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【追憶のDinner】
■神無月まりばな■

<羽柴・遊那/東京怪談 SECOND REVOLUTION(1253)>
<デューク・アイゼン/東京怪談 SECOND REVOLUTION(NPC)>

 羽柴遊那――『Show』は、飛び切りのフォトアーティストであるばかりか、メイク技術も素晴らしい。
 業界の信頼も絶大で、新しいアルバムのジャケットを、何としてもShowに依頼したいと願う人気アーティストや、Showがメイクしてくれなければミラノコレクションには出ないと言い張るトップモデル等が順番待ちをしているため、彼女は常に忙しく飛び回っている。ややワーカーホリック気味の遊那は、精力的に確実に仕事をこなしていくのだが、何しろ需要が多すぎるので、優先する依頼のバランスにはいつも気を使う。
 そんな遊那だが、時折、仕事と仕事の合間に強引に割り込んでくる異色の依頼――それは、某怪奇探偵のいる興信所であったり、オカルト専門雑誌の編集部であったり、いずこかの異界であったりするのだが――には、多少時間的に無理があっても、興味を惹かれさえすれば引き受けるようにしている。ときに美しく、ときに楽しく、ときに怖ろしい万華鏡のような数々の事件は、普段の仕事とはかけ離れた、毛色の違った世界を見せてくれ、また、さまざまな事象と感情を露わにさせてくれるそれらは、得がたい想い出になることが多いからだ。
 ――とはいえ。
 突飛な怪奇事件や暴走気味の異界依頼に慣れている遊那も、オカルト雑誌の編集部に呼び出され、レストランの取材を依頼されることになろうとは、いささか予想外だった。
 なんでもそれは、『テラやぎタベルナ』という珍妙な名の、信じられぬほど巨大な総合レストランであるらしい。そこはオリジナルツアー・マジックキングダム・カンパニー(略称OMC)という、全異世界に支店を持つ謎の旅行会社が仕切っている場所だそうだ。
 まるまっちい二頭身の黒やぎと白やぎのイラストが描かれた案内パンフレットには、激盛り創作料理挑戦コース、流れるソーメンプール、激闘! 闇わんこそばコース、新鮮海産物食べられ放題コース、結婚式・披露宴のご案内、甘味食べ放題コース、極限灼熱辛味三昧コース、本格宮廷料理コース、裏道屋台巡りコースなど、ユニークな内容が記載されている。
「けっこう、面白そうじゃない?」
 苦笑しながら、それでも興味を示して遊那はパンフをめくる。
「この中の、裏道屋台を取材すればいいのね?」
 編集長曰く、ずらりと並んだ屋台の中には、ひときわ古臭い引き屋台があるそうなのだ。それは、常人の目に映ることはないのだが、客を選ぶ店主のお眼鏡にかない、声を掛けられて初めて、ようやく見つけることができるらしい。
「行くのはいいけど、ひとりで屋台って気分じゃないわね。誰か、ここのライターを連れてってもいいかしら?」
 編集部に登録している外注ライターであれば、誰を同行させても構わないと編集長は言う。迷わず、遊那は即答した。
「それじゃ、ライター『D』――デューク・アイゼンさんを」
 言うか言わずのうちに、それまで少し離れた席でパソコン画面に向かっていたデュークが立ち上がった。手にはすでに、編集部特製の原稿用紙と愛用の鉛筆を持っている。
「お声がけ、ありがとうございます」
 淑女に対する騎士の礼を、デュークは取った。いつもどおりの仰々しい態度ではあるが、口元に浮かぶ笑みには、親しみが込められている。
「……もしもご指名に迷われるようであれば、名乗りを上げさせていただく心づもりでした」

