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<東京怪談ノベル(シングル)>


飛ばないカナリア

 暗く濁った鉄色の空に、真珠のようにぼんやりと光る太陽が浮かんでいる。
 一人の少年が街路で立ち止まる。
 繊細で金とも白金とも見える柔らかい天使髪が、風によって乱される。
 街を見る瞳は、もはやこの時代では見ることの出来なくなった至高の天の高く、澄み切った蒼。
「うーむ……。仕事を求めて、ちったぁ大きな街に来てみたものの」
 と、整った顔をわざと道化じみた大げささでしかめて見せると、肩をすくめて見せた。
「……予想と反して、何にも仕事がありゃしねェ」
 その言葉の正しさを物語るように、少年――ノビル・ラグの腹が盛大に鳴った。
「あううぅ」
 腹を片手で押さえる。
(やべ、ここんところ、まともにメシ食っちゃいねぇからな)
 口の中に沸き上がってくる唾液を飲み込みながら、通りにある焼き肉の屋台から目をそらす。
 最初の街では売られた喧嘩を買って、職を斡旋する酒場からつまみ出されてしまい。
 二つ目の街では、職を斡旋してもらう場所で何故か強盗事件に――さらにその後もっと恐ろしい目にあってしまい。
 結局、無職のまま、ふらりふらりと街を移動してきてここまでやってきたのだ。
 身銭ももはや、ない。
「弱ったゼ〜、こうなりゃ、どっかテキトーなバイトでも探すっきゃ無ぇな」
 人差し指で頬をかいて、灰色の空を見上げる。
(出来れば済み込み可能☆で、三食昼寝付きのトコ)
 にへら、と笑ってみせるが……そんな都合の良い仕事など、そこらに転がっている訳がない。
 しかしそれでメゲるほどノビルは悲観主義ではなかった。
「さて、どこぞにバイト募集は無いかな〜っと」
 かつて戦争の激戦区であり、主要な貿易点であったこの場所には、あまたのスクラップや廃棄されたまま砂に埋もれている軍用機などが町のあちこちにある。
 に、と歯を見せる。
 自他共に認める発明好きメカキチ少年のノビルに、まさに打ってつけの街だ。修理の仕事ぐらいあるだろう。
「ヨシ!、ここは積極的に売り込みでもしてみっかー!」
 俺みてーな優秀な人材を放っておくワケが無い……!!
 マントを払い、ベルトのあたりを手で叩く。
 と、ホルスターに入った自作のハンドガンがかちゃりとなった。
 ほう、と近くから驚嘆のため息が聞こえた。
「若いの、それはお前さんがつくったのかね?」
 振り向くと、白く豊かなあごひげを蓄えた、一人の老人が興味深そうに目を細めていた。
「おじーさん、お目が高いね。こいつは俺が! この俺様が直々に自作した世界でただ一つの銃さ」
 腰に手をあてて胸を張ってみせる、と老人は喉をならし、日に焼けた腕を伸ばし、ノビルを日陰に誘う。
「いや、なかなか大したもんじゃ。原型は25年前にはやったモデルだが、制御装置が一風変わっておるの」
「そっかー? そうだろー? これだけのモン、作れる技師なんてそうそういねーぞ」
 だから、何か仕事紹介してくれないかな。出来れば住み込み三食昼寝おやつ付きで! と、言おうとした瞬間、老人がどこか悲しげな光を瞳に浮かべ、ついでそれを隠すように無理に引きつった笑顔をしてみせた。
「どうか、若いの。ワシに数日雇われてみんかの? ちょうど機械に詳しいヤツを探しておったんじゃ」
「……って言われても」
 老人の悲しげな瞳に引っかかるものを感じて、ノビルが口ごもる。
 と、老人は片目を閉じて唇の端をあげてみせた。
「条件はそうさな。給料の他に三食に昼寝、おやつ付きでどうじゃ?」
「乗った!!!!!」

