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【草間興信所、ただメシを喰う】
■ALF■

<シュライン・エマ/東京怪談 SECOND REVOLUTION(0086)>
<草間・武彦/東京怪談 SECOND REVOLUTION(NPC)>
<草間・零/東京怪談 SECOND REVOLUTION(NPC)>

「こういう物に飛びつくと、痛い目に遭うんだ」
 昼も間近な草間興信所。事務机に顎を乗せてダレながら、草間武彦はヤギのマークが入った封筒を電灯に透かすようにして眺めていた。
 その封筒の中には、「新鮮海産物食べられ放題コース限定無料食事券」と書かれたチケットと、「抽選の結果、見事お客様が当選いたしました」とか言う、やたらと景気の良い言葉の並んぶわりには、内容がスカスカの手紙が入っている。
 今まで、散々痛い目やら何やらに遭遇してきた‥‥と言うか、今までこういった物に関わって普通に終わった試しのない草間武彦は、もう騙されないぞとばかりにチケットを睨む。
 応接セットのソファに身を預けるシュライン・エマは、流石に学習してきてるんだなぁと感心しながらも、何だかんだ言いながらチケットを捨てられない辺りに草間の限界を見ていた。と‥‥
「お兄さん。今日の御昼御飯、缶詰で良いですか?」
「!」
 台所から顔を出した草間零の一言に、草間は大きく肩を震わせる。
 それを見なかったことにしてシュラインは、零に聞いた。
「『また』、冷蔵庫が空っぽなの?」
「はい‥‥『また』です」
 心なしか、二人の『また』という言葉が強い。
 二人の視線は、この興信所の所長たる稼ぎ頭の筈の男に向かい‥‥そして、二人は同時に目をそらして、大きく溜め息をついた。
 草間は、そんな二人の溜め息のもたらした無言の重圧に、奥歯を噛み締めて耐える。
 別に、貧乏は草間が悪い訳じゃない。少ない収入の中の少なくない部分を有害な煙に変えてしまうのは草間なのだが、人には譲れない物があるのだ。
 もっとも、この草間の意見に賛成してくれる者は、今のこの部屋の中には居ない。だから草間は沈黙を守る。
 とは言え、シュラインと零の冷たく痛々しい視線に耐えられなくなっては来ていた。
 草間は、この窮地を脱する策をを求めて視線を彷徨わせ‥‥そして、先程から睨み続けてきていた封筒に目を落とす。
 ああ、これしかないのか。
 そんな結論に暗澹たる思いを抱きながらも、ここで二人の冷たい視線に晒されながら大安売りの時に買い溜めた缶詰で食事するよりかは、例えろくでもない出来事が待っていようとここは一つ、賭けに出てみるべき‥‥と、自分に言い聞かせる。
 草間は決意を固め、咳払いを一つすると、精一杯の愛想笑いを浮かべて零に言った。
「いや、缶詰の出番には及ばない。さっき来た郵便に、御食事券が入ってた。さっそく、こいつにお呼ばれしようじゃないか」
「え? 外でお食事ですか?」
 普段から家で留守番の多い零は、一変して嬉しそうな笑顔を見せる。
 シュラインはソファから立ち上がり、草間の持つチケットを眺め見た。
「テラやぎタベルナ? 聞いたことのないレストランね? それに、新鮮海産物までは良いけど、食べられ放題?」
「‥‥気にするな。美味しそうな事が書いてあるよりはまだましだ。何があるか想像できる分」
 胡散臭げな顔をするシュラインに、草間は肩をすくめる。どうせ何かあるなら、先の想像がつく方が良い。
「武彦さん‥‥荒んだわね」
「みんな貧乏が悪い‥‥というか、断っても断っても押し寄せる怪奇事件が悪い」
 真顔で言う草間の肩に、シュラインはそっと手を置いた。