 ◆◇◆  ◆◇◆

「いらっしゃいませー。はしば・ゆいなさんと、でゅーく・あいぜんさんですね。しゅざいのけんは、へんしゅうちょうより、どすのきいたこえでおどされてしぶしぶ、いえ、よろこんでうけたまわっております。うらみちやたいめぐりこーすはこちらで……ああっ!」
 聞きしに勝る壮大な店内には、従業員の二頭身やぎたちがひしめいて、客で満たされた各テーブルを駆け回っていた。
 遊那とデュークの誘導担当であるらしき、ふりふりエプロンを身につけた白やぎウエイトレスは、どうやらドジっ娘属性のようで、何もないところでけつまづいては前のめりにころんと倒れる始末だ。
 転ぶたびに、遊那とデュークが代わる代わる手を貸して起き上がらせながら、さて、どれだけ歩いただろうか。
 ここで挙式も可能だという本格的な教会や神殿のそばを通り抜け、大きな湖にしか見えない「いけす」に、凶暴そうなクジラやらマグロやら巨大イカやら巨大ヒラメやら巨大サクラダイやらの食材が水しぶきを上げて跳ね、それをまた勇気ある客たちが、銛や剣、攻撃魔法などを用いて果敢に戦っている姿を眺めながらの、刺激的な道行きである。
 他のコースもそれぞれに面白い取材対象なのだろうが、今日の目的はあくまでも屋台だ。
 ときおり、巨大シマエビが宙を飛んでくるなどの戦闘のとばっちりは、デュークが愛剣『リヴァイアサン』でさくっと両断にし、板前のうめさんに引き渡すなどしながら延々と歩き続け、ようやく取材者ふたりは、夜の路地裏を模したとおぼしき、薄暗い廊下に到着した。

「おふたりさまごあんなーい。それではごゆっくりどうぞー。……あああっ!」
 ドジっ娘白やぎウエイトレスが、こけつまろびつ去っていく。
 その後ろ姿に何となく手をふってから、ふたりは改めて、路地裏に並ぶ屋台を見渡す。
 おでんや焼き鳥などの定番屋台のほかに、北は北海道から南は九州までの各種ご当地ラーメンが充実している。外国屋台も豊富で、子羊のギリシャ風ハンバーガーやタイ風ココナツカレー、中東のベジタリアンフードのファラフェルやシャクシュカ、シャワルマサルサ丼を商っていたりなど、バラエティ度ここに極まれりである。
 ――ただ、「古臭い引き屋台」だけは、今のところ見あたらない。
「食べ歩きながら様子を見ましょ。ねえ、デュークさんは、どんなものが好きなの?」
「私のことはお気になさらず。どうか、遊那どののお好みの屋台をお選びください」
「遠慮しないで。だっていつもあなたには、異界でのイベントのとき、もてなしてもらってるもの」
 あなたにも取材を楽しんでほしいのだと言われ、デュークは頷いたものの、しかし希望を口にすることを躊躇っている。
「その……。優雅なレディと行動をともにする局面では、そんな大衆的人気食を好むことをあまり強調せぬようにと、異界の女神どのより、きつく言い渡されておりまして」
「聞きたいわ。なあにそれ? この屋台の中にある?」
「はい。一番たくさんの種類が揃っているのではないかと」
「一番って」
 屋台群をもう一度眺めてから、遊那はデュークを振り返る。
「……まさか、ラーメン?」
「はい」
 エル・ヴァイセの元宰相、闇のドラゴンは神妙に頷いた。
「祖国ではああいう系統の料理は珍しく、東京に亡命させていただいてからも、なかなか口にする機会はなかったのですが、いつぞやの執事喫茶で」
「あれは素敵なイベントだったわね。デュークさんの執事姿もサマになってて、楽しかった」
「恐れ入ります。あのとき、後方にいらした方々が賄いでラーメンを作ってくださいまして。それが大層美味しかったものですから、以来、ことあるごとに評判の店などを食べ歩くように」
「ああ! つまり、はまっちゃったのね。じゃあ、随分と昨今のラーメン事情に詳しくなったんじゃない?」
「いえ、まだまだ私など勉強不足です。知らないことが多すぎまして」
「それならなおのこと、もっと食べてみなくちゃでしょ?」
 デュークの腕を引き、遊那は路地を歩き出す。
「何軒か食べ比べるのがいいんでしょうけど、ラーメンだけでおなかいっぱいになるのもね。どれか選んでくれる?」
「そうですね……。私はまだ、八王子系ラーメンというのを食べたことがないんです。醤油味で、玉葱のみじん切りが乗っているのが特徴だそうですが」
「私もないわ。あの屋台がそうじゃない? 『八麺会タベルナ出張所』。行ってみましょう」

 ◆◇◆  ◆◇◆

 醤油ベースのスープに刻み玉葱を合わせ、玉葱の辛みを抑えるべく表面を薄く油で覆った、独特の地域密着ラーメンに舌鼓を打ったあと、ひよこ豆を使った中近東のコロッケ「ファラフェル」をテイクアウトし、ふたりして囓りながら歩いていると。

