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東の森の悪霊
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闘技場は血と汗と埃の匂いで溢れている。夜だというのに強い照明を焚いた空間は明るく、人工的な光に人々の濃い影を落としていた。
一人の男に声をかけられて足を止めたのは、この場には不釣合いな大人しげな少女と、闊達な性格が表情にまで表れている少年だった。どちらもまだ若く、成人もしていないように見える。
「生贄を差し出さなかったら、ソイツは無作為に人を食う。村を出る人間に対しては問答無用で襲い掛かるんだよな?」
ムスターファの説明を聞いて、少年の方が口を開いた。茶色の髪に、金の瞳が野生の動物を思わせて生命力に溢れている。少年の名前を瑯・琥珀(ろう・こはく)と言った。
琥珀に視線を宛てて、ムスターファは頷く。その隣では、この件の依頼人である少女が大きな瞳を見開いて琥珀を眺めていた。
「全ての人間を食い尽くして、その村がなくなったらどうするつもりなんだ?」
「さて。イービーは人肉が好物のようだからな。人を求めて移動するか…」
「或いは他から食いモンを調達するか。…まさか俺たちがエサとかいうんじゃねーだろうな?」
嫌そうに顔を顰めて、琥珀は唇を突き出した。若々しいその表情に笑みを洩らして、ムスターファが応える。
「怪物退治に失敗すれば、そうなるな」
聞いた琥珀はますます顔を歪めた。会話を引き継いで、もう一人の少女…森杜・彩(もりと・あや)が口を開く。
「こういった魔狩りは本業ですから、私もお手伝いさせていただきたいと思います。で、まず確認しておきたいのは、その魔の容姿や能力です」
「イービーは、岩みたい。緑色で、顔はピンク色をしているの」
ムスターファに促されて、少女が答えた。言葉は訛りが強い。
「だけど、とても早く動く。人の倍くらい早いです。噛まれると、腕ごと持っていかれてしまうの」
「毛のないゴリラのような体格らしいな。光の少ない状況を好み、夜に紛れて人を襲うそうだ」
ムスターファが言葉を付け足し、その言葉を裏付けるように少女が怯えた表情を見せて頷いた。
「村からの物質的協力は得られないと思ったほうが良いでしょうか」
これには、ムスターファが笑って答えた。
「何もない村だ」
と。
□―――東へ:瑯琥珀
寝ようかな、と思っていたら少女と目が合って、琥珀は慌ててその考えを打ち消した。
眠れる時に眠っておくのは戦闘に身をおく者の基本だが、さりとて少女を一人残して眠れるわけがない。
ムスターファと彩という銀髪の少女は、連れ立って森に罠をしかけに行ってしまった。身を守るすべのない少女とともに残された琥珀の責任は重大だ。
眠るのは諦めて、足を伸ばして琥珀は焚き火を挟んで座った少女を眺める。よく日に焼けた肌の少女だった。健康的というよりは、太陽の下での仕事をしすぎて、それが肌に染み付いた感じだ。彼女が住む村の生活を物語るように、その手足は細い。
「寒くない?」
肩も太腿もむき出しの少女に、琥珀は声を掛ける。焚き火に薪をくべていた少女は、顔を上げてゆっくりと首を左右に振った。
「イービーってのは、いつからおまえの村にいるんだ?」
日が暮れると、森の空気は段々と冷えてくる。焚き火の傍に寄って暖を取りながら、琥珀は少女に聞いた。
言葉を表現する方法を知らなかったのか、ずっと昔、とだけ少女は答える。
「ずっとって、どれくらいだ?」
「氷がなくなったずっと後です」
春か、初夏だろうか。少女の住む村では、日付というものは意味をなさないのかもしれない。
「それからずっと、人質を怪物に捧げてんのか」
「はい、そうです」
まさか毎日人を差し出すわけにもいかないだろうが、春から生贄が続いているとなれば、被害者はかなりの数に登るはずだ。聞いていて気持ちの良い話ではない。
「誰かが犠牲になりゃ済むとかって考え、あんま好きじゃねーんだよな」
