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東の森の悪霊
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「……ようは…殺せばいいのでしょう?……楽しみです」
そう言って、風道朱理(ふどう・しゅり)は台詞には不釣合いな妖艶な微笑を浮かべた。ムスターファは無言で眉を持ち上げ、その後ろに隠れるように、彼が連れていた少女が身を縮める。
不穏な言葉を口にして笑う朱理に怯えたのか、それとも彼が連れている黒尽くめのハーフサイバーを怖れているのか。恐らくどちらもだろう。少女の身体は小刻みに震えていた。
「手を貸してくれるのなら、私に異論はないが」
朱理と、彼の連れているサード・レオに対して、臆した様子を見せずにムスターファは言う。言葉を切って背中に隠れた少女に声を掛けた。
「構わないかな。強いという点に関しては、彼らは期待に応えてくれる人材だとは思う」
少女の返事はなかった。相変わらず、ムスターファの背中に隠れるようにして朱理を見つめている。
「実力は買うけれど、信用はできない…ということですか?」
少女の顔から視線を外して、朱理は少し上の位置にあるムスターファに笑みを向けた。浅黒い肌の男は、感情をつかませない顔で朱理を見返している。
「それも、当然ですね。…怪物を退治したところで、私たちが村人を殺して喰らってしまうかもしれない」
人を殺すことで生の実感を掴んできた自分と、自分が殺した人の死肉を喰らって生きるハーフ・サイバー。信用できるほうがどうかしている。
しかし予想に反して、ムスターファは肉が削げ落ちた頬にちらりと笑みを刻んだ。
「君たちを信用できるかどうか、決めるのは私ではない」
そう言って後ろに手を回して少女の腕を取り、朱理の前に押し出した。
彼女が依頼主、というわけだ。あくまで雇われた者という立場を通すつもりなのだろう。
少女の大きな瞳が、じっくりと朱理に向けられた。瞳の奥底を覗き込むような、真っ黒な目だ。まじまじと見つめられる。それから、その視線はゆっくりと朱理の背後に控えたサード・レオに向かう。また数分、彼女は黒い装甲に覆われた殺人機をじっくりと観察した。
少女はレオから視線を外すと、深く深く、頭を下げる。
「よろしく、お願いします」
□―――東へ:朱理
村が近い。来た道で、ぼろぼろに朽ち果てた人の屍骸を見つけた。イービーに襲われた人だろうと、少女は言う。
そろそろ怪物が襲ってくることを警戒しなければならなかった。
何の因果かムスターファとレオが見回りに行ってしまい、朱理は少女と二人で残されて、なんとなく居心地の悪い思いをしている。少女は痩せ細った膝を抱えて、焚き火に薪をくべていた。
変わった女だ、と思う。確かに朱理とレオの纏う雰囲気に怯えているというのに、臆することをしない。
必要以上に寄ってきて朱理を煩わせることもなかったが、逆に距離を取りすぎることもなかった。
向こうから話し掛けてくれば邪険に出来るのに、彼女は一人で自然に振舞う。
「何故、私たちを信用するのです?」
ふと、朱理は少女に尋ねてみた。素朴な疑問だった。少女は怪訝そうに朱理を見て首を傾げる。
パチンと焚き火の中で薪が爆ぜた。
「私は、突然あなたを殺したくなるかもしれない」
「あたしは、村を出るときに一度命を捨てました」
少女は困ったようにさらに首を横に倒し、たどたどしい言葉遣いでぽつぽつと喋りだす。訛りの強い言葉だった。
「きっと死んでしまうと思って村を出ました。みんなにもう会えないつもりでおやすみって言ってきました。だから死ぬことは嫌だけどあんまり怖くありません」
小枝のような指を重ね合わせて、少女は祈るようなそぶりを見せる。
「神様にお祈りしました。イービー倒してくれたら、神様に命を捧げます。だからお願いしますって。だから貴方があたしを殺しても、貴方がイービーを倒してくれたら、あたしは神様に感謝します。あなた、あたしを殺しますか?」
問いかけてくる瞳は、死を恐れない色をしている。面倒くさくなって、朱理は首を振った。
「…今はそういう気分ではありません」
ザザッ、と何かが草を掻き分ける音を捉えたのはその時である。
反射的にナイフを抜き放ち、朱理は中腰に身を起こした。
レオではない。あのハーフサイバーのことなら、音だけで判別できる。
「イービー……?」
「黙りなさい。物音が聞こえない」
不安げな少女を黙らせて、朱理は周囲を取り巻く闇に意識を凝らした。ガサ、とまた物音がする。さっきよりも近い。ナイフを握る手に力を込めた。
ガサッと近くの茂みが揺らぐ。ギャーッ、と耳をつんざくような悲鳴が聞こえたかと思うと、黒い大きな影が朱理の目の前に迫っていた。
□―――戦闘
(間に合わない―――!?)
襲い掛かってくる相手にナイフの刃を向けた時には、伸ばされた獣の腕は朱理の肩に届こうとしていた。押し倒されてしまえば、格段に不利になる。怪物が怯んでくれるように念じながら、朱理はナイフを突き立てる。
肉に深く刺さる独特の感触があった。だが生臭い怪物の吐息は目の前で、肩には骨を砕かんばかりに爪が食い込んでいる。
(だめか……!)
