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<東京怪談ノベル(シングル)>


☆新人育成プロジェクト☆
 場所はヴァネチア北部。
 砂嵐の吹き荒れるこの場所で、アブドゥル・ヴァイザードの操る『マスタースレイブ』が
ゆっくりと距離を近づける。その手には巨大なグラブが握られており、不気味な程に濃い赤
色を湛えていた。
「くっ‥‥」
 クラブによる痛打を嫌い、一人の兵士が距離を離そうとバルカンにて牽制を続けるが、ア
ブドゥルは全く引く様子を見せない。放たれる銃弾を身に受けながらも、確実に自らの射程
内へと相手を捕らえていく。
「逃げ回るの終わりだ。覚悟を決めろ‥‥」
 周囲に緊張感が走る中、アブドゥルはクラブを振り下ろす。
 その一撃目を盾で防いだ兵士だが、あまりの威力のために盾は変形。その兵士の操るマス
タースレイブの左腕ごと破壊される結果に終わった。
「まだ‥‥負けてない!」
 そう言い放ち、至近距離からバルカンを構えるが、バルカンの弾は既に尽きていた。何度
も引き金を引く音だけが空しく響き渡り、その絶望感を煽る。
「お前‥‥戦場に出るには十年早かったな‥‥」
 一言だけそう呟き、アブドゥルは二撃目のクラブを振り下ろす。防ぐ手段を失ったマスタ
ースレイブの頭部に亀裂が生じ、ミシミシと悲鳴を上げる。
 勝負の決着に、三撃目のクラブは必要無かった‥‥。

「あ〜! また負けちゃった〜!!」
 がっくりとうなだれた一人の女性が、責めるような瞳で隣に居た男を睨む。
 その男、アブドゥルはそんな非難の目を無視しながら、マスタースレイブを選択する場面
で手元の丸いボタンを押す。
 現在、アブドゥルと一人の少女はシミュレーション演習の最中であった。シミュレーショ
ン演習とは、実践にでる前の模擬的な訓練のこと。平たく言えば、テレビゲームでコツを掴
もうということである。
 これには、新人同士の訓練、それぞれの戦い方における癖の研究、自分に合っているマス
タースレイブの適性検査等、様々な目的がある。
「またそのMS? 少しは手加減してよ〜」
「駄目だ。腕が鈍る」
 一喝され、ため息をつきながらテレビの画面を凝視した少女は、別のマスタースレイブの
表示される画面で丸いボタンを押した。
「こんどは負けないからね!」
「別に勝ち負けを競っている訳ではないのだが‥‥」
「だったらあんな勝ち台詞言わないでよ! 悔しいじゃない!!」
「癖だ。気にするな」
「するよっ!!」
 言い合っている間に、テレビの中でお互いのマスタースレイブが向き合う。
 アブドゥルに文句を言うのに夢中だった少女はそれに気づかず、アズラエールの放つバル
カンにて大幅に体力が削られていた。
「あ〜!! ちょっとずるいよそれ!!!」
「気づかなかったお前が悪い」
「だからってそんな大型バルカンなんて‥‥」
 悔しそうに呟き、アブドゥルの手元を見る少女。
 そして何かを思いついたように笑顔を見せ、アブドゥルのコントローラーを叩き落とした。
「な‥‥何をする!?」
「隙を見せる方が悪いんでしょ? だったらアブドゥルさんが悪いんじゃないの〜♪」
 偉そうにのたまったリースは、動くことのできないマスタースレイブにオートライフルに
て執拗な攻撃を繰り返す。
「くっ‥‥ならば!!」
 大人気なく怒り出したアブドゥルは、少女と同じようにコントローラーを叩き落とした。
「ちょ‥‥ちょっと! 大人が子供相手にムキにならないでよ!!」
「実戦では大人も子供も無い。力が全てだ」
 今の状態で言っても説得力も威厳も存在しないが、アブドゥルの言っていることに間違い
は無い。だが、三十四歳の男がやることかと聞かれれば、沈黙を守る以外に無いのも事実で
はあるが‥‥。
「あったま来た〜! こうなったらとことんやってやるんだからっ!!」
「望むところだ」
 そんなやり取りが数時間にも及んだ頃、二人の周囲には沢山の人が集まっていた。
 皆、何事かと二人の争いを見つめるが、それを止める者は誰も居ない。それどころか、ど
ちらが勝つかでトトカルチョが始まる始末である。

 これから後、少女が一人前のMSパイロットになるまで、アブドゥルの任は解かれること
は無い。
『MSパイロットの教官をお願いする』
 全ては、この言葉から始まったことである。