声が聞こえる。あちこちから立ち上る連れを呼ぶ声、子供の歓声、大人の歓談する声、椅子やテーブルが動く音、足音、食器の響き、咀嚼音。それ全てがごちゃ混ぜになり、屋根に壁に跳ね返る。音は幾重にも反射し、重なり合った音が更なる喧噪を紡いでいた。
ここは総合巨大レストラン『テラやぎタベルナ』。タベルナとはギリシャやイタリアあたりでは気取らない食堂、日本ならば『居酒屋』風なレストランを指す。その名の通り、ここも格式張ったところはなく、気さくに安くて美味い食事を楽しめるのでこの通り大にぎわいしている。これでも食事時を少し外れているから空席がちらほらあるが、そうでなければ、入り口に長蛇の列が出来ている筈だ。
「なるほど、ここか最近はやりの食堂か」
洗いざらしで少し生地がくたりとなった衣に長い袴をつけて、腰を長い紐できゅっと縛ったジャパン風の服を着た男は低くつぶやくと入り口から中へと入ってきた。若く見えるが紅顔の美少年という年齢ではない。相応の落ち着きの見える男は物珍しそうにタベルナを見回し、まだ席にもついていない。
「いらっしゃいませ! お客様はお一人様ですか?」
店のお仕着せをつけた若い娘が男に駆け寄り、とびっきりの笑顔を向けた。
「あ、ああぁ‥‥そうだ」
武芸一筋に打ち込んできたストイックな人生まっしぐら‥‥な、男には20歳も年の離れた若い娘の笑顔は眩しい。少し視線をそらせてうなずく。
それは不幸な事故であった。席を探していた黒髪の娘とメニューに目を向けていた金髪の娘、そこに10人もの子供達が歓声をあげながら突っ込んだ。普段ならば難なく子供達を回避出来たのだろうが、反響する音と少し前に料理をこぼして滑る床がわざわいした。
「わぁぁあ。ねぇちゃんのケツにぶつかった〜」
「おれも〜俺もケツに顔〜」
「きゃあああぁぁぁ」
「やああああああぁぁぁぁ」
「おれも〜」
「おれも〜」
「もー、たかしくんがイケナイんですよー」
「たかしくんだけじゃないよー」
「えーーん!」
娘達は尻に子供の顔の直撃を喰らい高く悲鳴を上げる。悲鳴に混じって子供達の笑い声、叫び、何故か泣き声までもが響く。もがく娘達だが子供の背丈は低くて、避けることも払うことも出来ない。そして滑る床に足がもつれた。
「きゃああああ」
「やああああ、どいてぇえ〜」
「お客様!」
男に笑いかけた娘の顔が引きつる。次の瞬間、男は2人の娘の柔らかい身体と、子供達に背中からのしかかられ、押しつぶされ、べちょっと床に突っ伏していた。
「あ‥‥」
店の娘は声もない。床にこぼれ、まだ拭ききれていなかった食事の汁が男の衣と顔を派手な色に染めていたからであった。
●落(堕)ちないのは罪?
