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<東京怪談ノベル(シングル)>


●淡い思いと月の影

 ふわりと吐く、甘い溜息ひとつ。
 二階のテラスから、大きな月を見上げる。
 金色の瞳に映るは、大きな下弦の赤い月。どこか妖しげにしかし美しく、夜の空に君臨している。
『‥‥ありがとう』 
 青年の口はそう呟いた。
 驚いたような、戸惑いを隠せぬような、そんな表情。
「ありがとうって‥‥」
 橘・朔耶(たちばな・さくや)は、もう一つ溜息をつく。
 ずっとずっとずっとずーーっと前から、好きだったのに。
 好きだって気持ちに気付いてからは、まだそんなに時間はたっていないけど、でもこの気持ちはきっと恋には違いないと思ったの。
 そして、生まれて初めてくらいの勇気を振り絞って、真剣に告げた。
「‥‥好きです」
 って。
 涙出るくらい恥ずかしくて、心臓もばくばく鳴って、駄目って言われたらどうしようとか考えちゃって、舞い上がったり凹んだりして、精一杯だった。
 でも彼の返事は‥‥。

『‥‥ありがとう』

「『嫌い』とか『駄目』だったら、あきらめもつくのだけど‥‥」
 もしかしたら『僕も好きだったよ、告白してくれてありがとう』かもしれないしっ。
 だけどそこで会話が終わってしまって。
 あまりの恥ずかしさに、はっきり返事を聞かずに立ち去ったのがいけなかったのかもしれないけど。
「もぅぅぅ〜」
 テラスの柵をつかみ、唸り声をあげてみる。
 ----コツコツ。
 ふと、背後の窓が鳴った。
 振り返ると、飼って黒猫が心配そうにこくびをかしげて眺めている。
 普段と違いすぎる主人の動作に、心配をしているのかもしれなくて。
 朔耶は苦笑し、笑顔を浮かべて、飼い猫を安心させようとする。
 
 欲しいものは優しい返事なのかしら。
 それとも現実の厳しい言葉‥‥。

 部屋に戻った朔耶は、猫を膝に、心を落ち着けるペパーミントティーを入れて味わいつつ、空を眺めていた。
 一生、胸に秘めている方がよかったのかもしれない。
 いや、これで結果が出てすっきりするのだから、よかったのかもしれない。
「‥‥結果‥‥」
 明日会って、もしまたいつもの彼だったらどうしよう。
 ‥‥それも心配。
「ありがとう‥‥かぁ」
 二十代後半の彼から見れば、17歳の朔耶はずいぶん子供に思える筈で。
 例えば、三歳の子供から「さくやねーちゃ、大人になったらオレと結婚しよ!」と言われたら、「まあ嬉しいわ、ありがとう」って答えたりするわけで。
 それは告白の返事ではなくて、相手の言うこと本気にしてなくて、子供の戯言と思っている返事なわけで。
 その彼から朔耶が子供扱いされている可能性は‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「‥‥考えるのやめよ」
 ずずりとペパーミントティーを口にし、心に強く思う朔耶であった。

 告白の言葉の魔法。
 貴方に向けてかけたのに、
 私の方がきっとずっとドキドキしているそんな気がします。

 貴方は今何をしているの。
 私の言葉、届いてたのかしら
 欲しい言葉は「ありがとう」なんかじゃなくて、
 そんな遠まわしな言葉なんかじゃなくて、
 もっと‥‥
 
「‥‥頭から離れないよぉ〜」
 飼い犬の白い尻尾がふさふさ触れるのを、飼い猫がじゃれついて遊んでいる。
 それをぼんやりベッドの上から眺めながら、朔耶は途方にくれて頭を抱えた。
 多分今夜は眠れそうにない。
 窓の向こうには赤い月。
 朔耶を優しく見守るように、凛と光り輝いている。
 後悔しちゃいけない。 
 あなたは正しいことをしたのよ。好きな人に好きと言っただけ。
 だから幸せにお待ちなさい。
 相手が心を決めて、あなたにきっぱりと伝えることを。
「‥‥」
 心に響いたのは、月の囁き?
 柔らかい羽根枕を両腕に抱き、朔耶はその夜、ずっと夜空を眺め、そしてその人のことを考え続けたのだった。

 あなたのことが大好きで
 口からこぼれたこの思い
 あなたでなければ どうしても嫌なの‥‥

 お願い神様‥‥

                            fin☆ 恋のご健闘、お祈りしてます☆(by.suzunya)