天道ミラーさん。
最近有名になって、変装はオフを楽しむには必須。
今日はいつものスーツに首輪ではなくて、カジュアルなシャツにジーパン、灰色のキャスケットをかぶって街をぶらぶら。特にこれといった目的もなく、本当にぶらぶら。
そんな彼の目に最初に映ったのは本屋。
趣味旅行の次の行先の本を探すか、とたったったっ、と走っていく。
本やでは旅のガイドブックコーナーをあっちへこっちへ。
そしてこれと決めて手に取ったのは、鎌倉ガイドブック。
「他にもなんか無いかな〜」
きょろきょろうろうろ、本屋の中を歩き回る。
と、なんだか知った人物を発見。
璃久アイジさん。ドラマで一緒にいろいろしてる人。
「!!」
見つけた瞬間に、何故か隠れる。
「璃久サンだー!」
ふと、ミラーはとあることを思いつく。
にやり。
笑ってそろそろ静かに、後へ近づいて行く。
「璃久サンこんにちわー」
肩とんとん。
振り向いた瞬間に、ほっぺたムニ。
「…………」
「大成功……! 引っかかった引っかかった〜!」
無言で、アイジは静かに読んでいた本を置く。
そして。
「このほっぺたはよくのびるなぁ」
「いひゃ! いひゃひゃごめっ」
にっこりと笑顔で頬をむにーっとアイジは容赦なく引っ張る。
どうやら引っかかったのがよっぽど悔しかったご様子。
やっと解放されれば、ミラーは頬をさする。
「あいたたたた……こんなとこで会うと思わなかったからついうっかりはしゃいじゃった」
「俺もはしゃいだから頬ひっぱってみた。何か本買うのか?」
「これ!」
ずずいっと見せつけるようにガイドブック。
「……漢字読めるのか」
「よ、読めるって! 何でそんな馬鹿にしたような!」
「や、『す』を裏返して書いてたから」
「それは役デス!」
からかうのではなくて、大真面目に言われてミラーは答える。
それにアイジはぷ、と吹き出しながら笑った。
なんだかほのぼのと、する。
「あ、良かったら遊びマセン? ここで会ったのも何かの縁だろうし」
「別に構わない。オフだしな」
「やった! じゃあ会計してくる!」
だっと小走りにレジへ。
「……元気だなぁ」
絶対あのテンションが続けば芸能人なのバレる。
それもちょっと覚悟をしてアイジなのでした。
「そういえば家族、弟いたっけ。仕事一緒にした」
「その節は弟がお世話になりマシタ〜。俺もお世話になってるケド」
もぐもぐごっくんと昼食のオムライス一口目を食べ終わった後にミラーは礼儀正しくぺこり。
そして飲み物も一口。
「仕事って、楽しい?」
「楽しい! 音楽もだけどドラマも楽しい! 色んな人と出会えるし〜璃久サンも歌えばいいのに。きっといい出会いあるよ!」
「音楽‥‥音楽かぁ‥‥」
眉ひそめて視線が泳ぐ。ミラーはそれを見て、首をかしげて問う。
「音痴とか? もしかして音痴だとか?」
「音痴、じゃない」
きっぱり答えるが、やっぱり視線は空を舞う。
ミラーがこの理由をしるのは後々のことなのだが、とりあえずこのことよりも、目先の昼御飯。
「……なんかすごく嬉しそうにオムライス食べるな」
「オムライス好きなんだ。卵ほわほわ、ケチャップで絵かいたり楽しいから」
「子供みたい」
「よくいわれマス‥‥それでも好きなものは好きなんデス。璃久サンは?」
「俺はキムチとか、辛いもの好きだな」
「辛いものかー、でもオムライスもおいしい。あ、キムチオムライスとかどうかな!」
「‥‥ありえる、それはありえると思う」
「俺今度作って試してみよう!」
ミラーはきらりと瞳を輝かせて今後の楽しみを一つ増やす。
「作ったら璃久サンとこにも持ってくから」
「冷めたオムライスは微妙」
「! 確かに……じゃあ、どっかで作る。そいうチャンスあったらいいな」
「そうだな、楽しみにする」
残りのオムライスもぺろっと平らげて、ごちそうさまの一言。
「ついてる」
「んー? あ、ありがとうございマス!」
口の端をふいてにこっと笑うと人懐こい感じがさらに増す。
さくっと会計すませて店から出ると夏に近づく日差し。
眩しくて、少し目を細める。
「これからどうしよっかー。定番だとカラオケ?」
「え……」
「あ、丁度カラオケもあるし、いこう!」
え、カラオケーと微妙な顔を浮かべたのをみたのかみなかったのか、ミラーはカラオケにアイジをひっぱりこむ。
カラオケの個室で、ミラーがどの歌にしようかなー、と迷う間にアイジは色々と歌をいれていく。
「歌いれてやるから、歌え歌え」
「え、いいって自分で」
