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<東京怪談ノベル(シングル)>


カウンターの男が語った、つまらない昔話
 そこのあんた‥‥そうだ、あんただ。
 俺の席の後ろのテーブルで飲んでたのが何かの縁だと思って、俺の二親にまつわる昔話をきいてくれないか?
 いや、なに‥‥話したい時ってのがあるのさ。あんたも、男ならわかるだろう?
 大丈夫、飽きさせやしない。平凡な両親だの、立派だった父母の思い出なんて物は出やしない。後、合いの手なんかも必要ない。
 俺が勝手に話すだけ‥‥あんたは、ちょっと聞いててくれれば良い。
 さて‥‥何処から話そうか‥‥‥‥
 そうだな‥‥親父は地回りだった。
 地回り‥‥随分と綺麗な言い方だな。はっきり言ってしまえばヤクザ者だ。
 息子の顔も見ないで、外を駆け回っては喧嘩に明け暮れていた。背中を見て育った覚えなんか欠片もない。結局、親父に教えてもらったのは喧嘩のやり方だけだ。
 親父がそんなだけに、お袋というのが、しっかり者の権化とでも言うべき人だった。
 どこかのホテルの経営者の令嬢だったらしいお袋は、何を間違ったのか親父と結婚した。お袋の人生において最大の過ちだったろう事は想像に難くないね。
 ともあれ、その唯一の失敗を除けば、俺はお袋の失敗を他に知らない。
 親父は、何を考えたのかドイツの和風旅館なんていう冗談みたいな代物をやっていた。お袋が嫁いできたのもその流れだろう。
 ともかく、お袋は旅館を立派に切り盛りしていた。旅館が潰れなかったのは、お袋がいたからだと言える。
 親父? あいつは邪魔してただけだ。
 何せ親父は、仲間だか敵だかわからん連中と一緒に外で暴れちゃあ旅館のイメージを悪くしてくれていた。それに、旅館の儲けが出ても、親父が金をみんな持ち出してしまうか、親父のしでかした事の尻拭いに浪費てしまうかだ。
 そんなじゃ喧嘩が絶えなかったろう‥‥そんな風に思うかもな。だが、円満だったんだぜ?
 いや、変な夫婦だったよ。隙あれば、互いに命の取り合いでも始めかねないような感じなのに、妙に仲が良くて喧嘩はなかった。
 お袋は文句を言いつつも親父の好き勝手を止めさせようとはしなかったし、外じゃあれだけ暴れてても親父は家族や従業員には暴力を振るわなかった。
 互いに互いを牽制しつつ、それを楽しんでいるといった所か‥‥何にせよ、変な夫婦さ。
 ともあれ、飛び出したら鉄砲玉みたいに帰ってこない親父の代わりに、お袋は旅館をもり立てていた。もちろん、そこには裏があったわけで‥‥こうして考えてみると、お袋も良い感じでろくでもなかったな。
 旅館じゃあ、ホテルマンの代わりに仲居ってのが働いていた。この仲居ってのが、いい女ばかりだったわけだが‥‥全員、お袋のお手つきだったのさ。
 俺が女好きなのは母親の血というわけだ。幸い、同性好きという血が流れなかったのは、親父に感謝しても感謝しきれない。
 親父も、お袋と女を共有していた所を見ると女は嫌いじゃなかったようだが、それよりも確実に百倍は喧嘩の方が好きだったな。
 今考えれば、お袋と女を共有していたと言う事は、旅館はある意味ハーレムだった筈‥‥それを捨て置いて喧嘩三昧。親父のそっちの血を引かなかったのは、お袋に感謝だ。
 さて‥‥お袋の話に戻ろうか。
 お袋‥‥これが、女の趣味が良くてな。しかも、女王様ってやつだった。
 つまり、仲居の女の子達は、調教された可愛い子猫ちゃんってやつだ。
 はっきり言って、旅館は裏じゃ娼館だったんじゃねえかって思う。少なくとも、お袋の副業が調教師だったって事だけは確かだからな。
 そんなわけで‥‥あそこには男の天国があった。で‥‥俺が14になったその日だったな、その天国にちょっかい出したのは。
 おこぼれに預かろうと思ってさ‥‥まあ、ガキの時分じゃあ性欲は抑えられないからな。
 でも、その都度、お袋に手酷い反撃を受けた。
 例えば‥‥自前のフランクフルトにマスタードを塗られてみな、ソレどころじゃなくなる。
 上手く仲居の一人を布団部屋に引き込んだと思ったのに、お袋の手が回っていてな‥‥いよいよって時に、その仲居にやられたのさ。
 で、お袋が言うには、「人のおこぼれを狙うような真似はしないで、ほしけりゃ自分で手に入れてきなさい」だとさ。教育熱心な事。
 親父には笑われた。「もっと上手くやれ。その程度の罠を食い破れないでどうする」ってね。
 でもま、いっそのこと切っちまいたいと思うような痛みが引けば、また懲りずにお袋の女に手を出そうとして‥‥あんたの期待通りに毎回失敗してたよ。
 でも、考えてみれば、あの頃は楽しかった‥‥と、別にマスタード塗られるのに目覚めたって訳じゃないぞ。
 あの、世界の何もかもがぶち壊れた日に、何もかも変わっちまったからな。失われたもんは、何もかも全てが輝いて見える‥‥そうだろ?
 ま、変わらない物もあるけどな。
 俺もどうやら、あの頃のままのようだし‥‥親父とお袋の血は、俺の娘にまでしっかりと流れ込んでたみたいだからな。
 そう俺の娘‥‥そいつも笑い話だったな。
 俺の知らない間に、きっちりと『彼女』をつくってたのさ。同性好きは隔世遺伝って奴かね。女好きって言うならお袋以降、連綿と受け継がれたみたいだがな。
 で‥‥だ。女日照りの俺を差し置いて、娘がしっかり相手を作ったのが気にくわなくてね。
 「娘の恋人は俺のモノ」と言いたい所だったんだが、二人は手に手を取ってイギリスまで行っちまった。さすがに、そんなところまで追いかけることは出来ない‥‥で、俺は酒場に来て、くだを巻き、あんたにこんな話をしてたのさ。
 呆れさせちまったな。親子三代女好き‥‥呆れるだろ?
 え? それよりも、そんなくだらない事で、ぐじぐじと酒呑んでる俺を呆れたってかい?
 まあ‥‥親父も、お袋も、こんな俺を見たらさぞかし笑うだろうな。しかも、ぐうの音も出ない程に辛辣な言葉をぶつけてくれる事、請け合いだぜ? 何せ、全人格を否定するような事を容赦なくぶつけてくるからな。
 さて‥‥と、そろそろ頃合いだ。あんたにも言われたが、くだらない事を酒の肴にしちまった。女がいないったって、人間の半分は女なんだから、別のを捕まえればいい。
 今日はこれで、ねぐらへ帰らせてもらうよ。あんたには、すっかりつきあわせて‥‥ん? 俺の話にオチは無いのかだって?
 ‥‥あるわけないだろう。
 一人の男が、何もする事が無くて、昔のことを思い出す。あんたがつきあわされた話は、それだけの話なんだからさ。