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【お泊まりの思い出】
■言の羽■

<王 娘/アシュラファンタジーオンライン(ea8989)>
<雛澤・菊花/アシュラファンタジーオンライン(NPC)>
<野村 小鳥/アシュラファンタジーオンライン(ea0547)>

「はわぁー‥‥確かにこれはわかりやすいですぅー」
 野村小鳥がのんびりした口調で感心したのは、彼女の目に映る光景の凄さというか素晴らしさによるものだった。
 猫。猫。猫。とにかく猫。玄関前に置かれているベンチの上も下も占領してなお余りある、溢れんばかりの猫。
 その家はご近所から「猫のいる家」と呼ばれていた。マスリーナ通りの21番という住所を聞いて小鳥はここまで来たのだし、猫が住み着いているとも一応聞いてはいたが‥‥まさかこれほどまでとは、誰も思うまい。
 にゃぁにゃぁにゃぁにゃぁ。小鳥を見つけた猫達が騒ぎ始めた。そのうちの数匹は玄関のドアをカリカリと爪で引っかいている。どうしたのかと首をかしげながら見ていると、やがてドアが内側から開けられた。
「そんなに騒ぐな。ちゃんと全員分ある」
 猫用のご飯を持って現れたのは、その家の主、猫耳フードをかぶった王娘だった。
「‥‥うまいか?」
 酒場などで会う時は基本的にいつも『ツン』状態の娘だが、今の彼女はたくさんの猫を前に、すっかり油断しきっているようだった。無表情に近い不機嫌そうな顔が、食事中の猫の頭を撫でた途端、ふわっと柔らかい微笑みに変わった。
「‥‥かわいいですぅー」
 つられて小鳥も幸せそうな笑顔になった。
「なっ!? こ、小鳥! いつからそこに!?」
「娘ちゃんが外に出てくる前からですよぉ? 今日はぁ、お招きありがとうですぅー」
 気の緩んでいたところを見られたとあって、娘は焦る。しかも怒る。だが小鳥も慣れたもの、それが照れ隠しなのだとわかっていて、にこにこと招待してくれた礼を述べ始める。だから娘はもう何も言えず、仕方なく周囲を見渡した。
「‥‥雛菊はどうした」
「雛ちゃんはですねぇ――」
「さっきからずぅっと、にゃんにゃんお姉ちゃんの後ろにいたなのよぅ?」
 ぽわぽわした声と共に、娘の背中にぐぐっと重みが加わる。小鳥と娘の友人、幼いながらも忍者の少女、雛菊だ。
「にゃんにゃんお姉ちゃん、かわいかったのー♪」
 頬に手を添え、はふぅ‥‥と満ち足りた様子で息を吐く雛菊。
「ですよねぇー?」
「ねー♪」
「くっ‥‥ふたりとも、そんな目で見るなっ!!」
 前方の小鳥、後方の雛菊。娘はますます恥ずかしくなっていたけれども、大切な友人達に対して実力行使に出るのもはばかられ、結局彼女達の気が済むまで可愛がられる事になったのだった。
 呼応した猫達のにゃあにゃあ大合唱の中で。

