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【三兄弟、いざ戦地へ】
■エム・リー■

<鈴森・鎮/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2320)>
<侘助/東京怪談 SECOND REVOLUTION(NPC)>
<鈴森・転/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2328)>
<鈴森・夜刀/東京怪談 SECOND REVOLUTION(2348)>

「バッカじゃね? 俺のこの完成されたバディを前にして、体重計置くなんてさ。改めて自分の非凡さってもんを痛感しちゃうだけだっての」
 言いながら、鈴森家の次男、夜刀がさらさらの金髪を片手でかきあげる。
 陽光を撒き散らしながら流れ落ちる髪の下、澄んだ青い視線が自然に、かつ素早く、周りの人々(主に女)を見定めていく。
 それを追い越す勢いでちょろちょろと走っていくのは、同じく鈴森家の三男坊の鎮だ。鎮は追い越しざまに夜刀の背に軽いとび蹴りを入れ、ひやひやと笑いながら会場の真ん中を目指す。
「へっへ、バカ夜刀〜! イケメンぶりやがって、ここんちのケーキはぜえんぶ俺のだかんな〜!」
 今時、小学生でもそんなからかい方はしないだろうと思われるような口ぶりで兄を小ばかにし、鎮は逃げるように夜刀の前から姿を消した。
 夜刀はすぐには自分を襲った事態の何たるかを飲み込めずにいたが、それでもつんのめって転げそうになった姿を数人の女に目撃されていた事と、どこへともなく走り去っていく弟の後姿だけはしっかりと確認した。
「鎮、てめこのやろ」
 暴言を口に出しかけて、しかし、すぐ傍に驚愕に目を丸くしている女がいるのに気付く。
「まったく、どうしようもない弟だな」
 言って大仰に息を吐き、次いで視線を持ち上げて女に満面の笑みを見せる。
「あいつはいつもああやって悪戯ばかりするんだよね。まったく、それでも可愛い無二の弟なんだけどね。――ところでそのピアスすごく似合ってるね。オーダーメイドか何か? え、違うんだ。君にすごく似合ってるからさ」
 遠く、テーブルの一郭を牛耳ってスイーツが並べられ用意されていくのを心待ちにしていた鎮が、聴こえるはずのない兄が吐いた言葉に砂を吐いた。

「元気な弟さんたちですねぇ」
 鎮と夜刀の行方を見送りながら、兄弟に同行してきた侘助がのんきな声で笑う。その隣、鈴森家の三兄弟の長兄、転が気恥ずかしそうに頭をかいた。
「甘やかしすぎなのかもしれません。どうにもまとまりのない兄弟で、お恥ずかしいかぎりです」
「まとまりがないなんて事はないと思いますけどもね」
 小さく微笑む侘助に困ったような笑みを返し、転はゆっくりと会場に足を踏み入れる。
 出入りのためのドアは開かれたままになっていて、主に女性客を中心とした賑わいに満たされている広い会場内には、隅々にまで甘い香りが漂っていた。
「この会場のどこかに田辺クンもいるはずなんですがねェ。……これじゃあ見つかりそうにないですねえ」
 言いながら、侘助もまた転に続き会場に踏み入れた。

 総合巨大レストラン「テラやぎタベルナ」への招待が届いたとき、初めに歓喜の声をあげたのは末弟の鎮だった。
 鎮はパンフレットを広げながら、常には見せない真剣そのものといった表情を浮かべながら、会場内をいかに効率よく回るかを検討した。
 なんといっても、招待を受けたゲストたちはレストラン内での食事は無料で食べ放題。そうめんやわんこそば、新鮮な海鮮や宮廷料理などというものまで並び、会場には熱気や歓喜、なぜか阿鼻叫喚が沸き起こっている。
 その中で、この末弟が特に目をつけたのは甘味食べ放題コースというものだった。パンフレットいわく、世界各地のありとあらゆるスイーツがバイキング形式で食べられるようになっているのだという。
 初めの内こそ「甘いもんなんざ女の食いもんだ」などとせせら笑っていた夜刀も、自分が口にしたその言葉に目を輝かせ、鎮と共に行く気満々になってしまったのだった。

