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【メイドdeウエイトレス】
■霜月玲守■

<藤井・葛/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1312)>
<翠嵐/聖獣界ソーン(3397)>

 レストラン「テラやぎタベルナ」には、一枚の張り紙がしてあった。ウエイトレス募集の張り紙だ。
 翠嵐(すいらん)は、張り紙を翠の目でじっと見つめる。時給いくらから、との掲示がしてある。
「……これで、金がもらえるのか」
 ぽつり、と呟く。店の中をちらりと覗き、一つ頷いてから中へと入っていった。
 店内では、ヤギ達が忙しそうにちょこちょこと動き回っていた。ぱたぱたと短い手足(というか、四肢)を動かして働く姿は、なんとも愛らしい。
「いらっしゃいませー」
 声をかけられ、翠嵐はそちらへと振り向く。そこには、エプロンをつけたヤギがちょこんと立っている。
「お一人様ですか?」
「いや、違うんだ。外の張り紙を見て」
「ああ、ウエイトレス希望の方ですね。こちらへどうぞ」
 にこやかに話すヤギに連れられ、翠嵐は店の奥へとついていく。腰ほどまでにしかない身長のヤギは、なんとも愛らしい。
「ここで、ちょっとだけ待っていてくださいね」
 ヤギはそう言い、目の前の扉を開ける。そこには、机と椅子がちょこんと置かれている。翠嵐は頷き、椅子に腰掛ける。
 部屋の中を見回すと、和洋中各種の制服や様々な色や丈のメイド服、加えてヤギの着ぐるみまで置いてある
「これから制服でも決めるのだろうか」
 翠嵐は呟いていると、ドアがバタンと開けられる。
「どうもどうも、お待たせしました。それで、ウエイトレスの募集に応じてくださったとか」
 やってきたヤギが一気にまくしたてる言葉に、翠嵐はこっくりと頷いた。先程この部屋に案内してくれたヤギとは違う事が分かるが、所詮はヤギ。良く似ている。
 翠嵐は思わず立ち上がり、ヤギの頭を撫でる。柔らかな毛並みの触感が心地よく、温かい。
「あ、あのう」
 ヤギの言葉に、翠嵐は困っているらしい様子に気付き「すまない」と言って撫でるのをやめる。そうして、再び座りなおす。
「そういえば、ここはレストランなのに『食べるな』か?」
「いいえ、タベルナとは食堂を意味しているんですよ」
「……ヤギを食べるな、という意味じゃないのか」
 ぼそりと翠嵐が呟く。ヤギは汗をごしごしと前足でぬぐい、仕切りなおすように「こほん」と咳払いをする。
「それで、志望動機は?」
 ほっと息を吐き出したヤギは、早速尋ねる。すると、翠嵐はじっとヤギを見つめたまま「志望動機?」と尋ね返す。
「ええ、どうしてこの仕事をやってみたいと思ったんですか?」
「ここで働けば、金がもらえるのだろう?」
 ストレートである。
 ヤギは面食らいつつも、なんとか「ええ」と頷く。
「主人へのプレゼントを買いたいのだが、その為には金が要る。よって、働こうと思ったわけだ」
 翠嵐は言葉を続けた。ヤギは「そうですか」と答えるのがやっとだった。何しろ、こんなに直球な答えを聞いた事が今までなかったのだから。
「それでは、明日の13時からのシフトに入ってください」
「分かった。よろしく頼む」
 翠嵐はそう言い、レストランを後にする。残されたヤギは大きくため息をつく。はっきりと物を言っていたのが、新鮮と言えば新鮮だった。
 そこに、コンコンとノック音が響いた。
「あの、もう一人バイト希望の方がいらっしゃったのですが」
「どうぞ。せっかくなので、一気に面接しちゃいましょう」
 失礼します、と言って入ってきたのは、藤井・葛(ふじい かずら)であった。葛はヤギをじっと見つめた後、もふもふと頭を撫でる。
「やっぱりヤギか。毛並みがいいな」
「あ……あのう……」
 ヤギが恐る恐る声をかけると、葛ははっとして「悪い」と言って撫でるのをやめた。
「うちにも可愛いのが一人いてな、ちょっと思い出した」
「似てらっしゃるんですか?」
「いや。でも、会わせたら喜びそうだ」
 微妙に答えになっていないような気がしたが、ヤギはあえて突っ込まなかった。ついでにいうと、現時点で二人続けて撫でられている。いや、別にいいのだが。
「では、志望動機を教えてもらえますか?」
「新しいパソコンが必要だから」
 キャッチボールが少しおかしい。
「ネトゲの容量が前よりも増えたから、もっとハイスペックなものが必要になったんだ。その為には、軍資金が必要だ」
 またもやストレートな答えに、ヤギは頷くしかできなかった。本日、既に二度目の答えである。
「それじゃあ、明日の13時からのシフトに入ってください。もう一人、あなたと同じように新人さんがいるので、一緒に仕事を教えますから」
「分かった」
 葛はこっくりと頷き、事務所を後にした。残されたヤギは二人の事を思い返し「直球でしたね」と、呟くのであった。


