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<東京怪談ノベル(シングル)>


理想の価値

 昼過ぎに、中立地帯にある街に入った。
 転戦につぐ転戦を続けてきた部隊には、またとない久しぶりの休息であるはずだったのだが……
「戦争反対!」
「我々に平和を!」
「軍隊はこの街から出て行け!」
「この人殺し共!」
 街の大通りを車両で移動中に、住民達から真っ先にかけられた言葉がそれだ。
「……」
 彼等になど目もくれず、表情すら一切動かさずにただ前方のみに視線を向けていたロディだったが、
「まあ、気持ちはわかるが、そう熱くなるな」
 隣でハンドルを握っていた戦友に、ふとそう言われた。
 40過ぎの、この部隊内では一番年長の男である。
「……別に……」
 と何事かを言いかけて、やめる。
 とぼけたところで、自分よりも倍以上生きている奴に通じるとはとても思えなかった。何しろロディが生まれる前から既に戦場にいたという奴だ。人生のほぼ全てを戦闘に費やして来たという点では似たようなものだが、その長さもキャリアも大きく違う。
「……少し寝る」
 短く言って、目を閉じるロディ。
「久々のまっとうな宿で、ベッドに寝られるんだぞ。それまでとっておいたらどうだ?」
 そう言われて少々苦笑されたが、大きなお世話だった。
 車の外からは、相変わらずの「戦争反対」の声が聞こえている。
 ……まったく、いい気なものだ。
 そう思わずにはいられないロディである。
 戦争が嫌なのは結構だが、そんな事をいくら叫んだ所で戦いがなくなるわけではない。
 それを承知でなお言うのだとしたら、あいつらはただの阿呆だ。
 圧倒的な暴力の前では、弁舌などまったくの無力である。
 飛んでくる弾丸を「戦争反対」と言って叩き落とせるのはエスパーくらいだ。
 そのような力も持たない奴が何を口に出そうと、いったん動き始めた戦争という狂気は決して止まらない。
 だからこそ、昨日も、今日も、そして明日も、ずっと戦いが続いているのだから。
 ……ムカムカする気持ちでそんな事を考えていたロディだったが、いつしか本当に軽い眠りに落ちていた。いつでもどこでもすぐに眠りに入れるのは、彼女の特技でもあり、優秀な戦士として自然に身についた能力でもある。
 が、もちろん、その睡眠も長く続いたわけではない。
「……」
 車の振動が止まった瞬間、ロディもまた目を開けていた。
「ここか、宿というのは」
 と、ウインドウ越しにその建物を見上げる。
 煉瓦造りの、いささか古ぼけたホテルだった。
 好意的に見れば「歴史がある」とも表現できるが……
「ま、この街で俺達は所詮厄介者だ。屋根があるだけマシだろう」
 隣の男の言葉が、全てを物語っている。
 派手な軋みを上げる入口のドアを開けて中に入ると、小隊の仲間が既にフロント係と話をしていた。予約は事前に入れてあるから、問題はないはずだ。
 ぎこちない笑いと共に、フロント係の男が「部屋の鍵を取ってくる」と言い残して奥へと消えていく。
「……」
「……」
 その態度に、場にいた全員がなんとなくピンと来た。
 談笑していた仲間達が不意に黙り、視線を交し合う。
 刹那──

 ──ドン!!

