないんだが、その‥‥対応に困ってなぁ‥‥」
 と、怪訝そうな相手。いつもだったらぎゃーすか大騒ぎをされていたのだろう。そう思ってシスイは、ちょっとばつの悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「ドウシテ?」
「‥‥どうしても」
 相手がマネキンみたいな奴のせいか、危機感がわかない。と、相手の姿をしげしげと眺めていたシスイ、ある事に気付く。
(そう言えば、花の精霊って、ドライアドとか言って、女の子にもなったんだっけ。あー、でもそうすると、性別どっちでも良いのか。つか、あれ、間違いなく擬態だなー)
 眺めてみれば、巨大な花が咲いているようにも見える。おそらく、彼から精気あたりを吸い取って、身をつける力にするんだろう。普通なら、そのまま吸い尽くして破棄だが、彼‥‥あるいは彼女‥‥は、そこまではやらない『性格』らしい。
「タベテイイノ?」
「うーん、怪我しない程度にお願いします‥‥だな。だいたいお前、本体はこれだろう? だったら、別に手段もあるしな」
 そう言うと、シスイは手元を抑えていた蔓へ視線を向ける。それをたどると、付いているのは、植物の根元だ。
「ナニ?」
「んー。こんだけ知性があって喋れて、人語が解せるんだ。むしろこう言うのもアリってことさ」
 そう言って、シスイは手首に絡み付いていた蔓を、ぎゅうっと握り締める。と、相手はまるで急所を握られたかのように、「ヒャ‥‥ア‥‥」と、色っぽい悲鳴を上げた。
(思った通りだな。これで何とか脱出出来るか)
 その結果、シスイを拘束していた蔓が緩む。やっと体の自由になった彼を見て、相手は怯えたように言った。
「イタイノ‥‥キライ‥‥」
「俺もだよ。だから二度と、無理やりなんて、面倒な真似は起こすなよ。いくら、あいつにそそのかされたって言ったってさ」
 なでなでと、相手の頭を撫でるシスイ。その足元には、様子を伺う数人の影。と、切り倒されないと分かった相手、ぽっと頬を染めて、上目遣いに頷いて見せた。
「ソウ‥‥スル‥‥」
 ぽっと頬を染めた姿は、人間なら、充分可愛いお嬢さんだかアイドルだかで通用する色気だ。
(これ、とりあえず、食べてから帰っても、良さそうな気がする♪)
 そう思うシスイ。世の中それを、オマケと言う。



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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