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<東京怪談ノベル(シングル)>


時速200キロの邂逅
「う‥‥」
 ベッドの上で、如月優悟は、額に冷や汗を流しながら、小さなうめき声を漏らしていた。
(寒い‥‥。ここは‥‥)
 闇の中、ぞくりと身をすくませる優悟。光のささぬその場所は、まるで幽界への入り口の様に、彼を包み込む。
「優悟‥‥」
 聞きなれた声が、自分を呼んだ。足元が、ぼんやりとした光を放ち始める。
(また‥‥あの夢か‥‥)
 臨死体験にも似た状況。これが、現実でないことくらいは、彼にもわかる。
「ドウシテ‥‥」
 現れたのは、暗く‥‥声を濁らせたかつての‥‥親友。
「お前‥‥。俺を、責めているのか‥‥?」
「‥‥‥‥」
 優悟が、そう語りかける。だが、その親友は、応えない。
「だろうな。お前が、魂を失う事になったのは‥‥、俺のせいだ‥‥。さぞや、恨んでいるだろうさ‥‥」
 自身を責める様なその言葉に、親友は、死人そのままの表情で、言った。
「オマエハ‥‥ドコニ‥‥イル‥‥?」
「心配しないでも、いつでも、お前の側に逝く準備は出来ている‥‥」
 自嘲気味に笑った彼に、親友の腕が伸ばされた。
「ソウカ‥‥ナラ‥‥オイデ‥‥」
「‥‥ッ!!」
 青白い腕が、優悟の喉元を締め上げる。
「ドウシタ‥‥? イツデモ用意は、整ッテイルンダロウ‥‥?」
「あ‥‥やめ‥‥ろ‥‥」
 オールサイバーである筈の彼の身体が、宙へと持ち上げられた。どこが地面で、どこが空がわからなくとも、その息苦しさは、身体への負担を如実に物語る。
「ソレトモ‥‥。マダ‥‥ダメ‥‥カ‥‥?」
「俺は‥‥俺は‥‥っ」
 自らの心とは裏腹に、自身の腕が、親友の冷たいそれをつかむ。と、彼はその面に、悲しげな表情を乗せて、彼を締めていた腕を放した。
「イツデモ‥‥オイデ‥‥」
 崩れ落ちる優悟に、そう言って。
「‥‥ッ!!」
 額に触れられ、背筋にぞくりとしたものが流れた刹那、彼はようやく‥‥目を覚ました。
「はぁ‥‥はぁ‥‥ッ‥‥」
 飛び起きた呼吸が荒い。全身、ぐっしょりと、冷や汗で濡れている。
「また‥‥。あの夢か‥‥」
 こめかみあたりに手をやりながら、そう呟く優悟。これで‥‥何度目だろう。あの夢を見るのは。
「お前は‥‥。まだ、許してはくれないと言うのか‥‥?」
 サイドボードに立てられた写真。親友と、ツーリングに行った時のそれに、彼はそう語りかける。
「だろうな‥‥。俺が‥‥お前の元にさえ現れなければ、お前は‥‥今でも‥‥」
 共にいたのかもしれない。あるいは‥‥誰かと。そんな思いにかられ、優悟は押し黙った。
(やめよう。問いかけたとて、答えなど、あるわけはない‥‥)
 だが、写真立ての中の親友は、何も応えてはくれない。彼は、自分の中にたまった陰鬱な気分を吹き飛ばすかの様に、首を横に振る。
(今日は、暫く眠れそうにないな‥‥。仕方がない。少し、走らせてくるか‥‥)
 時計を見ると、深夜だった。バイクを走らせていれば、そのうち気分も晴れるだろう。
 そう思い、彼は停めてあった愛車『ゼフィール』を、スタートさせるのだった。

 高速道路と言うものは、眠らない街のようなものだ。同じ様に飛ばしているのは、長距離トラック、もしくは派手な外装を施したバイクや車ばかり。その中で、優悟はこう考えていた。
(もう2年にもなるか‥‥)
 脳裏に浮かぶのは、親友と過ごした、かつての日々。
「優悟! 待てよ優悟ってば!」
「ついて来るなと言ったはずだが」
 その彼は、いくら追い払っても、かまわず優悟を追い掛け回していた。冷たく当たっても、何をしても、変わらぬ笑顔で、近づいてくる。
「そう言う訳にもいかないだろ。危なっかしい優悟様だ。しっかり目を光らせていないとね」
「‥‥好きにしろ」
 ごろごろと喉を鳴らすその彼に、とうとう優悟の方が根負けをして、放り出す。それが、二人の毎度の『儀式』であり『挨拶』だった。
「じゃあそうする♪ で、本人はどこにお見回りで?」
「どこに行こうと、俺の勝手だろうが」
 歩きだす優悟。と、親友は自身の愛車を‥‥今は、優悟の物となっているそれを指して、こう言う。
「そうはいかないよ。この辺、治安悪いし。あ、のってく?」
「必要ない」
 リミッターを外せば、トラックと競争が出来るほどの速度で、走る事は出来る。と、親友はまるで聞き分けのない子どもをしかる様な表情で、こう言った。
「またすーぐ無茶するし。そうやって、リミッター外したがる癖、治した方がいいよー」
「お前の場合は、そう何でも首をつっこむ性格を、何とかした方がいいな」
 彼の言葉を、皮肉で返す優悟。
「それで何度も命を助けられてますから。あしからず」
「俺もな。強運はお前になんぞ、負けるつもりはない」
