パリの、とあるレストラン。
「タベルナ」―南欧の言葉でレストランを意味する店名。その看板の端には、可愛らしいヤギの絵が添えられています。
扉を開くと、そこは、まさに夢の世界。
甘味食べ放題へ、ようこそ!
小柄なドワーフ達が、まるごとヤギさん姿で、せっせとお給仕いたします。
まずは、裏方を覗いてみましょう。
広いキッチンで、パティシエさん達が働いています。甘味食べ放題期間中ですから、厨房は、あま〜い香りで一杯。山と積まれた果物に、蜂蜜、ジャム、ミルク缶。卵に小麦粉。貴重品のお砂糖だって、ここにはたっぷりあるのです。
どこもかしこも、見ているだけで幸せな気ぶ‥ん? あら? ‥‥あれ? ‥‥‥えええっと??
「一丁上がりですぞ♪」
うむ、と満足げに頷いたのは、パトリアンナ・ケイジさん。お給仕を頼もうとしたのですが、どうやら、皆さん手が離せない模様。満員御礼ですものね。それならば、と自分でお皿を手に、ホールへ。お皿に乗ったデザートは、この世の食物とは思えない『ステキ』な色彩。あのぉ、隣に積まれている『食材』は、その‥‥もしかして?
「お味は如何でしょう?」
お客さんは、満足げに頷いています。さわやか、それでいて優しい食感がとっても素敵、とのこと。
「良かった。ちょっと大きな声では言えない食材のちょっと小さい声でも言いたくない部位を使ったデザートでしたので、口に合うかどうかちょっと心配だったのです♪」
‥‥やっぱり。
お客さんは、いまいち分かってないみたいです。美味しいからいっか♪ といったところでしょうか。きっと知らない方が幸せですよね。材料が海のものとも山のものとも知れないモンス‥‥いえ、なんでも♪
「ふふふ、いーっぱいの甘味で皆さんに夢を見せる。これは腕が鳴るってモンよ」
こちらは、ラファエル・クアルトさん。同じくタベルナのパティシエさんです。
ラファエルさんも、作ったスィーツは、自分でホールに運びます。お客さんの顔が見たいんですって。彼は、ケーキ担当。フルーツたっぷりのケーキは、大好評! 名人中の名人であるパトリアンナさんが、見た目にも味にも太鼓判を押したほどの出来栄えですもの。ひとときのあま〜い夢に、女性達はうっとりです。
それとね、すらっとした体躯に、品の良い顔立ちのラファエルさん。ケーキがどっさりと乗ったトレイを颯爽と運んでいる姿も、ケーキと同じくらい、女性に大人気なのです。
「このケーキ、とっても美味しいです!」
「貴方、腕がよろしいのね。名前を覚えておきたいわ。教えてくださる?」
なんやかやと理由を付けて、お客さんに話しかけられています。‥‥あらま、とうとう囲まれてしまいました。
「ありがとうございます。でも、厨房に戻らないと。次の生地が焼きあがっちゃうので」
にっこり笑って抜け出そうとするのですけど。さて、どうなることやら。
お店の外まで、中の賑やかな音は聞こえてきます。
扉の前で逡巡しているのは、シェアト・レフロージュさん。甘味食べ放題なんて、とっても珍しい機会、とやって来たのですけど。
「一人で来るのは、ちょっと寂しい‥‥でしょうか」
淡い青のワンピースに、繊細なレースのボレロ。銀の髪と、空色の裾が初夏の風にふんわりと揺れる様子は、どこか神秘的で美しい、のですけど。一人だと、それも無意味に思えてしまうみたい。
――カラン、カラン。
ドアをそっと開けると、可愛らしいベルの音。店内を覗き込みます。
「あら?」
「おお。いらっしゃいませ♪」
「パトリアンナさん」
よく見知ったパン屋さん。
「ささ、こちらへどうぞ」
空いたお席まで案内してくれました。
「ご注文は? ちなみに、お勧めはこちら。空色ジェルのフルーツ添えでございます」
「あ、あの‥‥材料って噂の‥‥」
ドキドキ。見たことの無い、いえ『食卓では』見たことのないプニプニ感。かつて、悪食の彼をして試食を断念せしめた‥‥というか、周りが断念させた、あの‥‥。
ちょっと気になる、けど、ちょっと怖い。と迷っていた、その時。
「シェアトちゃん!」
「あ‥ラファエルさん‥‥こちらにいらしてたんですか?」
女性達の包囲網から抜け出せたらしいラファエルさんが、駆け寄って来ました。
「ええ。今日一日、パティシエとして働くことになったのよ。来てくれて嬉しいわ」
にっこり幸せそうに笑うから、シェアトさんも幸せです。
「まぁ。今日のお洋服も、可愛いわね。よく似合ってる」
おしゃれしてきて、よかった。心が、ぽっと温かくなります。
「おやおや、馬に蹴られる前に、退散しますかな。ほっほっほぅ♪」
パトリアンナさんは、厨房に戻って行きました。
「ご機嫌ですね。何か、素敵なことがあったんでしょうか」
背中を見送り、シェアトさん。
「ん〜、もしかしたら、料理友達だっていう、ご婦人がいらしてるせいかしら? その‥‥ちょっとアレな材料とかにも、全然怯まない人でね。むしろ、嬉々として調理法教わってる、凄い人よ」