 次の日、13時と指定された二人は、10分前に「テラやぎタベルナ」に集結した。再び奥の部屋に通されると、部屋には昨日面接をしたヤギと二種類の衣装がかかっていた。
「お二人には今日からここで働いてもらいますが、その前に制服を支給します」
「私は翠嵐だ。よろしく」
「藤井・葛。こちらこそ、よろしく」
 ヤギの言葉を聞いているのかいないのか、翠嵐と葛は互いに挨拶をしあう。ヤギは「聞いてますか?」とおろおろしながら尋ねる。
「聞いているよ。制服、支給してくれるんだろう?」
 葛の言葉に、ヤギはほっと息を吐き出す。
「しかし、何故二種類しかない? 昨日はもっとたくさん種類があっただろう?」
 翠嵐が尋ねると、ヤギは「それが」と言いながら窓の外を見る。
「昨日、間違ってかけていた制服にジュースをこぼしてしまいまして。無事だったのがこの二種類なんです」
 ヤギが指し示したのは、メイド服とテラやぎの着ぐるみだった。
「どちらでもお好きなほうを」
 言い終わるや否や、二人はびしっとメイド服を指差した。そうして、ほぼ同時に口を開く。
「「テラやぎ着ぐるみは、却下だ」」
 ほぼ綺麗にはもったその言葉に、翠嵐と葛は顔を見合わせた。会って間もないというのに、妙な親近感が湧いた。
「やっぱり、着ぐるみはないな」
 翠嵐が言うと、こっくりと葛も頷く。
「ありえない。それくらいなら、メイド服の方がいい」
 こくこくと互いに頷きあう。ばっちり合う意見に、思わず葛はくすくすと自然に笑いが込みあがってきた。翠嵐も、むっ表情ながらも何処となく笑っているような雰囲気だ。
「で、ではお二人ともメイド服と言うことで」
 ヤギの言葉に、二人はこっくりと頷いた。ヤギは「分かりました」と答え、二人にメイド服をそれぞれ手渡す。それを着替えに言っている間、少しだけ名残惜しそうに「これもいいのに」とヤギが呟いた。ヤギ的には、着ぐるみを押していたらしい。
 メイド服に着替え終わった二人を、ホール責任者のヤギが迎えにきた。
「二人とも、ウエイトレスの経験は?」
「ない」
「そういえば、ないな」
 きっぱりと否定する二人に、ヤギは「そうですか」と言ってからホールを前足でさす。
「ここがお二人の仕事場ですね。お客様がいらっしゃったらお出迎えして、空いている席に案内してください。その後は、おしぼりと水を出して、メニューが決まっていれば聞いてください」
 ヤギの説明に二人はこくこくと頷く。自分達が客で言った場合に対応されているのだから、その逆をすればいいだけの話だ。もっとも、簡単そうに見えても慣れていないと難しかったりするのだが。
「習うより慣れろ、と言いますから、周りを見ながらやってみてください。困った事があれば、呼んでくれて構いませんから」
 ヤギはそういうと、新たな客を見つけて「いらっしゃいませ」と声をかけた。続けて翠嵐と葛も声をかける。
「じゃあ、翠嵐さんはお水とおしぼりを、葛さんは注文を聞きに行ってみて」
 ヤギの指示に、二人はこっくりと頷いた後にそれぞれが動いた。翠嵐はお盆に人数分のコップとおしぼりを置き、水を汲んでテーブルへと向かう。葛は伝票を手に取り、客がメニューを見終えた辺りを見計らう。
「いらっしゃいませ」
 翠嵐はそう言いながら、コップとおしぼりを客の前に置く。そうして「ご注文がお決まりの頃に、また参ります」と言い残してその場から去る。
