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<東京怪談ノベル(シングル)>


CRIMSON RED
 それは、今より半年前、彼女の住んでいた大きな街が陥落した、あの日に始まった‥‥。
(んもぅ! 何でこんな事になったのよぅ!)
 心の中でぼやく女性‥‥エリーゼ・プラタ。それまで、彼女は、どこにでもいる普通の女性だった。だが、そんなごくごく普通の日々は、突如、東より現れた男達の軍勢によって、破られてしまった。
(あぁもぅ! ツイていないわね! こんな事なら、さっさと逃げておけばよかった!)
 そうは思ったものの、後悔先に立たず。周囲には、壊れた戦車と、MS。さらには、サイバー化する事すら適わないまま、放置された死体さえ、まれではないと言う状況。そんな中を、彼女は全力で走っていた。
(か弱い女の子を皆して‥‥! あいつら、人を何だと思ってるのよ!)
 理由はたった一つ。
「ひゃぁっはっはぁ! ほれほれ、さっさと逃げねぇと、轢き殺されっぞぉ!」
 そう‥‥追われていたから。
「たった一人に、数人がかりでなんてぇ‥‥! ああもう! 普通の奴なら、負けないのにぃ!」
 走りながら、そう叫び返すエリーゼ。常人の相手ならば、体力に自信のある彼女の事。逃げ切れるつもりだった。例え、相手が男であったとしても。
 だが、今の相手は軍人。それも、MS乗りだ。街を占拠した軍のうち、一部の人間が、彼女を見つけ、MSで追い掛け回していたから。
 もう、どれくらい走っているのか、見当もつかない。ともすれば、そのままもつれそうになる足を、気力で支え、必死で動かすエリーゼ。だが、やはり生身の身体では、限界がある。そして、その時はすぐに訪れた。
「きゃぁっ」
 転がる瓦礫に足を取られ、地面に叩きつけられる様に転ぶ彼女。
「へぇっへっへ。もう終わりかい? お嬢ちゃん」
 そんな彼女を、次々とMSが取り囲み、あざ笑うかの様に退路を断って行く。その腕に装着された銃口は、ぴたりと彼女に向けられていた。もし、少しでも逃げようとするならば、手足も何もかも、跡形もなく吹き飛ばされてしまうであろう事は、容易に想像がついていた。
「キミ達なんか、いつか守備隊の人達がやっつけてくれるんだからぁ!」
「んな奴が、どぉこにいるってんだい? え? お嬢ちゃん」
 勝ち誇ったような言葉を投げ返される。
(どうすれば‥‥)
 今まで感じた事もない恐怖と無力感に、いつもの元気さは影を潜め、立ち上がることすら出来ない。と、そんな彼女を、かっこうの獲物と見たのか、MSのハッチが開き、屈強な男達が降りてきた。
「覚悟しなぁ。大人しくしてりゃ、いい夢見させてやるぜぇ」
 彼女の腕をつかみ、無理やり立ち上がらせる。
「離して! キミ達には、女の子大事にしようってのは、ないのぉ!?」
 けれど、男達には、通じる筈もない。「可愛がってやるぜぇ」なんぞと口々に言っている。きつい視線を向ける彼女を、男達は人形でも転がすかの様に、地面へと突き飛ばした。
「きゃっ」
 急に放り出され、バランスを失って、彼女はそのまま叩きつけられる。瓦礫が彼女を傷つけ、あちこちに擦り傷を作ったが、男達には、それさえも、興奮を煽る要因にしかならないらしい。
「けだもの‥‥ッ! キミ達なんか、いつか天罰が下るわよぉ!」
 そう叫び返すエリーゼ。しかし、彼らの心にはその叫びは届かない。
(こんな奴らに、嬲り殺されるくらいなら‥‥!!)
 このまま蹂躙されるよりはマシだ。そう思い、彼女は自らの舌に歯を立てた。
 と、その刹那だった。
 駆け抜ける影。
 男達の悲鳴と怒声。
 走る起動音。
 再び瓦礫の街を滑っていくMS。
「何‥‥? 誰‥‥?」
 だが、それは彼女に向けられたものではなかった。何故なら、彼女が気付いたときには、男達が攻撃するよりも早く、その銃は、腕ごと機体から離れ、地面に転がっていたから。
「これを、着ているといい」
 彼らの腕を斬り飛ばしたのは、守備隊の制服を来た青年だった。彼は、その身を守るはずのマントを、あられもない姿の彼女へ渡すと、MS達に向き直った。
「よってたかって一人の女性をいたぶるとは、男の風上にもおけん奴だな」
 ただそこに住んでいたと言うだけで、自分達の欲望の餌食にする様な輩に、もはや容赦など必要ないとでも言うのだろうか。否、彼女が受けた辱めを清算するかのように、彼は手にした高周波ブレードを振るう。その結果、数機は居た筈のMSは、数分の後にスクラップと化していた。
「あ、あの‥‥」
 畏怖めいた感情が、彼女を支配している。
「ああ、驚かせてしまったか。すまない。怪我をしているのだろう? 安全な所まで案内しよう」
 と、その男は、彼女に羽織らせたマントごと、彼女を抱き上げた。
「もう、大丈夫。君を傷つける者達はいないから」
 決して、重くはない声。だが、はっきりとこれだけはわかる。この人は、あの男達とは違う。自分を守護してくれる存在だと。
「ありがとー‥‥」
 安堵した刹那、彼女の身体に、疲労感が襲い掛かってきた。何とかして、瞼を開けようとはして見るものの、思うようには行かない。
「無理はしない方がいい。今は、休んでおくといい。大丈夫。目を覚ました時には、敵は居ない場所にいるから」
 頷いて、エリーゼは意識を闇へと飛ばしていた。
 助かったと言う思いと共に。
 そして。
「ここは‥‥?」
 気が付くと、エリーゼは見慣れぬ場所へと寝かされていた。
「守備隊の基地内よ。よっぽど、酷い目に会ったのね。10日も眠り続けて‥‥。でも、もう大丈夫だから」
 担当だと言う女医は、そう言って彼女に笑いかけてくれた。
(あれは・・・・夢・・‥?)
 そこで負ったはずの傷は、すでに手当てされている。不安そうな表情の彼女に、その女医はこう言った。
「心配しなくても、サイバー化が必要なほどの怪我は負っていないわ。もし、不安ならば、ここには、話を聞いてくれる者も大勢いるし、安心して」
「ありがとうございます・・・・。あの・・・・、私は誰かに助けられたんですか? その人に、お礼を言いたいんですけど・・‥」
 よくは覚えていないけれど、いい男なのは覚えていた。少なくとも、襲ってきたあの男達よりは、何十倍もまともだった。
「多分、守備隊員の一人だと思うけど・・・・。でも、沢山いるから、名前も判らない状況じゃ、探すのは難しいわ」
「そうですか・・‥」
 その言葉に、エリーゼは肩を落としながらも、そう言った。そして、どうせ判らないのならば‥‥あれは、きっと夢だったんだ。と、彼女は、そう思うことにした。
「ともかく、身体が回復するまで、ゆっくりと養生なさいな。ここには、貴女の敵は居ないから」
 そう言う女医に、夢の中で見た騎士と、同じ優しさを感じ取った彼女は、素直に「そうしますぅ・・‥」と言って、目を閉じる。
(それでも、いつか人は・・・・)
 お互いに仲良くなれると、彼女はそう信じたかった。
 例え、身体と心は傷ついていても。
 今までの暮らしの、何もかもを奪われて‥‥それでも。
 彼女が、守備隊へと志願するのは、それから数週間後の事である‥‥。