「ダメよ。世間に負けちゃあ。むしろ、こちらから立ち向かっていく気でいましょう? さしあたっては、このチケットに対して」
 草間は、そんなシュラインに苦笑めいた笑みを浮かべて見せ、そしてわかったとでも言うかのように大きく頷いた。と、その時、
「お兄さん、シュラインさん、行く支度が出来ました」
 いつの間にか支度をしていた零が、よそ行きの服を着て声をかける。
「じゃあ、行きましょうか、武彦さん」
 シュラインが誘うように玄関に向かい、草間はその後を追うように歩く。
 こうして、三人は、とりあえず一食浮かしつつ、出来るなら折り詰めかなんかに詰めて貰って、夕食と更にあわよくば明日の朝食も浮かせられたらいいなぁと、半ば深刻に考えながら、何が待つかも知れないテラやぎタベルナに向かうのであった。


「いらっしゃいませー!」
 何やら、和洋折衷の微妙なデザインの玄関をくぐると、そこに待っていたのは小さな丸まっちいヤギだった。
 女の子なのか、ウェイトレスの格好をしている。
 振り振りのフリルいっぱいなその格好に、シュラインは目を輝かせた。
「可愛いわぁ」
 うっとり。
 何か、ぬいぐるみみたいなヤギが、可愛い格好をしてポヨポヨしてるだけで、何となく幸せな気分。
 そんなシュラインをおいて、草間は持ってきたチケットをそのウェイトレスに渡した。
「こんなチケットが当たったんだが‥‥って、おい! 食べるな!」
「ああ、ごめんなさい。いきなり紙が出たので。つい」
 渡されたチケットを、そのまま口に入れるウェイトレスから、草間はチケットを奪い返す。
 ウェイトレスは、丸まっちい体を更に丸めながら、慌てて謝った。
 そして、一瞬後には何も無かったかのように立ち直り、お盆を差し出して草間に言う。
「改めまして、チケットをお見せください」
「もう食べるなよ‥‥って、店の名前の由来はそれか?」
 不審げに、草間はチケットをウェイトレスのお盆の上に置く。
 ウェイトレスは、そのチケットを一瞥すると、少々微妙な表情を浮かべて草間を見た。
「‥‥‥‥」
「‥‥黙るな。何とか言ったらどうだ」
 ウェイトレスからの居心地の悪い視線に、草間は嫌げな表情を浮かべる。
 そんな草間を品定めするみたいに見て、ウェイトレスは小首を傾げ、眉を寄せながら言った。
「うーん、お客さんなら大丈夫‥‥かなぁ?」
「ほうら来たぞ。どうせ、何かあるとは思ってたんだ。え? ちょっとやそっとじゃ、驚かないから言ってみろ」
 投げやりに草間が言う。それを受けて、ウェイトレスは重い口を開いた。
「えーと、海産物を自分で獲ってきて、新鮮な内に食べようってコースなんですけど‥‥」
 と、ここまで言って、わざとらしい笑顔を浮かべる。
「ほら、良く有るじゃないですか。思ったよりも、ちょっとだけ大きかったーとか。思ったよりも、ちょっとだけ凶暴だったーとか」
「‥‥帰るか」
 本気でそう言って、草間は背を向ける。と、その背に飛び乗るようにして縋り付いて、ウェイトレスは泣き声を上げた。
「待ってください! このコース、一般のお客様に人気無くて、とても困っちゃって、ならお客さんいっぱい来てるように見せかけたら釣られて誰かお客様が入らないかななんて思ってチケットばらまいて‥‥ともかく、お客さんに逃げられると困るんですぅ!」
「要はサクラかよ」
 背中にウェイトレスを乗せたままで、陰鬱な表情を浮かべる草間。と‥‥その背から、ウェイトレスがそっと抱き上げられた。
「武彦さん、可哀相よ。泣いてるじゃない」
「いや、お前、可愛らしさに負けてるな?」
 ウェイトレスを抱き上げて、うっとりした表情を浮かべるシュラインに、草間は言う。が‥‥それでどうにか出来るとも思えず。
