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【アルバイト大作戦】
■斎藤晃■

<デュナン・クィンティーザ/エターナルヴォイス Legend(0653)>
<ハミル・ジャウザール/エターナルヴォイス Legend(0232)>

「そーめん入りまーす」
 威勢のいい声をマイクを通したスピーカーからその広い店内に響き渡らせて、デュナン・クィンティーザはカゴに盛られたそうめんを流れる水の中へドバッと流しいれた。
「そーめん入りまーす」
 抑揚の少ない口調で、それでも小気味よく続いて、ハミル・ジャウザールもカゴに山盛りになっているそうめんをザバッと流し入れた。
 彼らの声に、人々は一斉に箸を構える。白く細い糸のような麺が水面を漂いながら流れてくるのを、人々は箸ですくいあげめんつゆに付けては口へと運ぶのだ。
「そーめん入りまーす」
 そんな掛け声よろしくそうめんを投げ入れる2人の元へは厨房から次々にベルトコンベアーに乗って茹でたてそうめんがどんどん運ばれていた。それを2人は次から次へと水の中にほうりこんでいく。
「そーめん入りまーす」
「またまた、そーめん入りまーす」


 総合巨大レストラン『テラやぎタベルナ』。ここにはありとあらゆる世界からのお客様をおもてなしする為に、ありとあらゆる豪華料理が揃えられていた。
 デュナンとハミルがいるのは『流れるそうめんプール』。日本という国が誇る流しそうめんの伝統に流れるプールをミックスするという斬新なアイディアから生まれた、このレストランの名物コースの1つである。
 流れるプールは全長100m。そこを、そうめんが流れてくる。お客様は水着姿で割り箸とそうめんつゆの入った蕎麦猪口を手に、泳ぎながらそれらをすくって食べるのだ。
 潜ればめんつゆが流れてしまうので、蕎麦猪口をプールに浸からせないように。波立たせると蕎麦猪口にプールの水が入ってしまいめんつゆが薄まってしまうので、波立たせないように。とは、何ともテクニックを必要とする食事である。
 しかし泳ぎながら食べてダイエット効果まで得られるという噂のそれは、意外にも、その無茶っぷりとは裏腹に人気のスポットであるとかないとか。
 何とも画期的な食事処なのである。ものは言いようであった。
 このテラやぎタベルナレストランは、基本的に店員テラやぎがお客様をおもてなししているのだが、このフロアではデュナンとハミルがそうめんを流しいれていた。彼らはここでアルバイトをしているのである。一応、彼らの名誉のためにいっておくが、間違っても財布を忘れて、食べた食事分、働かされているわけでは断じてない。
「そーめん入りまーす」
 と、楽しそうに声をあげているデュナンは、長い銀髪を邪魔にならないように結い上げ、どこかの旅館の仲居さんみたいな着物の袖を襷がけていた。どうやら和食には和風という事で、いくつもある制服の中から彼自身が選んだものらしい。瞳の色を淡くしたようなモスグリーンのちりめんがよく似合っている。
 一方ハミルはといえば、どこかの居酒屋さんみたいなかっこをしていた。藍染の格子模様の作務衣に、ねじり鉢巻がこれまた妙に様になっている。
「そーめん入りまーす」
 かくして2人はせっせと流れるプールにそうめんを入れ続けるのだった。