「鎮は……ああ、あんな場所にいた」
 転が会場をぐるりと見渡した後、のんびりとした調子で笑みを落とす。
 侘助も転の隣に立って目を細め、転の視線の先を検めてみた。
 会場のほぼ中央近く、並べられたいくつかのテーブル席の中のひとつを陣取って座る鎮が見える。どうやらライブでケーキを作っているらしい。ウェディングケーキを彷彿とさせるケーキタワーが見る間に積みあがっていく。
 鎮は顔いっぱいに喜色を滲ませ、出来上がっていくケーキタワーに釘付けになっているようだ。
「そういえば、侘助さんとお会いするのは今回が初めてですね」
 鎮を見つめながら、転がゆったりと口を開く。
「ああ、そういえばそうですね。――夜刀クンにしろ、転クンにしろ、鎮クンからいつもお名前を伺っているので、なにやら初見という気もしませんけれどもね」
 笑みながら応えた侘助に転もうなずく。
「僕も、鎮からいつもお話を伺ってます。四つ辻の皆さんのお話も。いつもお世話になっているようで」
 言いながら深々と頭を下げた転を慌てて制し、侘助は小さくかぶりを振った。
「とんでもない、鎮クンには本当によくしていただいてます」
「四つ辻には僕たちの同胞が多くいるとか」
「ええ、そう。昨今、現世に留まるのは随分と難しくなってきましたからね。なにしろ昔に比べれば、空気も随分と汚れてきましたし」
 応え、侘助は大きなため息を漏らす。
 転は末弟を見つめていた視線を侘助に移し、同情的な眼差しで強くうなずいた。
「瘴気にあてられて自我を手放す同胞も少なくないと聞きます。水場も、あれではもう住めたものではないでしょうしね」
「それでも、ひっそりと住んでいる同胞たちは案外といるものなんでしょうけれども。――以前に一度、鎮クンに郷にお招きいただきまして」
「ええ、そのせつはご挨拶に伺う事も出来ずに……失礼をしました」
「いや、とんでもない。しかし、あれはとてもいい里でした。今この時世、まだあんな場所が残されているという事は、実に素晴らしいものです」
 言を交わしあい、転と侘助が互いに顔を見やってから肩を竦めて笑い合う。
「どうでしょう、転クン。向こうでお茶でも。団子屋なんかもあるようですし」
 言いながら会場の一郭を指差した侘助に、転は快い笑みを浮かべてうなずいた。
「そうですね。侘助さんとは色々なお話をしてみたかったんです」


「十六皿目……!」
 カウントする声が興奮気味に息を荒げる。
 ケーキタワーが完成して、それを心ゆくまで堪能した後、鎮はわんこケーキならぬケーキ早食い対決コーナーに足を向けていた。
 タイトル通り、対戦相手よりも多くの皿を空けたほうが勝ち。勝てば次なるケーキタワーを所有する権利をゲット出来るのだという。
 並み居る強豪たちを一蹴し続け、鎮は今、最後の戦い――すなわち決勝の場にあった。
 次から次へと運び込まれてくるのは多種多様な洋菓子。中にはこってりと甘いものもあったりして、食べ進める道行を阻もうとしたりする。
 が、鎮の、喩えるならば四次元ポケット的とも言える胃袋を前に、そういった壁は次から次へと砕けて消えていった。
 しかし、対戦相手もただ者ではない。まだ年若い少女のように見えるが、その食欲たるや尋常のものではないのだ。
 向き合うテーブルに腰掛けて、少女は鎮の顔をじっとりとねめつけながらケーキを頬張る。
 だが、鎮には少女の事など見えてはいない。視界にあるのはキラキラと輝く宝石箱の中身のような、あらゆるケーキたちのみなのだ。
 目を輝かせながら頬張り続ける鎮の前、ついに二十八皿目が積み上げられる。
 運ばれてきたのは、ひとりで突くにはさすがにどうだろうと思えるような、ホールのショートケーキだった。
 周りのギャラリーから歓声なのかなんなのか知れないどよめきが沸き起こる。
 鎮は添えられたアイスティーをグラスの半分ほどまで啜り、意気揚々とそのケーキに挑みかかった。
「……参った」
 少女が苦渋に満ちた声を洩らし、次いでばったりと倒れた。
 沸き起こる喧騒。
 しかし、鎮の耳にはその全てが聴こえていない。
 あるのは麗しのケーキと自分、それから肩に乗り応援しているくーちゃんだけ。
「いただきます!」
 万全の幸福に、鎮はフォークを大きく振りかぶる。