 可愛らしいテラやぎウェイトレスを抱いて嬉しそうなシュラインに、草間は溜め息をついた。
「わかった。帰るのは無しだ。さっさとそのコースを味わいに行こうじゃないか」
「漁をして、お魚を獲るんですよね? なら、大丈夫です。やったこと有ります」
 零が、やっぱり楽しそうに草間に言う。
「自信満々だな? 何処でやったんだ?」
「昔、大発で沖まで行って、九七式手投げ弾を海に放り込んだらお魚が沢山浮かんできて‥‥」
 草間は、とりあえずその話は聞かない事にした。


 ウェイトレスの案内で、レストランの裏口めいた場所から出て漁船に乗せられ、海の上を走ること十分程度。
 岩だらけの小さな島の上に下ろされた草間とシュライン、零の三人は、とりあえずという事で船の道具箱の中から釣り竿を手に取った。
 仕掛けは既につけられているので、波飛沫激しく飛び散る岸辺に立って、適当に海の中に放り込む。
「何が釣れるのかしら?」
 波間を見つめながら、シュラインが聞く。
「むしろ俺達が釣られてる気がしてしょうがない」
 草間が苦笑する‥‥と、その時、草間の手の中で釣り竿がしなった。
「んおっ!? 来たか」
「頑張って、武彦さ‥‥あ、こっちも来た!?」
 草間を応援しかけたシュラインの竿も大きくしなる。
 ずしりと重い引きは、シュラインの体を海へと引き寄せていく‥‥が、それはシュラインが海に引き込まれる前に止まった。
 零が、自分の竿を置いて、シュラインの竿をしっかりと掴んでいる。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。危うく、引き込まれるところだったわ。武彦さんは?」
 シュラインは、安堵しつつ草間を見る。
 草間の方は、強い引きに難渋しながらも、しっかりと踏みとどまっていた。
「大丈夫だ。どんな化け物がと思ってたが、こいつはまだ普通の魚に入るな。だいぶ、大きいみたいだが‥‥」
 草間も安堵した様子を見せている。これは、かかった相手が普通の生き物だった事への安堵だろう。
 ただ、普通の生き物であっても相手はかなり大きいようで、引きが強く、草間も竿を上げることが出来ない。
 一方、シュラインの方は、
「零ちゃん、一緒に竿を上げましょう?」
「はい!」
 シュラインは零にそう言ってから、竿を上げるべく腕に力を込めた。もちろん、竿は動かない。
 その後に続いて、零が何でもない事のように竿を上げる。零の力によって、竿はゆっくりと立てられていった。
 自分の力はあまり貢献していない事はわかっていても、シュラインは釣りをしている気分を味わい、笑みを浮かべて竿に力を込める。
 シュラインは零と共同で、竿をついに上げきった。
 波間から現れた1m半はある魚影が宙を舞い、そして岩棚の上に叩き付けられる。
 魚雷のような泳ぎ良さそうな姿の、黒い魚。
 シュラインは、魚屋やテレビで見た記憶を探しながら、その元気に跳ね回る魚体をじっと見たが、どうも見た記憶は無いようだった。
「これ、何なのかしら? 武彦さん、わかる?」
「ん? ‥‥いや、わからん。それより零、そっちが終わったなら、こっちも手伝ってくれ」
 シュラインは、いまだ竿を手に格闘中の草間に聞いたが、草間は一瞥するや首を横に振った。
 草間の元へと、零が小走りに駆けていくのを見た後、改めて魚を見る。と‥‥
「白マグロです」
 ウェイトレスが魚の名前らしき物を教えてくれた。
「そんなの、聞いた事‥‥ん? いえ、ちょっと待って、前に何かのニュースで‥‥」
 クロマグロならともかく、シロマグロなんて聞いた事もない。でも、僅かに記憶に引っかかり、シュラインはじっと考え込む。