 老人の家は街の外れにあった。
 聞いた話では、戦争で廃棄されたスクラップを分解し、鉄はくず鉄証人に、直せる基盤やプログラムは修正して業者に売りつける、それを生業にしていたという。
「しかし、年かのぉ。最近ではすっかり目が仕事にたえられんでな。若い技師を捜して追った所だが。こんな辺境の砂漠では、なかなか学と技術のあるヤツはみつからんでな」
 その言葉どおり、仕事は申し分がなかった。
 元から機械好きのノビルに取って、壊れた昔の機械をバラし、その仕組みをしったり、あるいは使えるように知恵を働かせ改造するのは、楽しくてしょうがなかった。
 しかも、くず鉄や改造した基盤が良く売れた日には、こっそりとワインだの、ウィスキーだのをどこからかしいれてきて(これまた未成年のノビルにこっそりと)振る舞ってくれたりもした。
 おやつの果実はこの上無く甘く。
 まるで、ここは楽園で、ずっとここに居るために今まで旅をしてきたのだ――とさえ思えた。
 ただ一つ、壊れたカナリアさえのぞけば。
 
 月が冴え冴えと輝く夜、ノビルはゆっくりと目を開けた。
 隣の部屋からは小さな寝息が聞こえる。自分が酒に酔って眠り込んでいると……老人は信じ込んで……そのまま寝たのだろう。
 どこか居心地の悪さを感じながら部屋の隅に積み上げられたスクラップに歩み寄る。
 折れた基盤、ねじれたチューブ、そしてさびた鳥かご――鳥かごの中にあるのは、瞳を硬く閉じたカナリア。
 ノビルは鳥かごをあけてカナリアを捕りだした。
 ――DDC2544。
 間違いない。十数年前に流行った「歌うカナリア」の初期型だ。
 本物の鳥そっくりに羽ばたき、瞳を輝かせ、そして至上の声で歌を歌う。
 一度深夜に、老人が鳥かごからこの鳥を出しては、いとおしそうに撫で、そして泣いていたのを見た。
 何気なく朝食の時、なおしてやろうか? 暇つぶしに、などと冗談めかせて聞いたが、彼は悲しそうに頭を振っただけであった。
(別に、気にする事じゃない)
 ただの壊れた玩具だ
 この、人工のナイロンの羽毛の下には、ただの鉄のかたまりと、ねじと、ちっぽけな集積回路しかない。
 なのにあの老人は何故、黒炭のような瞳をぬらしながら、コレを見るのだろうか。
 他人の人生にかまってられやしない。過去なんか知らない。
 ――けど。
「気になるモンは、気になるんだよ」
 月明かりだけではあまりにも薄暗く、手元が頼りないが。
 それでも何故か、この機械仕掛けの鳥が飛ぶのを、見てみたくなった。

