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<東京怪談ノベル(シングル)>


特鴨戦隊 があごレンジャー


 藤城・瑠日は走っていた。その胸の中には使命感だけがあった。
 いくつもの別れ道があったが、超能力の併用で正確に敵がどこにいるのか瑠日には分かる。
 瑠日のいるのは月だ。ここにマフィアのアジトがあるのを突き止めていた。月面基地のすぐ傍にありながら、今まで見つからなかっただけあって、入り口は精巧に隠されており、中も巧妙な造りになっている。
 警報が引っ切り無しに鳴り、瑠日に警備の兵士たちが襲い掛かってくる。手馴れた動作で伸して行くが、身体がなんだかだるくて上手く動かないような気がする。
「待ちなさい!」
 瑠日は立ちはだかる敵を倒しつつ、マフィアのボスを追い詰めた。
「覚悟しなさいっ!」
 そう高らかに宣言するが、相手はこれまでの激戦のせいで満身創痍の瑠日を恐れもしない。
「ふふふ。そんな身体で何が出来る!」
 思いもかけない反撃に、月の弱い重力も手伝って瑠日は後方遠くに跳ね飛ばされてしまう。疲労した身体はなかなか立て直せなかった。
 コツコツっとボスがこっちに近付いてくる。やられるっと思って瑠日はぎゅっと目を閉じた。恐怖が全身を支配した。



「待てーー!!」
 突然どこからか声が響いた。
「何者だ?!」
 ボスが驚いたように目を見張り、声の主を探す。すると、茶色い鴨が上空から舞い降りてきた。
 首に赤、青、ピンク、黄色、黒のバンダナをつけた5匹の子鴨がそれぞれポーズをとって、びしっと扇形を作った。
 声を揃えて曰く。
「があごレンジャー、見参!!!」
 瑠日はぽかんと口を開けて、そのがあごレンジャーなるものを見つめた。鴨たちは瑠日を守るように布陣を引いてくる。
「おのれ、があごレンジャーめっ!」
 ボスが何やら慌てふためいているところを見ると、手強い相手らしい。
 瑠日は突然自分がこの場でものすごく浮いているような錯覚に囚われた。があごレンジャーの方が普通で、真面目に戦闘を行おうとしている自分が異物のような。
「があごキックー。」
 声を揃えて、5匹がボスに飛び掛る。その内、黄色いバンダナを巻いた子鴨は途中でこけたせいで攻撃が届かなかった。
「うわああああっ!」
 マフィアのボスが痛みに床を転がる。
「があごレンジャーがいる限り、世界の平和は守られるのだ!」
 赤いバンダナを巻いている子鴨が胸を張って勝ち誇った。
「何の、まだまだ!」
 傷つきながらもボスはまだ立ち上がろうとする。
「があごスクリュー!!」
 くるくるくるっと回転しつつ、があごレンジャーたちがボスの鳩尾に突っ込んだ。
「うぐっ!」
 とうとうボスは倒れ、があごレンジャーたちは勝利の余韻に浸っている。瑠日は雰囲気に呑まれて、つい拍手などをしてしまった。
「ありがとう、があごレンジャー。助かったわ。」
「悲鳴が届く限り、私たちは戦い続けるのです。」
 ピンク色のバンダナを巻いたがあごレンジャーが瑠日を助け起こしてくれた。傷の痛みはいつの間にかどこかへ吹き飛んでいた。
 ふらふら周囲を彷徨っていた青のがあごレンジャーが何かを見つけて飛んできた。ぐいぐいと瑠日の手を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。ピンクはその後をちょこちょことついて来る。
「どうしたの?」
「こっちこっち。大変大変。」
 赤と黒のがあごレンジャーが先に宝箱の中を覗いている。マフィアのボスからせしめたらしい。黄色も駆け寄ってこようとするが、やっぱりずでっと転んだ。
「これこれ。」
 青のがあごレンジャーに示されたのは、双子の女の赤ちゃんだった。
「まあ!」
 瑠日は思わず抱き上げた。
 赤ん坊の顔をよく見ようと覗き込もうとした。
 そのとき。



 瑠日ははっと目を覚ました。一瞬自分がどこにいるのか分からず、ベッドの上で呆然としてまう。
「……夢か……。それにしても変な夢ね。」
 アラスカでの幼馴染に会いに、ヒューストンからエインセルまでの長旅で疲れ切っていたせいだろう。
「それにしても何であんな夢を見たのかしら。」
 頭を軽く振りながら起き上がり、カーテンを開けた。すでに昇っていた太陽が瑠日を照らす。
 気持ちよさに大きく伸びをして、ふと下を見下ろすと、幼馴染が飼っている鴨の一家が庭でキャベツを食べていた。
 親鴨によちよちと5匹の雛鴨がついていく。その中でしょっちゅう躓いて転んでいる子鴨がいる。よく見てみると、他の雛たちも見覚えがあるような気がした。
「……があごレンジャーに似てるわね。」
 しばし呆然としてから、嫌な予感がした。
「コウノトリではないけど、妊娠したんじゃ……。」
 正夢だろうかと瑠日は困惑する。
 しかし、もしそれが本当だとしたら、自分の子供はあの可愛らしい双子の女の子になるのだろう。
「男の子がいいか女の子がいいか聞いておきましょ。」
 いきなりそんなことを聞いたら、旦那がどんなに驚くだろうかと思うと瑠日はちょっと楽しくなったのだった。



 *END*