 そう、確か‥‥
「思い出した。ローカルの海外ニュース。韓国のマグロ専門店では、シロマグロと称してバラムツなどを販売しているって‥‥これ、バラムツって魚?」
 インターネットでチラと見ただけなので深くは思い出せなかったが、確かそんな感じのニュースだった。
 何かそれが問題であるかのようなニュースだった筈だから、このバラムツとかいう魚は‥‥
「美味しい魚ですよ?」
 ウェイトレスは笑顔で太鼓判を押した。
「食べられるの?」
 シュラインは聞いた。まあ、美味しいかどうかだけなら、フグだってベニテングダケだって美味しいわけで。
「美味しいですよ?」
 答えちゃくれない、とろけるような笑顔のウェイトレス。
 何となく、それで納得してしまいそうになるシュライン。しかし、その時、草間の声がシュラインの背の方から聞こえた。
「バラムツだって?」
 草間が持った竿にも、シュラインが釣ったのと同じ魚がぶら下がっている。
「知ってるの? 武彦さん?」
「テレビのバラエティ番組で見たことがある。確か、食べると尻から油が垂れ流しになるとかなんとか」
 お笑い系の番組だったわけだが、バラムツを食べるという話をやっていた。
 このバラムツという魚には、人が消化できない油が大量に含まれており、食べればその油が未消化のまま排泄される。これが、油が垂れ流しになると言う事。
 場合によっては腹をこわす事もあるし、皮膚から油が漏れてくる皮脂漏症になる場合もある。
 ちなみに、美味しいというのは本当らしい。
 本来、この魚は深海魚で、こんな島で適当に釣って釣れる魚じゃないのだが、そんな事はこの場の誰も気にはしなかった。
「大丈夫です。成人用オムツをお配りいたします」
「いや、全然大丈夫じゃねぇ」
 ウェイトレスの提案をあっさり蹴って、草間は釣り上げたバラムツを海に放り込んだ。
「もっと、ましな魚は釣れないのか‥‥」
 言いながら、草間は改めて竿を手に取る。と、そこへ
「あの、お兄さん、釣れたみたいです」
 零が声をかける。彼女の竿は、丸い弧を描くほどにしなっていた。
「‥‥いや、根掛かりじゃないか?」
 あまりの竿のしなりように、海底の岩か何かに針が引っかかったんじゃないかと草間はそう考えたが、零は首を振ってそれを否定する。
「でも、少しずつ上がってきてるんです」
 確かに‥‥ゆっくりとだが、竿のしなりは緩んでいって居る。釣られた何かが上がってきているのか?
「でも、引きがないのはよけい変じゃないか? 普通、魚だったら暴れてもっと激しく糸を引くだろう」
 草間が指摘するとおり、竿はじわじわ緩んでいくだけで、激しく引かれたりといった様子はない。
「ツナかもしれませんね」
 ウェイトレスが口を挟んだ。
「ツナ? マグロか? マグロがこんな引き方するわけが‥‥」
 草間がそう言いながら海面を覗いたその時‥‥零の持つ竿から垂らされた糸の真下、ザバリと音を立てて波を割り、何かが姿を現した。
 草間は、それと目を合わせて、思わず唸る。
「な‥‥なんだアレは」
「鶏でしょうか?」
 零があっさり答えてしまった。
 波間から顔を出したのは、鶏冠も立派な鶏の頭。零の竿の糸は、鶏の嘴にくわえられている。
 頭だけで1mはありそうで、羽毛の代わりに魚鱗に覆われている物を、鶏と呼んで良いならの話だが。
「あんな物を、世間一般では鶏とは認めない」
「だから、ツナです」
 草間が否定したところに、ウェイトレスがまた吹き込む。
「アレの何処がマグロだ!?」
「えと‥‥食べたこと有りません? ツナ缶。ツナ缶の中身は、アレのお肉が‥‥」
