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<東京怪談ノベル(シングル)>


仕事をくれ!

「ふぃぃ〜〜、腹減った〜〜……」
 そんな情けない声と共に、スイングドアが開かれた。
 夕暮れ時の薄暗い外よりは幾分マシ、といった明るさの店内に、それが響き渡る。
 声の主はよほど疲れているのか、それとも言葉の通りかなり空腹なのか、膝に手を当て、中腰だ。
 その顔が、ふと上がった。
「へへ、いい匂いじゃねぇかよ」
 ニヤリと笑った顔は……まだ幼さが残っている。
 ノビル・ラグ。それが彼の名だった。15歳である。
 ここは砂漠の中に点在するオアシスのひとつで、そこに建てられた酒場兼食堂兼口入屋兼なんでも屋だ。
 靴音も高く、まっすぐにカウンターへと向かうノビル。
 彼へと向けられた視線は……お世辞にも友好的とはいえないものばかりだった。
 土地柄なのか、客にはかなりの凶悪顔が並んでいる。
 ボックス席でトランプに興じている連中は、どうみても山賊か追いはぎにしか見えなかったし、カウンターに座る面々も皆、似たような雰囲気を放っている。腰にでかい銃をぶら下げている者、自分の席の隣に斧やら槍やらを並べて撫で回している奴など……常人ならとてもお近づきになりたいとは思わないだろう。
 それらが全員、無言で値踏みするかのような視線をノビルへと送っていた。
 が、肝心の彼はそんなものなど一切気にせず、どっかりとカウンターのひとつに腰を下ろすと、
「おっさん、なんでもいいから食いモンと飲みモンをくれ。あと仕事もだ。ついでに言うと金は持ってねえから、払いはつけといてくれ」
 ぬけぬけと、言った。しかも笑顔で。
 カウンターの中で黙々と皿を拭いていたごつい指が、それを聞いてふと止まる。
 無表情な顔が、じろりとノビルを見た。でかい。おそらく2メートル以上はあるだろう。どことなくフランケンシュタインを思わせる容貌であり、体つきも見事だった。まさに筋肉の鎧をまとっている。糊の利いたシャツと首元の蝶ネクタイがまるで似合ってはいないが、とりあえず格好だけはこの店の中で一番上品だ。
「でてけ」
 と、彼は短く言った。声までまるで岩が喋ったみたいに重苦しい。
「なんだよ、そんな冷てえ事言うなよ。子供がこんな砂漠で路頭に迷ってんだぞ。助けるのが大人の義務だろうがよ。人の気持ちがあるなら助けやがれ」
 真正面から睨み返して、言い返すノビルだ。
 度胸はいいが……言っている事はムチャクチャである。
「……ここはガキの来る所じゃねえよ。とっとと帰んな」
 誰かが、言った。
「腹が減ってんなら、こいつをくれてやらあ、しゃぶりながらママの事でも思い出すんだな」
 そんな声と共に、ノビルの前に何かが落ちてくる。
 ちっぽけなそれは……エビフライのシッポだ。身の部分はもちろんない。
 同時に、店内に品のない笑い声がこだました。
「小遣いが欲しいんなら、俺の靴でも舐めて綺麗にしなよ」
「早く出ていかねえと、お前を食っちまうぞ」
 次々と、そんな台詞も浴びせられる。
「……へえ」
 一方のノビルは……笑っていた。
 すとんと椅子から下りると、つかつかボックス席の方に歩いていく。
 そこにいる1人の前に立ち、目の前にエビのシッポを突きつけた。
「……こいつを投げてよこしたのは、てめえだな?」
 彼はしっかりと見ていたのである。誰が放ったのかを。
「おおよ、それがどうし──」
 男の声が、途中で途切れる。
 ノビルの拳が、綺麗に顔面にめり込んでいた。
「はぶぁっ!」
 悲鳴を上げて、男が椅子ごと後ろにひっくり返る。
 テーブルも倒れ、上にあった料理や飲み物、その他が派手に舞った。
「ありがとよ。こいつはお礼だ」
 白目を剥いて床にひっくり返っている男へと、楽しげに言ってやる。
「てめえ!!」
「やりゃあがったな!!」
 側にいた男達が、一斉に立ち上がった。
「おおよ、やったがどうした! こっちは腹減って気が立ってんだ、おかしな事言いやがると、片っ端から頭にソースかけて齧るぞこん畜生!!」
「面白ぇこと言ってんじゃねえぞ!」
「この餓鬼が!!」
 そして、乱闘が始まった。
 掴みかかってくる相手を交わしざま、股の間に容赦のない蹴りを叩き込む。次に向かってきた奴には、椅子を持ち上げ、投げつけてやった。
「むぎゃー!」
 見事に当たり、吹き飛んで壁に激突する。
「野郎っ!!」
 背後に湧き上がる、強烈な殺気。
 ノビルは床を蹴り、倒れたテーブルの陰に飛び込んだ。

 ──ドン! ドン! ドン!