 そうして、客がメニューを見なくなってから葛が向かった。
「ご注文はお決まりですか?」
 葛がそういうと、客は珈琲二つとヤギランチ二つ、と頼んだ。葛は注文を繰り返し、伝票に書き込んだ後に軽く頭を下げて、その場から去る。
「二人とも、いい感じですよ。さあ、厨房にオーダーを通してください」
 にこやかにヤギが言う。葛は頷き、厨房に注文を伝える。厨房からは、料理人のテラやぎから了解の声が戻ってくる。
「上出来です。それじゃあ、その調子で頑張ってくださいね」
 ヤギはそういうと、ホールへと歩いていった。後に残された翠嵐と葛は、互いにこっくりと頷き合ってから、ホールへとそれぞれ歩いていく。
「ランチあがったよ」
 厨房からの声に、葛が出来上がったランチと珈琲をお盆載せて持っていく。軽やかにテーブルの間を通って運んでいく。
 一方、翠嵐は水の入ったボトルを持って、フロアを回っていく。こちらもテーブルの間を軽やかに動き、素早く水をついで回っている。
「めぇっ!」
 突如、厨房からヤギの声が聞こえた。慌てて葛と翠嵐が厨房に行くと、ヤギが厨房の端で固まっている。
「どうしたんだ?」
 葛が尋ねると、ヤギはぷるぷる震えながらまな板の方を指差した。そちらを見ると、まな板の上に乗っている巨大な魚がびちびちと跳ねている。
「魚をさばこうとしたら、大暴れして」
「しかも、大きすぎて私たちの手には負えなくて」
 ヤギたちは皆、涙目で訴える。すると、翠嵐は「仕方ないな」と呟き、手にしているお盆を力いっぱい振り上げる。
 カコーンッ!
 盛大な音と共に、翠嵐は魚を叩いた。すると、大暴れしていた魚が、一瞬で大人しくなってしまった。
「これで大丈夫だろう」
 翠嵐がそう言った瞬間、厨房から拍手が沸きあがる。勿論、葛も。
「凄いな、びっくりした」
 葛の言葉に、翠嵐は「そうか」とだけ答えた。どことなく照れた様子なのは気のせいだろうか。
 翠嵐は魚のせいで濡れてしまったお盆を拭き、再び水を持ってホールへと向かおうとする。
「手のスナップが効いていたな。何かコツとかあるの?」
 葛が尋ねると、翠嵐は「別にない」と言った後、ぶん、と手首を動かしてみる。
「こう、動かしただけだ」
「こう?」
 翠嵐を真似て、葛も手首を動かす。翠嵐は頷き、ぶん、と再び手首を動かした。それに合わせて、葛も手首を動かす。
 それを何度か繰り返していると、ヤギから「お仕事してください」と注意された。葛と翠嵐は顔を見合わせ、それぞれの仕事へと戻った。
「後でまた教えてもらおう」
 葛は呟きながら、ぶんぶんとこっそり手首を動かす。そうしていると客に呼ばれ、返事をしながらそちらへと向かう。
「手首の動きを覚えて、何に使うんだろうか」
 ぽつり、と翠嵐は呟きながら小首をかしげる。そうしてまた再び、びし、と手首を動かした。その際、再び厨房からヤギの声が聞こえたので、再び厨房へと向かった。
 カコーンッ!
 再び小気味の良い金属音が、レストラン「テラやぎタベルナ」に響き渡るのであった。


<メイド服でウエイトレスとして働き・了>



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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