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<東京怪談ノベル(シングル)>


秘められし少女

 ──ドドドドドドドドド!!!

 重々しい音が、廊下に反響して抜けていった。
 7.62ミリ機銃の斉射音だ。
「……」
 無言で、ひとつの手が持ち上がる。その中にあるのは、割れた鏡だ。
 部屋の入口からこれをそっと出して相手を確認しようとしたのだが……その瞬間に撃たれ、こうなった。
 表面に映る顔は、小麦色の肌に青い瞳が映える、美しい少女である。
 名はロディ・ヴュラート。UMEに所属する兵士だった。
 役に立たなくなった鏡を投げ捨てると、突撃銃の弾装を抜き、残弾を確かめる。
 ……残りは、10発もない。
 しかし、それでも表情を変えることなく、すぐに弾装を戻して、じっと廊下の奥から伝わってくる気配に集中する彼女だ。
「……状況はかなりヤバイな」
 傍らに寝転んだ男が、そう話しかけてきた。
 今ロディが所属している小隊の仲間である。寝ているのは、別に横着をしているわけではなく、立てないからだった。彼の片足には弾丸がめり込んでおり、今も出血中だ。足の付け根を固く縛って一応の止血はしたが、それ以上の手当ては今は無理である。だいいちそんな暇もない。
 ここは、進軍中にたまたま見つけた、何かの研究施設とおぼしき建物の内部だった。
 UME軍の進撃に慌てて撤退したのか、中には人の姿などは既になかったのだが……
「……黙ってな」
 短く告げて、腰にぶら下げたいくつかの鉄の塊のうちのひとつを手に取り、口で安全ピンを引き抜いた。手榴弾だ。
 ──来る。
 廊下の奥から、何か大きなものが近づいてくる気配。
 そいつへと向けて、廊下に放ってやる。
 数秒置いて、

 ──ドン!!

 轟音が空気を震わせ、閃光が駆け抜けた。
 胸の内で3秒カウントしてから、廊下にすっと顔を出す。
 とたんに2連装機銃に狙い撃ちにされたが……無論当たる前に頭を戻した。
 ……やはり、ダメか。
 対人用の兵器で倒せる相手でないのは分かっている。今の手榴弾は、所詮近寄らせないための目くらましに過ぎない。
 そしてその相手とは、AMI30-X2──ブラックウィドゥと呼ばれる自走式多脚機銃座であった。
 電子制御により侵入者を自動で攻撃する、全長2メートルの鋼の蜘蛛……という風に表現すれば良いだろうか。
 この場所には、人などよりももっと厄介な番犬がいたというわけだ。
 単なる偵察でロディ達の小隊はここに入ったのだが、こいつらの襲撃に遭って分断され、ロディは目の前の男とこの部屋に逃げ込んでいた。
 外の廊下には、しつこく追ってきた奴が1体、あくまでこちらを狙ってきている。
 負傷者を引きずってという事になると、これ以上逃げるのは実質不可能だろう。
 ……どうするか。
「援護くらいならできる。お前だけでも逃げろ」
 と、床の上の男が言ってきた。
 確かに、それもひとつの選択肢だ。
 が、ロディは男に冷たい視線を向けただけで何もこたえず、部屋の中を静かに見回した。
 戸棚へと近づき、引出しを次々に開けると、中のものを手当たり次第に引っ張り出していく。
「おい、何をする気だ?」
 男が尋ねた。当然の疑問だ。
 その彼の前に、ロディが何かの品々を抱えて戻ってきた。
「いいものを見つけた。これから奴を潰す。お前にも手伝ってもらおう」
 事務的に言い、ついでに男の腰に下げてあった大ぶりのナイフも抜き取る。
「これも借りるぞ」
「そりゃいいが……」
 ロディが手にしているのは、缶入りの接着剤に汚い布着れ、それにガムテープと瓶入りの工業用アルコールだ。何をするつもりなのか、さっぱりわからない。
「で、俺は何をすればいい?」
「簡単だ」
 ロディは自分の銃を男の目の前に置き、言った。
「囮になれ」
「な……」
 彼女の表情は、あくまで真顔であった。


 ……鋼鉄の脚が、ぬっと部屋に入ってきた。
 電子の目が、素早く内部をスキャンする。
 熱源センサーが、すぐに部屋の隅に人の形をはっきりと捕えた。
 テーブルを倒し、その陰に隠れているようだが、機械の目をごまかす事はできない。
 すぐに上部の機銃座が旋回し、その地点をポイントする。
 端から手とアサルトライフルが突き出され、撃ってきたが、対人用の9ミリ弾など効きはせず、全て外部装甲に弾かれ、それで終わりだ。
 機銃の照準が合い、弾がセットされた。
 数秒後には、そこにテーブルと人体のミンチができあがっていたろう。
 ……しかし、そうはならなかった。
 入口の側にあった実験用と思しき大型冷蔵庫の扉が突然中から開き、そこから新たな人影が現れる。
 冷気によって冷やされた身体に、センサーの反応が遅れた。
 飛び出してきたのは、言うまでもなくロディだ。
 ナイフを振りかぶると、機体前面のセンサーユニットに突き立てる。
 ミクロン単位で超極微振動を続ける高周波ナイフの刃が、苦もなく鋼鉄を抉り、激しい火花を散らした。
 目を失った機械兵がたまらずめくら撃ちを始めたが、その時にはもう、ロディの身体はその下へと潜り込んでいる。
 そして、装甲の一番薄い腹の部分に、アルコールを浸した布で巻いた上からガムテープで結束し、たっぷり接着剤を塗りつけた結束手榴弾を貼り付けてやった。即席の対戦車兵器である。
 それらのピンを一斉に抜き放ち、後は廊下にダイブした。
 一瞬遅れて……

 ──ドォン!!