 重い音が連続して空気を震わせる。
 カウンターにいた男達が一斉に立ち上がり、手にした拳銃をいきなり撃ってきたのだ。
 銃弾の雨は、弾装が空になるまで続けられた。
 ノビルが隠れたテーブルは、木製の、いかにもチャチな造りだ。
 あっという間に原型を留めぬほどに破壊されていく。
 ……が、
「な、なんだ? 餓鬼がいねえ!?」
 崩れ去ったテーブルの向こうに、ノビルの姿はない。
「いつまでも同じ所にいるかよ! アホが!!」
 威勢のいい声が、後ろでした。
 男達が振り返るより早く、その辺に転がっていたモップを手にしたノビルが襲いかかって、彼らをぶちのめしていく。
「……」
 その光景を、物陰から息を潜めて見つめる1人の男。
 手にしたライフルで、ピタリとノビルの頭をポイントした。
 その場にいた男を全て叩きのめし、少年の動きが止まる。
 ……今だ!
 男は、引き金を引いた。

 ──ズドン!!

 拳銃とは一味違う音が、店内に響き渡る。
 普通なら、避けられるはずがない。
 しかし、
「なに!?」
 当たると思われたその瞬間、ノビルの身体が一瞬にして消滅したのである。
「……残念だったな」
 妙に低い声が、隣でした。
 そっちを見ると……ノビルだ。
 真面目な顔で、男のこめかみに銃を突きつけている。
 見た事もないタイプの……おそらくはオリジナルの改造銃だろう。
「……テレポート……てめぇ……エスパーだったのか」
「ああ、そうだ。気付くのが遅かったな。あの世で後悔しな」
「た、たすけてくれ……」
 男が恐怖に引きつらせた顔で、ノビルに哀願する。
 彼はしばしその様をみつめ……
「……やだね」
 口の端を歪めて、ニヤリと笑った。
「ひぃぃ!」
「地獄に落ちやがれ!!」
 言いざま、銃を持っていない方の手で、男を張り倒す。
「ぶぎゃ!!」
 床の上でくるくる回って、バタリと倒れる男。
「……なーんてな。俺もそこまで鬼じゃねえよ。そこでおねんねしながら反省しな」
 気絶する男を見下ろして、はっはっはと笑うノビルだった。
「……動くな」
 が、次の瞬間自分の後頭部に銃を突きつけられ、静かに両手を上げる。
「あいにくだが、俺もエスパーだ。お前のように派手な能力ではないが、自分の気配を完全に消し、どこにいようと相手の気配を読み取る事ができる」
 陰鬱な声だった。
「ああそうかい。不意打ち専門ってわけかよ。暗い野郎だな」
「くっくっく、なんとでも言え。俺はお前のように甘くはないぞ」
 カチリと、小さな音。背後の男が、拳銃の撃鉄を上げたのだ。あとは引き金さえ引かれれば、ノビルはあの世に行く事になる。
「……ひとつ、言ってもいいか?」
「なんだ、手短にな。どうせお前はすぐに死ぬ」
「そりゃどうも。だけどそうはならないと思うぜ」
「……なに?」
「お前が気配を感じられる相手ってのは、1人だけらしいな。それじゃあ実戦向きじゃねえ。もっと訓練しときな。そんなんじゃ、長生きできねえぜ」
「貴様、何を……」
 男が話せたのは、そこまでだった。

 ──パァン☆

 という音がして、人が1人倒れる気配……
「よっ、すまねえな」
 笑いながら、ノビルが振り返る。
 そこには派手に凹んだフライパンを手にした男が立っている。
 鉄のように硬く、変わらない顔は……カウンターの向こうにいた、この店のマスターであった。


「でてけ」
 気絶した男達全員を砂漠へと放り出した後、マスターはノビルにそう言った。
「……なんだよ。俺に仕事の世話をしてくれるんじゃないのかよ」
「だれもそんな事は言っとりゃせん」
「ならどうして俺を助けた?」
「こんな時代だ、喧嘩は別に構わん。好きなだけやれ。だが、うちの店で人死にが出たら困る。一応客商売だからな」
「……それだけかよ」
「それだけだ」
 きっぱり言い切られ、ノビルは思わず苦笑した。
「面白いな、あんた」
「お前ほどじゃない」
 真面目な顔で言いながら、マスターがノビルへと何かの袋を差し出す。
「……なんだよ?」
「食料だ。ここから西に30キロ行った所に少しはマシな街がある。仕事ならそこで探せ」
「ああ、わかった」
「では達者でな」
 最後にそれだけを告げると、あとは背中を向け、店へと戻っていく。
 姿が見えなくなるまで見送り、ノビルもまた、振り返った。
 あたりはもうすっかり夜だ。幾千万もの星が、澄んだ夜空に瞬いている。
「さて、西はどっちだ?」
 小さくつぶやき、適当に決めた。
 食料も手に入れたし、まあなんとかなるだろう。
 そして、ゆっくりと歩き出す。

 まだ見ぬ地へ──

■ END ■