   ☆


 そうしてランチタイムが過ぎた頃、デュナンが突然こんな事を呟いた。
「何だか、そーめんばっかりも芸がないですね」
 少し落ち着いた店内を見渡しながら、疲れたようにデュナンは腰を叩く。
「そうだな」
 ハミルも頷いて店内を見渡した。
「入れてる方が飽きるんだから、食べてる方はもっとじゃない?」
 ハミルの言にデュナンは何事か思いついたように顔を輝かせた。
 これはどうでもいい話しだが、食べる側はずっと同じ人間でもなければ、食べ続けているわけでもない。プールサイドでまったりしたり、満足すればご馳走様でしたと店を後にするだけだ。飽きれば別のフロアに行けばいい。そして帰って行ったお客さまの代わりに別のお客さまがやってくるだけなのだ。彼らと違ってお客さまの回転は早いのである。
 しかし、そんな事には全く気付かない顔で、デュナンはハミルに笑顔を向けた。
「なら、別のものも流してみようよ」
 言い出したデュナンにハミルは腕を組むと、暫し首を傾げて考えてみた。
「蕎麦とか?」
「それはハミルが食べたいだけでしょ」
「天ぷら?」
「脈絡なさすぎ」
「……じゃあ、でゅーは何が良いんだよ!」
 自分の提案を片端からダメ出ししていくデュナンに、ハミルは少しムッとしたような口調で言った。
 それにデュナンは、ふむと考えるように首を傾げて。
「ん〜……ソーメンつながりで『イカそーめん』?」
 ・・・・・・。
 ぶはっ。
 一瞬の間の後、2人は顔を見合わせ一斉に噴出した。言った方も言われた方もツボにはまってしまったらしい。2人は笑いながら頷き合った。
「いい! それいい!!」
「そーめんにイカそーめん。うん、いいんじゃないか」
「よっしゃあイカそーめん決定!」
 パン! と、2人はハイタッチで手を叩き合った。
 しかしここでさほど高くない壁にぶちあたる。さても。
「イカそうめん、どうやって調達する?」
「メニューに無いからな」
「材料はどっかのフロアにあるだろうけど、作ってくれる暇はないよね。やっぱ自分たちで作らないと駄目でしょ」
「そうだな」
「じゃ、材料探しに行こう」
「どこで?」
「新鮮海産物食べられ放題?」
 デュナンが首を傾げながら答えた。
 それは、テラやぎタベルナレストランが誇る名物コースの1つであった。海に面したところに受付があり、入り江から小船を借りて海へ出、客自ら海産物を獲りまくる。獲った海産物はレストランのシェフたちに料理してもらい、新鮮な海産物を食べまくる、というコースだ。ただ、海にいるのが、ちょっぴり巨大だったり、ちょっぴり凶悪だったり、ちょっぴりモンスターだったりするばかりに、時々、不幸な事故が起こるため、こんなおちゃめな名前が付けられているのであった。
「食べられ放題って……」
「きっと大きなイカが獲れますよ」
「……きをつけていってこーい」
 どこか棒読みにハミルはひらひらと手を振って送り出してみた。
「何言ってんの。ハミルも行くんですよ」
 がしっとハミルの腕を掴んでデュナンが当然のように言う。
「…………」
「とりあえずランチのラッシュも終わったし、このそーめん全部入れてしまえば暫くもつでしょ」
「…………」


   ☆


 その後、一時間の激闘――主にハミルの――については話が冗長するだけなので割愛する。ただ一言、気の毒だった、とだけ付け加えておこう。
 そんなこんなでハミルとデュナンは巨大イカをゲットしたのだった。
「じゃ、イカ捌くの頼みます」
 デュナンはにこやかに言って、まな板からはみ出している巨大イカを指差した。
「…………」
 ハミルは無言の抗議の視線をデュナンに向ける。それに気付いてデュナンは首を傾げるとハミルの顔を覗き込んだ。
「何? ハミル、剣は得意でしょ?」
「………いや、剣と包丁は違うだろ?」
 そう主張するハミルだがデュナンは不思議そうに首を傾げたままだった。その目が、同じ刃物じゃないですか、と語っている。
 やがてデュナンは笑みを浮かべると、人差し指でつんとハミルの額を弾いてみせた。
「細かい事気にしちゃだめだぞ」
 ハミルは視線を泳がせた。
 言っても無駄な事は百も承知だ。そんな事はついさっきイカを獲りに行かされた時から骨の隋まで染み渡るほど刻みつけられている事実だ。それでもハミルは言わずにいられなかったのか、投げ遣りに吐き出した。
「すこしはきにしてほしい」
 別に怒っているわけではない。今更である。ただ言いたかっただけなのだ。
 だが、そうしてチラリとデュナンの方を振り返ったハミルは思わずぎょっとした。
 あの、が付くデュナンの目尻に浮かぶものに、ハミルは我が目を疑う。

 ――泣いてる!? なんで!?