 ――声が、かかった。

「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
 どこかで聞いたことがあるような、ミステリアスな女性の声。そして今の今まで、屋台と屋台の間にぽっかりとワンスペースほど開いていた薄闇の空間に、古臭い引き屋台が出現していた。
 店主はセオリーどおりの二頭身黒やぎなのだが、声と雰囲気が某心霊研究所の謎所長を彷彿とさせ、遊那とデュークは思わず顔を見合わせる。
「追憶の屋台にようこそ。……デューク、貴方にはこれを」
 何も注文しないうちから、デュークに差し出されたのは、大粒の木苺で彩られたパイだった。
「これは……! 一角獣の森でしか取れぬ木苺……」
 アイゼン公爵家の、今は亡きメイド長――母のように慕い、そしてデュークの妹を産むことになった女性が、よく作ってくれた一品だった。
「ええ。貴方は甘いものが苦手な子だったけれど、この木苺を使ったお菓子だけはたくさん食べてくれたわね」
 まるで、メイド長そのひとのような口調で店主はいい、そして遊那に向き直る。
「遊那。これは貴方のために」
 そっと渡された皿の上には、オムレツが乗っていた。スプーンで掬えば、柔らかで香ばしい卵の層が割れ、細かく刻まれた野菜と挽肉の合わさった、懐かしい匂いが立ちのぼる。
(お母さん……)
 遊那はもう、両親とは死別している。思いがけず、大好きだった母特製のオムレツを前にして、熱いものがこみ上げてきた。
「――遊那どの?」
「大丈夫大丈夫。せっかくなのに、しんみりするのは勿体ないものね。いただきます」
「……いただきます」

 ふたりが追憶の料理を口にすると同時に、引き屋台と店主の姿はかき消えた。
 ――がんばって。いろいろ、あるだろうけど。
 それぞれの懐かしいひとの声音だけを、残して。

 ◆◇◆  ◆◇◆

「飲もう!」
 食べ終わってすぐ、遊那は言った。ぐいとデュークの手を引き、お酒を出している屋台群に歩を進める。
「は。お望みとあらば」
「そういえば私、デュークさんがお酒飲むのって、見たことないわ。いつもはみんなに気を使って飲まないけど、ホントは強いんでしょう?」
「遊那どのほどでは、ありませんよ」
「いったわね!」
 軽やかに笑って引っ張っていった先は、焼酎類が充実している店だった。
 何か選んでみて? と振ると、デュークはなかなかに自然な仕草で、ある銘柄を指す。
「『風のとき』を、お願いします」
 江戸切り子の、ペアのロックグラスで出された蒸留酒は、ほのかに花の香が漂っている。
「いい香り」
「花酵母を使った創作焼酎です。これは、女神どのが『への27番』に差し入れしてくださったことがあるので、存じているだけなのですが」
「ね、デュークさん」
「はい?」
 カチリ、とグラスを鳴らしてから、遊那は、間近に見る横顔にふと目を止める。
「前から思ってたんだけど、その眼帯の中ってどうなってるの?」
「この眼ですか? 闇のドラゴンは一つ目の一族として、片眼を闇の世界に預けたまま生まれます。大したものではございませんが、ひとによってはご不快を覚える見栄えですので、隠すのが通例でして」
「見せて貰ってもいい? どんな外見でもデュークさんはデュークさんだし、嫌がる理由はないもの」
「遊那どのが、そう仰ってくださるなら」
 デュークは静かに眼帯を外した。
 現れたのは、光彩のない黒い宝石を嵌め込んだような片眼。深淵の闇に棲むものたちを、見ることができる瞳――
「……ありがとう」
 手を伸ばして眼帯を付け直し、遊那は微笑む。
「焼酎のおかわり、頼みましょうか?」
「もうお飲みになったんですか? いつの間に?」
 デュークは目を見張り、遊那は朗らかに笑い――江戸切り子のグラスは、何度も、美しい乾杯の音を鳴らした。

 ◆◇◆  ◆◇◆

「今日は付き合ってくれて嬉しかった。また一緒に飲みに行きましょうね」
「はい、是非に」
 恙なく取材を終え、ふたりはレストランをあとにする。
 おそらくその約束は、近いうちに果たされるだろう。
 なぜなら、これから記事をまとめて提出し、編集長の納得を得るという大仕事が待っている。

 大仕事のあとは、打ち上げをしなければいけないだろうから。


 ――Fin.



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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