「ちょ、ほんっとごめん、あたしこれから友達と合流するから、今度ぜったいメールするね!」
 口早に言い置いて走り去っていった女の向かう先、友達じゃないだろそれとツッコミをいれたくなるような男の姿が見えた。
 鎮が何皿目なのかももう知れないだけの皿を空けた頃、夜刀はといえば、会場のあちこちを渡り歩いて目につく好みな女の全てに声をかけていた。
 それも、幅はかなり広い。清楚な女から派手目な女まで。いずれも顔立ちの整った女ばかりなのは言うまでもない事だが。
 だが、なぜかその全てに玉砕した。メールアドレスを聞き出すまでには至るものの、そこから先に進展しない。
 せめてちょっとだけお茶でも一緒に。
 そういう誘いにも、彼女たちはまるで乗ってこないのだ。
 しかし、夜刀はガッツの心を持っている。
 沸き立つ会場の一郭で次なる目標の品定めを始めたのだ。
 出来る事なら単身、いや、ふたり連れぐらいまでなら、もしかしたらふたり同時に釣れるかもしれない。逆に多人数すぎると逃げられる可能性も高くなる。
 黒髪に白い肌の女もいいし、栗毛の女も可愛い。ぶっちゃければポイント内にハマっている女であれば大概OKなのだが、夜刀のポイント範囲は結構広めに設定されていた。
 と、エサに群がるケダモノのごとくなオバチャンたちの一番後ろ、オバチャンたちの勢いに阻まれて目指す皿まで手が届かずにいる単身の女を視界にいれる。
 ゆるめのアップにまとめた黒髪、華奢な体躯、ふっくらとした唇に色素の薄い瞳。清楚な雰囲気のその女は、文字通り、ポイントのど真ん中だった。
「ほら、この皿でいいんだろ?」
 言いながらさりげなく手を伸ばし、女が欲しがっているものであるらしい、夏のフルーツをふんだんに盛り付けたケーキの皿を取ってやる。
 女は夜刀が取った皿をおずおずと見た後、「ありがとう」と小さく述べて頬を紅く染めた。
 ――してやった!
 内心ガッツポーズをとりながら、夜刀はやわらかな笑みを満面に湛えてかぶりを振る。
「いや、どうってことないし。それよりブレスレット、チェーンが絡まっちゃってるみたいだけど、へいき?」
「あ……」
「俺、そういうの直すの得意だけど。――良かったら貸して?」
「は、はい、すみません」
 あたふたとブレスレットを外しだした女を見下ろして、夜刀は喜色に満ちた目で女の顔を見つめた。
 間近に見れば、随分と整った顔立ちだ。
「俺、夜刀ってんだけど、よかったら名前教えてもらっちゃっても?」
 問うと、女はブレスレットを差し伸べながら細い首をかくりと傾げ、笑った。
「私、信之介っていいます」
「ふぅん、シンノスケか。男みたいな名前だね、って、」
 返し、夜刀は確かに見た。
 女の細いアゴに、かすかに青い痕跡が残されているのを。
「うぁあああ!」
 後ずさった夜刀に、女(?)は楚々と歩み寄る。
「よろしくお願いします、夜刀さん」
「うああああぁ!!」
「何をやってるんだ、夜刀」
 と、その時、やんわりとした声が夜刀の名を呼んだ。
「兄貴!!」
 がばりと振り返って声の主を捜し、縋りつくようにして転の腕を掴まえる。
 転は弟の様子と、眼前の女(?)を交互に見やり、納得したようにうなずいて、安穏と頬を緩めた。
「何事も慎重にと、常々言っているだろう? おまえはまったく、そそっかしい」
 にこりと微笑みながら告げた言に、侘助が小さな笑みを落とす。
「そそっかしいっていう話でもないような気がしますけどもねぇ」
「遠目にはわかんなかったんだよ!」
 態度を一変させた夜刀にも、女は機嫌を悪くするどころか、逆に目をハートにして夜刀を追ってくる。
 夜刀の悲鳴が響き、転の落とすため息が洩れる。
「んー? どうしたんー?」
 のんきに口を挟みこんできたのは鎮だった。
 鎮は、オバチャンたちが群がっていた場所の、まさにその真ん中で、何皿目のものとも知れぬケーキを平らげていたのだ。



「さて、どうもこの会場は、出るときにも体重を量る必要があるみたいですねぇ」
 やんわりと言いながら、侘助は肩の上の三兄弟、それにプラスして白いイズナの四人を順に撫でた。
 兄弟たちは今、人間の姿からイタチの姿へと戻っている。それぞれにお腹をぷっくりと膨らませ、見るからに満腹であるのがよく分かった。
 ブラックホールもかくやと言わんばかりの旺盛な食欲を惜し気もなく披露した末弟・鎮と、
 それからもそそっかしいっぷりを露呈させ続けた次男・夜刀と、
 昨今の妖怪事情に花を咲かせた長男・転。
 カマイタチ三兄弟は、それぞれにそれぞれの場所でそれぞれの目的をもって菓子を思う様に堪能(?)してきたのだった。
「たいじゅうけい……うっぷ」
 ぽってりとした腹を抱えて身を起こした夜刀が、さも怖ろしいものでも見るかのように、出入り口に置かれた体重計を見据える。
「なんだよ、完成されたバディなんだろ?」
 言ってひやひやと笑う鎮は、その拍子にころりと転げ、すんでのところで侘助の両手に救われた。
「んだとこのバカ鎮」
「うお、やるかこのアホ夜刀」
「まあまあまあ、人の肩の上で火花を散らすのはやめてください。さ、皆さん降りてください。体重の増減を量るのだそうですよ。イヤなコーナーですねぇ」
 軽く笑いながら兄弟たちを下に降ろし、侘助はまず先頭にたってチェックに赴く。
 もとより、なんだかんだでさほど量を食べてはいなかった侘助だから、体重の増減は微々たるものに収まっていた。
「それでは、次の方、こちらへどうぞ」
 にこにこ顔で手招きする女性スタッフに見つめられ、三兄弟はしばし互いの顔を見合わせていたが、やがてそろそろと歩みを進めていった。
 たぷたぷと膨らんだお腹を抱え、三人同時に体重の測定に挑む。
「☆!%Я£!!」
 夜刀の、何語なのか知れない叫びが会場に響きわたって、鎮がそれを指差しひやひやと笑う。
 侘助は相変わらずのんきな顔でそれを見つめ、転の穏やかな声がため息を落とした。
「何事にも慎重に、だよね……」



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。

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