「‥‥? ひょっとして、シーチキ‥‥いえいえまさかそんなはず無いわ。アレは、新鮮なマグロやカツオのお肉が使われているんですもの」
 シュラインが何やら思いついたらしいが、その台詞は最後まで言われることなく、何となく自主的に途中で打ち切られ、そして微妙な独り言へと繋がる。
「‥‥‥‥聞かなかったことにしてやるから、それ以上、何か言うなよ?」
 草間は深くその意味を考えてから無かったことにして、改めて海鶏の方に向き直った。
 海鶏は、悠然と海をザブザブ泳いで岸により、そして這い上がってくる。
 体の大きさは5mくらいあるだろうか? かなり大きい。全身が魚鱗に覆われている事を除けば、海鶏は鶏そっくりである。
 岩場の上で海鶏は、数度身体を振るわせて飛沫を落とした。そして、凶悪な眼差しで、草間を睨む。
「‥‥釣ったのは俺じゃない。と言っても、納得しないんだろうな」
「武彦さん! ウェイトレスさんの話だと、とっても凶暴らしいから気をつけて!」
 遠くの方からシュラインの声がする。
 気付ば、シュラインはテラやぎウェイトレスを抱っこして、岩場の影に早々避難していた。
 草間はとりあえず、安全な場所にシュラインが居ることに安堵しつつも裏切り者めと口中で呟き、目の前の海鶏に視線を戻す。
 海鶏は一瞬の沈黙の後‥‥文字通り怪鳥の叫びを上げて、草間を蹴り殺そうと走り始めた。
 岩場の上を走る草間。その後を追う海鶏。
「武彦さん‥‥頑張って」
 何もできないので、とりあえず草間の身の安全を祈願するシュライン。
 その表情は、心配よりも、むしろ可愛いテラやぎと一緒に居られる喜びに輝いている。
 草間のことは、あんまり本気では心配していない。
 大丈夫、草間はこれくらいでどうにかなる男じゃない。
 踏み潰されたって、ちょっとペラペラになるだけで、空気入れで空気入れれば復活するのだ。きっと、多分。
「信じてるわ」
 ウェイトレスをキュっと抱き締めるシュライン。
 もふもふしてて可愛い。
 そんな間にも、草間は必死で逃げ回っている訳だが。
「くそっ! 考えてみたら、空きっ腹なんじゃないか!」
 走る力が入らないことに草間は毒づいた。
 海鶏は所詮は海棲生物。陸上ではそれほど足も速くはないのだが、何分、腹ぺこではなぁと。
 必死になって逃げているのだが、思った以上に海鶏との距離が開かない。
「‥‥ダメか! 零! 何とかしてくれ!」
「はい!」
 助けを求める声に応える、零の快活な声。
 直後、海鶏の前に走り込んだ小柄な影が、手にした長い棒で海鶏の頭を横薙ぎに殴りつけた。
 怪鳥の叫びを上げて怯む海鶏。その前に、どっから持ってきたのか竹槍を持った零が立ちふさがる。
「‥‥ツナさん! お覚悟!」
 零の手でクルリと回される竹槍。空気を斬る音が高らかに響く。
 そんなパフォーマンスを見せながらも一分の隙もない零を前にして、海鶏は気圧されたようにその動きを止めていた。
 攻める事も出来ず、かといって逃げる事も難しい。そんな海鶏の窮状が見て取れる。
 しかし、そのままでも事態が打開できるわけはない。
 じれたか‥‥もしくは、身動きできないままに陸上で太陽に照らされる状況に耐えられなくなったか、海鶏はいきなり走り出した。海へ向かって。
 海鶏なりに、陸上での不利を悟ったのだろう。
 だが、その行動は零にとって十分に対応可能な物でしかなかった。
 クルクルと回転させるように無造作に投げた竹槍が、海鶏の足の間に挟まるように当たり、それに足を絡めて海鶏は岩場を転がるようにして顔を地面に叩き付ける。
 そこへ走り込んだ零は、落ちていた竹槍を拾い上げて、それで思いっきり海鶏の頭を叩いた。
