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双子と鴨と月
エイセルに住む鈴帯島・卯叔(すずおびじま・うすえ)は郵便物の仕分けで親しい友人からの手紙を見つけた。嬉しくてすぐに開封する。
「きゃー、瑠日さんから招待状だわ。」
それは、ヒューストン航空宇宙局から宇宙船打ち上げの観覧の招待だった。瑠日の夫が携わった仕事なのだろう。友人の成果を見るのは、卯叔にとってこの上ない喜びだった。
「そういえば、瑠日さんから子供が生まれたって知らせは来たけど、男の子なのか、女の子なのか聞いてなかったわ。きっと驚かす気ね。」
考えるだけでわくわくしてくる。あの二人の子供だから大層可愛らしく、自分は一目で大好きになるだろう。
「あー楽しみだわ。」
卯叔はふと手紙の厚さに気付いた。まだあるのかと思って、もう一枚めくってみて、目を丸くした。
「……これは一体どういう意味かしら?」
卯叔が飼っている鴨、ぐわぐわとそのお嫁さんである野生の鴨の分の招待状も同封されている。
「不思議なことするわねえ。もしかして、子鴨に会わせてあげようってことかしら。もう、優しいんだから。」
ぐわぐわの5匹の子供たちは全て瑠日のたっての希望で彼女にあげてしまったのだ。あの子たちも大きくなっているかしら、と考えると、ヒューストンまで行く長旅が苦でなくなる。
卯叔は幸せな気分で二人に会える日を心待ちにしていた。
ヒューストン航空宇宙局に降り立った卯叔は、すぐに迎えに来てくれた藤城・瑠日(ふじしろ・るか)を見つけた。
「瑠日さーん!」
喜びのままに駆け寄って、抱きつく前に固まった。
「子供よ。女の子なの。」
瑠日はにっこり笑ってそう言うと、両腕に抱えている赤ん坊を示す。卯叔の目がおかしくないならば、子供は2人に見えた。
「2人ってことは……双子?」
「そうなの。可愛いでしょ?」
「とっても!」
それは想像以上だった。2人の赤ん坊はを見てきゃっきゃっと嬉しそうに手を伸ばして来たのだ。誘われるままに指を出すと、ぎゅっと思った以上の力で握り締めてくる。
「わー……。」
感嘆の声しか出ない。思った通り、はこの双子がとってもとっても大好きになれた。また、瑠日の優しい瞳がお母さんという感じで、卯叔の心も包まれているような気持ちにもなる。
「名前は?」
「まだなの。今、あの人が必死で考えているわ。」
「そうなんだ。本当に一生懸命考えそうね。」
容易に想像がついて、卯叔は思わず笑ってしまった。
「そうそう、子鴨たちも元気よ。」
瑠日が足元を示すと、それぞれ違う色のバンダナを首に巻いた鴨たちの姿があった。
「まあ、大きくなったわねえ。ぐわぐわ、ほら見てご覧なさいよ。」
親と子の感動の対面なのだが、お互いそんなに嬉しそうではない。
「あら、どうしたのかしら?」
「きっと照れているのよ。この子たち、いつもこんなに大人しくないもの。」
瑠日は何でもないことのように軽く言ったが、実は子鴨たちは現在警戒中なのだった。瑠日やその子供に危険が及んだらすぐさま戦闘体勢を取れるよう、緊張を保っているのだ。瑠日が訓練したせいもあるが、元々彼らは瑠日たちを守ろうと心に決めていた節がある。両親よりも自分たちの任務が優先されたようだった。そして、その意思は親であるぐわぐわにも通じていた。
「夫は打ち上げに掛かりっきりで挨拶できないから謝っていたわ。」
「そんなこといいのよ。あたしは仕事の成果でも見られたら満足なんだから。旦那さんは元気?」
「もちろんよ。健康管理には気を遣っているからね。」
「さすが瑠日さんだわ!」
ぱちぱちと拍手すると、瑠日は嬉しそうに笑った。褒められて得意そうにする表情は、童顔も手伝って子供のように見える。
「ここよりも向こうの方がよく見えるのよ。行きましょう。」
「ええ。」
瑠日と卯叔が歩き始めると、ぴったり四方を固める。双子がそれを見て、安心したように目を閉じた。
宇宙局内の廊下は丈夫がガラス張りになっており、空の様子がよく見える。卯叔は打ち上げを翌日に控えたシャトルを見上げた。月明かりに照らされ、宇宙船の全貌が影を落としている。
「すごいわねー。あんなものが本当に宇宙に行くのね。」
「そうよ。」
今更なことに瑠日がくすくすと笑うと、卯叔は少し赤面した。
「いつも思っているのよ。人間の頭ってすごいなあって。だって、ただの機械の塊が宇宙に行くなんて信じられないじゃない。」
「機械の塊って、失礼ね。わたくしめの夫が作ったものなんだけど。」
「分かってるわ。旦那さんが天才だって言ってるんじゃない。」
「ふふふ。それは当たり前ね。」
「まあ、惚気られちゃったわ!」
2人で顔を見合わせて吹き出す。
「ねえ、子供を1人抱かせてくれない? 寝っちゃっているんでしょ。2人も抱いていたら重くない?」
「ちょっと重いかしら。腕が痛くなってきたから。」
「抱かせてよ。っていうか、赤ちゃん抱いてみたいの。」
「いいわよ。」
瑠日から恐る恐る赤ん坊を受け取る。首に気をつけながら、見よう見まねで抱く。
「こう?」
「うん。いい感じね。どう? 感想は? 卯叔さんも赤ちゃん欲しくなった?」
「うーん。やっぱ憧れるかなあ。」
卯叔はよく眠っている赤ん坊の顔を覗き込んでから、再び外の宇宙船へと視線を向ける。
「実はわたくしめも宇宙船が飛んでいくのは不思議なのよ。」
「やっぱり?!」
「ええ。でもね、やっぱり生命の方がずっと神秘よ。」
瑠日は1人になった腕の中の子供を示す。
「それはそうね。」
完敗というように、卯叔は器用に肩を竦めて見せた。
「宇宙から見たら、あたしたちなんて本当にちっぽけなもんなんでしょうね。でも、ひとつずつが尊くてかけがえのないものなんだわ。」
「そうね。そして、わたくしたちは宇宙を知るために、月へ進出して行くのね。」
夜空に白く光る新円の衛星が見える。2人は感慨深げにしばらく無言でそれを見つめていた。
ふと我に返った卯叔が瑠日を振り返った。
「そういえば、どうしてぐわぐわやその奥さんにまで招待状が来たの?」
「ああ。それはね。卯叔さんに貰ったこの子鴨たちがあの月基地に移住することになって、宇宙局が親鴨の身体能力のデータが欲しいって言われたからなの。」
「まあ、それはすごいわね。ごく一般的な鴨だと思うけど、必要なデータを取ってあげて。」
「ありがとう。助かるわ。」
卯叔は周りに控えている子鴨たちを眺めた。隙がないことが感じられる。しっかり鍛えられているようだ。その頼もしさに、自然と笑みが零れた。
「それにしても月かー。」
「ん?」
「いいわねー。」
「ふふ。そうね。」
憧れの月に行く子鴨たちが卯叔はとても羨ましかった。
「……あら。」
いつの間にか目を覚ました赤ん坊が、白く光を放つ月にそっと手を伸ばしていた。
*END*
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