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<東京怪談ノベル(シングル)>


Let's toss for it!

 真咲水無瀬は、その線の細い外見と儚げな印象を裏切ったタフさに定評がある。
「せやけど弾があたって穴が空かんゆうわけやないですやんッ!」
状況を弁えない叫びに、盾にしているコンクリート壁がズゴガガガッと着弾に削られるに水無瀬は部下の顎を蹴り上げた。
「騒ぐな」
ガコンと鈍い音に顎を仰け反らせるが、そこはさすがに骨格強化の施されているハーフサイバー、さしたるダメージを感じさせず…けれども顎を押さえて涙目にはなっている。
「りぃだぁ、非道いぃ〜。あんじょう心配しただけですやん〜」
気分としてはハンカチを噛みしめてよよと泣き崩れそうな風情だが、かわりに歯で裂いたのは手近な布である。
 差し出された布を受け取り、手早く二の腕の上部を縛る…掠っただけの傷は大して出血もなく、簡易医療キットは携帯しているが止血剤を使う程でもない。
 強い圧迫感に掌を開閉するに痛みはするが、煙草で気が紛れる程度だ。
「手早く済ませるぞ」
襟元の小型マイクで、チームの全員に指示を下す…に笑みを含んだ声で問う。
「さて、敵は残り何人だ?」
煙草を一本、燻らす間、イヤフォンが装着された片耳だけに賑やかしく各々の声が届くに、水無瀬は吐息に似た煙を吐き出した。
 気怠さが身体の均衡を崩そうとする、のを何気ない風に壁に背を預ける仕草に誤魔化して、水無瀬は呼気に籠もる熱を自覚する。
−何だって今更熱なんか−
馬鹿でない証拠か。
 と、多少自虐的な思考は最後に風邪で寝ついたのはいつだったろうかと思い出そうと…している場合じゃない。
「残念、全員外れだ」
小さく笑う。
「そういうワケで俺が出る…全員援護。とっとと済ませるぞ」
手早く片を付けて、体調不良がバレる前に撤収、の図式を勝手に組み上げる。
 途端、一斉に通信が重なるのを察して耳からイヤフォンを離すに『ヒント!ヒント!』や『リーダーばっか目立ってずるいぃ!』など離して尚届く声でメンバー達が囀っている。
 廃墟を根城にするのは野盗の常套、ねぐらに追い込んで蓄えた武器弾薬を使い果たさせて投降を促す…盗賊といえども人命であるそれを、妄りに殺さない為の常の戦法だが。
「7人」
回線を介さない声が告げる。
 壁の向こう、僅かに目を細めて金属の質感を晒すサイバー・アイに表情の読めない左半面をこちらに向けた部下が言う。
「…正解者、一名」
またイヤフォンから声が届く複数名の声が不意に頭に響き、水無瀬は眉を顰めて更に遠ざけ、傍らの青年に声をかける。
「よく分かったな」
「最新のサーモグラフィーつけたんですわ」
無機質な左眼の下に指をあて、ニィと得意げに笑う。
「それにしてもリーダー、なんや今日はえらいいらちですやん?」
「そろそろメシの時間だからな」
内心、ぎくりとしたのを隠す…抜群のネットワークとフットワークを構築している部下に熱がバレれば、それは懇意にしている医師まで筒抜け、説教どころかこの場の強制退場は免れない。
 ならば、その前にケリをつけてしまえばいい。
 水無瀬は煙草を指から放し、靴底で踏みにじって火を消すと、銃を抜いた。
「行くぞ」
それぞれ思い思いの場に身を隠したメンバーに告げ、個性的ながら短く声が返るのに身を隠した廃墟から飛び出し…かけた水無瀬を阻む形で部下が壁に手をついた。
「リーダー、調子悪いんちゃいます?」
「………熱探知で調べたな」
咎める感情がこもるに、青年は顔の横で手を振る。
「おかし思とったんですわ…あないごくたれ共に弾にかするなんてぇリーダーらしもない…最も、決定打はコレですけど。そないなワケで、僕が行きますよって」
変な所で感働きの良さを示した青年はトトン、と左のこめかみを指で叩いた後、襟に手を添えた。
「先生、ちょいよろし…」
ガゥン!と腹に響く銃声が一発。
 水無瀬が襟元の小型マイクを…口から3pと離れていなかったそれを撃ち抜くに、医師と連絡を取ろうとしていた青年の顔から血の気が一気に引く。
「賭けをしないか?」
壁に背を預けて熱を含んだ息を吐き…胸ポケットに煙草を探る仕草で、取り出したのは一枚のコイン。
「俺が勝てば試合続行。負ければおとなしくお前達に任せる」
「リーダー、きずいもええ加減にせんとしんきぃですよって。そいとも僕等に現場は任せられへんゆう事ですか?」
あからさまにむっとして、この部下にしてはひどく珍しい形で不満を見せるに、水無瀬は笑って…だが、答えずに親指と人差し指の間に挟んだコインを弾いてくるくると回す。
「裏か、表か」
選択を促して、ん?と首を傾げるに、青年は、はぁ、と肩を落として大きく息を吐いた。
「表」
単語のみの返答に、水無瀬はコインを空に弾き上げ…手の甲に伏せ受けようとして不意の眩暈に均衡を失うも咄嗟、部下が肩を支えてコインは地面に落ちる。
「リーダー、もうあかしまへん!こーなったら刺し違えても…」
「刺し違えるな」
慌てた部下の物騒な発言を正して…水無瀬はくつくつと肩を震わせて笑う。
「リーダー?」
熱で頭が…慌てかける青年は、だが肩に顔を埋めるようにして笑っている水無瀬が示す先を見て、何とも複雑な表情を作った。
 そこにあるコインは。
 瓦礫の間に器用に挟まって、垂直に立つ…裏も、表もなく。
「引き分けだな」
支える手を放し…しゃんと立ってみせた水無瀬に青年は口を開きかけて、肩を竦めるに止める。
「なんぞ言うたトコで、僕の屍越えて行かれるだけですやろな…無理しいひんで下さいね」
「遅れるなよ?」
嘯くいてコインを拾い上げる背に、苦笑の気配。
「そいでも僕が先出ます。こればっかりは譲りませんよってから。背中、頼みます」
そう告げるに、向けられた背、ただ、何気なく其処にある、信頼。
 いつか合わせた背とは違う…けれど弱さに身を寄せ合うでも、束縛にがんじがらめになるでもなく。
 水無瀬は小さく笑った。
「…待たせたな、今度こそ行くぞ」
笑んだ口許を小型マイクに寄せ、他の部下にもう一度告げると同時、水無瀬と青年とは身を守る壁の影から走りだした。