「もしかして、その方とパトリアンナさん」
ドキドキ。
「そういう仲じゃないみたい。でも、その方、ご主人を亡くされてるみたいだから、もしかしたらそのうち‥‥なんてこともあるかも、ね。さ、シェアトちゃん、何食べる?」
「ええと‥‥ラファエルさんが、作ったものは?」
「あっちの、ケーキバイキングのコーナーに‥‥ありゃ、もう無くなってる。ちょっと待っててね、折角だから、作りたて持ってくるわ」
しばらくして出来上がったケーキは、フォークを指してしまうのが勿体ないほど、可愛らしい飾りつけ。
「美味しい‥‥瑞々しい、優しい甘さ」
口当たりも良くて、ついつい食べ過ぎてしまいそうです。
「ね、どんどん注文してね。シェアトちゃんが来てると、いつも以上に張り切っちゃうのよね」
私も、現金よねぇ、と笑うラファエルさん。シェアトさんは、すこーし照れているみたいです。
「ラファエルさんが作られる側なら、体重を気にせず食べられますね」
ちょっと涙目で、にっこり。
「元々、気にする必要無いと思うわよ? もっとふっくらしてても全然平気。このままでも可愛いけど」
どっちでもいい、と言われると、どっちが良いのか、悩んでしまいますよね。だって、大切な人には、少しでも綺麗だと思って欲しいのが女心ですもの。
「そろそろ、仕事に戻らないとね。ゆっくりしていって? 次のが出来たら、また持ってくるわ」
そう。ラファエルさんは忙しいのです。
寂しいと思うのは、きっと我侭‥‥次が出来たらまた来てくれるから、このケーキは、ゆっくり、大切に味わおう。そう、シェアトさんは思いました。それでも、色んな種類を楽しめるよう、小さめに作られたケーキは、あっという間に無くなってしまいます。しゅん、としかけたその時です。
「さっきのはアレですが、次は普通のですよ〜。よかったらこちらもどうぞ」
パトリアンナさんです。お皿には、ふんわりと湯気の立ち上る、焼きたてのクレープ。金色の蜂蜜が、とっても綺麗。
「ありがとうございます。いただきますね」
パリリとした食感と、爽やかな甘さ。
「蜂蜜に、柑橘の果汁を混ぜてみたのですよ」
解説に、ふむふむ、と頷くシェアトさん。
「まぁ、その、私が言うのもナンですが、仕事に励む男の背中というのは、なかなか良いものでしょう?」
パトリアンナさんの視線の先には、忙しく立ち回るラファエルさん。楽しそうで、少し緊張しているようで、そして、誇らしげ。本当に素敵な人‥‥シェアトさんは、改めて思いました。おや、俗に言う、惚れ直したってやつでしょうか?
そして、パトリアンナさんにも、にっこりと微笑みかけます。
「ありがとうございます」
多分、寂しいと思ったこと、この人には分かってしまったんでしょう。
「何のことでしょうな♪」
恩に着せない物言いは、大人の魅力。でも、感謝の理由も気持ちも、きっと伝わっているはずです。
「ふふ、急に、お礼が言いたくなったんです」
「ま、有難く受け取っておきましょう」
そう言うと、パトリアンナさんも、また厨房へ戻って行きました。
そうして、シェアトさんは、とっても幸せな気持ちで、次のケーキを待つことが出来たのでした。
ラファエルさんも、シェアトさんが喜ぶ顔が嬉しくて、一生懸命お仕事が出来ました。でも、シェアトさんの前で女性客に囲まれないよう、頑張って早歩きをしていたことは、内緒です。
「ほっほっほ‥‥女性を幸せにしてこその、甘味食べ放題ですからな♪」
くるり、鉄板の上で裏返したクレープは、それはそれは、きれいなまんまるでしたとさ。
<了>
●マスターより
今日は。いつもNPC達がお世話になっております。この度はノベルの発注、誠にありがとうございました。
今回はノベルということで、ゲームではできない、一人一人をがっつり書く、という貴重な経験をさせて頂きました。いつも「このエピソードも入れたい!」と思いつつ泣く泣く削っている紡木ですので、今回は心躍りっぱなしでございました♪皆さんにも、楽しんで頂けたら幸いです。
シェアトさんの美しさ、可愛らしさや、ラファエルさんの優しさ、格好良さ、そしてパトリアンナさんの「粋」。こんな素敵な方々と関わり合えて、NPC達共々、とても幸せに思っております。
ゲームの方には、今すぐ復帰、というわけには参りませんが、なるべく早く、戻りたいと思っておりますので、また、よろしくお願いいたします。
そうそう、パトリアンナさん。貴方は、当方の家政婦を、どのように思っていらっしゃるのでしょう…? ただの友人なら、何の問題ありません。でも、もしもそうでないのなら‥‥こほん。そのうち、決着をつけてくださいますね?
それでは、またお会いできる日を願って。
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