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<東京怪談ノベル(シングル)>


『社務所にて大乱闘を阻止せよ!』

 さて、午後からは社務所でお勤めである。
 巫女装束の森杜彩は、昼食を片付け終えて境内の一角にある社務所へ入った。其処には様々なお守りやら破魔矢などが、販売用として綺麗に整頓され並んでいる。昼を過ぎればいわゆるご近所さんならぬ方たちが訪れる。そのための店番だ。
 準備を整えて、姿勢を正して客を待つ。
 ───すると、砂利を踏む音が聴こえた。
「彩ちゃん、今日もご苦労さまねぇ」
 三人ほどの、中年女性。気さくで親しげに話しかけてくるのも、彼女たちが近所で親しくしてもらっている主婦たちだからだ。この人たちは常連である。
 訪問客が人間で、彩は見えないように安堵の溜息をつく。これでもし訪ねてきたのがオールサイバーであったり超能力者であったりすれば、いらぬ面倒事が起きかねない。特に喧嘩っ早い連中であったならば、面倒の極みだ。
「交通安全のお守り、二つ頂こうかしら」
「はい、毎度有難うございます」
「じゃあ、私はこっちのお守りで」
「有難うございます」
「なら、私はこっち」
「お買い上げ、有難うございます。おばさまたち」
 笑顔で受け答えし、手慣れた動きでお守りを袋につめて一人一人に手渡す。
「あ。それと御神籤もお願い」
「はいっ」
 料金を受け取って、彩は木箱を差し出す。御神籤がたくさん入り混じるその中から彼女らは一つずつ選び、その場で開いて互いの運気を言い合っていた。吉やら、中吉、一人は大吉と、それなりに満足な結果だったようだ。
 そこで、彩はふっと思い立ったように提案した。
「そうだ。美味しい羊羹をこの前頂いたんです。よろしければご一緒しません?」
「あら、いいの?」
「はいはい。サービスです」
 にっこり微笑。
 三人を社務所の入り口まで招き、彩は台所まで走って羊羹とお茶を用意して戻った。
 ───まったり、平和な一時。



「ごめんください」
 たっぷり一時間は彼女たちと話しただろか。既に彼女たちは帰宅し、一人静かな時間を過ごしていた彩の休息を中断したのは社務所を訪れた客である。
「はい?」
 社務所に来たのは、至って普通の格好をした少年だ。背が低く、華奢な肩と肢体、彩より少し大きい、そのくらい細身である。
「御神籤を買いたいんですが」
「はい、御神籤ですね。一つ百円です」
 笑顔で受け応えし例の木箱を差し出して彼が引くのを待つ。
 しかし───少年は動かない。
「? どうかされましたか?」
 微動だにしない少年を覗き込む。
 そして彼は、すっと右手を木箱にかざす。あくまで、かざしただけ。
 手を入れようとしないその仕草に何故か背をつたう嫌な汗を感じ取りながら、彩は引き続き彼の動きを待った。けれど、動いたのは手ではなく。

 サァッ

 ゆら、と彼のやわらかそうな黒髪が揺れる。風が吹いたのかと辺りを見回しても、木々一つ動いてはいない。木の葉も音を立てていない。
 次に、彼の足元が揺らいだ。見えないが、そこには透明な力場が発生しているのに彩は気づく。
 これは、ようするに。
「大吉大吉大吉……」
 ぶつぶつ呟いている内に、木箱からすぅっと御神籤が一つ浮かび上がってきた。
 何故かそこで、「レッドスネイクかもーん」などという古めかしい映像が彩の脳裏を通り過ぎたりして。
 ───物質操作。超能力の一種だ。
「ふぅ……有難うございました」
 見事右手でそれをキャッチし、少年は後ろへ下がる。
「はぁ……」
 呆然と彼を見送り、溜息をつく。
 来てほしくないと思ったそばからこれだ。早速訪れてくれた。
 これでは、一般客にまぎれてサイバーが訪問しかねない。
 大騒ぎになるかもしれない、などとぞっとしない予想を何とか頭から追い出して、彩は引き続き社務所の店番のため姿勢を正し、さきほどの談笑で飲み切れていなかった日本茶をずず、と啜った。



「御神籤くださーい!!」
「はーい。どうぞどうぞー」
「恋愛成就のお守りありますか?」
「ありますよ。少々お待ちくださいませ」
 じわじわと、のんびりとしたペースで来客が増え始めた。適度に訪れてくれるせいか、暇や疲労を感じる事はなく社務所に座っていられる。
 このまま終わりまでもってくれれば───なんて思ったのは間違いで。

「御神籤を一つ」

「はい……って」
 にっこり微笑んで顔を上げると、そこにはごっつい上にいかつい顔をした男の武装オールサイバーが掌に百円を乗せてこちらに差し出していた。
 思わず口元が歪みそうになったが必至で堪えて百円を受け取る。後ろへ置いていた木箱を持ち上げ彼へと差し出した。手を突っ込まれた瞬間、ずしりと両腕に負荷がかかったのが判る。
 ───外見的には普通の人間と変わりない。しかしその体重は予想できる数量の倍。
 というよりも、武装されてちゃ一般人と変わらないどころか果てしなく目立っているけれど。
 そしてその手が御神籤を握り締め箱から出てくる。
「有難う」
 色の無い、感情の無い可愛くない礼を言い男は少し下がった。
 ほっとしたのも束の間。

 ふあん

 下げようとした木箱からまたもや、さっきと同じように御神籤が浮かび上がる。それも五つ。
 またか!? と引きつりながら辺りを見回せば、ほんの三メートル離れた場所でひらひらと手を振る五人の若い男女らが熱心に物質操作を行っていた。ちなみに料金は、きっちり近くの棚に置かれている。抜け目ないというか、ただの横着というか。
(い、いつのまに……)
 仕方ない、と木箱を見やすい位置に置いて座った彩は、とあることに気づいた。
 オールサイバー。高起動。高起動……
「………あ!!」
 ガタン、とハデに物音を立てて立ち上がると、客が一時途切れたのを見計らない外へ出た。
 ───この境内には、ジャマーがある。
 これでは高起動で動かれて、せっかく掃除した境内は荒れるし玉砂利は乱れる。
 起動の前に、何とかしなくては───…
(仕方ない)
 彩はサイバーからそっと離れ、精神を集中させる。
 ゆらり、と銀髪が揺れ動いたそのとき、彩の眼差しが天を射抜く。
「雷撃!!」
 降る雷は、広域に渡って拡散し、精密機器に直撃した。少しざわめいた様子にサイバーが気づく。結局高起動かと諦めかけたが、そこには何故か。

 ひゅんっ

 がしょん、とサイバーの足元に突き刺さったとあるもの。
 ───刺身包丁である。
(もう一度!!)
 サイバーの気がそれたその瞬間、彩は再び雷を呼ぶ。
「雷撃!!」
 最後に降り注いだ雷撃は、見事精密機器を破壊した。あまりの壊れっぷりに少し苦笑しながらサイバーの方を見れば、彼は高起動を起こす事なくこの場から去っていた。
 助かった、と思いつつ、地面に刺さったままの包丁を抜き取る。
 突如飛んできた、この包丁のおかげで助かったのだけれど。
「……お兄様ったら」
 はにかんで、彩がやわらかく、そして心底嬉しそうに微笑む。

 ───彩の嗅覚が、包丁の柄から兄の香りを嗅ぎ取ったからだった。



 騒がしい社務所勤めも、ようやく終わり。
 少し汚れた包丁を布で拭きながら、彩は決戦となるであろう夕食の準備のため台所へ向かった。