 そんなに自分は言い過ぎただろうか。百歩――いや、万歩譲ったって言い過ぎたとも思えない。それとももしかして気にしてくれたのだろうか。こういう他人の感情というものは苦手だった。どう扱っていいかわからない。
 ハミルは目を泳がせ内心であれこれ葛藤しながら、表向きは黙々とイカの捌きに取り掛かることにした。
 だが、ハミルのぼやきが全く耳に入ってなかったデュナンの目じりに浮かぶそれが、よもや彼が摩り下ろしているわさびのせいだったと、ハミルが気付くのはイカを捌き終えた後、味見と称しておろしわさびを食べさせられた後の事になる。合掌。


 とにもかくにも。
 紆余曲折の末、イカそうめんは完成したのだった。
「でもこれ、沈んじゃうよ」
 水底に沈むイカそうめんを覗き込みながらデュナンが言う。
「お椀にのせたらどうだ」
「あ、なるほど」
 2人は青じそをしいたお椀にイカそうめんを盛り付けるとわさびを添え、醤油の入った魚型のランチャームを添えた。
「めんつゆにおろししょうがでもいいかな」
「そこはお好みでいいんじゃない?」
 めんつゆはそれぞれ手に持っているし、小口ねぎなどの薬味はプールサイドに取り放題になっている。お客の好みで食べればいい。
 では、早速。
「イカそーめん入りま〜す」
 楽しそうにデュナンはイカそうめんの入ったお椀を流れるプールの中に浮かべた。お椀はぷかぷかと水面を漂いながら流れていく。
「イカそーめん入りまーす」
 デュナンに続いてハミルもお椀を浮かべた。
 2人はそうして一頻りお椀を流し終えると、溜まっているそうめんを流し始めた。
「そーめん入りまーす」
「またまそーめん入りまーす」
 そしてそれが飽きた頃。
「イカそーめんタイムに入りまーす」
「イカそーめん入りまーす」


 かくてイカそうめんは、意外というべきか人気を博したのだった。



   ☆



「おつかれさまでした」
 1日中、そうめんを流し続けた2人に、この巨大レストランの店長を務めるテラやぎが、労いの言葉をかけながら茶封筒を手渡した。
「ありがとうございます」
 それを受け取り2人は労働の後の程よく疲れた体を更衣室へと運ぶ。
「そういえば、なんでバイトだったんだ?」
 ふと思い出したようにハミルが尋ねた。アルバイトをしようと言い出したのは、何を隠そうデュナンなのである。
「バイトって一回やってみたかったんだよねぇ」
 デュナンは茶封筒をひらひらさせながら答えた。涼やかな風が彼の頬を撫でる。
「なら一人でやってよ。何で僕まで…?」
 巻き込むんだ、とまでは言葉にしなかったがハミルは目で訴えてみた。
 しかしデュナンはどこ吹く風で軽く肩を竦めただけだ。
「え〜? だって一人はつまらないじゃない?」
「………っ!?」
 それでイカと戦わされたり、イカと格闘させられたりしたのか。
 ハミルはどっと疲れを感じて溜息を吐き出した。結局断れなかった自分にも原因の一端がないわけではない。
 デュナンは満足そうに笑って茶封筒の中身を覗いている。
 中に入っていたのは勿論アルバイト代。
 それから。
 巨大レストランテラやぎタベルナ全フロア制覇お食事券10枚綴り、だった。
「今度は流れながら一緒にそーめん食べようか」
「…………」
 ハミルはぼんやり考える。
 食べられ放題とどっちがマシなのだろう、と。
 しかし事は2択などではない。『テラやぎタベルナ』は他にもたくさんの豪華コースがあるのだから。





 ■大団円■



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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