真偽の程は定かではないが今より遡る事、十と五年程前‥‥とある騎士団に所属していた『マティナ・シャルト』がある村にて遭遇した事件の話を此処に記そう。
悲哀に満ちた、その話を‥‥。
「何か、普通の村だよなぁ‥‥本当に此処なのか」
「見た目だけで判断しないの、話通りなら間違いなく此処よ」
「ふぅ‥‥ん」
その彼、この話の主人公がマティナと同じ騎士団に所属するクレリックの女性が彼の頭を小突き窘めれば、小突かれた箇所を押さえながら彼は詰まらなさげに辺りを見回しては生返事を漏らすも
「でも、マティナの言う通り‥‥長閑ですね」
「全くだ」
「‥‥まぁとりあえず、暫く滞在してみれば真偽は定かになるでしょうから先ずは村長さんの所で話を聞きましょう」
やはり同道する他の騎士達も彼の意見に納得し、村の雰囲気に付いての感想を次々に述べると彼らの反応から腰に手を当てては溜息をつくクレリックの彼女は一先ず、件の話が詳細を聞くべく彼らより先に歩き出した。
実はこの村、最近になって夜な夜な村人の一人が姿を消せばその翌日‥‥死体となって村の中で倒れていると言う事件が起きているらしく、その真相と解決をすべく騎士団が派遣された訳のだが‥‥彼らが来た翌日にもやはり同じ事件が起きた。
幸か不幸か、果たして派遣された騎士団の一人が犠牲となる形で。
「‥‥何だってこんな事に」
「知らん、よ‥‥」
「何か気付いた事はある?」
その翌日、村の中央にある小さな噴水の前で倒れている同僚の姿を見止めてマティナは唇を噛み呻くが‥‥それに答えを持つ者はおらず、クレリックの女性が騎士団の皆に尋ねるも、やはりそれにも答えが返って来る筈もなく彼女は嘆息を漏らすが
「‥‥このまま、帰るのは寝覚めが悪いな。村人達にも話を聞いて回るか」
「えぇ、そうね‥‥」
皆を見回しては同僚の死を前にマティナが果たして皆を見回すと、冷たくなった同僚の死体を横たわらせては見開いているその瞳を伏せさせて彼女が頷けば、皆もまた頷いた。
しかしその日は大した収穫も得られず夜を迎える事となれば、それは起きた。
「‥‥ん?」
月が雲に隠れた中でもその異変に気付いたのはマティナで、静かに起き上がっては村長から借りている小屋の窓より外を覗けば‥‥村人の一人が鬱蒼と茂る森の方へと歩いていく姿を認める。
「こんな夜中に、一体‥‥何か、あるな」
やがてその姿を消した村人を見つめながら彼は先ず、それを判断すると次に皆を起こそうか逡巡するが‥‥最近は功績も挙げている事から驕りがあったのだろう、一人でも問題ないと判断すれば静かに小屋を出て村人が一人の消えた方へ進む彼‥‥だったがその途中、闇の中より唐突に影が躍り出ればその体当たりを避けて彼。
「ちっ!」
「ふん、甘いな」
躍り出てきた影である村人に舌打ちすればすぐに剣を引き抜こうとする‥‥も、惑わずに突っ込んで来る村人の様子にマティナが戸惑えば、その隙を見逃さずに彼の懐へ潜り込んだ村人の腕が彼の鳩尾へめり込むと
「昨日の奴もそうだった、村人を装って騙してやればあっさり引っ掛かっては隙を見せ‥‥至極詰まらなかったな」
「貴様ぁっ!」
「だから、甘いと言う!」
その一撃に咽る彼へ冷徹な視線にて見下し侮蔑を紡げば、憤慨するマティナではあったがやはり騎士として、守るべき者へ振るう剣は持ち合わせておらず躊躇えばそれを見透かして村人が途中で速度が衰えながらも飛び込んできた彼の勢いに合わせ、その胸部へ鋭い蹴りを放てばマティナを吹き飛ばす。
「がっ‥‥!」
「‥‥いささか、無茶をし過ぎたか。脆弱で叶わん」
「貴様、まさか‥‥」
「だが、お前の体なら‥‥少しは楽しめるかな?」
だが奇妙な方向に曲がった足首を見止め呟けば、それを前にして漸くこの村の事件で起きていた事の真相に至るが‥‥それに気付いた時は既に遅く、動けない自身の眼前にまで来た村人‥‥いや、一体のデビルは憑依の対象をマティナへと変えれば彼の哄笑が闇だけの夜の中、響き渡った。
「ふっ‥‥ふははははっ!」
「マティナの奴、どうしちまったんだ!」
「‥‥デビルの反応を感じるわ。多分、憑依されて操られているんでしょうね」
「ちっ、厄介だな」
「やはり‥‥温い!」
そしてその夜の内、マティナの体を乗っ取ったデビルはすぐに騎士団を討つべく彼らの小屋へ襲撃を掛ければ、唐突なそれを前に戸惑う騎士団の皆は動揺せず早く事情こそ察するも、同僚が体を乗っ取るデビルの前に苦戦を強いられれば
「やはり、この体は良いな!」
「‥‥っ、どうする?」
「切り離す他にありません。そしてそれを今、成せるのは‥‥援護をお願いします」
「なっ、無茶をするな!」
マティナの声で嗤うデビルを睨み据える騎士の逡巡へ、クレリックの女性が一つの判断を下すと‥‥その手段を考えていたからこそ彼女の真意を察し、一人の騎士はそれを止めようとするがそれよりも早く彼女はマティナ目掛け、駆け出すと
「ふん、脆弱な人間めが。そう容易く我を‥‥」
「悪魔よ、その身より‥‥!」
やがて二人は一瞬だけ交錯する。その一瞬、互いが紡いだ決意も最後まで響く事はなく‥‥程無くしてマティナは正気を取り戻した、騎士団の余り多くない同期の一人だった彼女が胸に己の剣を突き立てる中で。
「うっ‥‥ぅああぁぁぁっ!」
そして血に濡れる剣のその根元へ向けて倒れ込んで来る彼女の冷たくなって行く体温を感じながら、マティナが咆えればその姿を初めて具現化させたデビルへ彼女の胸に沈んでいた剣を鋭く抜き放つと、地を蹴るのだった。
それより幾星霜‥‥ある騎士団の中にて悪魔の刃を前に死した『ドラッケン』と言う姓を持つ白きクレリックと同じ姓を持つ『マナウス・ドラッケン』と言う戦士が居るが、彼らの関係を知る者はその騎士団に所属する者でも今となっては殆どいないと言う。
しかし『マティナ・シャルト』と言う騎士はあの事件にて背負う事となった贖罪を今も担い、何処かで生きている事は間違いない筈‥‥例え、その姿形を変えたとしても。
「‥‥俺は生きる、お前の分まで」
〜Fin〜
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