と、言う間にアネモネの曲が流れ出す。
「ほら」
マイクをがしっと握らされれば、歌わずにはいられない。
「わかった、歌う!」
勢いよく立ちあがるミラー、聞きなれた音に乗せてその歌声を乗せる。
そして、一時間後。
「……だいじょうぶ! 練習すればうたえブフー」
「笑いすぎ」
「音程とれてるのにリズッリズムッ!」
「笑いすぎだから」
「……ひぃー……あ、犬!」
ふと目についたペットショップにダッシュ。
お腹痛いといいながら笑っていたのをあっという間に忘れて興味が移り変わり、ウィンドウ越しに子犬とミラーは戯れていた。
「璃久サンもはやくこっちこっち!」
手招きを嬉しそうにして呼ばれればしょうがない。
「中入ろう。そこではしゃぐと目立つ」
ウィンドウにべったりのミラーをつついてアイジは促す。
「了解デス!」
「あともう一個。敬語いらないしサンつけなくていい。なんかそうゆうのあると居心地悪い感じがするから」
「わかった、璃久サ‥‥」
「アイジ」
さえぎってアイジは言う。
扉を開けて、ペットショップのすみっこで。
「さてミラーに必要なもの買うか。呼び捨て記念にでも」
「俺に必要?」
首をかしげてきょとん。こっちかな、とアイジが進む先には。
「これ、首輪。いつもしてるだろ?」
「お、俺がしてるのはちゃんとアクセサリーのデス!」
「冗談だ」
「今ちょっと眼が本気だった! 本気だった!」
「冗談だって」
と、声のトーンが大きくなる。
ふと視線を感じると、店員やそこに居合わせた客がぱっとみては見ないふり。
「……バレたなこれ。どこかのワンコさんが騒いでたから」
「俺、サワイデナイ」
「騒いでただろ。まぁ、大丈夫か」
一通り店内をぐるーっと見て回り、やはり最初の子犬たちのところに舞い戻る。
「かわいいなぁ、動きがキャッキャッしてるよな」
「僕子犬。僕遊ぶの大好き、ミラーここから出せ! とかきっと思ってる」
「ブッ! ちょ、何今の声!」
あからさまに高く作った声でミラーの後から子犬の心が聞こえてくる。
もちろん子犬の声だなんてことはなくて。
「フ……心の声だ」
「どこからその声でてたんだよー」
「あれは俺の声じゃない、子犬の」
「嘘ー!」
と、先ほどの視線のことも忘れて騒ぐ二人のそばにおずおずとやってくる少女たち。
「あのー、天道さんと璃久さんですよね? お、お手!」
「ワン! あ……」
反射的。
ミラーは手をぽんと置いてからやっちゃったー、と笑う。
きゃー! と黄色い声が上がる。
それを見ながら聴きながら苦笑しながら、傍らでアイジはサイン中。
「店に迷惑かかるから出るぞ」
「ありがとうございます〜!」
彼女たちの声に手を振りつつ、こそこそそそくさと二人は退店。
「おおお、俺ってば有名?」
「有名」
わかってるけどわかってなかった、そんな感じでミラーは聞く。
そしてちょっと、嬉しいわけで。
「もっと有名になったらああいうのいっぱいあるのかな?」
「あるだろうな」
「そっか! そうだよな!」
その未来を想像。もし尻尾がでていたら激しく左右に振っていただろう。
きらきら輝くような笑みを遠慮なく、惜しげなく浮かべていた。
「うわっ」
かぶっていたキャスケットを、思いきり前に引き下げられる。
いきなり何、とミラーは見上げる。
「ワンコ丸出し、バれる。こんなとこでバれたら大騒ぎだぞ。追いかけられるのがいいなら、いいけど」
「そそそそそそ、それはまずいかも!」
あわててきゅふんと丸くなるイメージ。
アイジは笑う、わかりやすいと。
「……おもしろいな、本当に」
「おもしろいって何!」
「言葉の通りだな、おもしろいはおもしろい」
なんだそれー! と言うミラー。その突っかかりをアイジは交わす。
しきりに笑って、ミラーもそのうちつられて笑顔。
「や、なんかこう言うのっていいな、友達って感じだ」
「! 俺達、友達!」
「ああ、友達」
その言葉に嬉しそうに頬緩ませるミラー。
「またこうやって遊ぶか、撮影の後とかにでも」
「遊ぶ遊ぶ!」
「よし、約束だな」
「わーい!」
しかしこれがいけなかった。
バンザーイと勢いよく喜んだ瞬間にキャスケットがぽとり。
「……あ」
「……ちょ、ここ超街の往来なんですけど」
マラソンの、始まり。
ミーハーな女の子たちから逃げるのは至難の技。
二人はもみくちゃにされるのでした。
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