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<東京怪談ノベル(シングル)>


+朝の覚え+
 トーコ・リミックスの一週間に一度の朝に、絶対に変わらぬ事がある。それは両親と共に朝食をとるというごく一般の家庭には毎日あることであった。
 元々トーコの両親は共働きで共に家にいることは少なく、大きい屋敷にトーコいつも一人である。しかしながらその両親も一週間に一度、この屋敷に帰ってくるのが習慣であり、そして今日はその両親が再び仕事に出掛ける朝……朝食をとっている最中である。


 テーブルの上には色とりどりの食物が顔を並べている。いつもは簡素な食卓も両親がいると華やかになる。
「お父様とお母様がおられるだけでこれほどにも食卓は賑やかになるものなのですね。わたくしはそれが嬉しくてたまりません」
 そう言ったトーコという少女は、西洋人形と言っても過言はないほどとても愛らしい。茶色の髪に緑の瞳、白い肌がよく似合っている。
 週に一度しか帰ってこない両親の元でまっすぐに育ったトーコは少しばかり小柄だが、両親は当然の如く目上の人間には敬語をしっかりと使う礼儀正しいのが今の様子を見るだけでも印象に受ける。
「そういってくれると私達も嬉しいよ、トーコ。君の言葉を聞くと元気になると言うのはこういうことを指すのだろうね」
 と答えたのは彼女の父親でこの屋敷の主でもあった。言った言葉に少し照れている印象を受ける。
「ところでトーコはこの一週間で何か変わったことや嬉しいことはあったのかしら?」
 そう聞いてきたのは彼女の母親であった。
「いえお母様。特に変わったことはありませんでした。嬉しいことは今回もいつもどおりお父様とお母様が帰ってきてくれたことです」
 トーコはあえて母親の問いにそう答えた。あえて……そう、それは別にトーコ自身がひねくれた性格をしているわけではないし、両親を嫌っているわけではない。ただそれにはどうしても秘密にしておきたい事があっただけであった。
 そしてその会話を交わすようにトーコはフォークをテーブルの上に置きの前に座っている両親に見つめながら問いかけた。
「お父様、お母様。今回も一週間は帰られないのですか?」
 トーコはナプキンで口を丁寧に拭きそれを折りたたみテーブルの上に置いた。その間もトーコは両親の目を見つめ続けた。その彼女の凛とした態度に両親はそれぞれすまなそうにトーコに詫びた。
「あぁ。悪いね、トーコ」
「まだ十四のトーコを置いて仕事に出掛けるのは悪いとは思っているのよ。ゴメンなさいね」
 返ってきた両親の答えはやはり来週にしか帰って来られないと言う意味合いを含む返事だったが、トーコを心配する優しい両親の答えに笑顔で返事をした。
「いえお父様、お母様。お仕事が大変なのはわたくし承知しておりますから。お二方がお気になさる事ではないです。わたくしは大丈夫です。執事もいますから」
 そして週に一度の両親との明るい朝の食事を終え、いつも通りに両親を見送るとトーコは自室に戻った。



 部屋に戻ったトーコは一人モニターを見つめていた。
 元々屋敷に一人でいる事が多かったトーコの唯一の楽しみは、読書と舞い込んでくる情報を求めてくるメールや情報を買ってほしいというメールの数々を読むことだ。
 と言うのもトーコはその愛くるしい外見とは裏腹に、膨大な量の情報を売りさばく「情報屋」を生業としていたのだった。
 そのモニターに映し出される半端ではないメールの数々を一つ一つ丁寧に目を通すことは、見るからに大変そうだが彼女は疲れを見せずに全てに目を通した。
 軽く息を吐くと、トーコは執事を呼んだ。
 その執事は両親が彼女一人にしておくのを不憫と思い付けたのだった。執事は礼儀正しく部屋に入室すると軽く一礼をし、トーコに用件を伺った。
「お仕事に出かけたいのですがよろしいですか?」
 そのトーコの言葉に執事は一礼すると部屋を出ていった。その為の出かける準備を行う。それはいつもの事で週一よりも多いこともある。
 その間にトーコも同じように出掛ける身支度を整える。とは言っても特に変わったことをする必要はないのだけれども。


 共に準備が出来た二人は玄関口に立っていた。
 トーコは玄関口でささやく様に執事にある言葉を言った。それはいつもの合言葉のようなものであった。
「お父様、お母様には秘密ですよ」
 見上げるように執事を見ると、執事は軽く一礼をし「分かっております、トーコ様」とだけ答えた。
 玄関口で軽い会話を終えるとトーコと執事の二人はこの大きい屋敷を出た。
 両親の全く知らぬ、裏世界へとトーコはまた更に一歩踏み出したのであった。