PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<東京怪談ノベル(シングル)>


愛を取り戻せ!
 そいつは、全く唐突に、何の前触れもなく振ってきた災難だった。
「ああもう! なんなのよ。あいつはぁぁ!」
 受話器を叩きつけるように置きながら、そう叫ぶあたし。原因は、今しがたかけてきた相手の態度である。
 電話の相手は、5年以上も相方として付き合ってきた男。昨日も一昨日も、しっかり電話で話しこんでいたにも関らず、今日の今になって『悪い、お前とはもう付き合えない』なんぞと、突然の別離宣言をされたのである。これが落ち着いていらりょうかって物だ。
 まぁ、あいつは傍から見ると、お前はどこぞのモデルかホストかってくらいいい男だし、無口すぎる性格が災いして、誤解を受ける事も少し‥‥いやかなり‥‥しょっちゅうある。
「直接呼出しての別れ話ならまだしも、電話一本でそれはないでしょーがー! あたしのどこが悪かったって言うのよ!」
 自分で言うのもなんだが、これでもいくらか温厚で、心は海のよーに広い。だからこそ、あのむっつりスケベ‥‥じゃなくて、無口な奴と、なんだかんだと周囲に言われながらも、対等に付き合ってやっていたのだが。
「ああもう! こうなったら、相手のツラ見て、あいつがどんなに始末に終えない奴か、小一時間くらい、とーっぷりと説教たれてやるわ!」
 たぶん、この時にあたしは、すっごーく不気味な笑いを浮かべていたんだろうな。だって、周囲の人間がこっちをちらちら見ながら、なんか囁いてるんだもの。
 うっさいわね。こっちは男を寝取られてるのよ。報復に出て当たり前だっての。生暖かい目で見守るってのが、それが礼儀って奴よ。
「って、ちょっと! ハヤカ! 何持ってくつもりよ!」
「ちょっと位いいじゃないの! 借りてくわよ!」
 余計な口出しをしてきた同僚を、そう言って黙らせ、あたしは、武器庫に保管してあった、銃やら手榴弾やらを、持てるだけ持ち出していた。
 本当はPPとか、MSとかも持って行きたかったが、そこまでやるとあいつが死んでしまうかもしれないので、優しいあたしは、それだけは勘弁しておく。
 決して、鍵がかかってて、持ち出せなかったからとか、効率が悪すぎるから‥‥と言うわけでは、もちろんない。たぶん。
「こらぁぁぁっ! さっきの電話は、どう言う事よっ!」
 と言うわけで、あたしはそう叫びながら、そいつのうちの扉を蹴り飛ばしていた。蝶番のネジが壊れて、役に立たなくなってたのが見えたが、そんな物は、乙女の心の傷に比べれば、安いもんだ。
 が。
「は、ハヤカッ!? なんでここに‥‥!?」
 相手のその言葉と共に、部屋の空気は、ブリザードでも吹き荒れるかの様に凍りついていた。
「な、何やってんのよ‥‥。あんた達‥‥」
 銃を持った手が震えている。でもって、同じ様に声も震えている。寒いわけではなく、頭に血が昇っているためだ。
「いや、その‥‥」
 こう言う時、あいつは口下手だから、何も言えない。で、そうすると状況が進まないので、いつもあたしが解説する事になるのだが‥‥。この状況は、さすがのあたしも、ちょっとばかり勇気が要った。
 何しろ、今から襲います! と熱々な感じで、半裸のお兄さん二人が、ベッドの上で、妙な趣味のヲトメが身悶えしそうなフェロモンを出しまくっているのだから。
「ああ、君が前の彼女? 間が悪いね。帰ってよ。今からお楽しみの時間何だからさぁ」
 下になってる方のお兄さんが、あたしには、嫌味にしか聞こえない口調で、そう言った。
 目付きは悪いが、これがまたうっとりするようなイイ男なんだ。
「誰が帰るか! 真っ昼間っから、何いちゃついてんのよ! とっとと離れなさいよねっ! でないと撃つわよ!」
 そう言いながら、さっそくベッドの足元に一発打ち込んでおく。
「とか言いながら、もう撃ってるし」
「うっさいわね。ふん、そんなもの威嚇目的よ。決まっているじゃない」
 あたしのセリフと、女役に回ってたその兄ちゃんのセリフで持って、部屋の中のブリザード指数が上がった様な気がした。
「冗談じゃないね。やっとここまでこぎつけたんだ。キミこそ、逢瀬の邪魔なんだから、さっさとどっか行ってよ」
「そんな風に言う事はないだろう」
 びしびしとした雰囲気に、あいつが耐え切れなくなったのか、あたし達の話に割り込んできた。と、その銀髪兄ちゃんの方は、ころっと態度を変えて、こんな事を言う。
「そんなに怒るなよ。俺だって、言いたかないさ。だけど、俺‥‥。どうしてもお前と‥‥」
「ああ。俺も同じ思いだ。だが‥‥」
 何よ何よ何よぉぉッ! 二人して見詰め合っちゃったりなんかして! キスまでカウントダウンって雰囲気しちゃって! だいたい、ここにこんなに可愛らしくて、魅力的で、存在感たっぷりのお姐さんが居るって言うのに!
「ほほぅ。それはあたしに対する挑戦だと見てもいいのね?」
 じゃきっと銃口突きつけて、すごんでみせるものの、あいつは全く気付かず、銀髪野郎の方は、『そうだと思って貰って構わないよ』みたいな視線を向けている。ああ、腹が立つ!
「そう。それじゃあ仕方がないわねぇ」
 あたしは、そう言うと、胸元に収めていた手榴弾を手に取った。
「ま、待てハヤカ! 何するつもりだ!」
「決まってるじゃないの! 乙女の純情踏みにじるような輩には、たぁっぷりと制裁を施してあげなくちゃねぇぇぇ♪」
 そう言って、あたしはピンを外した。なぁに、相手はACである。手榴弾一発くらいでは、死にはしない。まぁ、腕の一本や二本は吹っ飛ばされるかもしれないが、そんな物は乙女心に比べたら、安いものである。
「だぁぁぁ! 俺が悪かった! バカ、止めろ!」
「問答無用! 二人まとめて仲良く心中なさいな!」
 予想通り、その銀髪野郎を横抱きにして、逃亡を図る重罪人のあいつ。ふふん。そんな事で、このあたしから逃げ回れると思ってんのかしら。
「をーほほほほ! 食らっておしまい!」
 どこぞのSMの女王様めいた笑いを浮かべてやりつつ、あたしはその手榴弾を思いっきり投げつけた。一瞬後、二人は爆風に巻き込まれるが、それくらいでは死んだりしていないし、その程度で勘弁してやるつもりもないので、あたしはすかさず第二波のトラップを作動させる。
「あんたの荷物、軒並み燃やしてやるから! 許して欲しかったら、とっととあたしの所に戻ってきなさい! 良いわね!?」
 そう言い残し、あたしはまっ黒焦げになったであろう二人を、見届けもせず、くるりと踵を返した。むろん、美形は美形のままにしておきたいから、酷い姿の奴らが見たくなかったと言うわけでは、ない。
「で、そのまま家に帰ってきたわけ」
「これに懲りて、二度と男に手を出さないとは思うけどね」
 が、あたしは重大なミスを一つ、忘れていた。そうやって、厳しい試練を課せば課すほど、あいつらはお互いにのめり込んでいく事を‥‥。
 それに気付いたのは、かつぎ込まれた病院で、あの銀髪野郎を見た瞬間である。