 轟音を上げて、奥の壁が爆発した。
 荒れ狂う紅蓮の炎がフロントを支配し、全てのものを飲み込んでいく。
「ナパームか!?」
「こん畜生! どえらいサービスしてくれるぜ!」
 が、その時には既に、全員が外へと飛び出している。
 仲間のエスパーが瞬時にバリアを展開し、追ってくる炎は残らず蹴散らし、無効化していた。
 この辺の危険を察知する勘と、それに対処するチームワークはさすがに実戦部隊だけあって一流もいい所だ。誰かが何かを命じる前に、自らの立場を選んで行動に移す。突発の戦闘時にいちいち話し合って行動を決めているようでは、命がいくつあっても足りやしない。
 間を置かず、あちこちの物陰から銃声が上がり、雨のように銃弾が降り注いできた。
「くそっ! 囲まれてるぜ!」
「待ち伏せか! やってくれる!」
「何が中立地帯だ、ふざけやがってこのぉ!」
 文句を言いながらも、それぞれが武器を手に散開し、ただちに応戦を開始する。
 車両で一気に突破したい所だが、そう簡単にはいきそうもなかった。
 道の前方と後方に、いつのまにかそれぞれ装甲車両が止まり、塞いでいる。
 約5メートル幅の石畳の通路は、両側にびっしりと建物が並んでおり、人はともかく、車両が逃げ込めるような路地はない。
「正面のは潰す! 援護を頼むぞ!」
 そう告げて、返事も聞かずに飛び出していくひとつの影。
 ──ロディだ。
 たちまち火線が集中したが、仲間の射撃がそれを黙らせる。
 装甲車両の上部砲塔が旋回し、火を吹いた。
 小銃などとは一味違う重々しい音は、20mm機関砲に違いない。人間など1発でも直撃したら、それだけでおしまいだ。当たらずとも、弾丸が近くを通った衝撃だけで肉が裂ける程である。
 さすがに、いったん路地裏に頭から飛び込み、それを避けた。
 目の前で石壁がフォークでケーキを切るみたいにあっけなく形を変え、削れていく。
 と──

 ──ゴォン!!

 不意に、装甲車両の表面で炎が弾けた。
「手柄を独り占めはいかんぞ。分けてもらおうか」
 そう言いつつ、ロディの前にぬっと現れる1人の男。
 車に一緒に乗っていた、あの壮年である。
 手にしているのは、携行型のロケットランチャーで、先からは細く煙が上がっていた。
「……手柄など別に欲しくはない。全部くれてやる」
「おいおい、俺はそこまで強欲ではないぞ。8:2で8が俺だな」
「よく言う……」
「まあな」
 抜け抜けと言ってみせる男の口元には、いかにも楽しそうな笑いが浮かんでいた。
「では、行くか」
「おうよ」
 2人が路地から飛び出し、一気に装甲車両へと駆け寄っていく。
 砲塔に20mm機関砲を備えた軽戦車だったが、先程のランチャーにより片方のキャタピラが切れ、既に移動不能に陥っているようだ。
 あたりを取り巻いていた敵兵は、仲間の援護で大体が片付いている。
 車体に取り付いてさえしまえば、実は戦車などというのはそれ程脅威ではない。一定の距離を置いて対峙して、始めて威力を発揮するのがこの戦闘車両の特性と言ってもいいくらいだ。
 覗き穴から突撃銃の銃口を突っ込み、フルオートで銃弾を撃ち込んでやると、悲鳴と共に砲塔のハッチが開き、青い顔をした敵兵が飛び出してくる。
「いいから入ってろこの野郎」
 すかさず男が拳をくれてやり、中へと押し戻すと、ついでに手榴弾を3つまとめて放り込み、ハッチを閉じた。
 数秒置いて、こもった爆発音が連続し、やがて静かになる。
「よし、制圧完了」
「……だな」
 歯を見せて笑う男に、ロディも親指を立ててこたえるのだった。
 ──が、
 カン、と、何か硬いものが車両に当たり、跳ね返った。
 それは……
「いかん!」
「っ!?」
 男が叫び、ロディが瞬時に戦車の陰へと飛ぶ。
 空中で身を捻り、路地にいた敵兵に銃弾を浴びせてその場に崩れさせた。
 そいつが、柄付の手榴弾を投げてよこしたのだ。
「こん畜生っ!」
 足元に落ちたそれを、男が蹴り飛ばす。
 そうしなければ、ロディも恐らくただでは済まなかったろう。
 次の瞬間、それは地面で爆発音と共に弾けていた。
「──っ!!」
 ロディが、誰かの名前を叫ぶ。
 男の名であった……