 爆炎と共に、部屋が揺れる。
 ロディがそちらに顔を向けると……鋼の蜘蛛は装甲の隙間から細い煙を幾筋も上げ、その場に崩れていた。
「やったぜ!」
 テーブルの陰から顔を覗かせた男が歓声を上げたが、肝心のロディは表情ひとつ変えていない。
「今の爆発はなんだ!」
 そこに、ちょうど他の仲間達が駆けつけてきた。
 ロディが無言で残骸を示すと、全員の目がそちらに向く。
「……そうか、ご苦労だったな。他の奴らも全て排除した。これがおそらく最後の1体だろう」
「中に怪我人がいる。手当てを頼む」
 それだけを告げると、さっと踵を返して廊下を奥へと歩いていく。
「おい、どこに行く?」
「この奥はまだ調べていない。見てこよう」
「1人でか?」
「その方が、気楽だ」
「……わかった」
 それ以上、仲間も何も言わなかったし、止めもしなかった。
 彼女の実力は、全員が認めているのだ。
 そして、ロディはさらに先へと進んでいった。


 ……廊下の先には、ドアがひとつあるきりだった。
 気配を確かめ、開ける。
 中は薄暗く、薬品の匂いが薄く立ち込めていた。
 固そうなベッドが5つ程並んでいる他は、特に何もない。殺風景な部屋である。
 一目でそれらを確認すると、ロディの目はピタリと一点に向けられた。
 部屋の片隅……そこにうずくまる、小さな人影へと。
「……!」
 目が合うと、その子がビクンと身体を震わせる。
 金髪で青い目をした、人形のような少女だった。
 ただし、手や足の一部が、金属の輝きを放っている。
 ……サイバー。しかも軍事用のフレームだと、ロディはすぐに見破っていた。
 この施設を破棄する際に逃げ遅れたか、あるいは捨てられたか……そのどちらかだろう。
 彼女へと歩き出すと……
「来ないで!!」
 金切り声で、拒否される。
 それでも構わず近寄ると、
「来ないでって言ってるでしょ!!」
 さらに大きな声を張り上げて、まっすぐにこちらに拳銃を突きつけてきた。
「あなた……UMEの兵士ね……近寄らないで。撃つわよ」
 そう告げる少女の声も、身体も、小刻みに震えている。
 おそらくは、人など撃った事はないに違いない。それどころか、銃を撃った事があるのかも怪しいものだ。
「……」
 恐れる様子もなく、じっと静かな瞳を少女に向けるロディ。
 一方の少女の方は、表情も、仕草も、全身で恐怖を示している。
 ……自分がこの娘くらいの時も、こうだったろうか……
 ふと考えたが、思い出せなかった。
 なんだか、ひどく遠い昔のような気がする。
 と──
 ふと、ロディの腰の通信機が、呼び出し音を上げる。
 手に取ると、すぐに仲間の声が響いてきた。
『おい、敵の部隊が近くまで来ていると連絡が入った。何もないならここからすぐに撤退するぞ』
 早口でそう告げてきた所をみると、時間はなさそうだ。
「わかった」
 とだけ、ロディは返事をした。
『そっちには何かあったのか?』
 と、続けて問われて、ふっと目の前の少女に瞳を向ける。
「…………」
 何も言う事ができずに、ただ震え続ける彼女……
「……いや、何もない。すぐに戻る。以上」
 短く返事をして、通信を切る。
 そして、さっさと背を向け、出口へと歩き出した。
 ドアを開け、外に一歩足を踏み出したとき……
「ひとつだけ忠告しておく。拳銃っていうのは、安全装置を外さないと撃てないんだよ、お嬢ちゃん」
 そう、言ってやった。
「え? えっ!?」
 慌てた様子で、少女が手にした武器をあちこち見る。が、どれが安全装置なのかはわからないらしい。
「……」
 口の端にわずかに笑みを浮かべ、ロディはドアを閉じた。
 ここに戻ってきた敵の部隊に、彼女は無事に保護される事になるだろう。
 あんな年端もいかない子供までも戦闘サイバーにしてしまうこの戦争……
 そんな現実を目にしてしまうと、もはやどちらに正義があり、大義があるのかわからなくなる。
 自分だって、あの少女くらいの年には、もう銃を取り、戦場にいたのだから……
「何をしている、早く来い! 置いていくぞ!」
 廊下の先から、仲間の声が飛んでくる。
 片手を上げ、それにこたえるロディだ。
 その時にはもう、彼女の中からは感傷的な気分が綺麗に消えていた。
 戦場に出た時にそんな感情を持っていたのでは、到底生き残る事などできはしない。
 ロディの中に染み込んだ戦いの血が、冷静にスイッチを切り替える。
 そして、彼女は還っていくのだった。

 戦いの、中へ──

■ END ■