 小鳥と雛菊が何の為に娘の家を訪れたのかというと――お泊まりである。
 女の子にとってお泊まりとはとても重要なイベントだ。寝巻きをはじめとする秘蔵アイテムの披露会であったり、普段はできないような内緒話の暴露大会であったり。素の自分を見せられる大切な友人同士でなければできないので、お互いの友情を確認して更に絆を深める為のイベントであるとも言えよう。
「雛のお気に入りの手ぬぐいなのよー」
「うわぁ、素敵ですー。この刺繍、雛ちゃんと同じ名前のお花ですよねぇー?」
 持参したお風呂道具を見せ合いっこする、雛菊と小鳥。さっそく披露会が始まっているようだ。
 この猫屋敷は賃貸なのだが、なぜか立派な風呂付である。家主が風呂好きであるに違いない。
「それは後にして、さっさと食べろ。冷めるぞ」
 きゃいきゃい騒ぐふたりを横目に娘が何をしていたかというと、少々早い夕食の支度だった。テーブルの上には彼女の故郷である華国の料理が所狭しと並んでいる。白い湯気の立つさまが視覚を刺激し、ふわりと鼻腔に届いたにおいが嗅覚を刺激し、雛菊のおなかがくぅ、と可愛らしく鳴った。
 おなかすいたなのー♪ と椅子に座って箸を持ち、雛菊の戦闘準備は完了。彼女の為、大皿から小皿へとよそってあげる娘の表情は、何とも言えないほど穏やかだ。その表情に、小鳥もなんだか嬉しくなって、つい笑い声がこぼれた。
「なぜ笑う」
「娘ちゃん、私達が来るのが楽しみで仕方なかったんですねぇ〜」
「‥‥何?」
「だってこんなに沢山の料理、作るのには結構時間がかかりますよねー? 材料を揃えるのも難しかったでしょうしー‥‥もしかして朝からずっとこれにかかりっきりだったなんて事はー‥‥」
「ち、違う! 他にもやらねばならない事は沢山あったのだからな、かかりきりだったはずがないっ!」
「じゃあ、する事たーくさんあったのに、にゃんにゃんお姉ちゃんはこんなに沢山ご飯作ってくれたのね?」
 口の端から今にも涎を垂らしそうにしながら雛菊が言ったのが、とどめとなった。娘は墓穴を掘ったのだ。悔しくて恥ずかしくて仕方がないのに、大好きな雛菊が相手では仕返しもできやしない。同じ理由で、小鳥にも何もできない。
 仕方ないので、娘は諦めて席に着く。小鳥もいそいそと動き、3人は揃ってテーブルに向かった。
「「「いただきます」」なのよ〜♪」
 同じタイミングで頭を下げる。
 それから始まったのは、楽しいながらもそこはかとなく混沌とした食事風景だった。
「んぐ‥‥ふわぁ‥‥この味は‥‥何か特別な調味料を使っているんですかー?」
「ああ、それは‥‥っと、ちょっと待て。雛菊、もっとよく噛んでから飲み込め」
「む〜‥‥雛はしっかり噛んでるのよぉ。お口に食べ物入ってる時にお話する小鳥お姉ちゃんのほうがメッ、なのよ!?」
「すみません〜、つい〜‥‥はわ、これもおいしいです〜。雛ちゃんもどうぞー。はい、あーんしてくださーい」
「あーん♪」
「くっ‥‥」
 羨ましいなら自分もすればいいのに、娘のプライドがそれを許さない。箸が折れんばかりに握り締め、雛鳥に餌を与える親鳥よろしくその動作を繰り返すふたりを睨み続けるしかなかった。

 少し休んで、ぽっこり膨らんだおなかも落ち着いた頃。雛菊はせっせと小鳥の背中を洗っていた。
「にゃんにゃんお姉ちゃんのお背中も、雛が洗ってあげるー♪」
「いや、私は遠慮しよう。すまないな」
「遠慮はいらないのよぅ?」
 不満そうな雛菊の表情に、しかし娘は苦笑しながら足先を湯につけるばかり。
「娘ちゃんはー、雛ちゃんがそう言ってくれるだけで嬉しいんですよー」
 頭にたたんだ手ぬぐいを乗せた小鳥がそう言ってフォローするのも、理由がある。娘はハーフエルフであり、体が濡れると狂化してしまう。そして雛菊はハーフエルフに好意的ではない。友人だからよいハーフエルフだと限定的に認識されてはいるものの、狂化によりハーフエルフである事を強調するのは雛菊にとってよくないという判断をしたのだ。
 本当ならば一緒に入りたいだろうに。
「しっかり温まれ。風邪をひかないようにな」
 数を数えてあげる様はまさしく姉の姿だったので、小鳥も微笑むだけにとどめておいた。

 普段は娘一人だけが眠るベッドは、ごくシンプルな造りの物だ。やや小ぶりなそのベッドに、女の子だけとはいえ3人が寝転がるのは、きついものがある。
 それでも彼女達はひとつのベッドを皆で使う。一枚の毛布に皆で包まる。狭いなら、寄り添えばいい。互いのぷにぷにのほっぺたがくっつくほどに。
 ひとのぬくもりは、それだけでひとの心を落ち着かせる。大好きな人のぬくもりなら、尚更。
「にゃんにゃんお姉ちゃんもー‥‥小鳥おねえちゃんもー‥‥大好きなのー‥‥」
 川の字の真ん中を陣取った雛菊は、はしゃいだゆえの疲れか、すぐさままどろみ始める。
 そんな雛菊の髪を指先で梳く小鳥も、おなかを一定のリズムでぽんぽんしてあげる娘も、月明かりの中、ゆっくりと眠りに落ちていった。



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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