「9度8分」
厳かに宣って、部下は最新のサーモグラフィの機能を無駄に使いつつ、ベッドの脇についた。
 作戦終了後、有無を言わせずに医師の所に担ぎ込まれて逃れようのない説教つきで傷の手当てと投薬の処置が終わった所だ。
「僕ら、そないに使えませんか?」
こちらの負傷者と呼べる者は出ず、あちらの相応の被害はまぁないも同然として。
 熱をおしてまで、水無瀬が表に出なければならないようなものではなかったと…拗ねたように唇を尖らせるに、水無瀬はぼんやりと熱に潤んだ瞳を青年を見上げた。
「使えないわけがないだろう…俺が選んだヤツらだ」
「せやったら…」
言い募ろうとする青年の頭にタオルが降る。
「シャワーを浴びてメシ食って。真咲を眠らせてからにしろ、そんな話は」
通り抜けざまに、まだ埃にまみれたままだった青年に医師は的確な指示を下して行く。
 口をへの字に曲げ、それでも逆らえずにすごすごと席を立つ青年を見上げて、水無瀬は微笑った。
「お守りだ」
シーツの脇から出した手で、コインを放る。
 胸の前で受け止めた青年は、銀色に光を弾くそれを見て…声を上げた。
「両方ともおんなじですやんこれ!」
両面に刻まれる女性の横顔。
「病人の前で騒ぐな!」
医師に一喝されてビクゥ!と脅える部下に、短く笑って寝返りに背を向ける。
 いつかのそれとは全く形が違うけれど、まぎれのない信頼の心地よさに水無瀬は胸に満ちる充足にことりと眠りに落ちた。