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<東京怪談ノベル(シングル)>


果樹園にて
●夜明け前、蠢く影
 まだ夜も明け切らぬ頃――月の光が空に浮かぶ白い『環』を照らしていた。『審判の日』以降はこれがごく当たり前の風景。
 『環』がない空を見ていた者の数も、『審判の日』以降の天変地異などを経てかなり数を減らしており、いずれは限りなく0に近付くのだろう。
 エヴァーグリーン所属の平和条約巡察士・鈴帯島世隼は辛うじて『環』のない空を見たことはあった。けれどもそれは幼い頃の記憶、はっきり覚えているかと問われれば何とも言えない。
 しばし空を見上げていた世隼は、思い出したように視線を目の前の果樹園に戻した。空を見ている場合ではない、これから重要かつ初めての任務が待っているのだから。
 世隼が居る場所は、果樹園からは死角となる倉庫の物陰だった。その果樹園の周囲には、世隼同様に物陰に隠れて待機している仲間たちの姿がある。巡察士が数人も出張って来ているのだ、ここで何かが起こると見て間違いはない。
 その時だ。果樹園の中に、怪し気な人影が浮かび上がったのは。1人ではない、数人。いいや、20人近くは居るだろうか。
 皆一様に手に何かを持っている。ナイフ、拳銃、ショットガン……どこをどう見ても、農民には見えやしない。これを農民と言い張るなら、この果樹園では武器が生るということになってしまう。だが残念ながら、この果樹園に生る物は林檎だ。拳銃やショットガン型の林檎など、普通あるはずもない。
(予知夢の通りだ……)
 世隼は注意深く人影の動向を窺っていた。初任務、決して失敗する訳にはいかなかった。

●不慮の事態
 発端は昨夜、正確には今から数時間前のことだ。激しい頭痛――プラハ研出身の超能力者特有のあれだ――で寝込んでいた世隼は、おぼろげな夢を見ていた。銃器、数人の人影、夜明け前の果樹園、幼き兄妹……それら単語的とも言える映像が、断片的に浮かんでは消えていった。タイムESP特有の超能力、予知夢が発動した瞬間であった。
 真夜中に目覚めた世隼は、すぐに自分の見た物を報告した。その結果、世隼は仲間たちとともに近くの農村に急行することとなった。
 何故ならばそこには果樹園があり、近辺では野盗の目撃報告もあったからだ。それに世隼の予知夢の内容からすると、襲撃まで時間がない可能性が非常に高いと思われる。
 ただ幼い兄妹といった人質を同行させている可能性もあるので、行動には慎重を期す必要があった。
(果樹園に居るのは野盗だけのようだ。10数えたら出るぞ)
 世隼の頭の中に、仲間が話しかけてきた。テレパシーである。どうやら慎重を期す必要もなくなったようだ。
「分かった」
 短く答える世隼。いよいよだ。世隼は心の中でカウントダウンを始めた。
(10……9……)
 そうして4を数えようとした瞬間だ。世隼を再び激しい頭痛が襲った。
「つ……!」
 頭を抱え、地面に膝をついてしまう世隼。耐えるように小さく頭を振る度、後ろで括ってある淡く茶色い髪が揺れる。
「う……ううっ……あうっ!!」
 まるで頭の中を金槌でめった打ちされているような感覚。痛みはどんどん強くなり――視界が真っ暗になった。

●事態収拾の中に謎1つ
「おい、気が付いたか?」
 世隼が次に目を覚ました時、そこは農家の1室であった。仲間の1人が、ベッドの上の世隼を心配そうに覗き込んでいた。
(そうか、気絶していたのか)
 世隼はゆっくりと上体を起こした。身体に外傷は、仲間にも自分にも見当たらない。特に怪我なくここに居るということは、無事に野盗を撃退したということだろう。
「野盗はきっちり討伐したぜ」
 笑顔でその経緯を話す仲間。世隼が気絶した後ですぐ戦闘となり、林檎の木が数本ほど倒されてしまったが、誰1人逃すことなく捕らえることが出来たそうだ。
「今、応援呼んでる所だよ。捕まえた奴らをここに置いておく訳にいかないしな」
 なるほど、それもあって農家のベッドを貸してもらっているのか。だが、世隼は経緯を聞いていて何か抜けているように感じていた。
「……何か忘れてないか?」
「そうか? お前の予知夢通りだと思うけど」
 世隼はもう1度、予知夢の内容を思い出してみた。そして、何が抜けているのかに気付いた。
「幼い兄妹はどうした?」
「え? いや……果樹園や近くには居なかったけどな。野盗の奴らに聞いても、知らないって言うし」
「……ちょっと見てくる」
 世隼は言うが早いか、ベッドを降りて急いで戦闘があった果樹園へ駆け出していった。
(何か……何か見落としてる……!)
 それが何なのか、分からないけれども。

●解決する謎、そして
 夜明けの果樹園に着いた世隼は、ゆっくりとその場を見回した。仲間が話していたように、林檎の木が倒れ荒れてしまっている。しかし、人影は何ら見当たらない。
 荒れた果樹園を歩き回り、世隼はより注意深く周囲を探してみた。やがて、とある倒れた林檎の木のそばを通りがかった時だ。世隼は微かに物音を聞いたような気がした。
 物音……いや鳴き声だ。それは倒れた林檎の木の方から聞こえてきていた。注意して倒れた林檎の木に近付く世隼。
「あ」
 世隼が短くつぶやいた。倒れた林檎の木の陰、そこに鳴き声の主がうずくまっていたのだ。
「梟……雛か」
 未だ幼くて、薄い灰色の産毛に包まれてもこもこの状態である梟の雛が2羽、世隼の視線の先に居た。
 世隼の見た所、衰弱はしているものの2羽とも生きていた。安堵する世隼。だがこのまま放っておいたら、どうなるかは分からない。
 この梟の親が近くに居やしないか、世隼は探し歩いてみた。けれども梟はおろか、その他の鳥の姿も見当たらない。
 梟の雛たちの元へ戻った世隼は、身を屈めて雛たちをそっと抱え上げた。
「お前たちも……同じか?」
 もしかすると、この雛たちも何かで親を亡くしてしまったのかもしれない。そう、世隼と同じように。
「……行こうか。今日から家族だ」
 世隼はそう言って、雛たちに微笑んだ。
 果樹園を朝日が照らしていた――。

【END】