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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


女神の為に

 汎ヨーロッパ連邦。ベルリンに首都を置く、当代の武力の象徴とも言える組織。国家と言う呼称よりも組織と言う呼称がしっくりと馴染むのは、それが武力を主としている言う、その側面が大きい。最もそれはなにも汎ヨーロッパ連邦に限った事でもないのだが。敵対組織であるUMEは無論のこと、中立的な立場であるエヴァーグリーンも、その設立の背景に時代と武力を当たり前のように内包している。
『自己の誇りに賭けて、人々に尊敬される騎士であれ』連邦主軸であるサイバー騎士――連邦設立の中心となった連邦騎士団リンドブルムに所属するオールサイバー――は中世ヨーロッパ的な騎士としての戒律を遵守するが、その博愛は己が陣営に対してしか実のところ向いてはいない。真実博愛を持って立つのであれば気象制御装置『カルネアデス』など疾うの昔に破壊され、UMEとの戦いも起こりはしなかっただろう。他者を踏みつけにしてヨーロッパは復興を遂げたのだ。
 正義なくして人は立てない。それが都合のいい博愛でも口当たりのいいその美酒に酔ってさえいれば、真実己の醜さに気付かない。――気付かないで済む。
 設立者の意図が那辺にあったのか、それは謎ではあるが。
 そして参加者の意図もまた、個々人により当然のことながら違う。
 無意識であったり、真実酔っていたり、そしてその胸の内で涙していたり、或いは踏みつけにする事に何の痛みも覚えてはいなかったり。
 やがて鳳玖・ひゅえいん(たかひさ・ひゅえいん)と呼ばれることとなる男の場合は、
 大多数がそうであるように恐らくは無意識だった。

 藤城鳳玖がその存在を見つけた時に身構えなかったかと言えば、そんな事は無論ない。
 見るからに己の属する陣営と別の制服を着た男が己の前に現れれば、殺気など発していなかろうとも身構えてしまうのが常と言うものだ。
 だがその警戒は直ぐに解かれた。
 その存在が直ぐに立ち上がったからだった。その手の中に何か小さな生物の姿が見て取れる。
「……どうした?」
 眉間に皺を刻みつつも、鳳玖はその男――繊細な容貌だったが男にはまちがいない――に話し掛けた。男は少し困ったように微笑んだ。
「親鳥をなくしたようでね。見捨てるのも忍びない。……公務中なんだがな」
 ぴちぴちとその腕の中で産毛が鳴声をあげている。鳳玖は目を丸くしてその小さな生物を覗きこんだ。
「……鳥、か?」
「梟の仔だ」
 ふわふわとした産毛に包まれている所から見て、卵から孵ったばかりと言う訳ではないのだろう。だがまだ十分に親鳥の庇護を必要とする時期だ。
 困ったように笑む男に、鳳玖は苦笑した。
 所属は別だが、こうして小動物を庇護している相手に対して向ける剣は自分にはない。
「よければ途中まで同行しよう。私は藤城鳳玖、見ての通り連邦のサイバー騎士だ。あなたは?」
 男は微かに目を見張った。だがそれは一瞬の変化で、それが不信感として鳳玖の中に残る事はなかった。
 男は笑んで言った。
「私は鈴帯島・世隼(すずおびじま・よはや)。エヴァーグリーン所属の、平和条約巡察士だ」
 騎士と平和条約巡察士は敢えて互いの所属を無視することに決めた。

 所属が違う以上、互いの陣営に関わる会話は出来ない。
 極自然に、ただ互いの家族の話や、他愛のない雑談が続いた。
 乾いた荒野をただ巡回する事よりもそれは当然のことながら鳳玖の気分を上昇させた。
 一人で気を張り巡らせての巡回は、気詰まりでもあり退屈でもある。話をしながらでは気も散ろうというものかもしれないが、そこは互いに弱みを見せられないと言う意地もある。会話をしながらも隙は作らない。
 適度に心楽しく、適度に刺激的な時間だった。
「――養子?」
 世隼は鳳玖の語った経歴に少し驚いたように目を見開いた。それに鳳玖は苦笑する。
「驚く事か? 私の見かけはサイバーとはいえ東洋人とは程遠いだろう?」
「だからこそ驚いている。ヨーロピアンは慢性的に肌の色の違う人間を低く見がちだからな」
「偏見だ。……第一」
「ん?」
「そんな事を言うには私たちの置かれている状況は過酷に過ぎるだろう?」
 確かに、と世隼は手の中の小さな生物を見下ろした。
「一人ではこんな生物さえ助けられないからな」
 笑みに、僅かに苦いものを交え、世隼は言った。鳳玖も苦笑しつつ、努めて明るく言葉を継いだ。
「だからこそ今の出会いに感謝しよう」
「そうだな。協力、共闘は人という生物に知恵があるという証明のようなものだ」
「知恵?」
 少し噛合わない唐突な言葉に、鳳玖は眉を顰めた。
「そう、つまり私達は幸福に出会ったということだ。そして、こいつらもな」
 ぴちぴちと世隼の手の中で梟が鳴いた。
 その愛らしさに、鳳玖は口元をほころばせ、そして追求する事を忘れた。

「全く幸運だ」
 世隼は去って行く鳳玖に手を振りつつ、唇に笑みを掃いた。
 藤原鳳玖。連邦所属のサイバー騎士。その名に踊りださなかったのは只ただ幸運だった。
 友人である少女の命を救った男の名前。多額の賞金をかけてその情報を彼女が求めていることを、世隼はよく知っていたのだ。
 ぴちぴちと手の中で梟の仔達が鳴き声をあげる。世隼はそっと指先でその頭を撫でてやった。
「女神のお導きか?」
 情報を売買する。それもまた人が人であるが故の、知恵を持つ生物であるが故に成り立つ行為。
 ミネルヴァの梟。ローマ神話に於ける知恵の象徴。盲目の知恵の女神ミネルヴァは梟を従えて立つ。
「ミネルヴァの梟は黄昏とともに飛翔する……か。これは哲学だがな」
 些か盗用交じりに一人語ちた世隼は薄い笑みをはっきりとしたものに代えた。
 今手に入れた情報を友人である所の少女に流せば、この小さな知恵の象徴達の明日を買える。生き延びさせたやることが出来るだろう。
 些か鳳玖には悪い気もしたが、
「許せよ。女神の使いを殺せないだろう?」
 小さな生物。
 この小さな知恵の象徴が己の下に鳳玖を呼び寄せたのだ。
 無論詭弁に過ぎないが、世隼はそう納得する事にした。
「女神の為に……」
 そこにある欺瞞すら楽しみながら、世隼は踵を返した。行き先は決まっていた。