 雨が、振る。
 雨期が来たのだ。
 これでは、仕事もおあずけだ。
 退屈さをそのままにソファーに倒れ込む。と、隣の部屋からせきが聞こえた。
 ――ずいぶんと、酷い。
「身体ひやしてんじゃねーぞ。じっちゃん」
 毛布とホットミルクを両手に、寝室のドアを蹴り開ける。
 と、老人が呆れた顔で、弱々しく笑いながら起きあがった。
「まったく、年寄り扱いせんでええ。これでも軍人でならした身体じゃわい……多少の事には」
 と、言葉を切って激しくせき込む。
「だから無理するなって」
「ほ、ほ。すまんの」
「――別に」
 素直な感謝の言葉に、つい照れくさくなり顔を背ける。と、がらくたの山のカナリアが目についた。
「あれを、取ってきてくれんかの」
 老人の言葉にぎくりとした。
 まるで心を見透かされたようだったからだ。
「あ、ああ」
 動揺をさとらせないように、ことさら大股で部屋を横切り、乱暴な手つきで鳥かごを取り上げカナリアを出した。
「昔は、どのカナリアよりも良く、通る声で歌っていたものじゃ」
 目を細め、その人工の翼をかさつき骨ばった指で撫でる。
「それ、アンタの」
「戦場の慰みにもっていった「カナリア」じゃよ」
 ホットミルクで喉を潤し、目を閉じる。
「名声を上げてやろうと、結婚の約束をした恋人をここに残して軍に志願した。こんなちっぽけな街ですべてを終わらせるのはイヤだと――若いながらにいきがってな」
 カナリアを両手につつみ、老人はほほえむ。
 だが、出世などなかった。
 あったのは、血と、煙と、裏切りと、戦友の死。
 すべてに疲れて戻ってきてみれば――生まれ故郷であるこの街は戦闘により滅び、恋人は死に果て。
「残ったのは、この歌わないカナリアだけじゃった、という訳だ。良くある話じゃ」
 肩をすくめた途端、激しくせき込む。
「ばっか、無理するな。雨やんだら仕事も山積みだろ! 昔話してるぐらいなら、寝てろって」
 乱暴に前髪をかきあげて、老人からカナリアを奪うと、壊れ物でも扱うように、老人を硬いベッドに寝かせる。
 苦しげな咳を背後に聞きながら扉をしめる。
 老人に残された命のろうそくは、残りすくない。
 猛然と、悔しくなった。
 世界が、時代が、すべてを捨てた若い頃の老人が。
 そして何も出来ないちっぽけな自分が。
 悔しい。
 カナリアを握りしめたまま立ちつくす。
 雨とは違う、暖かい滴が頬をつたって、石でできた床に落ちた。
 ――必ず、生き返らせてみせる。
 このカナリアを……。
 『BOY』の通り名は――ハッカーであり卓越した機械への知識持つもう一人の自分は、伊達では、ない。

 いつの間にか雨はやみ、久しぶりの朝日が、空を薄紫に染めていた。
 寝不足でぼんやりする頭をふり、そしておそるおそる、カナリアの足輪をOFFの位置からonの位置へと回した。
 何も、変化はない。
(失敗したか)
 情けなさに、泣きそうになったその時。
 ――翼が、震えた。
 本物のカナリアより、命を感じさせる動きで、ノビルの腕で翼をのばし、軽くさえずると、ノビルの機嫌を伺うように、カナリアは首を傾げ、そして指先から空中へと飛んだ!
「飛んだ!」
 喜びのまま、鳥をおいかけ、老人の寝室の扉を開ける。
「みろよ俺天才だろ! じっさんほらカナリアが! カナリアが直ったぞ!」
 金色の小鳥と共に飛び込む。
 が、老人は動かない。
 もはや、動く事も出来ないのだ。
 瞳ぐらい、あけろよ、とつぶやこうとしたが、喉が引きつって声がでない。
 と、ベッドの支柱にとまった鳥が小さな、だが良く響く美しい声で歌いだした。
 
 山の彼方の空遠く
 幸い住むと人の言う
 ああ我は人を尋め行きて
 やがて涙さしぐみ帰りきぬ

 若々しく、美しい乙女の声で鳥は歌っていた。
 人は誰しも、幸せというものがあって、それを捉えれば幸せになれる。
 あるいは、幸せの王国というものがあって、そこへ行けば無条件で誰でも幸せになれる、などと考えているという。
(そんなものは、ない)
 つぶやこうとしたとき、ノビルは、目を疑った。
 もはや二度と開かない筈の老人の目の端に、かすかに光る涙があった。
 そして――彼の死に顔は本当に安らかで。
 幸せそうに、見えた。

 空はいつまでもどこまでも遠い。
 しかしいつも灰色で、太陽といったら、ぼんやりと暗い。
 だが、かつては自分の瞳と同じように、遠く高く、どこまでも蒼く澄んでいたという。
 ――もし、もう一度蒼い空がよみがえれば。
 あの黄金の翼は美しく空に栄えるだろう。
 そして、鳥の歌う山の向こうの幸せの王国の歌はどこかの誰かに、希望を与えるだろう。
「幸せ、か」
 まだ、それが何かわからない。
 だが、行くしかないのだ。
「とりあえず、明日からの仕事さがさないと……な」
 悲しみを振り払うように、無理に笑ってノビルは歩き出した。

 ――山の彼方の空遠く、幸い住むと人は言う。