 とたん、びしりと食う気が張り詰める。いや、張り詰めさせているのは、優悟だけか。にやにやと笑いながら、親友は「言うねぇ。今度勝負しますか?」と、話している。
「お前のおふざけに付き合うほど、暇じゃない」
 もっとも、優悟の方は、彼を相手にする気はないらしい。と、そんな彼に、親友がこう尋ねた。
「なぁ‥‥優悟。お前さー。何でそんなに死に急ぐんだよ。もう少し自分を大事にしろよ」
「うっとおしい奴だな。人の事より、自分の事を心配していろ」
 自分と違って、生身なのだから。だが、親友は優しげに笑って、こう言った。
「そんな訳にはいかないよ。迷っている人に手を貸すのも、俺らの役目だし」
「ふん」
 見た目通りの、表裏のない性格を持つ彼は、面白くなさそうな表情を浮かべている優悟の両頬をひっぱり、うにーーんっと伸ばす。
「ほらほら。そんな顔しないの。もっと笑う」
「こら、触るな! ひっつくなー!」
 払いのけようとする優悟に、彼はあっかんべーとやりながら、さらにこんな事を言う。
「優悟が笑ったら、離れてやるよっ♪」
「いいかげんにしないと殴るぞ」
 じゃれつく親友に、一撃を食らわせてやりながら、優悟がそう言った。
「痛ぁ‥‥。殴ってから言うなよぉ。死んだらどうするつもりだよー?」
「お前のご希望通り、リミッターはつけたままにしてやってるんだ。いくらか弱いお前だからって、普通の野郎が殴った程度の力じゃ、死なないから安心しろ」
 力をセーブした状態の彼が、ばきばきとわざとらしく指の間接を鳴らす。「ぎゃー。暴力はんたーい」なんぞと言いながら、くるりと踵を返して、走り始める親友。そのまま、やたら楽しそうに、逃げ回る。
 そうやって、他愛のない追いかけっこをして。滅多に見せない爽やかな笑顔を、彼にだけは頻繁に見せる様になって。どれだけ、癒されたことだろうか。
 しかし、運命の神と言うのは残酷なもので、そんな二人が、長く共にいる事を許さなかった。
 別離の日、任務で潜入した基地の中。暴走した機械兵に囲まれ、二人は、背中合わせで戦っていた。
「くそ‥‥っ。ここまでか‥‥っ」
「諦めるな、優悟! まだ手はある!」
 自らの拳で戦う優悟に、銃を手にしながら、そう叫ぶ親友。近寄らせないように、弾をばら撒きながら、彼は優悟に、こう叫んだ。
「頭を倒せば、動きは止まる。戦力で劣る場合の鉄則!」
「何をするつもりだ?」
 問い返すと、示された答えは、暴走した機械達を統括するコンピューター。
「わかった。合図はいらないな?」
「OK! 行くよ!」
 頷いて、背中が離れる。別れたのは一瞬の事。絶妙なコンビネーションにより、操っていたコンピューターは停止し、機械達は沈黙する。
「ふぅ‥‥。お前の読み通りだな」
 そう言って、優悟が振り向いた刹那だった。
「そう‥‥だね‥‥」
 親友が、崩れ落ちる。
「お前ッ!」
「これ‥‥で‥‥。安全に帰れる‥‥から‥‥」
 苦しげな声。撃たれた背中。溢れる血。それを止血しようとする優悟に、親友がそう告げた。
「バカ! しゃべるな! どうして‥‥!!」
「何か‥‥。やらなきゃ‥‥。いけない気が‥‥したから‥‥」
 自らの身を犠牲にしてでも。彼を‥‥友を生かすべきだと。
「お前‥‥」
「気に‥‥するな‥‥よ‥‥。入った‥‥時から‥‥、こうなるのは‥‥必然‥‥だろ‥‥?」
 危険な仕事。任務で、連絡を断った者も多い。いつか、自分もその一人になる事は、覚悟していたと。
「何故お前が‥‥っ。戦って死ぬのは、俺の役目なのに‥‥っ」
 止まらない血に、優悟は親友の身体をかき抱く。本来、犠牲になるのは、前線に立つ立場である自分だけの筈。その自責の思いと、失いたくない感情が、優悟にそんな激情を噴出させる。
「言った‥‥ろ‥‥。死に急ぐ‥‥な‥‥って‥‥。俺‥‥、お前に‥‥生きていて‥‥欲しかったから‥‥」
「‥‥ッ!」
 親友の名を呼ぶ彼。切なる願いを訴える優悟に、死に瀕したはずの親友は、変わらぬ優しい表情で、その涙をぬぐう。
「大丈夫‥‥。じき‥‥援軍が来る‥‥。俺‥‥だって‥‥、強運の‥‥持ち主だから‥‥。簡単には‥‥死なない‥‥さ‥‥」
「しっかりしろ‥‥。頼むから、逝かないでくれ‥‥」
 お前がいなくなったら、笑うことも、感情を面に出す事も、出来なくなる。大事な相棒を、失いたくなどなかった。
「お前が‥‥頼み事するなんて‥‥。珍しいもの‥‥見たな‥‥」
「目を開けろ‥‥っ。死ぬな‥‥」
 抗いがたい‥‥死神の鎌。親友の瞼が、ゆっくりと落ちて行く。
「優悟‥‥。お前は‥‥生きろよ‥‥」
 それだけを、言い残して。
「ーーーーー‥‥ッッ!!!」
 生あるものが、自分以外に誰もいなくなった空間で、優悟の親友の名を叫ぶ声が、響く。
(あれから‥‥。俺はずっと旅している‥‥)
 ゼフィールを走らせながら、そう思う優悟。
 はたして、彼に安住の地はあるのだろうか。
 答えは死神さえ、判らない‥‥。