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<東京怪談ノベル(シングル)>


Eat your heart out!

 乾いて白く、何も育てない砂のような土から突如として燃え上がる爆炎。
 炎の壁に進退を阻まれたジープと移送トラックとに、コルツ・ブラッカイマーは、黒と銀とに機能性のみを重視した大型バイクに跨ったまま、鼻を鳴らした。
 ファイアスターター…焔を作り出す特有の能力に与えられる呼称に示される『力』、コルツが創り出した焔が、トラックを先導して走る、月桂樹と鳩のエンブレムを冠したジープの進路を防いで拡がった瞬間、ドライバーが見せた驚愕の表情にせせら笑う。
 姿を隠す影は何もない岩砂漠…エヴァーグリーンのヤツ等が好んで使う移送ルートは、敵の視認が容易な事と、砂にタイヤを取られる事がない為だ。
 そんな見晴らしのいい荒野、たった一人の姿しか見えないとはいえこのご時世、充分に用心しながら接近であったろう−そして人命尊重をお題目に掲げるヤツ等は、ガス切れで立ち往生しているかも知れない人間を見捨てられない−が、それらしい兆候も何もなく、地面が火柱を上げ、周囲を包み込めばそれは驚くだろう。
「死にたくなかったら、装備食糧、ついでに女も置いて行きな」
「何だと!?」
嘲りの口調に大仰に、立てた親指を下に向けて示すに、容易に感情を煽られた助手席の一人がライフルを構えるのに…若いな、と感想を抱く。
 元より、エヴァーグリーンは組織として若い。
 だからこそ勢いと力があるのだが、軍としての統制が為されているワケでなく、自警団の感も強い…ただそれだけに止めていないのは、主要の戦力として組織を構成する数多のエスパー、の存在による。
 力在る者は恐ろしい。
 けれど、それ等が平和と命とを象徴に掲げて味方となるのであれば、心強い事この上ない。
 人間とは単純な者だ…そしてそうやって他の持たぬ術で護ってやる事で、どう足掻いても少数派である所の自身を迫害という暴力から護る、エスパー達の処世術であるとも言える。
 個が強くとも多の力には抗い難い。
 どんな強盗も数を頼りに徒党を組む。
 最も、それは襲うに戦力とする為でなく、同業者の襲撃に遇った際の頭数の感が強い。所詮、弱肉強食の倣いに弱い者が集まればそれなりに厄介だというのを本能が知っているだけに過ぎないだろうが。
 なら、更に強ければ?
 答えは簡単。群れる必要もない。
 コルツも元はエヴァーグリーンに所属していたエスパーだ。
 だが、破壊を旨とするよりない発火能力者としての『力』は制約を受ける事も多く、それを嫌って出奔してからは、少々強引な方法で人様から荷物を譲り受けたりなどして生計を立てている…今のように。
 コルツは単身、移送トラックを先導して走るジープを正面から迎える形にバイクを止めた…道なき道、とはいえ、幾度もの往来があればそれなり、道のようなものも出来る為、特にルートを探る必要もない。
 輪の形に周囲を覆った焔、相手の意向を聞く…というよりも、その表情を楽しむつもりでその前方の焔のみを開いてやった。
 エヴァーグリーンの部隊であれば、エスパーの一人も積んでいそうなものだが…どうやら、自分の能力に抗せる者は居ないらしい。
 威嚇的に銃口を向けるが証拠だ。
「なんだ、こんな芸までご披露してンのに、そっちの手業はなんにもナシか?」
「盗賊如きに…必要ない!」
毒突くもそれ以上動けない。それはそうだろう、エヴァーグリーンに在籍していた折から、発火能力にかけてはコルツはトップクラスだ…それに対応出来るとすれば、余程の『力』か戦略の柔軟さが必要となる。
 その、両方ともに兼ね備えた人間は、両手の指に余る。
