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白昼に響く音 〜 side Falrane 〜
 青い空と白い雲が天高く空を行き来する。そんな日のアルマ通りは賑やかだ。
 野菜売りの活気に満ち溢れた声に値切りをする女性の声、子供の泣き声すらまだ可愛らしい方なのだから、ファルレーネ・バーグランドはその黄金に輝く身と薄い白銀を思わせる髪をなびかせ白山羊亭へと向かっている。
(少し耳に障ります…)
 活気があるという事は良い事だが知人友人の少ない身、強いてはこの世界の住人ではなかったファルレーネにとって多少居心地が悪い。
 だからこそ、白山羊亭へ暖かな紅茶でもと足を進めているのだが、どうやら本日は耳に障るどころか運にも見放されているらしかった。
(誰か…居るようですね)
 先ほどから誰かにつけられている。それは尾行という程静かなものではなかったが、確実にいつの間にかファルレーネの後ろをゆっくりと追ってきている。
 早歩き、少しペースを遅く歩き、また早く歩く。
「煮え切らないです」
 自分をつけている人物は確実に居て、それが尾行や気付かれぬようにする物であったならこちらのペースに相手も合わせる筈だ。
 が、少なくともファルレーネの立ち止まるほんの少しの瞬間にさえ相手は合わせる様子すら見えず、こちらへ向かって同じ歩調で歩いているのだから。
(聞き間違い…いいえ、違いますね。 ここはとりあえず…)
 白山羊亭へ行くのが最善の策であろう。
 アルマ通りは元々の活気の為人の行き来が激しく、かつファルレーネの黄金色の格好ではこちらを見る人間も少なくは無い。つまり、つけられているにせよ誰が誰なのか区別がつかないのだ。
(白山羊亭ですね)
 誰かがついて来ていると知る前は随分道があると思った白山羊亭はアルマ通りがまるごと一つの店に収まったかのように賑わいを増して。

「いらっしゃいませー」
 ウェイトレスの明るい声と共に迎え入れられた自分は律儀にも礼を返し、すぐに窓際の席へと移動する。
「紅茶を宜しくお願いします。 ミルクをつけて」
「かしこまりましたっ」
 普段通りの礼儀正しい口調のまま、柔らかくそう言えばウェイトレスは早々に店の奥へと移動していく。
「さて…」
 ここからが尾行か否かの決定打になる。白山羊亭に入る以前までは聞こえていた足音は扉に遮断されファルレーネには聞こえない。が、もしつけているのだとしたらどうだろう。一つしかない扉を開けて自分を見つけようとするのだからどのような存在かは見極められる筈。
 白山羊亭の喧騒の中、ファルレーネの耳は研ぎ澄まされ、次第に決定打となる足音が扉の向こうからやってくる音を聞き分ける。

「いらっしゃいませー、もう少し待っていて下さいねー」
「おう!」

 拍子抜けした。
 足音はアルマ通りからファルレーネをつけていたと思われる物と同じ、ならば何処かの敵と思っていた矢先、見たのは深緑色の髪を爽やかに切りそろえた屈託の無い表情の青年だったのだから。
「なぁ、あんた。 相席いいかな?」
「え、ええ、どうぞ」
 構えていた自分が可笑しくなってしまう程に、この青年はウェイトレスに向けた笑みより深い笑みを浮かべてファルレーネに微笑みかけてくる。これでは敵というより。
「あ、俺さ、世渡・正和ってんだけど…そっちは?」
 瞳の下に朱色が溜まって行くのがわかる。これは敵が尾行しているという不吉なものの類ではなく、正和という青年がファルレーネと話がしたくて追っていた事になるのだから。
「ファルレーネ。 ファルレーネ・バーグランドです」
「そっか、良い名前だな。 あー、ホラ俺さ、アルマ通りであんた見かけて綺麗だなーって思っちまったからつい」
 そうですか、と言えば良いのだろうか。或いは有難う御座いますと頬を染めていればいいのだろうか。初心過ぎる気持ちが溢れる中、自分が取れる行動は後者以外選択肢すらなく。
「あんた…いや、ファルレーネだよな。 足、結構速いんだぜ?」
 気付いていなかったのか、と問う正和にファルレーネはただ目を丸くして次には微笑んだ。

「そう…。 そのようですね」
 自分が微笑めば相手も微笑む。そんな関係も悪くは無い。
 白山羊亭の喧騒は遠く、ウェイトレスの明るい声がまた一つとんだ。


END



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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。


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