京都、伊勢‥‥長き眠りより醒めて後、英国から辿り着いたばかりのルルイエ・セルファードの元を訪れたのは一人の僧侶。
「久し振り、だな‥‥」
「えぇ、そうですね。でもわざわざ、足を運んで貰ったみたいで申し訳ありません」
「気にする事は‥‥ない」
その彼女、ルルイエと英国にいた頃から縁のあったガイエル・サンドゥーラは京都へ着てより余り体調が芳しくない彼女の見舞いに今日、足を運んだ次第でルルイエはその来訪を歓迎して顔を綻ばせるが‥‥屈託のない、その笑みを前にガイエルは渋面を湛え表情を曇らせる。
「どうか、しましたか?」
「いや、何でもない」
すると彼女の表情を見てルルイエは臥せっていた床より半身を起こし、首を傾げては問うも‥‥それには今度こそ惑いを見せず、首を左右へ振れば
「あれから、マリアはどうなったんだ?」
すぐに何時もの表情を取り戻すと、ガイエルは携えて来た花を手近にあった花瓶へ生けながらルルイエが英国にて伏せる事由となった、もう一人の彼女の名を紡げば
「いや‥‥それだけじゃない。あれから英国であった事、魔本の事、それに体の具合‥‥」
「結構、ありますね」
再び頭を左右へ振り他にも聞きたかった事を一度に切り出すと、唐突に饒舌となったガイエルへ苦笑を湛えルルイエは彼女が問い掛けを先ず途中で遮り、そして僅かな間を置いた後に口を開く。
「マリアはもう、いません。と言うのは正確じゃないのかも知れません‥‥もしかしたら寝ているだけなのかも知れません、私の中で。でも気が付いたら私は目覚めました」
「‥‥そうか」
「魔本はレイさんが既に『送った』筈ですし、体の具合は‥‥正直まだ、分からないですね。まだちょっと、感覚が戻っていない様な気はしますが」
その時のルルイエの声音は嘆くでもなく悲しむでもなく、あるがままを受け入れたからこそ淡々と場に響けば、ばつの悪そうな表情を浮かべながらも端的に応じた彼女へ頷き返して続き、途中まで紡がれたガイエルの質問に答えるとふと思い出したかの様にもう一言だけ添える。
「そう言えばノッテンガムもあれから大変だったみたいです。城の修復に多大な時間を費やしたとか、あれからすぐにエルフ達の隠れ里でレイさんが一揉め起こしたとか‥‥後はナシュトさんが騎士団の長になった様です」
今度は先とは調子を変え、何時も通りの調子で英国はノッテンガムにてルルイエの時が止まってより後の出来事を楽しげに語ると
「‥‥やはり、色々とあったのだな」
「えぇ、見る事は出来ませんでしたがその様です」
「それでルルイエはこれから、どうするつもりか?」
「どうしましょうね?」
その話を聞きながら、ガイエルは微苦笑を湛え‥‥そしてそれらの話が一先ず終わった後に頷くルルイエへ英国まで来た理由を問い尋ねると、しかし紅蓮の魔術師が首を傾げ尋ね返してくる様には思わず瞳を細める黒き僧侶だったが
「‥‥冗談です。正直、まだ何も考えていませんが」
首を縮めてルルイエは訂正すれば改めて、決然とした面持ちを湛えて口を開く。
「私が出来る事、私にしか出来ない事を探してみるつもりです。故郷を離れても皆さんの近くにいてくれるのなら、今度こそ見付けられる気がして」
「朧ろげでも自身で確かな指針を立てているのなら、心配は不要か。それと、どう言えばいいのか悩むが‥‥」
その彼女が朧ではあるもはっきりと紡いだ答えに瞳に宿した光を聞き、見れば‥‥自嘲の笑みを浮かべてガイエルは立ち上がると未だ、床より半身だけを起こしたままの彼女に背を向けて言葉を発する。
「おかえり。これからも宜しく、か?」
「それは勿論ですが‥‥いきなり畏まらないで下さい」
「私なりのけじめだ、ルルイエが気にする必要はない」
改めて、彼女の帰還とこれからの代わらぬ付き合いを申し出るガイエルへ頷いてルルイエはそれを受領し、しかし次に彼女を窘めるがガイエルはそれだけをつっけんどんに言うと
「少し、長居をし過ぎたか?」
「いえ、そんな事はありませんけど」
「とは言え、まだ体調も優れぬ様だ。日はまだ高いが、今日はこれでお暇するとしよう」
来た時には見えなかった太陽が窓辺の淵より顔を覗かせている事に気付いて彼女、背を向けたままで尋ねるとしかし返って来た答えと振り返った視線の先にいる、ルルイエの顔色を伺えば漸く判断してガイエルは玄関の方へ足を向け、掌を翳すと
「何かあればまたその時は遠慮なく、声を掛けてくれ。ルルイエの為なら何時でも力を貸そう」
「ありがとうございます」
最後に一つだけ約束を交わし彼女が浮かべている表情こそ見なかったが、それに応じるかの様に微笑めば珠の家を後にするのだった。
「‥‥あの時の顔触れが奇しくも漸く揃った事になるのか。何事もなければ良いのだが」
そして家を出てより直後、唐突に飛び込んで来た眩しい太陽の光に瞳を細めながら呟きを漏らすと
「だが、何かあればその時こそ私は‥‥」
やがて太陽を見上げてガイエルは未だ抱いている自責の念を今こそ晴らすべく、確かな足取りを持って『再び』歩き出した。
〜Fin〜
※この文章をホームページなどに掲載する際は、必ず以下の一文を表示してください。
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。
|