いくばくかの犠牲の上に成り立つ平穏というものを、否定するわけではないけれど。圧倒的な力を前にして、ちっぽけな力で立ち向かおうというのは無駄死にだ。だからと言って、唯々諾々と従っていても解決策は生まれないはずだ。そんな生き方は、少なくとも琥珀の生きてきた世界では通用しない。
「この世は弱肉強食、助かりたけりゃ、自分に牙剥く敵を倒せってな」
黒い大きな目を上げて、少女は琥珀を見つめる。
「……だからさ、そのためにおまえは村を出て、それで俺たちが呼ばれてるんだろ?」
きょとんとしている顔に、明け透けな太陽のような笑顔で琥珀は笑った。
焚き火に照らされて、互いの顔が赤く映えている。闇は森全体を覆いつくしていた。
「お前、よく無事でここまで来れたな」
夜が暮れてしまえば、鬱蒼とした森では方角も確かには分からない。道はあるかないかの獣道。
少女の足では、人家のあるところまで辿り着くのに、一日では足りないはずだ。
「それはそれですげーと思う。うん」
痩せ細った頬に笑顔を浮かべて、少女は照れくさそうにしている。
□―――戦闘
静まり返った森の中に、微かな物音を聞いたのは、夜も更けた頃だった。
村から来た少女が小さくなって眠る中、戦闘慣れた三人はすぐに身を起こして気配を探る。
「聞こえたな」
「ええ。…罠が作動したようです」
そして、その後に聞こえた低い唸るような声。
ザザ、ザザ、と草を掻き分ける音が、暗い闇の中に響いている。
「足音が乱れています。恐らく罠にかかったんですね」
耳を澄ませていた彩が呟いた。琥珀は息を殺したまま手を開き、そこに意識を集中する。僅かに光った手のひらの先で、何もないところから物質が生じ、それが先端に斧を備えた槍の形になった。彼の能力で作り出す、ハルバードという武器である。
足音は、最早注意しなくても聞こえるほどになっていた。
彩が音もなく立ち上がる。その姿はすでに通常の人間の外見ではない。人の姿を取っているが、服から覗く外見は猫のものだ。目が覚めて不安がる少女を傍に引き寄せながら、ムスターファが感心したように呟いた。
「…獣人か」
「私は前衛に立ちます」
「俺も!あんた、その子を頼む」
ハルバードを軽々と持って立ち上がり、琥珀がムスターファを振り返る。彼が頷くのを目の隅で確認して、二人は音のするほうへと走り出した。
生い茂る草や木の枝が頬や腕を打つ。
知覚能力の鋭くなった彩について、琥珀は全速力で駆けた。
「おいっ、こっちであってるのか!?」
「近いです。怪我をしています」
「お前の張った罠か。うまく引っかかったな…っと!」
ガサッと琥珀の横の茂みが揺れ、黒い影が琥珀に飛び掛ってきた。岩を思わせる大きな影だったが、その動きは驚くほど素早い。かろうじて手にした武器で体当たりを避けたものの、その勢いに押されて琥珀の身体が横ざまに吹っ飛んだ。
「瑯様!!」
彩が視線を向けた先には、生き物とは思えない緑色の肌をした怪物がいる。顔や腹は、そこだけ肉を抉ったようにピンク色だ。所々が膿んでいて、怪物自身が鼻を顰めたくなるような匂いを発している。肩口に、まだ新しい傷があり、そこからトロリと赤い血が流れていた。彩が仕掛けた罠で負った傷だろう。
心の中で狙いを定めると、何もないところから白熱した光が閃き、稲妻となってイービーを襲った。
恐ろしい咆哮をあげて、バランスを崩した琥珀に襲い掛からんとしていた怪物が身体を捩る。
「瑯様!だいじょうぶですか!?」
「いててっ……琥珀でいいぜ」
草むらを掻き分けて立ち上がりながら、琥珀が元気に返事をした。頭を振って髪についた木の葉を払い、ハルバードを差し向ける。
「こんにゃろ…ちょっとびびっちまったじゃねえか!」
イービーの身体から煙が立ち昇り、肉の焼ける匂いが鼻をつく。黄ばんだ太い歯を剥き出してイービーが唸った。憎悪を湛えて、その目がぎらぎらと光っている。
無言で琥珀がハルバードを構えなおし、間合いを測った。吸い込まれるように、その表情から陽気な気配が消える。
彩は身軽に木の枝に飛び移り、怪物が飛び掛ってくるタイミングを見計らった。
カーッと威嚇の声を上げ、イービーの身体が揺れる。
緑の肌を隆々と盛り上げた筋肉が、一層大きさを増したようだった。
(来た!!)