と、今にも朱理を押し倒さんと両肩に掛かっていた重みが消えた。同時に、目の前に大写しになっていた化け物の姿が視界から吹き飛ばされる。
朱理の身体は地面へ落下していく。かろうじて受身を取り、すぐに怪物が消えた方を確かめた。
イービーと呼ばれるその怪物は、ゴリラのような体格だった。顔は生肉を露出させたように膿んでピンク色をしており、体毛のかわりに緑に変色した肌が身体を覆っている。
イービーは涎を垂らした口をかっと開いて、怒りの叫びを上げた。イービーが吼えると、朱理が与えた肩の傷口から血が噴き出した。
それに向かい合っているのは、レオだ。前傾姿勢で、次の攻撃を今か今かと待ち構えている。
朱理の視界の隅で、いつの間にか戻ってきたムスターファが、少女を抱え起こすのが見えた。
かみさま、と少女の唇が動く。
怪物に視線を戻して、朱理は手の中のナイフの感触を確かめた。肌に吸い付くように馴染んだ柄。高揚感が襲ってきた。
イービーに向かって、朱理は襲い掛かる。
敵が二人に増えて、イービーは怯んだように一歩下がり、それから狙いを朱理に転換した。レオよりも、小柄な朱理の方が扱いやすいと、怪物の知能ながらに思ったのかもしれない。
飛び掛ってくるイービーの異様に盛り上がった筋肉が見える。
目を見開いて攻撃を見極め、朱理は襲ってくる丸太のような怪物の腕の間を潜り抜けた。
頭上を通過する怪物目掛けて、ナイフを一閃させる。ザクリと、今度は生々しい手ごたえがあった。
怪物は地面に着地しようとして失敗し、どうと倒れこむ。
すぐに起き上がろうとした怪物の目玉を、朱理のナイフが貫いた。怒りの混ざった醜い悲鳴が森に響き渡る。刃の根元まで容赦なく突き込まれたナイフを外そうと、イービーは手足を振り回した。
飛び掛ったレオが強靭な四肢で怪物を押さえつけ、その動きを縫い止める。
レオが歓喜にも似た息を漏らしたのを聞き、朱理は怪物の目玉を潰したナイフを引き抜いた。
立ち上がり、背を向ける。
勝利の先に何があるのか、朱理はよく承知していた。
バリバリと骨を砕く音とともに、背後から肉を咀嚼する濡れた音が聞こえてきていた。
□―――〜スコムの村
村は、本当にちっぽけだった。東に深い森を望む場所に、ばらばらと数えるほどの家が建っているだけである。その家も、板だのビニールだのを継ぎ合わせて作ってあり、風が吹けば飛んでしまいそうだ。
活気がないのは、村人が皆、イービーを恐れているからだろう。
「…活気があったとしても、貧相なことに変わりはなさそうですが」
農作物を耕す畑すらない。村人は森に入り、草を採り獣を狩って、日々の糧を手に入れているのだろう。
「ありがとうございました」
深々と、少女は三人に向かって頭を下げた。
イービーを屠った時に彼女が見せていた怯えは、今はもう感じられない。
人殺し、きちがいだと、罵られ続けてきた朱理にとって、それは奇怪な反応だった。
少女は釈然としない様子の朱理にも気づかず、行ってしまおうとする。村に向かって坂を下りかけて、少女は思い出したように振り返った。
「あたし、イービー倒してくださいって、たくさん神様にお祈りした。そしたら、あなたたちがイービー倒してくれた。どうもありがとう」
少女は季節外れに咲いた花のような笑顔を見せた。
「だから、あなたたち、あたしの神様とおんなじ。ありがとう」
もう一度ぺこりと頭を下げて、少女は坂を駆け下りていく。見送って、浅黒い肌と青い目をした男は朱理を振り返った。
「…村人を殺して喰らうのは、やめたのかな?」
「やめません」
揶揄するようなムスターファの問いに答えて、朱理は顔を向けた。
「…と言ったら、どうします?」
「困るな。助けてやりたいのはやまやまだが、こんなところで死ぬ危険は冒したくない」
冗談とも本気ともつかぬ調子で小麦色の肌をした男は答え、目を細めて寂れた村を眺めている。ためしに村を襲ってみたらどうなるか、反応を確かめようかと考えて結局止めた。
気勢を殺がれてばかりいる。
村に背を向けて、朱理は歩き出した。
「殺さないのか?」
「興が冷めました」
人の気配に背を向けて歩き出した朱理の後を、数歩遅れてサード・レオが追いかける。
風に吹かれて少女の歓喜に満ちた声が聞こえたような気がして、朱理は頭を振った。
相手が弱ければ威張りちらし、立場が逆転すれば慈悲を乞う。朱理が出会ってきたそんな人間たちと、人殺しを相手に馬鹿みたいに明け透けな感謝を向けてきた彼女とは、あまりに違いすぎた。
「神様なんて……いるはずがない」
――でもあなたはあたしを助けてくれた。だからあなたはあたしの神様です。
聞こえるはずのない少女の声が、聞こえた気がした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
・0024 / 風道・朱理 / 男 / 16 / 一般人
・0311 / サード・レオ / 男 /25 / ハーフサイバー
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NPC
・ムスターファ・ジーン
・イービー:東の森に棲み、人を襲って喰らう。昔どこかの研究所で生まれたミュータント。
・少女:黒い髪と瞳に、日に焼けた肌。イービーから村を救うために、一人決心して助けを求めるためにやってきた少女。16前後。
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■ ライター通信 ■
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おまたせしました!依頼を受けていただいてありがとうございます。
アナザーレポートならではのキャラクターという感じで、書いていて大変楽しかったです。
設定を読み直すまで、実は女の子だと思っていました(しー)。
殺人じゃなくて殺猿だったんですが大丈夫でしょうか…。
それはともかく(いいんかい)、色々お任せ頂いた形になってしまったので、お気に召されるかドキドキです!
一人で大変楽しんだので、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではでは、いつかまた付き合ってやるかと思っていただけたら、いずれどこかで遊んでやってください。
どうもありがとうございました!
在原飛鳥
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