「はっはァ!じゃァ頑張ってくれよ、俺が楽しめるようにな」
揶揄の口調で笑う。
 敗北を許せない若さがどういう行動に出るか…意表を突けばそれだけ楽しいし、そうでなくてもそれなりの楽しみ方は、ある。
「あのー、いっこ質問ええですやろか」
その気勢を削ぐ形で、ドライバーが運転席脇の窓から身を乗り出した。
「ボクら、面子に女おらへんのですけどその場合は?」
「高く売れそうなべっぴんなら、男でも構わねーぜ?」
現況を理解しているのかいないのか、なんとも呑気な質疑応答が交わされる。
「やって」
そう車内の面々を見回すに怒気はコルツからドライバーに向かう。
「そういう場合じゃねーだろ!」
「いや、そやかてはっきりさせとかんと…何分にも命かかっとぅし…」
しどろもどろとした応対にコルツは大きく笑った。
「ご無沙汰してる間にエヴァーグリーンも面白ェのを飼ったモンだ!」
「そりゃどうも…どうでっしゃろ、ここはヒトツ、売れる程ではないですけどボクの顔に免じて見逃して貰う…ワケには行きまへんな、どうにも」
途端に火勢を増した焔に、ドライバーはくるりと仲間を見回した。
「あかん、あん人日本語が通じん…」
「お前英語しか喋れねーじゃねーか!」
しかも訛っている。
「しゃあない」
ぶつぶつと口中の呟きに、ドライバーはジープを降りた。
「あんさんに敵うとも思えんのですが…足止め、さして貰います」
単身挑む、というその男…というには若い青年に、コルツは楽しげに眉を上げた。
「逃がすと思ってんのか?」
「まぁ、ある程度、能力範囲に限界はある思いますし…ミンナがボクの偉大にして崇高なる犠牲を無にしない事を祈るしか出来まへん」
胸の前で手を組む…訛った英語を操るその東洋人は、左眼にサイバーアイを露出させるに連邦移民かとあたりをつける。
「自信満々だな…オールサイバーか」
抗ESPフレーム仕様ならば、一人挑もうとするも頷ける。
「んにゃ、ハーフですねん…やさかい、お手柔らかに頼みます、イヤもうホンマにマジで。シャレでなく」
 真摯な瞳で念を押しまくったお願いに…コルツは堪えきれずに爆笑した。
「…ウケとる!」
仲間を見返っての言に「違うだろーが!」と揃えた声を最後に…集中が途切れた為か、暫時衰えた炎の壁を破って、今度はトラックを先頭に走り去るジープ。
「面白ェ…」
果たして、計ったのかそうでないのか。
 けれど、逃走経路だけはまんまと確保されてコルツは青の双眼に炎の如き光を宿す。
「ここに、アイツが居りゃあ、もっと楽しめるんだろうが」
抑えた独言は、焔が燃え盛るに相手には届かない。
「それはまたいつか、お楽しみにとっておくとするか」
脳裏にいつでも少し不機嫌そうな…それだけに整った美貌を冴えさせる表情で、自分を見る黒曜石の瞳が蘇るがそれに浸る事なく、腕を横に薙ぐ動きに拡がる炎、立つ火柱を危ういコーナリングで避ける自動車が何時まで避けきれるだろうか。
「医療品運んどぅさかい、堪忍したって下さい」
強化され、人並外れた跳躍力で距離を詰める青年の言に口許を歪ませる。
「お前、随分と信頼されてんじゃねーか、あァ?」
青年の左腕に仕込まれたクローの一撃を、腰に下げた小銃の背を受け流してのコルツの言に青年はふるふると首を振った。
「信頼されてるのはボクでなく、リーダーですわ…ボクじゃ不足でしょうけど、お相手願います」
なるほど、そのリーダーとやら来るまでの時間稼ぎか…ならば常人より持久力のあるハーフサイバーがわざわざ残ったも頷ける。
 ならばせいぜい、その応援が着くまで遊んでやろう。
「踊らせてやるぜ、てめえら。俺の炎でな!」
開放する『力』の歓喜に体が震える…空を灼かんばかりの紅蓮が、狂宴の始まりを告げた。

 終