数歩ほどの間合いから、一気にイービーが跳躍した。
尖った牙を剥き出して、その歯を琥珀に突き立てるべく突進する。
カッ!と闇に包まれた森が、青白い光に照らされた。次いで、空気を轟かす雷鳴が眠っている木々を震撼させる。
肉のこげる匂いとともに、周囲の草木が雷の煽りを食らって焦げる匂いがした。
憎悪と苦痛の悲鳴を上げて、イービーが暴れる。それでもギラギラと瞳に宿った闘争心は消えることはなく、身体から煙を昇らせながら、イービーが琥珀に襲い掛かる。
琥珀の動きには隙がなかった。体中のバネを使って跳躍し、琥珀の身体は怪物の突進を避けて宙に舞う。一瞬前まで彼の居た場所に、ハルバードの白刃が光ってイービーに襲い掛かった。
血飛沫が上がり、怪物が咆哮を上げる。その声がゴボゴボと濡れた音に埋もれた。琥珀のハルバードが、イービーの喉を掻き切ったのだ。倒れた怪物の身体を、一条の雷光が襲う。
どう、とイービーの身体は地面に倒れた。そのまま宙を描くようにしてもがいていたが、やがて筋肉がビクビクと痙攣し、動かなくなる。
腐臭があたりに立ち込めた。
「気味の悪いゴリラだな」
立ち上る匂いに顔を顰めて、琥珀が吐き捨てる。鼻の頭に皺を寄せながら、彩が同意を示して頷いた。
「ムスターファ様のところへ帰りましょう」
□―――〜スコムの村
村は、本当にちっぽけだった。深い森を望む場所に、ばらばらと数えるほどの家が建っているだけである。その家も、板だのビニールだのを継ぎ合わせて作ってあり、風が吹けば飛んでしまいそうだ。
「うわー、すげー貧乏そう」
村の土は固く、穀物を得るだけの畑すら見当たらない。村人たちは森に入り、狩りをし、木の実を拾って毎日を食いつないでいるのだろう。
「こんな山奥に村があるなんて……」
琥珀ほど正直に口にはしないが、彩もその村のあまりの粗末さに驚いたようである。少女を思って慌てて口を噤んだが、気にした風もなく、村から来た少女は笑顔を見せた。
「村はおかねがないから、生きるのとても大変です。イービー来てから、もっと大変。狩りに出た人がいっぱい帰ってこなかった」
けれど、もうイービーは居ないのだ。
「ありがとう」
長い冬が明けてやってきた春のように、暖かい笑顔を見せて少女は笑った。
「いいってことよ」
「早く、村に帰って知らせてあげてください」
もう怖れなくていいのだ、と。
死んだ魚のような目をして息を潜め、闇に怯えて暮らさなくてもいいのだ、と。
深く深く頭を下げて、少女が駆けて行く。
その細い背中が豆粒のように小さくなるまで、彼らは少女のことを見送っていた。
少女が村に向かって手を振り、わらわらと村人が出てくるのが見える。
彼らのことを、ようやく山から顔を覗かせた太陽が優しく照らしていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
・0019 / 瑯・琥珀 / 男 / 16 / エスパー
・0284 / 森杜・彩 / 女 / 18 /一般人
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NPC
・ムスターファ・ジーン。アラブ人系。浅黒い肌に黒い髪。瞳だけが氷のような青色をしている。
・イービー:Evil。ゴリラのような体格で、緑の肌とピンクの顔を持つ怪物。どこかの実験施設から逃げ出したミュータント。
・少女:スコムの村を、イービーの手から救うため、助けを求めに来た少女
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせしました…!あっ、それに始めまして!依頼を受けていただいてありがとうございます。
元気はつらつという感じで、書いていて楽しかったです!
琥珀君の瞳の色は、なんとなくそのまんま「琥珀色」をイメージしてました。豹とか、確か瞳がそんな色ですよね。図らずも獣人猫科の森杜さんとご一緒で、その組み合わせを一人でこっそり楽しませていただきました。
えーと、楽しかったので、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
お待たせしてしまってすいません!
一体何がいけないのか!私がいけないことは確かです(殴)
またどこかで会えたら、しょうのないやつだと思って遊んでやってください!
ではでは!ありがとうございました。
在原飛鳥
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