すっかり衣服をあらためた3人は、奥の個室に案内されていた。最も被害が大きかった男の他に、娘達の服もそれと解るほど汚れていたからだ。男が店から貸し出されたのはゆったりとした服であったが、娘達が身につけたのはレースやフリルの沢山ついて、けれど身体の線がはっきりと解る妖艶なものであった。着慣れた服を脱いだ3人は何をするでもなくテーブルに座っている。重い雰囲気の中、最初に口を開いたのは黒髪の娘、八俣 智実(ea2503)であった。
「なんだかすっかり酷い目に遭ったよね。僕、びっくりしちゃた。いまどきの子供ってあーなのかな?」
くるくると良く動く輝く瞳と、それから服地を飛び出してしまいそうな圧倒的な質量を誇る胸‥‥智美は苦しいのか胸元の留め金を幾つか外していたから、上半分のそのまた半分ぐらいはもう露わになっている。
「私もびっくりしてしまって‥‥もう、どうしていいものかわからなくなってしまいました。それで新城さんの上に転んでしまうなんて、本当に済みません」
長い金髪の娘、シルフィン・マックスハート(eb3313) がすまなさそうに男に詫びる。シルフィンの服では細いがメリハリのある身体のラインがハッキリと見て取れる。
「それを言うなら僕もだよ。とんだ迷惑を掛けちゃったよね、ごめんなさい」
若い娘達と密室で同席することになってしまった新城 日明(eb3466)は、慣れない洋装に居心地悪そうであったが、シルフィンと智美が頭を下げると首を横に振る。
「いや、気にしないでくれ。騒ぐ子等を回避出来なかったのは俺も同じだ。床が汚れていたのは店のせいで2人に責めを負わせる事ではない」
僅かに笑って日明は言った。しかし、回避出来たとしても日明はそうはしなかっただろう。すれば智美とシルフィン、そして子供達が床に激突してしまう。若い娘の服が汚れてしまうのは可哀相だし、子供が怪我をしてしまうのも見ていられない。それくらいならば身代わりになる気概は男としても冒険者としても持っているつもりだ。
「んん? もしかして新城さんも冒険者なのかな?」
「あぁ、その通りだが‥‥」
「私も冒険者をしています。3人ともそうだったんですね」
「そうか、それは奇遇だな」
3人は嬉しそうに顔をほころばせる。その時、部屋の1つしかない扉が開いた。店で日明の応対をしくれた娘と、それから黒っぽい服を着た偉そうな男が入ってくる。
「このたびは大変失礼いたしました」
偉そうな男は型どおりの挨拶をした。
「これは店からのお詫びです。本当に済みませんでした」
娘が頭を下げるのと同時に、その後ろから沢山の料理を乗せたワゴンは入ってきた。
1時間後にはあれほどあった皿の上の料理はあらかた平らげられ、まるで旧知の間柄の様に3人は意気投合し、笑いあい語り合っていた。冒険の事、依頼の事、国の警備や治安、為政者の事、旅の様子、移動の際の荷物の整理、保存食の味や財布の隠し場所。どの話題も三者三様、流儀や方法が違っていて話題には事欠かない。
「なるほど、女性はその様な場所に大事な物を隠すのか。これは思い至らなかった」
日明が心底感心した風にそう言い快活に笑うと、智美とシルフィンは複雑な表情で顔を見合わせる。
「‥‥新城さんってもしかして鈍いのでしょうか?」
「もしかして、じゃないと思うよ、僕」
2人は小声で言い合う。こんなにシルフィンと智美がそこはかとなく、微妙に、時には熱烈にアッピールしているというのに、肝心の日明には全く伝わっていない。それどころか『女性』とは認めていても、『女』として見ていない風なのだ。肌も露わな服装をしていても、寒くはないかと聞くだけだ。どうやら日明の中では、2人の装いは寒そうな格好であって、妖艶な服ではないらしい。
「おぉ、もうこんな時刻か。そろそろ日も暮れてくる。腹も満ちたしそろそろ帰るか。しかし、とても楽しい一時だった。感謝する」
食後のお茶をいただくと、日明は布袋を持ちごく身軽に立ち上がった。そこには汚してしまってた衣が入っている。店側が染み抜きだけはしてくれたのだが、家に帰ったら洗濯をする必要がある。冒険者の装備は特殊な物を使っている事もあるから、洗濯にも気を使う。どうやって洗濯するか。
「‥‥そうだね。僕達も帰ろうか?」
「‥‥はい。そうしましょう」
それぞれ服の入った布袋を抱え、3人の冒険者達は個室を出た。どことなく晴れ晴れとした表情の日明とは対照的に、智美とシルフィンの表情はなんとなく曇りがちであった。
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