 パコーンっと、澄み切った音が響きわたる。
 その一撃で、海鶏はぐったりとして動かなくなった。
 零は、ふぅと小さく息を吐き、竹槍を下ろす。
 そして、海鶏に歩み寄り、無造作にその体に手をかける。グッと‥‥ゆっくり、海鶏の巨体が持ち上がった。
「やりましたー! お兄さん、シュラインさん、お魚を取れましたよー」
 両の手で高く海鶏を掲げ、獲物を見せびらかす零。
 これが手頃な大きさの魚なら可愛げもあったのだろうが、魚鱗に覆われた巨大鶏で、白目をむいてグッタリしてる何て事になればもう。
「シュールな風景だな」
 草間が呟く。
 喜ぶ零の笑顔が眩しければ眩しいほどに、海鶏の断末魔の表情との対比が凄いことになる。
「凄いわ零ちゃん。おめでとう。でも、そのお魚、ちょっと可愛くないのが残念ね」
 いつの間にか隠れ場所から出てきていたシュラインが、零を祝福する。そして、海鶏と腕の中のテラやぎを見比べて、当たり前の結論にいたり、テラやぎをギュッと抱き締めた。
「どうでも良いが、それはどうするんだ?」
 草間は海鶏を指して聞く。
 それに答えたのは、シュラインの腕に抱かれている、テラやぎのウェイトレス嬢だった。
「美味しいですよ」


 場所代わって‥‥レストランの中の、寿司屋のような造りの部屋に、釣りを終えたシュラインと草間、零の三人は通されていた。
 で、テラやぎの板前が、目の前で何かを捌いている。そして、ぬいぐるみみたいな手で寿司を握って出した。
「へい、おまち。ツナコーン巻きっす」
 お寿司。軍艦の上に盛られているのは、海鶏の肉をフレークにした物と粒コーンをマヨネーズであえた物。
 他に、海鶏の肉にマヨネーズをかけた自称ツナのマヨネーズあえとか、御飯の上に海鶏の肉を盛ってマヨネーズかけた自称ツナ御飯とか。
 海鶏の肉は、生の筈なのにマグロ油漬けと同じ味がした。フルコースと言えば聞こえが良いが、マグロ油漬けを使った料理ばかり出てくるのはどうにも‥‥
「‥‥家でツナ缶喰っていても同じだったな」
 文句を言いつつ食べる草間。
「とれたてのお魚って美味しいですね」
 こちらは心底嬉しそうな零。自分がとった魚を食べてるわけだから、楽しくないわけもないのだろう。
 とりあえず、あの海鶏を魚と認めるかどうかについては、草間には意見が幾ばくかあったが。
「ツナが嫌なら別なのも有るわよ?」
 言って、シュラインは脇に置かれた皿を指さす。
 皿には、白身の刺身が並んでいた。
「‥‥美味そうだな」
「ええ。とっても美味しそう」
 そう言いながら、草間もシュラインも箸は出さない。
 だって、シュラインが釣ったバラムツだから。
「‥‥結局、こんな落ちが付いたか」
「ただなんだし、楽しめたんだから良いじゃない」
 ニコニコしながら言うシュライン。もっとも、料理が美味しいからじゃなくて、目の前でモコモコと一生懸命に料理をしているテラやぎ板前の可愛さを満喫してるわけだが。
「まあ、そうだな」
 草間はシュラインに言って、再び料理を食べることに専念し始めた。
「しかし、これだけ食べたら、もうしばらくツナは食べたくないな‥‥」
「お兄さん、ツナのお肉の残りは、冷凍して送ってくれるって板前さんが! これでしばらく、おかずに困りませんね?」
 文句を言いかけた草間に、零の満面の笑み。
 その瞬間より、体高5mの海鶏1羽分を食べ尽くすまで、草間興信所ではツナを食べ続ける事が決定した‥‥



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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