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白昼に響く音 〜 side Masakazu 〜
 本日目が覚めた時から、空の青さに気分が良かった。
 この世界の誰よりも早起きに起きた自分の目に飛び込んでくる日の光、初夏の清々しい風邪に身を晒しながら本日もやるべき事をこなし、静かに過ぎ去っていく筈の時間を喧騒という名のスローモーションが過ぎていく。
(んー、でも元気って事はいい事だよな!)
 アルマ通りも昼に差し掛かると人ごみは更に波のように通りの向こうから押し寄せてくる。
 新緑の緑を思わせるすっきりと切り揃えた髪は人々のはしゃぐ声を楽しげに揺らせ、元に居た世界にあった腕の出る服装で世渡・正和(よわたり・まさかず)は歩き売りをしているリンゴ売りに目配せをし、購入した果実を頬張る。甘い、この時期のリンゴを何度か齧り、通りの隅でその幸せに浸っていれば。

「お…」

 人ごみの中に光が落ちている。いや、歩いている。
 麻布で出来た服装が一般的な庶民の服の中で一際珍しい甲冑姿。それが男であるならまだしも黄金色の武装をした光は長い髪を腰に揺らせ、厳しい表情をした女性なのだから、正和の瞳はすぐに彼女の虜となった。
「話、できるかな」
 急に話し掛けて、彼女の口元は微笑んでくれるだろうか。
 口にしたリンゴの味がわからなくなってしまう程どうやら正和の心は彼女の物となってしまったらしい。そうこうしているうちにも民衆の波に黄金色は消え行きそうな勢いで。
「いけね、悩んでる暇なんて無いよな!」
 最初は駆け出すように、正和は見失いかけた彼女の後を追い始める。
(会ったら…、なんて声かけりゃいいんだ?)
 後姿を追いながらただそれだけを何度か繰り返す。自然に話せば良い、自分にはそれしか出来ないと分かっていても選ばずにはいられない。
「当たって砕けろだよな!」
 砕けてしまっては困るのだが、出会った機会をみすみす見逃す手も無い。ならばなるべく早く追いつこうと歩いた足は以外に。
(お、追いつけねぇ…!)
 黄金色の彼女の足の速さもさることながら、何より人ごみを縫うという器用な事が正和にとっては至難の業だ。
 女性の身は細く軽々と道を作って歩いていくが男の自分は歩幅が広いというそれだけしか取り得が無く、離されないようにするこの距離がようやっとなのだから。
(…あ、ラッキー!)
 白山羊亭の看板が見えた、そう頭の中で感覚だけがそう捉えれば黄金の女性はその中へとすぐに入っていく。相席でも出来ればチャンス。数歩だけ躊躇って入った扉の向こうで。

「いらっしゃいませー、もう少し待っていて下さいねー」
「おう!」

 ウェイトレスの一言だけで心臓が跳ね上がるかのようだった。
 正和の目当てにしていた女性は首を捻ればすぐに視界を独占したし、何より彼女もこちらを見ている。最初は睨むような険悪な視線がどこでどうなったのか、自分を見て警戒を解いたような、静かな雰囲気へと変貌して。
「なぁ、あんた。 相席いいかな?」
「え、ええ、どうぞ」
 最初の一歩は大胆とはあまり言えない一言だと思った。白山羊亭は人で溢れかえっていたし、相席が珍しいという事は正和自体にもありえない。
「あ、俺さ、世渡・正和ってんだけど…そっちは?」
 どちらかというとこれが最初の一歩。伺うように彼女の方を眺めながら相席を超えて名前を教えて欲しいと暗に促せば女性の頬はそれと分かるように朱色に染まった。
「ファルレーネ。 ファルレーネ・バーグランドです」
「そっか、良い名前だな。 あー、ホラ俺さ、アルマ通りであんた見かけて綺麗だなーって思っちまったからつい」
 美しい、いや可愛い子。そう言えば自分の言葉にぴったりと当てはまるだろうか。一直線にファルレーネに話しかけて良かったものかとは思ったが、こうして言葉を交わせるという事はきっと正解だったのだろう。
 そう思うだけで溢れてくる笑顔と会話。
「あんた…いや、ファルレーネだよな。 足、結構速いんだぜ?」
 言ってやればファルレーネの顔が更に恥じらいの色に染まる。通りで離されるかもしれないと思った距離がこうして近くに居られるという事実が正和にとっても嬉しい。

「そう…。 そのようですね」
 花開くような笑みが彼女から広がり、心に幸せという名の水が溢れんばかりに流れていくのがわかる。
 ファルレーネと過ごす今日。白山羊亭の喧騒は遠く、ウェイトレスの注文を受け付ける明るい声がまた一つとんだ。

END



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。


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