「……俺はな、戦争が終わったら雑貨屋をやるのが夢なんだ」
「そうか……」
「お前は、何か終戦後のプランはあるのか?」
「いや……特にないな。考えたこともない」
「ふむ。なら、なんか考えておくのも悪くないぞ。いい暇潰しになる」
「暇があればな」
「ま、そりゃそうだ。戦争やってんのに、暇なんかそうそうねえよな。はっはっは」
 と、乾いた声で笑う男。
 トラックの運転席で、今はロディがハンドルを握り、男は隣で寝そべっている。
 男の身体は包帯でぐるぐる巻きになっており、到底無事には見えない。
 手榴弾の破片を全身に受けた結果が、それだ。
 重症であるはずなのに、普段と変わりない軽口を叩くのは大したものだったが、あまり誉められた事ではないだろう。
 対して……ロディは静かに怒っていた。
 すぐにこの街の病院に担ぎ込んだのだが、軍との関わりを恐れた病院側が、応急処置以上の手当てを断ったのである。
 院長を出せと凄んだのだが、それをやんわり止めたのがこの男本人だった。
 ……こいつらの立場もわかってやれ、と男は言ったものだ。
 この街の住人も病院も到底好きにはなれないが、男のお人好しぶりもどうかと思うロディである。
 かくて、仕方なく後方部隊に連絡を取り、輸送飛行船を回してもらう事になった。
 現在その着陸合流ポイントへと向けて移動中というわけだ。
 補給を受け取ると同時に、男を後方の病院へと搬送してもらうためである。
「そう怒るな。人間誰しも強いわけじゃない。むしろ戦う術も力もない者の方が、世の中多いんだ。そういう奴等からすれば、俺達は恐れの対象であり、厄介者なのさ。せめて好きなように言わせてやれ。それ位しかできんのだからな」
「……」
 と言われても、ロディは何もこたえなかった。
 代わりに小さくふっと息を吐き、
「……人に説教をする暇があったら、とっとと傷を治して戻って来い」
 そう、ぶっきらぼうに言葉を投げつけてやる。
「ふっ、言ってくれるじゃないか」
 笑いながら、男もすぐにこう返してきた。
「今回のは貸しにしておいてやる。戻ってきたら返せよ」
「知るか、お前が勝手にやった事だろう。恩を着せるのはよせ」
「いいや、そうはいかん。大体お前は年上の者に対する礼儀がなさ過ぎだ。いい機会だからたっぷり教えてくれる」
「……礼儀を使う相手は選ぶべきだと思っているだけだがな」
「なんだとこの野郎」
「揺れるぞ」
「おわっ、痛つつ」
 車輪が段差を乗り越え、車体に大きな振動が駆け抜ける。
「……わざとだな、こいつめ」
「そんなわけあるか。文句があるなら道に言え」
「くそ、覚えてろ。戻ってきたらタダじゃおかねえからな」
「そうか、では忘れないようにしておこう」
 平然とそう言ってやると、もう一度「くそ」と呟いて、男が大人しくなった。
 その姿にわずかに苦笑しながら、さらにアクセルを踏み込むロディだ。
 街の出口でまた「戦争反対」のプラカードを持った連中に出くわしたが、ひと睨みしただけで道を開けさせてやる。
 邪魔するようなら威嚇射撃くらいしてやろうと思ったが、そこまではしなくて済んだようだ。
 少なくとも、自分はこんな奴等の為に戦っているわけではない。
 なら、なんの為に戦うのか……
 そんな事は、考えても今の自分にもよくわからなかった。
 ただ……
 憎まれ口を叩き合いながらも、一緒に戦っている仲間のため……というのも、理由としてはそう悪いものではないのかもしれない。
 などと、ふと思ったりするロディだ。
 無論、隣で寝そべっている包帯男には、決してそんな事を言ってやるつもりなどなかったが──

■ END ■